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エスエム・アナーク

「苦難を超えよくぞ戻った。兵ども。私は諸君らを誇りに思う。」


登山と死線に疲れ切っている約9000人の兵たちを前にして、ドラング総司令官は感極まった風で彼らを労った。


しかし、その血走った目と乱れた髪を見る限り、今の彼に誇りを抱いてもどうかと思う。この討伐で失った兵の数は戦いによってどうしても避けられない犠牲というには余りにも多すぎた。これは責任問題としておおいにドラング総司令官を追及するだろう。


そんな彼だから、どうそれを躱すのか頭の中は忙しいはずだ。


「匪賊どもの卑怯な戦いに翻弄されて手こずってしまったが、この戦いの終わりは近い。氷族の残党がここより二日ほどの集落に集結しつつある。族長とみられるエスエム・アナークと思われる姿も確認されており、そこが最後の戦場となるだろう。諸君らには腕を振るって戦ってもらい、氷族の死で戦友の仇を取ってもらいたい。」


よく言う。エリーゼは顔をしかめた。仇を取れというのなら真っ先に取るのなら、今目の前で声高に唱えているお前さんではないのか?大規模な開戦に踏み込んだのは彼で、おこがましい作戦といえない作戦を立てたのも彼だ。失った兵の大半は彼の無能で殺された。真実だ。


「すでに編成はすんでいるが、出発は明日にして、今日は良く食べて、よく眠り、よく休む、最後の一戦に力を注げ。・・・私からは以上だ。」


疲れなのか気力がないのか?総司令官のお話はいつもより早く終わった。その休みを与えられた兵たちは指揮官の元に行き自分たちの野営地に戻っていく。


ごったがえした9000人が集うことが出来る平らな地の真ん中に、軍の本部天幕が設けられている。その中に多くの士官たちが集まっていた。開戦当初と比べると、その顔ぶれは明らかに違っていた。ここまでくるのに負傷、あるいは戦死で、その現地・現場で下位の士官が取って代わって穴を埋めてきたからだ。


エリーゼ達もそれに含まれる。しかもまだ卒業すらしていない最年少だ。冷気を遮断して暖気を作れる温かい天幕のなか、過酷な戦場を生き延びた近衛騎士の一団が久しぶりにまともな食事にありついていた。


「様変わりね。戦いが終わっても最北軍基地に支障がでるんじゃない?」


温かいお茶を飲んでエリーゼがそういう。開戦当時は予備軍の部隊長だった彼女は、今は中隊長ということで、実質的な指揮系統の仕事を任されている。出世意欲が旺盛なら喜ばしいかぎりだが、本人はまったく興味がない。


「いまさらね。ユリウス副司令官がなくなった時点でもう大黒柱が不在なんだから」


「死に過ぎですよね・・・15000人の兵がここで9000人?まさかのほぼ半分。こんなの普通なら大敗扱いよ。」


「高山による体調不良者が続出してそこをうまく氷族に狙い撃ちされたからね・・・しかも魔獣に襲われるし。」


「どちらが討伐されているのかはたまた疑問がわいてくるわ。後世に語り続けられるわね。」


ここまでの戦いで疲れが響いて沈黙が降りた。


そんな中、ふっとルールカが発言した。


「こういった戦闘がおこるたびに女性の妊娠率が上がるって本当?」


それでテーブルに身を乗りだした4人が、ひそひそとした声で話が始まった。


「戦闘中に性交は禁止、同性間も禁止されているわ。」


「エリーゼ。あなたが軍規を持ち出してどうするのよ。実際にしちゃっているから子供が出来ちゃうんでしょ?」


「まぁ。そうだよね。でも愛し合うことは誰にも止められないわ。だから私は見かけてもなにもいわないし、なにも言えない。」


「ん??その言い方だと相手がいるんだよね?身近な隊から?」


「ミルキ察しがいいわね。その通りよ。」


「となると、副官のリンちゃんか・・・。もうすっかり懐いてるもんね。」


「リンに関してもそうだけれど、私、言い寄られると断れない性格なの。つまり相手はリンだけじゃないわ。好きスキと愛し合うのは別に1人でなくってもいいじゃない。だからまとめて愛しているのよ。」


