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無謀な進軍

「・・・どうしてこうなった・・・」


近衛騎士を引き連れてシルヴィ王女殿下はそう零した。


いま彼女らが出向している基地は真っ白な山脈と目と鼻の先にある。


「前線ではないけれど、予備部隊って・・・」


レイニがいぶかしむ顔を見せた。というのも総司令官が王女殿下を王都に帰さずに、同じ戦線に止めたからだ。前線から十分に離れているとはいえ王族の身を考えれば理解不能なものに違いない。


「シルヴィ王女殿下を返したくない総司令官の思惑が働いてますね。」


ミルキがそう推測する。いま王女殿下が帰りこの戦いを中止されては困る。そう考えるのが自然だった。ルールカもそれに頷く。


「最北の治安の守りにドラング総司令官が取り組むのは当然の立場。とはいっても、ここまで大きな兵を動かすとなると、まずはその詳細を国に伝えてからになるんだけれど・・・」


「その段取りを無視した氷族討伐軍の編成は、あの襲撃事件の後にはもう全軍に伝わっていたのだから、総司令官の単独、独断の命令よ。これは。」


エリーゼが不機嫌に言う。


「いくら実戦経験を積ませるための最北の出張といっても、常識的に考えて王族を最前線になんか回さないよね?」


「もっともな話ね。でもね。レイニ。それはお互いの常識が通じ合ってはじめて成立するのよ。すれ違っていないことを祈るばかりね。」


「・・・ユリウス副司令官がその常識的なところも補っていたのね。」


分厚い雲に包まれた真っ白な山脈を遠くに見やりながらエリーゼとルールカは、期待なんかしている様子がなかった。シルヴィ王女殿下とミルキも重い沈黙を貫いている。どうやら常識が通じないようだとレイニは思う。同じ結論にたどり着いた。


その日。ある荷物が中央基地から届いた。ミルキは射撃訓練場にレイニを呼び出した。


「ミルキ?」


彼の問いにミルキは運び込まれてきた木箱を開けて見せる。中に入っていたのは魔装銃。それも輝きが真新しい新品の銃が箱いっぱいに。


「はい。持ってみて」


ミルキが勧めるままに手に取ったレイニだが、その瞬間には彼の経験が違和感を訴えた。


「・・・重い!普段使っている銃と同じような作りなのに・・・」


「今日からこれ使って。シルヴィには許可もらってあるから。魔装銃改。まだこれだけしか出来上がらなかったけど、そのうち軍に回り始めるだろうけど。」


「魔装銃改?ミルキつまりこれって・・・」


「レイニなら使ってみればすぐにわかるよ。魔弾も新しく作り直したからレイニ隊全員に必ず試射させておいてね。」


ミルキはそう言って、先っぽが尖った魔弾をつまんで見せて、また続ける。


「今のうちに慣れておいてね。ここにあと何日いられるかわからないし、最前線に向かうかもしれない。でも、この魔装銃改を使いこなせれば、レイニ隊が必ず活路を見つけ出すよ。」


そう聞かされて、実際に魔装銃改を使ってみたレイニは驚嘆をあげた。その銃身に刻まれた螺旋状の溝が、魔弾にこれまでにない回転を与え、弾道がまるで意志を持っているかのように安定する。遠くの的を正確に射抜く感覚は、彼の繊細な五感を刺激し、新たな可能性を示唆していた。この力があれば、自分でも仲間を守れるかもしれない。田舎で狩りをして培った彼の射撃の才能が、この戦場で初めて意味を持つと感じた。


氷族討伐の軍が出てそろそろ一週間がたったころ、予備部隊に命令が下された。拠点を行き来して食料、飲料水、魔弾、その他の補給品を運ぶ命だった。防寒については軍服に多少の魔力を流すことによって気温の変化を調節してくれるおかげで薪ぐらいしか必要とされていない。


「予想はしていたけれど、早いわね。」


荷車を引く兵たちを指揮してエリーゼがそうぼやく。


山脈のふもとに構築された拠点には多くの兵がテントを張り、指揮官用に大きな天幕まで建てられている。補給隊に気づくと、すぐに見張りの兵が現れた。


「補給品をお届けに参りました。」


「お疲れ様です。」


てきぱきと荷物を運びこむ段取りをする相手を横目に、エリーゼは周りを見渡した。そして違和感に襲われる。指示を待っているだけの兵がやたらと多いのだ。


その違和感が一瞬にして嫌な予感に変わった。


「ここの指揮官がお呼びです。」


見張り役だったもう1人の兵が天幕を指さしている。


「失礼します。」


その天幕の中にみっしりと10人以上の士官が椅子に座っていた。知っている顔だらけで、中には他の近衛騎士の面々とシルヴィが上座にいる。


「エリーゼ隊長だな?そこに座りなさい。」


ここの拠点を指揮する士官にそう言われてエリーゼは腰をおろす。それで全員がそろったことを確認すると、


「私は、イーゼ・ハンクだ。前線で指揮するドラング総司令官に変わって、今は私が君たちの部隊を預かっている者だ。よってこれからの発言は上官からの命令になる。すでに君たちは補給の任を務めてもらったが、次はここから近い拠点までの補給だ。」


