決死の殿隊
「誰か?誰か進言がある者はおらんのか!!」
ドラング総司令官のヒステリックな叫びにも、天幕のなかに居並ぶ士官達は縮こまって何の意見も出さない。その間にも敵の大軍は差し迫ってくる。
マルセイザ共和国軍の進軍という凶報は、苦戦を強いられた氷族との戦いをやっと終えて緩んだ最北軍を震撼させた。そのショックは一兵卒までいたるまで等しく、彼らが大混乱にいたっているのも仕方ないことかもしれない。
「黙ってないでなんとか言わんのか!!わかっているのか?敵はもう目の前なのだぞ!!!1つ雪山を超えれば、やつらはもうそこにいるのだ。」
まして司令長官からして、この通りの口だけだ。
「このまま全軍撤退か?それとも迎え撃つのか?どちらにより勝算があるのか、そのくらい貴様らにも判断できよう。」
唾をとばして怒鳴りつけるドラング総司令官だが、その発言は微妙にズレていた。撤退にしろ迎撃にしろどちらにも勝算がないことくらいこの場にいる全員がわかっている、だから黙っているのだ、
レイニの目測による計算によればマルセイザ軍が最北軍に攻撃を開始するまでの日数は最短で五日程度。全軍撤退してから迎撃態勢を整えるのに要する日数は少なく見積もっても二〇日以上かかる。ただ逃げるだけでは、間違いなく追いつかれる。
では、迎撃なら勝ち筋が見えるのかというと、まずない。マルセイザ軍は約1万2千人を動員してきている。対して最北軍は8000人を切る有様だ。単純な数字の上でも差があるし、氷族との戦いで疲弊しきっている。補給品の残りも深刻だ。そのあたりを含めて、互いの戦力差は目も当てられない。
ここで考えを放棄するもの、さらに深く思考を進めるものと別れる。だが彼らは沈黙を選択する。それを口にすることはそのまま、最悪の運命を自ら背負いこむことになるからだ。
「・・・王女殿下。このままでは拉致があきませんよ。」
「黙っていろ。そちらはこのまま生きて帰るのだ。」
エリーゼのささやきに、シルヴィ王女殿下は小さく首をふるった。
「・・・このまま放っておいたら、会議が終わって外に出たら敵に包囲されてました。なんて冗談にもならない事態になりかねません。」
「そちらは十分に働き過ぎた。まだ体力が残ってるやつらに任せるのがよかろう。」
「・・・遅かれ早かれです。このまま何も策を打てず雪山を超えたマルセイザ軍が雪崩れ込んでくるような結果になれば、その時点で迎撃に参加するしかなくなる。どんなに絶望的だったとしても」
「・・・」
「他人任せしてそうなるよりも、自分たちの手で活路を開くチャンスがある分だけ、ここで撤退を選択するよりはいくらかマシだと思います。」
「・・・そういうが具体的にどうにかできるのか?」
「あります。ミルキが準備を始めています。」
エリーゼが王女の決断を迫る。数秒間、思考を巡らせて覚悟を決めるシルヴィ。
「そこの貴様ら!!さっきからごちゃごちゃとうるさいが、何か意見はあるのか!??」
進退窮まったドラング総司令官が、王女相手でも関係なく矛先を向けてくる。ちょうどいいタイミングだったのでエリーゼはそのまま手を挙げた。
「進言します。ここは撤退行動の際に敵の進軍を阻止し、本隊を掩護する部隊を編成するべきかと。」
天幕の中が一斉にざわついた。「待ってました。」と言わんばかりに、これまで黙っていた士官たちが今更のように声を上げ始める。
「ふむ。それしかないでしょうな。」
「となると誰に任せるのか?」
「重要な要になる。実績にもよるであろうが・・・」
ブツブツと声を上げてくれるが、誰もかれもその役割を買って出ようというものはいない。言い出したエリーゼに視線が集まる中、話を続ける。