これまでのエリーゼを見てきたゆえに、3人は納得する。だが、彼女の女癖が他の隊まで及んでいないはずがない。


「じゃあ。別の隊には手を出してないの?」


「ミルキ。まだ声をかけてないわ。でも、わかっているかな?私はあなたも狙っているのよ。」


エリーゼがそう言うと、ミルキが慌てる。


「・・・いや!私は同性愛に興味ないよ。」


首をふりふりして拒否感を表す。いつものやりとりだ。その一方でルールカはレイニを凝視する。


「なに?ルールカ。」


「レイニって男の子なんでしょ?どうなの実際。」


そう水を向けられてレイニは言葉に詰まる。別に意地悪で聞いたわけではない。こういう機会に確かめておきたかった。


「ぼ・・・僕は・・・」


「起つんでしょ?どうしてるの?」」


「ルールカ。その辺でやめてあげなさい。レイニは複雑な性癖をもっていたりするタイプよ。普通の男の子じゃないのよ。つまりこっそり処理しているのよ。」


エリーゼのその推察にレイニは顔を赤くしてうつむいた。その反応に納得したルールカは次の標的を狙う。


「レイニはそうなんだろうと思ってたわ。・・・で、ミルキは?」


「・・・え?私は別に相手なんかいないし、いらないよ。子供が欲しいなと思ったらこんな戦場でなんか選ばないよ。」


これでいい?そういう意思をこめて、ミルキはルールカを見つめた。他の2人も状況を見守る。それから十分間を取ってから、ルールカは大げさに肩をすくめて見せた。


「・・・そうよね。そうだったわね。ミルキは特定の相手は要らなかったわね。」


「え?」


「そういえば、そうだったね・・・」


レイニがそう納得したところで、少しテーブルが離れて食事をしていたシルヴィが歩いてきた。その姿をみて姿勢を正す4人。


「そなたらは、元気なのはいいのだが、淫らな話はもっと小さな声でやってくれ。下手に男どもを煽ってくれるな。」


「失礼しました。」


「すみません。」


「気を付けます。」


「ところでシルヴィはどうなの?」


ルールカは反省の言葉をせずに、笑顔で王女殿下を話の輪につなげる。


「不敬だぞ。・・・だが、まぁいい戦場だしな。大きな声じゃ言えないが、私はMだ。この立場だ。罵って、虐げてくれるそんな存在にゾクゾクする。」


「さすがは王族。詳しく教えてください。」


「・・・いつになく饒舌だな。・・・まぁそのうちだな。それでは私は戻る。まだ話がまとまらん・・・そなたらはもう休め。ではな。」


軽く手を挙げて姫君は席に戻っていった。その背中を見届けると全員が立ち上がる。食事も終わった。会話もひと段落した。そうするのが自然だった。


だが、テーブルを離れようとしたところでミルキがルールカを呼び止めた。


「ルールカ待って。これだけ私たちに聞いておいて、自分だけは聞かれないとおもった?さぁ聞かせて。あなたはしてるの?それとも自分で慰めているの?」


ミルキがねばっこい声で迫った。


だが、その直後ルールカは微笑んでみせると


「私、殺戮大好きなサキュバスなの。」


艶っぽく、妖艶に彼女はそう言い切った。


夜の静寂の中、ルールカは自らの手のひらを見つめていた。日中の戦闘で感じたあの高揚感、そして敵が苦しむ姿に覚えた甘い悦びが、今も鮮明に蘇る。騎士としての教育は、常に冷静沈着であること、そして無益な殺生を避けることを教えてきた。しかし、彼女の内に潜むサキュバスの本能は、その教えに抗うように、もっと深い『快楽』を求めて囁きかける。この胸の高鳴りは、本当に騎士としての闘志だけなのだろうか?それとも、彼女の血に流れる『何か』が、獲物を前にして悦びを叫んでいるのか。彼女は自らの身体が本能のままに反応していることを自覚し、その事実に戸惑いながらも、抗えない甘美な誘惑に身を委ねそうになる。『私は、この『悦び』を否定すべきなのか?それとも、この力こそが、私を真の騎士へと導く鍵なのだろうか?』彼女は、自らのこの『歪み』を、どう制御すれば良いのか、あるいは、制御する必要があるのか。暗闇の中で、ルールカは自らの本質と向き合っていた。その問いは、彼女の魂の奥底で、静かに、しかし確実に響き渡っていた。


そうして迎えた翌日の朝、ドラング総司令官の号令のもとに討伐隊の9000人が出発する。丸一日の休みが効いたのと、これが最後の戦いという意識のおかげがあってか、消耗した兵たちは気力を保っている。


「・・・っち・・・」


「殺す・・・」


ただ、その中で異様に殺気立った兵士たちが目立っていた。これだけ敵味方関係なく死を見てきたのだ。良心を保ち続けるのは難しい。


そう思ってエリーゼは後方を見た。近衛騎士で編成された中隊が、ドラング総司令官の隊の後方を守る形でついて来ている。シルヴィ王女ともども一か所に固められて、士官は全員馬にまたがっている。


すいぶんと殺してきた。だから大丈夫かな?と思う。兵士としては正しく成長を果たしているが、味方と敵の首の違いはわかっているのかなと・・・


そんな心配をよそにして隊列は進み続ける。


「・・・嫌な感じだな。」


進行方向に広がるその光景に、シルヴィがそう呟いた。壮大な深い谷だった。両岸が険しい崖になっており、この部隊はこのまま絶壁ともいえる道とも言えない岩場を下馬して降りて下っていく必要がある。


一歩間違えれば先が見通せない谷間に真っ逆さまであるとしても、シルヴィが懸念するのは向かい側にある。足場になりそうな凹凸があり、それと向う岸までの距離が微妙なのだ。シルヴィのその考えを察して、ミルキが控えめに口を開いた。


「シルヴィ王女殿下、もしかして向こう岸から魔装砲を撃たれることを心配していますか?」


「・・・うむ。魔装砲を並べて立て続けに撃たれたらこちらは何もできない。進軍して固まっているこちらに対して、向こうは待ち伏せすればいいだけだからな。」


シルヴィのその言葉を受け止めると、彼女ははっきりと進言した。


「可能性としては低いとおもいますが、備えておく分にはいいと思います。」


絶壁とも呼べるその場所で砲を設置させるには難易度が高く足場が狭すぎる。砲兵を配備させるだけのスペースがない。望遠鏡を覗き込んで見てみても敵の気配を感じることが出来ない。だからその可能性はないと、魔装砲に関しての知識を持つものなら誰しもがそう断言できる。