もらった地図を眺めてエリーゼは軽くため息をこぼす。


「目的地までの道順はその通りだ。運んでもらうのは、君たちが運んできたものをまた運んでもらう。以上だ。質問はあるか?」


ミルキがここで手を挙げた。


「あの・・・このまま前線にいくのですか?」


その確認の声は、中央からやってきた士官たちを代表するものだ。


自分たちはエリートであってこんな戦いに巻き込むな。と、言葉にしなくとも伝わってくる。


「・・・前線?とは言い過ぎだな。本当の実践に比べればここは近いというだけで次の拠点までの道のりは十分に安全だ。途中、敵に遭遇する可能性は低い。実戦経験が乏しい君らにとって得難い経験になると思うが。」


それで打ち切って他の質問を求めた。次に手を挙げたのはルールカだ。


「イーゼ隊長。ここにはメディック隊の姿が見当たりませんが、どこに?」


回復はどうするのか?それを念頭においた質問だった。これもすぐに返答が返ってくる。


「君ら達より先に目的地に向かっている。そう急に求められたものだからな。」


ルールカは手を下ろしたが、他の中央基地出身の面々からは動揺が拡がった。イーゼ隊長のその説明は、負傷者が続出している事実を示すものだ。天幕の空気が一層重くなった。


「他は?・・・ないなら、さぁ外に出て指示通りに兵を動かせ。」


退室を促されて足取り重い若い士官たちが天幕を出ていく。


「・・・早いわね・・・もう余裕がなさそう・・・」


士官達の後をついていきながら、エリーゼがそう呟いた。


次の拠点を目指して出発した士官達。だが、目的地に着くと、そのあとには実にくだらない展開が待っていた。


「すまんな君たち。補給はこちらでは足りているから、次の拠点まで行ってもらえるか?」


「我々は次の作戦で忙しい。かわりに届けにいってくれ。」


「エリート様はいいよな。補給品を運ぶだけでいいんだから、そのまま奥の拠点までいけ。」


こんな感じだ。行く先々で、その先にある拠点に物資を運びこむはめになった。イーゼ隊長を真似して、指揮権が変わるたびに最北の士官たちが中央基地の士官たちをこき使い始めた。もともとエリートたちを嫌っている者が多く彼らの扱いがこの戦いで客人扱いから小間使いにと様変わりした。


気が付けばもう最前線と呼ばれるその一歩手前までやってきていた。もちろん犠牲はつきものだ。時刻はもう夕暮れ時。怪我人とそれを世話するメディック隊が忙しく行き来する中でルールカは思う。


この展開は想定内だったが、予想以上に速い。1か月近くも経っているのに、戦果がまったく上がってこない。兵たちの不安と恐怖心が募るばかりだ。かといって士気維持のために嘘の誇張された戦果はいらない。


天幕の中から怪我人の呻く声が聞こえる。いくらポーションや回復魔法があるからといって、すべての怪我人に行きわたるわけではない。命に別状がないのなら、もしくはもう治療を施しても間に合わない者たちは応急処置をすませて後は暇が出来るまで放置である。


ここまでメディック隊に余裕がなくなった原因はただ氷族や魔獣との戦闘だけではない。外傷がない兵士が運ばれてくるせいだ。


ルールカがここの指揮官に直接、メディック隊をもっと低いところに展開させるべきだと提案しようとそう思ったとき、前方から兵士たちの悲鳴が響き渡った。誰かが叫ぶ。


「魔獣だ!魔獣!」


拠点は一瞬にして混乱して騒然とした。だが、ルールカは部下たちが待機している方向に向かって大声で呼んだ。


「直ちに武装して集合。急げ。」


その命を聞いた兵たちが次々と集まり整列していく。ルールカの声だともう条件反射だけで判断した兵たちはすかさず隊長に駆け寄ってきた。ルールカも自分の馬に騎乗している。


伊達にここまで犠牲を払ってきたわけではない。もう慣れたもので指揮がなくともエリーゼ、ミルキ、レイニの隊もそれぞれが出来る最善の配置についている。


前方から逃げてきた味方が横を通り過ぎていく。盾となる迎撃部隊は奇襲によって思考を放棄して固まっている様子が見てわかる。あれはもう迎撃とは呼べない。ただの的だ。


つまり、後方にいる負傷者をこの奇襲から守れる存在は自分たちの隊だけ。


「ウィル・オー・ウィスプ!」


ひと際多くの魔獣の群れが軍服に混じって走ってくる。エリーゼの精霊魔法が放たれる。夕闇に目が慣れていたその群れがその光に本能的に目をつぶった。味方も敵も同様だ。そんな無防備にさらしたその隙をついて


