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シルヴィ王女前線に出陣する。

「ルールカ隊、火炎発射。」


感情がともなわないその命令で魔装銃から火が放たれる。木材と岩で作られた簡素な作りの家々、乾かされた獣の皮、わずかに備蓄された食料。そうした人々の生活の場に、真っ赤な火の玉が突き刺さっていく。


「ミルキ隊、レイニ隊、火炎発射。」


燃え始めた家々に追加で炎を送る。その炎はたちまち勢いを増して飛び火して、一軒が燃え、隣の家が燃え、やがて目に入れていた家々が焼け落ちる。


一つの集落が焼失する。エリーゼの命令によってそれらの行為が実行された。


「殺されて、奪われて、最後には燃やすのか畜生め!」


後ろに怯える女子供をかばって立ちながら、焼けていく集落の老人どもがそう吐いた。


殺す、奪う、犯すと散々やってきたのはそっちだろうに、よくもまぁ言えるものだなとエリーゼは思う。


「えっと・・・鎮火したら移動よ。」


無機質なものに対するエリーゼの口調にそこに住んでいた集落の者たちから次々と呪いの言葉が上がった。相手にしないで行こうと彼女は無視を決め込む。適当にののしってくれれば、その分だけ次の作業がスムーズにすすむ。


「・・・・」


良心。そんな言葉は戦場には似合わないものの一つだ。


「・・・シルヴィ王女殿下様?!どうしてこんなところにいらっしゃるのですか??」


高山病のリスクを冒さずにゆっくりと最前線に向かっていたところに、エリーゼたちにとって予想外の再会が待っていた。こうなるだろうと確信を抱いたエリーゼは王女殿下とは麓の基地で別れて行動をとってきた。そう置いてきたのだ。それなのにこうして会うことになるとは・・・


しかたなく天幕に招き入れて、5人全員が久しぶりにそろった。椅子をすすめて腰を下ろしてまずは落ち着こうと思う。


「どうしてもといわれれば、気になったから?か?」


「いえいえ・・・気になったにしては、ここはもう最前線ですよ。王女殿下であろう方がこんなところに居ていいわけがありません。」


どう間違えたらここまで来れる?とエリーゼの目が護衛達に尋ねる。もちろん誰もそれに応えない。そんなのは本人に問いただしてくれと言っているようにも見えた。


「このままただ兵を大勢失いたくなかった・・・それに・・・皆が動くのか見てみたかった・・・」


シルヴィが小さな声でそう言った。ひとしきりエリーゼが驚きを見せた後、気を取り直して予想外の増援を見つめた。来てしまったのはしょうがない。どうしたものか??


「・・・戦局はどうなっている?」


「・・・はい。」


とりあえず受け入れてエリーゼは立ち上がり、奥に置いてある机に向かった。


ルールカ、ミルキ、レイニがそれに続き、シルヴィが最後に向かう。


「予定よりもかなり遅れていますが、ようやく戦局は大詰めみたいです。各々別ルートをとった討伐隊がこの先で合流を果たすそうです。この戦いでどの隊も多くの兵を失い、全兵力は1万にも届かないみたいです。」


死神が住まう峰々の防壁の地図には、エリーゼが言う麓からそれぞれが切り込む形で進軍ルートが示されている。敵を物量で包囲殲滅する作戦とは言えないそんな情報だ。シルヴィはそれを初めて目にしたが・・・


「・・・エリーゼ。尋ねてもいいか?」


「答えられません。なぜって、今更いったところで現状が変わるわけではないのですから・・・」


王女殿下からの言葉に異を唱えたエリーゼだが、その顔には諦めが籠っている。どれだけ不満があろうとも、彼女が戦略をどうにかできる立場でもないし、今頃責任をなすりつけられても困る。とりあえず与えられた命令に対して被害を最小限に止めるのが精いっぱいだ。


「そうか・・・せっかくここまで来たのだ。安心しろ。お前たちの指揮権は私に移譲させる。」


それが本当ならありがたい。エリーゼは素直にそう思った。


「寒いな。まずは焚火をしてもらおうか。」


確かに寒い。焚火がたかれて暖をとっているのにさらに追加で焚火を所望する王女殿下の冗談ともとれるその命令が下された。


各所にある集落を焼き、そこに住む住民を囲い込むようにして連れ出して、エリーゼは雪道を歩いていた。この高さまで来ると周りの景色は雪山道というより起伏がある岩場といった感じである。


「こういった命令でよかった・・・皆殺しにしろって言われたらと思うと・・・」


それを実行する自分を想像したミルキが肩を震わせる。彼女の脳裏には、燃え盛る集落と、そこに住む人々の悲鳴が焼き付いていた。魔導学は、人々の生活を豊かにし、困難を解決するためのものだと信じてきた。


しかし、今、彼女の生み出した技術は、破壊と殺戮の道具として使われている。シルヴィ王女の命令が『皆殺し』でなかったことに安堵しながらも、彼女は、自らの技術が、このような形で利用されることに深い苦悩を感じていた。裕福な家庭で、争いとは無縁の環境で育ってきた彼女にとって、目の前の現実はあまりにも残酷で、理解しがたいものだった。彼女は、自らの技術が、本当にこの国の未来に貢献できるのか、そして、この戦いの先に、本当に平和が訪れるのか、自問自答を繰り返していた。その小さな手は、知らず知らずのうちに、固く握りしめられていた。