ミルキがそう提案するのを見たレイニはこれに驚いて彼女を見つめる。


「どう備えるのだ?」


「盾で守りを固めるとか?」


「ふむ・・・魔装砲に対して十分な守りは勤まらんぞ。」


「でもないよりはマシという感じです。」


そこまで言ってミルキは対岸に視線を送る。その視線を追ってレイニは「対岸からの奇襲は絶対にない」という考えを捨てた。魔装銃改を作った彼女がそういうのだから工夫次第ではあり得るのだ。


「・・・シルヴィ王女殿下。ミルキの言う通りに備えて、ぼくは後方で待機して遠距離から奇襲に備えます。」


「エリーゼ?」


「そうしましょう。何もなければそれにこしたことはないのですし」


エリーゼに意見を聞き、シルヴィは馬を総司令官の元に向かわせた。作戦に対して意見を言える立場にあるのはシルヴィだけである。


ほどなくしてシルヴィが近衛騎士隊に帰ってきた。


「許可を貰って来た。さぁ配置につけ。」


そう彼女が命じると、近衛騎士全員が一斉に敬礼する。


「・・・・」


ちょっと照れくさくなってシルヴィは横にむいて頬をかく。


その姿を見つめながら、近衛騎士のメンバーはこの戦いが始まって以来、正しく始めて上官から命令を与えられた瞬間だった。


最北軍の兵士が列をなして歩く崖下。長い年月によって作られた天然の横穴に蠢く影がひしめいていた。


「・・・襲撃が始まります。トルーク様。」


対岸の様子をうかがっていた影の一つが闇の奥にそう言うと、剣呑な目が開き蠢いた。


「いくぞ。」


その命を受けた影たちが、音もなく立ち上がった。


「氷族の襲撃に紛れて、シルヴィ王女を殺す。他には目もくれるな。邪魔するものは速やかに排除しろ。」


「・・・」


返事は返ってこないが影たちの意志は伝わる。それから彼ら影たちは一斉に闇の中から姿を現した。


シルヴィ達が警戒を絶やさなかった対岸ではなく、影の群れが蠢いた崖下ではなく、開戦のシグナルは真上から落ちてきた。


「雪山は我らの縄張りだ。ここで全員死ねやキラエルの糞ども!!」


その叫びと共に、兵たちの頭上へ矢が一斉に降り注いだ。思わぬところからの襲撃に誰もが面食らって驚嘆を上げ始める。


「う、上!!??なんだよこれ?崖の上に兵を置く場所なんてないはずだ。」


奇襲に備えて盾を装備していたが、真上からの攻撃に兵たちは驚きを隠せない。対岸からという前提を覆されて混乱する兵士たちに、エリーゼが冷静に声をかける。


「落ち着きなさい。この崖の上に兵は存在しないわ。これは追い込まれた氷族が無理を通してきただけ。」


「盾で守りなさいよ。降ってきた矢はまとまった数じゃない。そう長く続かないはずだから・・・」


ミルキの言葉を遮るように、兵たちの悲鳴があがった。前方にいた兵たちが腕や腹から血を流して呻いている。


「なに?銃撃・・・これも上からか?」


シルヴィがそう叫ぶが、それは違った。その被害が崖際で集中していることを見て、エリーゼは思わず舌打ちした。


「いえ・・・対岸からです。」


「エリーゼ。つまり向こうも同じ・・・」


対岸までの距離を魔装銃では通常届かない。その予備知識をもとにしてシルヴィが状況を把握する。その表情がたちまち戦慄に張り詰めた。


「えぇ。そうです。魔装銃改を装備した長距離射撃部隊です。」


エリーゼがそう結論を下し、その視線の先で味方の兵が銃撃によって倒れる。どこから撃たれているのかわからない以上、彼らへの対処の手立ては盾で守るしかない。そう察した瞬間だった。


「!!??」


対岸からの銃撃が少し止んだ。


レイニの迎撃が始まったようだ。


ふっと、一息つけたところで、ふいにルールカから声が飛んできた。


「上よ。乗り込んでくるわよ。」


その場の兵士たちがはっとして見上げた先に、次々と人影が現れた。崖の上に陣取っていた氷族たちが絶壁を滑り落ちてきたのだ。常識では考えつかない決死隊に、兵たちの思考回路が止まった。


「エリーゼ。迎撃に備えて。来るよ。」


ミルキが剣を抜いてそう叫ぶ。想定外の事態だった。前後左右を守られた総司令官が、あろうことか敵の矢面に晒されているのだ。


「・・・・・・」


精霊魔法を使おうとしたエリーゼが精霊を呼べずに茫然としている。切り替えればいいのにと混乱したその頭ではそう簡単に思いつかない。精霊とともにいる彼女は、その存在が居ない世界が信じられないのだ。


「エリーゼ!」


ミルキが奔る。ルールカはシルヴィを守っている。レイニは迎撃で忙しい。ここで動けるのは彼女しかいない。


兵たちの混乱は増す一方だった。死を恐れずに隊列のど真ん中に滑り落ちてきた氷族たちは、そのまま片っぱしから襲い掛かってきた。多くの者は剣さえ抜いておらず、突然の襲撃に対応ができていない。


「エリーゼ!!」


「くっ・・・」


エリーゼが混乱した手頃な獲物だと見えたのだろう。絶壁を滑り落ちてきた敵が岩壁をけって飛び上がった。


このままでは間に合わないと判断したミルキは剣を捨てて、棒立ちのエリーゼに飛び掛かった。腰から下を抱えて彼女と共に倒れこんだ。その刹那、敵の剣がミルキの髪をかすめて行った。