「突撃!」


ルールカの騎馬隊がその命令に、咆哮を上げながら、獲物に食らいついた。


長槍が胸を突き刺し、剣の切っ先が首筋を突き刺す。1人の獲物を数人がかりで串刺しにする。倒した魔獣を踏み付けて次の獲物に襲い掛かる。


光の精霊から放たれた光は、最大限に目くらましの効果を発揮した。効果が続く限り、徹底して畳みかける。隊列を崩さずに最大限に敵を殺して走り回る。後方へ逃げる味方を守りながら近くにいた獲物に刃を突き入れる。もはや作業であった。手心を挟むそんなものはとうに捨て去っている。


効率化された殺戮をルールカは無慈悲に受け止める。もちろん彼女もこれに参加している。いまも足元で呻いていた魔獣を剣で突き立てて、しっかりと息の根をとめた。


敵を仕留める寸前、ルールカの剣は無意識に軌道を変え、急所を外して苦痛を与える一撃を選んだ。その行為に、彼女自身も微かな違和感を覚えたが、全身を駆け巡る熱が肌を紅潮させ、自らの身体が本能のままに反応していることを自覚する。倒れた敵を見下ろすルールカの指先が、無意識に地面に広がる血溜まりに触れた。その冷たい感触が、彼女の心を静かに満たしていく。そして、必殺の一撃を放った瞬間、頭の天辺まで駆け上がる痺れが、彼女の意識を一瞬にして白く染め上げた。それは、勝利の歓喜か、あるいは、もっと根源的な『悦び』なのか。彼女の囁きは、戦場の喧騒の中で、獲物を追い詰める捕食者のように響いた。


もっと…楽しませてくれるかしら?


被害の報告を受けるとルールカは頷いた。


「よし。味方もだいたい後ろに下がったようね。次は氷族がくるわ。今の目くらましは通用しないと肝に銘じておいて。」


そう言ってルールカは次の攻撃に備えさせた。エリーゼ隊、ミルキ隊、レイニ隊もそれに備える。ふいに距離が開いたところで敵が射撃してきた。魔弾が近くをかすめていく。


光撃にはリスクがある。暗い中ではそうそう魔弾が当たることはない。しかし、光によって自分たちの位置を明かしてしまった後なら、話が変わる。敵の魔弾は容赦なく襲い掛かってくる。


それを見透かしてルールカ隊は隊を2分して左右に走り、岩や雪塊などを盾にして陣取る。魔装銃。なにも敵を打ち取ることが義務ではない。先ほどのエリーゼの光撃を真似したらいい。


「撃て!」


左右から放たれた光撃が、暗闇の氷族たちの姿を照らし出した。彼らは当然目くらまし対策をとっているので、反撃を返してくる。だが、この場合は狙いが違う。


「「「撃ぇ!!!」」」


それぞれが最善の位置で陣とっていたエリーゼ、ミルキ、レイニ隊がさっき照らし出された敵の位置を把握したうえでの一斉照射。前に出ていた敵が次々と倒れる。


エリーゼが光を点滅させて、その合図にルールカ隊の騎馬が疾駆する。


「殲滅!」


すでに魔装銃の一斉射撃で大きな被害を受けている敵勢力にとって、このタイミングでの騎兵突撃はもう絶望しか与えなかった。


騎兵というその最大限の暴虐が、容赦のかけらもなく蹂躙しつくす。突進する馬体が敵を蹴散らし、騎手の操る長槍が次々と命を狩り取る。一度突進を許してしまった以上、その足を止める手立てを持たない敵は、怒涛の突撃を受け、逃げようとしたら魔装銃の餌食となる。


「ん・・・」


大勢の決まった戦場を眺めながら、ルールカは恍惚感に身をゆだねていた。ひとしきりその時間を楽しんだあと、敵の勢力を無力化に成功したと判断して、エリーゼ、ミルキ、レイニ隊に合流する。


最終的に100人以上の敵を駆逐し、逃がしてしまったのは数える程度だった。こちらの被害は0。負傷者がいたがどれもポーションで治せる傷だった。運もあったかもしれない、だがこの戦闘には異常なものがあった。


その先駆者となったピンクプラチナの髪の少女は、憧れと畏怖の視線を一斉に浴びているが。


「・・・ゾクゾクするわね・・・」


妖艶に小さく息を吐いた。ルールカの唇から漏れたその言葉は、勝利の歓喜か、あるいはサキュバスとしての本能が呼び覚ます『生命の躍動』への渇望か。血の匂い、肉が断ち切られる音、敵の絶望…それら全てが、彼女の魂を震わせる甘美な旋律となり、騎士としての矜持と、内なる獣の本能が激しくせめぎ合った。彼女の五感を研ぎ澄まし、剣の軌道を、身体の動きを、そして敵のわずかな隙さえも、完璧に捉えさせている。騎士として無益な殺生を避けるべきだと教えられてきたはずなのに、この本能は、彼女の剣をより鋭く、より残酷に、そしてより効率的な殺戮の道具へと変貌させていた。


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