「・・・マルセイザ軍はおよそ1万2千の大軍。こちらが全軍撤退して最北軍基地に帰還を果たし、救援を呼びさらに態勢を整え直しこれを迎え撃つわけになりますから、そのためには相当数の兵を逃さなければなりません。援軍が来るまでの時間・・・一か月ぐらいでしょうか?その間、籠城戦なり防衛戦を続けられる戦力は必要となります。」
エリーゼは大軍を指揮した経験がないのだが、その意見は正論だったらしく誰も異論を唱えない。
「となると、撤退掩護部隊に振り分けられる兵数は、総兵数約8000人からの2割。1600人となります。その掩護部隊の大半は当然ながら時間稼ぎの防衛戦闘に当てられます。北からやってくるマルセイザ軍の進路にヒットアンドウェイを仕掛けて迎え撃つ。つまり氷族との戦いを我々が真似るのです。」
「では貴様は、たった1600人で1万2千もの大軍を足止めして時間を稼げというのか?」
「稼げではなく、稼ぐと言ってます。手はあります。」
「・・・ほう。具体的には?」
「魔装砲を改良したものを用います。」
ミルキが渡してきた図案を受け取り、それを周りの士官達にも見せた。
「魔装銃改をご存じだとおもいますが、この図案はその基本的な構造を用いた砲の改良版です。従来の魔装砲と比べて飛距離は長く、威力は3倍になります。よって我々はこれを運用して敵軍の進軍を妨げます。」
「魔装砲改・・・」
魔装兵器の改という単語に士官たちは目を白黒させる。優れた性能だとは聞いていたがまだまだ実戦に投入されるのは数が足りず少数精鋭にしか装備が許されていない代物だ。その大砲版と言われたところでよくわからないといった顔が並ぶ。
「普段の運用は砦やバリケードを築いて砲を設置させるのですが、魔装砲改の利点はこれをバラすことによって移動が可能な点です。マルセイザ軍は大雪原を利用して大軍を進軍させてきます。障害物がないことが逆に真っ当な的になるでしょう。」
「大雪原をそのまま進軍してくるとは限らぬぞ!そうなったらどうする?」
「その辺りは臨機応変に対処します。この地をホームグランドとする氷族に協力を取り付けます。」
氷族の名が出たところで、士官たちが一斉に疑う視線を向けてきた。
「氷族の協力を得るだと?バカな?!できるのかそんなこと?」
「出来ると考えています。族長の娘リナ・アナークを保護しているので、マルセイザ軍を共通の敵と見定めて、戦後の彼らの居場所を保証すれば、彼女らはこれを受け入れてくれるでしょう。協力を得られ次第、集落から人員を集めてもらい同時にマルセイザ軍の監視に動いてもらいます。」
先ほどまで殺して殺されてのやりとりをしていた状態だったのだ、いつ氷族に背中を刺されるかわかったもんじゃない。そういった意味でもリナ・アナークとの交渉はこの作戦を実行に移す上では最重要だった。
「仮にそれがうまくいったとしようが、本当にそれだけで軍勢を食い止められるのか?」
「そ。その通りだ。向こうだって魔装砲改と同じ性能の兵器を準備してくるかもしれんぞ!どうするのだ?机上の理論で話を進めるな!!」
こう言って文句をいちいちつけてくるが、一向に彼らは殿部隊に名乗り上げる者がいなかった。
「・・・皆様の心配はわかります。でもこの辺りはまだ初雪が降るにはまだひと月あります。この時季に季節外れの大雪を警戒する恐れはない。つまり晴天が続くということです。そして重要なのが風です。撃った魔装弾が風にのって敵側に着弾する。向かい風側にいる敵軍は逆に風が邪魔をする。」
「なんだと・・・そうか黄色から青色に月が変わる時季か!」
「そうです。温かい赤色から黄色に変わり、次第に冷たい青色に月の色が変わる。その変化にともなって風の吹く向きが変わります。それが死神が住まう峰々の山肌を駆け降り、さらに追い風となります。この自然現象を味方にして魔装砲の飛距離を稼ぎます。」
いかがですか?とエリーゼが視線で問う。士官たちからの反論の声が途絶えると、エリーゼは宣言する。