「・・・っ」


間一髪、なんて思っている暇はない。すぐ起き上がり、捨てた剣の代わりにエリーゼから杖を奪った。仕留めそこなった敵はすぐに2人に追撃をかけてきた。


重い斬撃を杖でなんとか受け止める。そのまま敵との力比べとなったが、もうこの時点でミルキは押し込まれてしまう。


もうあと少しでその刃がミルキに届くその時だった。


「加勢する!!」


そんな大声とともに、思いもよらない助けが入った。ハルマン・デインニキ騎兵隊長がミルキを仕留めようとしていた敵を薙ぎ払った槍で斬り飛ばした。


敵の剣が地面に落ちる。無防備だった背中を斬られて絶命した敵の死体がそばに堕ちる。助かった・・・ミルキは素直にそう思った。


「さっさと起きろ。2人とも!!」


そう言われて起き上がったミルキは、そこで改めてハルマン騎兵隊長の姿を見た。身体全体を覆った金属製の鎧と、片手で握った馬上用の長槍。馬には乗っていないがそれが最北軍最強騎兵隊の出で立ちだった。


「・・・ありがとうございます。ハルマン騎兵隊長。助かりました。」


「騎士とはこういうものだ。」


ハルマン騎兵隊長は言葉少なくそう返すと、彼は颯爽と敵の迎撃に向かっていった。彼の脳裏には、ルールカとの決闘で感じた、あの研ぎ澄まされた剣の感触が蘇っていた。あの時、彼は自分の強さを信じて疑わなかったが、ルールカの技は、彼の常識を打ち破るものだった。しかし、その敗北は、彼から騎士としての誇りを奪うものではなかった。むしろ、更なる高みを目指すための糧となった。今、目の前には、民を脅かす敵がいる。騎士として、この身を盾とし、仲間を守る。それが、彼の唯一の道だった。全身を覆う金属製の鎧が、彼の決意を重々しく物語っていた。


落ちていた剣をミルキは拾い、筋骨隆々の男の背中を視線で追う。


ふと脳裏にその恰好は重くないのかな?と思ったがすぐにその思考をやめた。


これが最北の騎士。そうまとめてエリーゼに杖を返した。


敵味方が入り混じる喧騒となった戦場の中、2つの剣を握ってルールカは上空を睨んでいた。


シルヴィ王女の正面で護衛として、最後の要として彼女はそこにいる。どこからどのようにして敵が現れてもこようとも、それを退ける自信があった。


その双剣の切っ先が震える。絶壁を滑り降りるのに満足せずに、駆け降りてくる大柄な巨体が目に入ったからだ。


ルールカは歓喜した。氷族の中でも、あれほどの強いオーラを纏ったものはそうそういない。


「シルヴィ王女殿下。動かないで。・・・来るわ!」


駆け降りてくる途中でその巨体が宙に舞った。その巨体に似合わない身の軽さだが、シルヴィにいきなり飛び掛からない。なぜなら、その前に立ちふさがる存在が本能的に感じとっていたのだろう。


「しっ」


「おらぁ!」


重力を味方にした斬り下ろす一撃が、それを迎え撃つように双剣が、上から下から同時に放たれた。互いの斬撃が交わった瞬間、火花が弾けた。


「ほぉ・・・」


初撃を終えると、その大柄な巨体は身軽に着地した。


「・・・またお前か」


その両手に握られたクレイモアは、研ぎ澄まされた鋭さはなく斬るのではなく叩くそんな無骨さを感じさせる大剣だった。次にその男に視線を移せば、まず大きな毛皮のマントの下に覗く太いながらも引き締まった全身の筋肉が目を惹き、その猛々しい両の瞳が見る者に息を飲ませる。日焼けで色濃い肌がさらにその男の存在感を象徴する。


「再会ね。」


可憐で華麗な1人の女騎士がそこにいる。2度目のその邂逅。


相手の実力を認めて隙なく双剣を構えて


「あんたが、エスエム・アナーク氷族の族長さんかしら?…ふふ、噂に違わぬ猛々しさね。」


「ふん。サキュバス風情が偉そうに俺の名を呼ぶな!」


ふん。といってエスエムはクレイモアの切っ先をルールカに向ける。その殺意と敵意をまっすぐにルールカは受け取って


「いいわ。その傲慢さ、この剣で叩き直してあげる。私の刃の感触、骨の髄まで刻みなさい。」


「ぬかせ!」


その瞬間だった。放たれた弾丸のようにエスエムが迫る。牽制にある2つの剣も気にせずに、その剣もろとも叩き折ろうとするかのように、クレイモアの斬撃を浴びせかける。対するルールカはそれをすかして躱して、カウンターを狙って剣を繰り出したが・・・


「・・・?!」


その刹那。エスエムは地面に突き刺さった剣を軸にして身体を反転させて足で双剣の剣を薙ぎ払った。常識外からのあり得ない攻撃。これもわずかにして躱したルールカだが、大男の猛撃はここからだった。


「おらぁおらぁおらぁ!!!!」


地面から引き抜かれたクレイモアが、そのまま跳ね上がってルールカに襲い掛かる。双剣で凌ぎつつカウンターを狙おうとするが、死角を狙った拳撃が襲い掛かる。ルールカは嬉鳴を叫ぶ。一手一手がとんでもなく凶悪で、受け取ってしまえばそれでもうそれでお終い。そんな攻撃なのだ。つけ入る暇がない。