「そうね。私もこの命令には賛成よ。手間暇はかかるけれど、敵の補給源を絶つし、いろいろと後には役に立つわ。」


非戦闘員を皆殺しにするという良心に反する行為は別にして、エリーゼはこのやり方を高く評価している。戦局が大詰めに向かっている以上、ここで確保した捕虜は、最後に氷族に対して降伏を勧める材料になる。


「しかしドラング総司令官の場当たり作戦もこれでお終いね。」


集落を片端から焼くように命じた王女殿下の目論見がエリーゼには透けて見えた。敵はこちらの補給を絶つことで戦局を有利に進めてきた。ならこちらも同じようにしたらいい。という考えだろう。間違ってはいない。


キラエル最北軍に対して、氷族はこの氷山というテリトリーを有効に使ってゲリラ戦を展開してきた。地の利を活かして物と人の行き来を雪山全体に構築しているから、ここを落とせば戦局を変えられる。そんな拠点がない。最北軍が数を物にいわせている戦力を彼らは逆に利用して武器にした。うまいやり方だとエリーゼは評価する。だが、それに比べてドラング総司令官のとったものは戦略とはとても言えない。子供の遊び?と思ってしまう。


精霊に頼んであの地図を作製したときは思わず唖然とした。何十本もある進軍のルート。隣同士協力しての設定ならまだ理解に及ぶが、そんな協力体制は皆無。皆それぞれが単独での進軍。この戦いで大軍が苦戦を強いられ多くの兵を失った最大の原因がそれだった。孤立したそのルートで氷族は攻撃を仕掛けてくる。そのどこかの補給線を途絶えさせてしまえば、たちまち前線で戦う兵はなにもできなくなる。


この事態を避ける意味で、隣通し情報を共有させなくってはならなかった。ドラング総司令官は戦果を急いだために、その注意が疎かになった。早期決着がこれだ。


まだある。退却を意識させなかったのも問題だった。拠点は奪って奪われる。それが戦場の理だ。不利なら一時は撤退して体制を整えることに集中して、再び奪い返せばいい。


別に総司令官が名将である必要性もない。汎将であれば失うことのなかった兵を、ドラング総司令官は大量に死なせてしまった。さらにその間違いを殺されなくても済んだ氷族にまで回ってきている。


ここから後ろには今も集落が焼かれているのだろうとエリーゼは思った。こことは違って王女殿下の声が届かないところは、そちらはドラング総司令官の勅命によって皆殺しだ。家、作物、家畜、そして生きる人族、何もかも灰塵にさらわれてしまう集落はどれほどの数になるのか?


「かかった費用に結果が見合わないわ。こんな意味もない討伐戦、なんで思いついたのかしら?」


吐き捨てるようにしてエリーゼは結論に達した。この人美人なんだけれど、怒れば怒るほど口数が極端に減って思考の海に沈んでいくんだなと、エリーゼと同じエルフの副隊長リン・カリュードはそう思い、そこで進路上に見えた集落に気づいた。


「着きましたよ。隊長。」


「・・・ようね。さっさと終わらせましょう。」


監視役の兵に挨拶を交わし、エリーゼは各隊に班分けして非戦闘員の氷族たちを集落に連れて行く。すると、ここに住んでいる住民たちがあちこちから顔を出して感情がこもらない視線でエリーゼ達を眺めた。


もともとは100人程度の集落だったのを、制圧した後、仮設小屋を建てて収容人数を増加させ他の集落からここに集めて捕虜の管理を一括にさせた。


当然のように、家や小屋はすし詰め状態だ。トラブルにならないようにできるだけ反抗心があるものとない者とに分けてはいる。


彼ら彼女らは元々はここの住民でない者たちが多い。攫われたもの、奪われたもの、捨てられた者おおむねそういった理由で種族も様々で違っている。


今までの生活とは一変したその状況に人という種族は次第に慣れていく。だが、慣れはするが馴染めるわけではない。ある者は自分で命を狩り取り、ある者は此処から逃げ出し、ある

者はこの絶望した環境でも死ぬ覚悟ができずただ生きている。ただ腹を痛めて子を作ること。子が作れないのなら肉体労働。家畜となにが違うのだろうか?そんな疑問が湧いてくるが考えるだけ絶望感しか与えくれないそんな生活。次第に思考を放棄した


そんな彼ら彼女らが、夢見て望んだ光景が今目の前に広がっている。どうして今頃やってきたのだろうか?どうしてもっと早く来てくれなかったのだろうか?どうしてあの時助けに来てくれなかったのだろうか?


彼ら彼女らが抱く感情はそういったものから作られている、だから反抗心というものはない。


ここから今更助け出されたとしても、きっと報われない。精神的に。もう死ぬまでこの記憶が消えるわけではないのだ。いっそのことばっさりと殺してくれないかとそう望んでしまうくらいだ。でも、死にたくない。


生と死の境界線を跨いで彼ら彼女らの思考がどういった意味で救いを求めるのか?それは誰に対してなのか?自分自身に対してなのか?わからない。でも、もしかしたらこの目の前に現れた者達が答えを握っているのかもしれない。


だから・・・見るだけなのだ。その顔は見方によっては泣いているように見えるその顔をエリーゼは直視できなかった。


標高3500メートルの地点にある頂きで軍の合流を果たしたとき、兵たちはお互いに抱き合って再会を涙流して喜んだ。この道中、「生きてここまでたどり着くことが果たしてできるのか?」と誰もが抱いた思いだったからだ。


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