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氷族の襲撃

銃撃の音が、耳をつんざくような轟音となって響き渡る。乾いた破裂音、金属が砕ける甲高い音、そして断末魔の悲鳴が、まるで嵐のようにルールカの鼓膜を叩いた。硝煙の匂いが鼻腔を突き刺し、血の鉄臭さが口の中に広がる。襲撃された方向に視線を向ければ、肉が裂ける鈍い音と共に、倒れ伏す兵士たちの姿が瞳に焼き付いた。彼女の足元では、凍てつく雪が踏み締められるたびに軋み、その冷たい感触が、否応なく現実を突きつける。心臓が不規則なリズムで脈打ち、胃の奥が締め付けられるような感覚に襲われた。視界の端で、仲間の兵士が血を噴き出し、その温かい飛沫が頬に触れた瞬間、彼女の意識は一瞬にして研ぎ澄まされた。


「副司令官!」


目に入ったのは、うつ伏せで倒れこんだ上官の姿。ユリウス・タフィ副司令官が賊の銃撃によって胸を撃たれていた。


胸の真ん中に小さな穴をあけて、血が飛びしきる。止めを刺そうと賊が剣を持って新たに現れる。それを阻止する形でルールカは前に出て鋭く睨みつける。


襲撃されたその状況で、彼女は迷わず踏み込んだ。


「・・・!??」


踏み込みと同時の抜き打ち。


賊の剣の刃をすり抜けて、ルールカの斬撃が敵の身体を斬りはらう。迸る血潮。続く左手の剣で追い打ちをかけて抗った賊の身体が力を失った。


仲間の死を受けて、次々と賊の姿が現れ、ルールカに襲い掛かる。彼女もそれに応えた。


双剣の迎撃が彼らの攻撃をいなし、交わし、乱戦の中で生まれたその刹那の瞬間をついて刃を煌めかせる。


屋敷の中で魔装銃を構えた賊たちは、入り乱れる標的に狙いを定めることが出来ずに、銃撃を加えることができない。


この状況を冷静に見て取った賊のリーダーが、いったん距離をとらせた.それと同時に銃撃が飛んできたが、もうこの時には突然の襲撃に虚をつかれた他の護衛達が動きだしている。


護衛隊と賊がにらみ合う形で状況は膠着。すでに屋敷には侵入を果たしている。護衛隊には有利な状況にある。こうなれば後は時間の問題である。


「・・・引くぞ。」


だが、それくらい賊はわかっているようで、リーダーらしき男が感情を殺した声で命令した。


視線で抗議してくる賊の仲間にさらに命令を浴びせる。


「撤退だ。」


それを聞きとった賊たちがすぐさま身をひるがえした。


さすがにここでまんまと逃すわけにはいかない。その背中を追う。


全力で騎馬が疾走に継ぐ加速で向かい風を突き進む。


「逃がさない!」


前傾で馬にまたがったルールカは跨ぐ足に力をこめる。後ろには騎馬隊の部下たちを率いて、前方には賊どもの背中を見据えている。


あとのことはエリーゼ達にまかせて、自分自身は指揮下の騎馬隊を逃げ去る賊どもの追撃をはじめたのだった。こちらは馬だというのに賊どもの逃げ足は速い。多少は縮まっているようにも見れる。


「遅れるな!」


起伏のある悪路だ。足元を取られないように注意しつつ、速度を保ったまま馬を駆けるのは、高い技術と揺るがない精神力が必要とされる。日頃から十分以上鍛えられていることの証拠でもある。


だが、ルールカは思う。想定以上に賊が速い。もっと速度を上げなければこのまま逃してしまう。兵の数、騎馬、体力、攻撃力これらの要素がそろっていれば追い付ければ負ける要素が見当たらない。ルールカは確信をもってそう判断した。


もう一段階スピードをあげようとしたその寸前だった。逃げ去っていく賊たちの進路上の岩陰にちらりと、影が差した。


「・・・!!全員。停止!!停まりなさい!」


リスクを天秤にかけずに突っ込んでいく愚を、この場の指揮官として常に頭の片隅に残している冷静な判断力を持ったルールカは犯さない。騎馬隊が次々と足を止める。それに気づいた賊側も速度を緩めた。そしてその周りから魔装銃を手にした新手が続々と現れた。


「・・・待ち伏せ。賊にしてはやり手ね・・・」


追撃されることを想定に入れての罠とわかって、ルールカは素直に感心した。あのまま追いかけていれば奇襲によって痛恨の痛手を負っていたかもしれない。


だが、ルールカの判断力が功を奏し、彼女たちの騎馬隊は損害を出さずに敵の主力部隊とおもわしい戦力と対峙した。姿を現したのは、自分たちの存在に気づかれていると悟ったからだろう。