「どうしたサキュバス!やっぱりただの淫魔か?」


エスエムの猛攻がまだまだ続く。ルールカの援護に入ろうとした兵士たちは誰もが躊躇する。その剣閃もさることながら、その身のこなしが舞のように踊って魅せる。心を奪われると同時にその命が散った。


一方でその舞を目の前にしてルールカはしっかりと視ていた。剣身の動き。絶やさぬ回転。大柄な体格を生かした視界の広さ。苛烈で猛烈な連撃を冷静に躱しながら、分析する。


アンチュア家に伝わる2本の剣を含めた剣術は、構えの重心を足腰にそして体幹に重きを置く。攻守両方でもっとも安定した形だからだ。それが維持できなくなった瞬間こそが隙になる。どれほど強い剣術があったとしてもこの基本があってこそなのだ。


だけれど、エスエムは違う。最適な攻撃を繰り出すためならば重心など足腰など関係ない。大きすぎるクレイモアを使って、物理の法則に逆らわずに姿勢を制御して重心を切り替えて、なおも留まることを知らずに動き続けているその膨大な体力。


その結果が剣、拳、蹴り、の乱舞。


大剣の剣身がピンクプラチナの髪を数本斬っていく・・・重く大きいクレイモアを隙間なく扱うために、エスエムは「戻す」といった行動はこの戦闘中一切ない。繰り出される斬撃は、勢いに逆らわず次撃に繋げる。その繋撃が絶え間なく回転を繰り返して独特な攻撃を生む。


「さすがは氷族族長・・・といったとこかしら。」


ルールカの口から称賛が零れ落ちる。エスエムが生まれ持った強靭でしなやかな筋肉と、氷族特有の精神がこの戦法を成り立たせているのだろう。


「・・・っし!!」


だから、ルールカは2本の剣で強引に回転撃に割り込んだ。回転の軸を止めればいいだけの話し。だが、


「そんなことで止まるか!!」


2剣を起点にしてエスエムの身体が宙に浮きあがり回転の勢いはそのままで、軸の向きを変えた。


ルールカはこんどこそ驚嘆した。


「横から縦に??!!」


「終いだぁぁ!!」


重力が加わったその斬撃が真上から降り降ろされた。ルールカは渾身の力で双剣を交差させてそれを受け止めながら、自ら後方に跳ぶことでダメージを軽減させる


わずかに開いた間合いがすぐに詰め寄られるそう思って身構えるルールカだったが、意外にもエスエムはここで動きを止めた。その間合いからじっとルールカの様子を見る。


「・・・ここまで凌ぐか。貴様サキュバスだろう?」


「・・・必死なだけよ。見たことも聞いたこともないその技術に圧倒されっぱなしだわ。」


「違うな・・・お前には余裕を感じる。」


サキュバスだと侮っていた相手の実力にエスエムの表情が険しくなる。相手の力量を正しく修正してみせるその精神にも、ルールカは素直に好感をもった。


「わずかな余裕だけだわ。じゃあ今度はこっちから行かせてもらうわ。」


気負いなくそう言い切って、ルールカは2つの剣を構えた。空気が変わった。静から動へへと構えが変わる。それが対峙する相手にも伝わった。


「・・・?ぬかしよる!!来るなら来いや!!」


はぁ・・・と彼女から吐息が零れた。


「イク。」


「サキュバスだと侮ったのは謝ろう。だが、な・・・」


ルールカが駆ける。対するエスエムは微動だにせずに待ち受ける。


「しっ!!」


ルールカが右手を繰り出す。全力中の全力。受けた大剣をへし折るつもりの斬り下ろし。だが、エスエムはそれを受けきった。


その衝撃を軸にしてルールカは身体を縦に回転させてエスエムの技を再現させた。しかも下からだ。あり得ない角度からの斬撃。


しかし、エスエムはそれを引いて避けた。その直後こそが今まで現れなかった一瞬の隙を作る。ルールカの身体はまだ回転途中にある。その彼女の身体は次の動作までは無防備をさらし続けるしかない。


エスエムの膝が沈みこみ、地面が爆発した。最速の踏み込みと共に最短で突きを刺す。必殺の刺突。エスエムが放ったルールカの命を串刺しにする最大の攻撃。


ふっ。


その一瞬こそがルールカが待っていたものだった。完全に背後をさらした状態でサキュバスのルールカが嗤う。小さな羽根が羽ばたいた。


空気が振動した。炸裂した音が2人の喧騒の間に割って高らかに響き渡った。


*****************************************

「はぁぁぁぁ!!!!!」


新たに飛び降りてきた氷族を、長槍で始末した。ほとんど勝負になっていない。彼らが持つ剣では長さが足りないからだ。


「・・・かませ犬じゃなかったのね。」


「ん?何か言ったか?」


ハルマン騎兵隊長がじろりと睨んできた。エリーゼは首を横に振って誤魔化す。かれの活躍によって氷族の決死隊による被害はかなり食い止められている。


「レイニが予想以上に抑えてくれているみたい。このまま耐え凌げれば活路があるわ。ミルキさっきはありがとう。」


「いいよ別に。」


精霊魔法が使えないショックを切り替えたエリーゼが復帰を果たした。見渡せばまだまだ混乱は続くものの危機は過ぎ去ったという感じでもあった。当然と言えば当然とも言える。上からばらばら落ちてくるだけの敵なんて、冷静に考えれば格好の的にしかならない。