「私が言い出したことなので、責任は取ります。この作戦の実行指揮権をわたくし、エリーゼに任せていただきたい。ドラング総司令官。」
「・・・皆には悪いと思っているわ。」
あのまま遅々として進まない軍議を黙って聞いているイコール、死を待つことに等しかった。そこは間違いない。だから、
「・・・ここから先は死と隣り合わせの戦いが続くわ。」
エリーゼの瞳がまっすぐに近衛騎士の面々に向けて言う。
「今までのようにはいかない。きっといっぱい部下が死ぬでしょう。」
ルールカは迷わず頷いた。
「みんな等しく危険に晒される。一歩間違えれば死ぬし、運が悪くっても死ぬ。」
ミルキが軽く頷いた。
「すべてが奇跡的にうまく運んでも、結局は徒労に終わるかもしれない。」
レイニがこくりと頷いた。
「そういうのも全部まとめて、なんとかするわ。」
この瞬間に全員の覚悟が決まった。だから言うべきことは1つしかない。
「みんな私に付いて来て。みんなの力を貸して。」
「・・・」
成り行きを見守っていたシルヴィ王女が感慨深く頷く。そんな王女様の生暖かい視線を受けて、エリーゼが思い出したように彼女に振り向いた。
「シルヴィ。あなたは引き上げなさい!」
「は?!」
いきなりの仲間外れ発言に戸惑う彼女に、エリーゼは穏やかに諭す。
「あなた様は王女殿下様よ。責任は十分に果たしたわ。しっかり生き残ってこの顛末を持ち帰りなさい。」
「いや・・・待て!どうしてそうなる?」
「どうしてもこうしてもこんな最前線にあなたが居ることがそもそもの間違いなのよ。」
突然道を遮られた王女様は茫然とする。
「シルヴィ。ここまであなたを見てきて思っていたの。どんな苦境にも冷静さを失わず、兵を統率して戦っていたわ。誰の目にも立派な王族だった。あなたがいなければ間違いなくもっと犠牲者が増えていたことでしょう。」
「・・・」
「あなたはきっと良い指導者になれるわ。だからこそここで引くことを学んでおきなさい。」
その別れの言葉がシルヴィの胸に深く刺さった。
「そういうわけで、王女様とはこれでお別れね。みんな別れの挨拶は早めにすませて・・・」
話を締めくくろうとしたエリーゼにシルヴィが掴みかかってきた。
「・・・いつの間に私に命令できる立場になったのだ?ここから先は危ないから王族風情は帰れだと?」
「シ・シルヴィ?当然の話しよ・・・」
「あぁ。そうだなその通りだ。でもだからこそだ。ここで私が率先して逃げるわけにはいかぬのだ!」
両手で肩をつかんだまま、シルヴィは激しくエリーゼを揺さぶる。
「私は邪魔か?足で纏いか?」
「・・・いいえ。シルヴィは頼りになるわ。」
エリーゼは彼女の瞳をまっすぐ見つめ返してそう言い切った。
「だったら、ここは頼れ!仲間だろ?戦友だろ?先に逃げろなんて言うな!」
それはほとんど悲鳴に近かった。心からのその声に、聴いていた者たちの胸を打つ。
「・・・守り切れないわよ。」
「あぁ。」
「この中の誰かが死ぬかもしれないわ。」
「あぁ」
「あなた自身が死ぬわよ。」
「あぁ」
「結局何もできないまますべてがおわってしまうかもしれないわ」
「あぁ」
譲れない意地を胸にシルヴィは強く思う。戦友・・・そんな矜持を持った仲間を絶対に手放したくない。
「そういったことを含めて私を必要としろ!」
その言葉を聞いてエリーゼは
「無礼を謝罪するわ。ここからの戦いシルヴィの力を貸してちょうだい。」
その撤回の言葉を聞き届けると、シルヴィはつかんでいた手を離した。
「最初からそう申せ・・・」
不機嫌に呟いてそっぽを向く王女殿下にエリーゼは微笑んでみせた。
「これから先、みんな頼りにしてるわよ。仲間として戦友としてね。」
そして想う。なんとか全員そろって生きて帰りたいものだと。