真っ白な山脈の下で、2つの勢力が距離をあけてにらみ合う。


「これは聖戦である。覚悟せよ。キラエルどもよ!!」


その声は朗々とルールカの元に届いた。男性の声だ。距離が離れていて顔まではよくわからないが、並み居る賊たちを代表しての突然の宣戦布告だった。


そう叫び終えると、男は腰から分厚い剣を引き抜いて天にかざした。その剣身が太陽の光をぎらりと照り返した。


その剣先がルールカにぴたりと向けられると、すぐさま賊たちは死神が住まう峰々の防壁へと退却した。


その夜。


夕食をとっている時間は変わらないが普段と雰囲気がちがっていた。誰もが声をひそめて喋り続けている。ひとえに緊張が現れていた。


近衛騎士の面々も同様で、食事を手早く片付けると、今はルールカの話に聞き入れていた。


「聖戦?確認するけどルールカ。本当にそう言ってたの?」


説明がひと通り終わると、エリーゼは眉間にシワを寄せた。


「えぇ。確かに言ったわね。覚悟しろと警告まで頂いたわ。」


「この戦力差で。舐められているものだ。最北軍は。」


シルヴィはそう言った。隣のレイニは黙ってそれを聞いている。


「副司令官が死んだのは遺憾だが、サマールルとの戦争で国力が著しく消耗しているこの時期に、賊どもと争うことなど愚の骨頂だろう?警戒感を増すのは仕方ないとして総攻撃はないであろう。」


シルヴィはそう言ったが、その声の奥には、ユリウスの死に対する複雑な感情が渦巻いていた。彼が、この無能な総司令官の陰で、いかに最北軍を支えていたかを知っていたからこそ、その喪失は王女の心に重くのしかかっていた。ユリウスの死は、単なる一兵士の死ではなく、この最北の地における『常識』と『秩序』の崩壊を意味していた。そして、その崩壊が、この後の愚かな行軍を加速させるであろうことを、シルヴィは予感していた。彼女の胸の奥では、冷たい氷の塊がじわりと広がるような痛みが走り、喉の奥が乾ききっていた。その予感は、まるで雪山の吹雪のように、彼女の心を容赦なく打ち付けた。


「私もそう思います。大兵力で一方的に賊どもを蹂躙する意味がわかりません。」


シルヴィの意見にミルキがそれに乗っかる。だけれど、ふと周りを見渡せば好戦派のほうが明らかに多かった。


「殲滅だ。ここで狩るべきだよ。やつらは。」


「なにが聖戦だ。賊どもが調子に乗りやがって。」


「ユリウス副司令官の仇を取るべきだ。」


血気盛んな意見が次々と交わされている。副司令官という犠牲者が出ているその事実に消極的な発言よりも積極的な声が勢いを増している。特に副司令官を慕っていた者たちが主立っているのは間違いない。


それを望む声が大きくなれば、反対の意見は小さくなる。ごく自然な集団心理だ。だからこそ大声を張り上げて叫ぶように語る者が現れる。


「この戦いに奮い立たずにどうして最北の騎士と名乗れるかぁ!!」


テーブルに拳を叩きつけて筋骨隆々な身体で叫んだのは、あのハルマン・ディンニキだった。食堂の隅から隅まで届きそうなそんな大声に周囲はしばらく圧倒されたが、それもすぐのことで勢いにのった好戦派の声がその場を覆いつくす。


「おおおぉぉぉぉ!!ハルマン騎兵隊長。」


「・・・よいか貴様ら、王国騎士というものは民を脅かす賊を退けるために奮われるものだ。断じて目を背けてはならない。」


ハルマン・ディンニキは高らかにそう言い切った。勢いがさらに増した。期待の目が彼に注がれる。


次々と盛り上がる好戦派がさらに騒ぎ始める。


食堂の圧力が喧騒で満ちる。が、一部で交わされる会話は冷静な密度が増していた。


「・・・想定内ですね。」


ミルキが呟くと、それを聞いたルールカも頷いた。


「予想通り、というのは失礼かもよ。本人も言っているけれど、騎士・兵士とは本来、国と民を外敵から守るために存在している者。王国民に手をかけられたことに対して奮い起つのは普通の感覚と言うべきね。」


自称騎士に過ぎないハルマンと違って、名実共に王国の騎士である彼女の言葉には重みがある。そんなルールカをみやりながらレイニも口を開いた。


「僕もそう思う。それにあの空気の中で反対の意見を発言なんて出来ないよ。」


「・・・ふむ。エリーゼはどう思う?」


シルヴィがそう尋ねたが、エリーゼはそれを無視して思案気に空中をじっと睨んでいた。


「・・・聖戦。聖なる戦い?・・・」


「まだそこに引っかかっているの?」


ルールカがいぶかしむようにして視線を送ると、エリーゼはそれに応える。


「・・・そんな言葉はないのよ。」


「?」


「氷族、匪賊に聖戦なんて御大層な言葉はないわ。」


彼女が言いたいことがわからず、他の皆は首をかしげる。エリーゼは視線を戻して答えた。


「氷族にとって、戦いというのは純粋に弱肉強食の世界よ。強い者が生き残って弱い者が淘汰される。そうした自然の摂理がもっとも現れているわ。彼ら彼女らはそれを受け入れている。この世の真理として粛々と受け止める。だから、聖なる戦いなんて存在しないわ。」


「・・・氷族の奴らは、生存競争を口実にして聖戦と言っていると?」


「そうかもしれないわ。聖を正義に置き換えて、自分たちが略奪によって得たものを都合よく正当化させることが出来る力を持った。」


エリーゼはそこで一旦言葉をきって、


「・・・いるのよ。氷族をうまく操っているそんな影が。」


それより一晩明けた朝、総司令官ドラング・シュークルト指揮下のもと、氷族討伐が最北全軍に向けて正式に通達された。動員兵力はこの時点で1万5千人。これまでに類のない前代未聞の規模での行軍となった。


戦いはこうして始まり、王国の歴史に愚進軍という名の汚名が刻まれた瞬間でもあった。


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