「こんな戦法しか思いつかないなんて、氷族は相当追い込まれているってことね。でも何してくるか分からないし想像できないわね。」


「簡単なことだ。向かってくる敵を斬りはらえばいい。それだけだ。」


ハルマン騎兵隊長に解決策を提示されて、エリーゼとミルキは同時に肩をすくめた。そうしているうちに兵の悲鳴が聞こえた。


「今度はなに??」


ミルキが辺りを見渡す。上を警戒していた視線が地面へと向かった。


悲鳴の元はすぐに見つかった。崖際にいた兵士たちが血を流して倒れていたのだ。また対岸からの魔装銃か・・・エリーゼは最初はそう思ったが、続く光景に舌打ちした。彼らに傷を負わせた敵の姿もそこにあったからだ。


「・・・崖下から新手?まずいわ・・・今は全員上に意識が向いている・・・」


エリーゼの言葉が途中で止まった。崖を登ってくる新手は氷族の毛皮を纏ったその姿ではない。黒い恰好で黒ずくめの集団だ。明らかに質が違うと、その統率力と殺傷能力が高く、これ以上なく兵を殺していることを示している。


「新手か?!よし、俺が片付けてやろう。」


「待ちなさい!ハルマン騎兵隊長!!あいつらは違う。氷族とは質がものが違うわ!!」


エリーゼの静止の声を無視して走り出したハルマン騎兵隊長はまっすぐに敵のもとに向かった。何も恐れるものはない。愛用の長槍を握りしめて、体には全身鎧を着こんでいる今。自分が最強だと彼は信じて疑わなかった。


彼の接近にいち早く気づいた黒の敵が、振り向きざまに感情がない視線を向けてくる。咆哮とともにやってくるその筋肉の塊へと、その敵は無言で、魔装銃の銃口を向けた。


「ふん。そんな銃など!」


敵の行動を鼻で笑って、ハルマン騎兵隊長は長槍を振り回した。回転する槍を盾にして敵が放つ魔弾を防ぐ。さらに鎧を着こんでいる。


だがそれは彼自身の視界を遮ってしまっている。その先にいる黒い敵が一本の短刀を抜いた。ナイフではない。もっと鋭利で細く、それでいて漆黒の輝きを秘めたダガー。それを魔装銃を持った手とは逆の左手で持って、黒い敵は地面を蹴る。まさしく影のように幻影のように。


「はぁぁぁぁぁ!!!」


敵がいるはずの場所に向かってハルマン騎兵隊長は渾身の力で長槍を突き刺した。だが予想していた感触はなく手ごたえもない。必殺だったひと槍はむなしく空気を乱しただけだった。


「む・・・??どこだ?」


ハルマン騎兵隊長が首を傾げたその時だった。彼の首から血潮が吹いた。

****************************************

2人の時間が決定的に決まっていた。


剣が敵を貫く瞬間、ルールカの意識は遠のき、全身を駆け巡る快感は、まるで深淵に落ちていくかのような甘美な錯覚を伴った。肉が断ち切られる鈍い感触が、柄を握る手のひらから腕全体に伝わる。飛び散る血飛沫が頬に熱く、そして粘つく感触を残し、その鉄臭い匂いが、彼女の呼吸を乱した。それは、獲物を仕留めた歓喜か、あるいは、もっと抗いがたい「何か」が、彼女の魂を揺さぶる至福の瞬間なのか。彼女の唇から漏れる吐息は、勝利の熱狂に染まりながらも、どこか艶めかしさを帯びていた。


「・・・な・・・に・・・?」


強制的に縦軸がわずかに軌道修正される。かすかな差だった。もう少しタイミングがズレていたのなら結果は変わっていたいだろうそんな刹那の攻防。


腹に剣が突き刺さり、信じられない表情で見ていると、氷族族長エスエム・アナークがかすれた声を絞り出す。


「・・・ぜだ?」


「どうしてこうなったのか?ききたいのかしら?」


左の剣で突き刺した体勢のまま、ルールカは右の剣を軽く振るった。


「あんたのその技術は確かに凄いと称賛を送るわ。でも同じだけの力量を持った相手に関してあんたはわざと隙を作って見せた。」


「・・・ふ・・・」


「回転を利用しての円を含んだ行撃・・・初見で拝見して素直に学ぼうと思ったのはあんたの戦い方を見てからよ。」


大男が握るクレイモアに視線を送って、ルールカは粛々と続ける。


「豪快かつ大胆な体術を混ぜ込んだ技。あの回転撃には心底感服したわ。でもね。やり合えばやり合うほど不思議に感じた。だって・・・あんたは回転するたびに隙を晒していた。ほんのささいな瞬間だったけれど」


「・・・ざ・・・」


「もちろんわかっていたのでしょうね。でも、これまではそれに対処できる対象がいなかった。もしくはこうやって葬ってきた。私自身に置き換えて考えたらなるほどっと納得いったわ。」


「・・・っけろ・・・」


「アンチュア家に限らず多対一を想定した戦い方というものは本来そういうもの。警戒を一時も絶やさずに相手の隙を探すこと。それを逆手に取ったときに確信したわ。あんたはわざと隙を作って、それに対して対応できるそんな奥の手をもっているのだって」


その奥の手を。刺突の姿勢のままの大男を冷然と見つめた。


腹を貫かれて苦しんでいることがありありと伝わってくる。己の死に怯えているのではない。この少女があえて食い止めているからこそ、まだ息を繋いでいる。この状況からの恐怖心だ。


「どう?強制的に縦軸の軌道を変えてカウンターを狙ってみたわけなんだけど」


「・・・」


「投稿しなさい。氷族纏めてね。」


ルールカが静かに声で促す。・・・だがここでルールカは予想できなかったことが2つあった。その1つ、エスエムという族長は絶対に服従したりしないこと。2つ、負けを認めたこの状況下でどういう行動を行うかってこと。


「・・・負けだ・・・」


胴体に入った剣のせいで、エスエムの声はひどく不鮮明だった。だが、もう命の灯が消え果てるその寸前まで彼は迷わない。常に氷族の族長としてあり続け、仲間を助け導き、命を守ってきた。族長としての刻まれた本分を、最後まで貫いていく。


「・・・・ちょっとなにするの?」


突き刺した剣を通して、ルールカの腕に震動が伝わってきた。いまエスエムは刺さった剣をさらに己の身体に押し込んでいた。もはや自分の身体が耐えられないとしり、自分の意志を未来に繋げるために氷族が「生なる戦い」と、呼んでいた、その想いをこめて、


「生きろ!」


その一言を最後にエスエム・アナークは、剣に力をこめて自決を果たした、


「・・・く。」


風に混じって飛んできた矢から、ルールカは反射的に飛び退って躱す。族長自らの献身によって動きを封じられた彼女は、剣を離して後ろめりの姿勢から体制を絶ち直し、迫りくる氷族たちを見やった。


「ちっ・・・」


族長を殺され、目の前の氷族たちが本当の意味で決死隊にされる。


その姿に共感を覚えながらも、ここで彼らを斬るというルールカの意志に揺らぎはない。


族長に刺さったままだった剣を諦めて、再び氷族たちを迎え撃つ。


「待ちなさい!ハルマン騎兵隊長!!あいつらは違う。氷族とは質がものが違うわ!!」


その時だ。耳慣れたエルフの悲鳴に近い声が、ルールカの耳に届いた。反射的にそちらへ視線を送れば、その先にそれを見た。


棒立ちで首から血を吹き、そのまま崩れ落ちる。鎧をまとった巨漢の姿。その身体を踏みつけて通り過ぎていく黒い影。一糸乱れぬ統制されて目的以外は目をかけない。特に先頭を行く黒い影を視た瞬間、ルールカの背筋に寒気が奔った。


立ちふさがる兵士を撫で切りながら、それらの影たちはまっすぐ隊列の中をばく進してくる。その先がシルヴィにむけて一直線に結ばれている。


「・・・」


崩れ落ちたハルマン騎兵隊長の姿が、致命的な出血量が、遠目でもルールカは彼の生存を諦めた。シルヴィと迫りくる影たちの間を、ルールカの視線は往復させる。


「・・・」


斬る。


護衛対象を守る。それだけが彼女の思考を支配した。


「しっ。」


「・・・」


旋風が剣閃となって死を舞い散らす。族長の仇を討とうとやってきた氷族たちはあっという間に命を狩られ、黒い影たちはその脅威から全身全霊をかけて回避を選択しなければならなかった。


疾風が、剣による斬撃を煌めかせる。

烈風が、蹴撃によって空気を斬り裂く。

狂風が、翻って襲ってきた影たちを殴打が吹き抜ける。

暴風が、その場にいた影を殲滅する。


刹那の選択を間違えればしんでいただろうそんな攻撃を、それでも先頭にいた黒い影は驚異的な対応力でそれらをすべて回避してのけた。だが足は止まった。黒のフードで顔を隠しているが、その下には驚きがうかんでいることだろう。


「しっ!」


「つっ・・・」


それでもシルヴィの元に迫ろうとした影は、その先の未来を直前に察して進路を変えた。肌が泡立つほどのルールカの殺気が生と死のはざまの境界線を引いている。


「囲んで。」


そこにエルフの声が飛んだ。シルヴィと比較的近い位置にいたエリーゼ隊を、ここで動かした。


差し迫ってくる兵士どもと、殺意の視線を背中から送ってくれているピンクプラチナの髪の剣士を見眺めて、影のリーダーは瞬時に切り替える。生き残った影たちは迷うことなく登ってきた崖を躊躇うことなく落ちて行った。


「な・・・あ〜。逃げられた」


慌てて崖下に駆け寄ったミルキだったが、もうその時には影たちは闇に包まれて気配を消していた。彼女とおなじように崖際まで追ってきたルールカだったが、ふと、シルヴィのことを思い出して慌てて後ろを振り向く。


彼女の存在を確かめてから再度追跡について考えたが、ルールカは深呼吸してその考えを諦めた。そしてそのまま皆が集まっている場所に駆けていく。シルヴィ、エリーゼ、ミルキがすでにその場にいる。仰向けに倒れたままこと切れているハルマン騎兵隊長を囲むようにして。


「・・・エリーゼ。彼は最後何か言ってた?」


ルールカがそう尋ねる。エリーゼはためらう様子もなく普通に答えた。


「果たして我は騎士としての務めを果たしきれたのだろうか?」


「・・・それで?」


「誰よりも勇敢に戦い、国と仲間を守った騎士に。栄光と祝福を」


と、エリーゼは応えた。葬送の言葉。なかなか気の利いた言葉だ。ルールカには思いつかなかった。


「・・・そう。」


それから1時間ほど態勢を整える時間を作って再び進軍がはじまった。犠牲者の遺体はそのまま置いていく。タグなど名前がわかるものだけ回収して、後は戦後で一斉に処理を執り行う。多くの兵が死んだ。死者は留まり、生き残ったものは進む。前へ。


「これでハッキリとわかったわ。この雪山の戦いはサマールルが絡んでいる。」


進軍をはじめて敵の拠点に大分近づいたころ合いで、休憩を言い渡された兵士たちが一息ついて腰を下ろしている中、エリーゼは仲間たちに向かってそう言い放った。


「長距離から狙撃できる魔装銃を敵が持っている以上、可能性はこれしかないわ。この新兵器はまだレイニ隊に配備した試作しかないのだから。」


「新兵器の開発が進んでいるサマールルなら、魔装銃改が出来上がっていても不思議ではないということ?」


ミルキがそう答えると、レイニが信じられないと声を上げた。


「サマールルが氷族に加担しているってこと?そんなこと許されるの?」


「許されるの。正面きって戦えばそれなりの犠牲を覚悟しなければならない、だから、敵の敵を味方に取り込む。それがサマールルの根本的なスタンスよ。」


双剣を手入れしながらルールカが口をはさむ。


「そうなの。サマールルという強国は、徹底して弱者を立ち回らせるのがやり方よ。なるべく直接戦わず、他をけしかけて戦わせて疲弊させる。それで今回は氷族だったというわけ。」


「なるほど・・・氷族はもともとキラエルとは敵対していたしね・・・」


「と、いうことは氷族が加担しているどころか、最初からサマールルの先方隊だったてこともあり得るの?」


ミルキとレイニが不安気になる。エリーゼはそれに頷いて答えた。


「じゃあなければここまでの被害は出るわけがないのよ。ユリウス副司令官の死、そのあとの雪山の戦闘といい、氷族にしては無駄が少ないのよ。誰かが関与していることは明白。」


「ついでに言えば魔装砲の数が揃いにそろっているのもそうね。氷族を支援して後ろで糸を引いている存在は現場で戦っている兵士たちにもうすうす察しがついているはずだわ。それに、ああして直接手を出してきたし。」


黒い影を思い出したルールカが戦慄を込めて言う。それに無言でエリーゼは同意しつつ、


「・・・たぶん。シャドウファントムよ。」


「影の幻影?なにそれ?」


「陽炎のようなそんな存在。サマールルが闇で動かす暗部、暗殺を目的とした部隊組織よ。そいうものはキラエルだってあるけれど、彼らのその仕事ぶりについては聞こえてくる噂を除けば謎に満ちてるわ」


暗殺、スパイ、扇動・・・そういった裏の仕事をサマールルの都合に応じて闇から闇に紛れてこなしていく。


活動の実態が闇に紛れて、その後証拠も残さずに陽炎のように消えてしまうことから、シャドーファントムと恐れられている。


しかし、彼らは単なる暗殺部隊ではなかった。シャドウファントムは、サマールル帝国の「戦場至上主義」が最も純粋な形で具現化した組織と言えた。彼らは、力こそが全てであり、弱者は淘汰されるべきだという思想を徹底的に叩き込まれて育った者たちの集団だった。その起源は、帝国の黎明期にまで遡る。戦乱の世で、あらゆる非道な手段を用いて敵を排除し、帝国の礎を築いた「影の部隊」。彼らは、帝国の繁栄のためならば、いかなる犠牲も厭わないという、歪んだ「正義」を信奉していた。氷族を扇動し、キラエル王国を雪山に誘い込んだ作戦は、トルークの綿密な計画の第一歩に過ぎなかった。


「氷族がもともと抱えていた問題を煽り、最北軍に戦いを仕掛ける。兵器の取り扱いを学ばせて疲弊させることが目的だったはず。その過程で聖戦なんて大層な言葉を持ちだしてくれたわけだけれど、生きるための戦いという意味だったようね。』」


「ということは、最北軍を雪山に誘い込んだ作戦を考え出したのも、おそらくシャドーファントムだったってこと?ところどころで待ち伏せしてくる戦術は、今までの氷族では考えられない戦い方だったと僕は思うんだ。」


「戦争の戦術、戦略はシャドーファントムことサマールルの本当の黒幕が存在するわね。」


ルールカがまとめたその構図に誰もが納得をしめす。


「戦いに現れたシャドウファントムは、対岸の狙撃部隊と崖下から潜入してきた2つだった。でも、それで彼らの総力とはおもえないわ。」


「散らばっている氷族に教えて回ったのだから、それなりの数が居るってこと・・・・」


「そうよミルキ。そしてやっかいなことに彼らはここまでの戦いに参戦してきたのが先の戦いだけ。まだまだ無傷の影たちが魔装銃改まで装備して潜伏している可能性があるわね。」


そこで、急に沈黙がおちた。


「・・・あくまでも可能性の話しだし、まだ彼らがどう動くかはわからないわ。最北軍に多大な被害を与えた時点でもう目的は達成しているのかもしれない。シルヴィを狙ってきたのもたまたま見つけたのであって本目的じゃなかったかもしれないわ。」


そう言いながら楽観的に白々しく聞こえるとエリーゼは自覚した。戦況はここまでずっと悪い方向へと迎えられている。この先がいい方向に傾くとは考えられないし、思えない。


「出発だ!全員隊列を整えろ!!」


そうこう話しているうちに、大声で命令が響き渡り、休憩を楽しんでいた兵士たちがぼやいて立ち上がる。それに近衛騎士の面々も続いた。


「進軍開始!!」


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