魔導学とテンセイ教
物資の補給地点は山から流れてくる川を中心に作られた小さな村だった。寒い北の山脈もこの周辺だけは温かみを残し、様々な農作物、畜産物で潤いを見せる。
「着きましたよ。隊長。」
「やっと・・・」
ミルキはあくびをかみ殺して、テッツ副隊長を見て取ると、
「いくわよ。」
「え?どこに?」
「物資の受け渡しだけで1時間やそこらかかるんだよ。有効な時間は使わないと。せっかく初めて来た町なんだから。」
と、足取り早くに先行するミルキを彼は止めることが出来なかった。この時点でもうミルキのペースに巻き込まれている。
「なにはともあれここに住んでいる人と話がしたいな。」
「え?」
どうにか引き戻したいテッツだが、彼のそんな思いはこの隊長には届かない。ミルキは近くにある民家に寄っていきなり玄関扉をノックした。怪訝な顔をした獣人の女性が家の中から顔を覗かせる。
「・・・兵隊さん?どうしたの?」
警戒心が先に出て、険しい視線を向けてくる女性獣人だったが、ミルキは物怖じせずに話だした。
「こんにちは。」
話を聞いているうちに、初めは警戒心いっぱいの女性獣人だったが、しばらくすると少しずつ表情が緩んでいく。ミルキがその社交性を活かして身振り手振りで訴えているのもある。
数分も話し込んでいると、もう彼女は笑顔を向けていた。ミルキはそれを笑顔で受け止めて感謝の礼をすると、それからようやくテッツ副隊長の元に帰ってきた。
「テッツ副隊長。あっちに顔を洗える水場があるって。」
「・・・ミルキ隊長・・・社交的すぎます・・・」
「うん?役得だよね。誰にでも謙虚な姿勢が大事だよ。」
自分には無理!と思いながら、テッツ副隊長はミルキの後を追う。
「あのひと、ここの軍人を嫌ってないし、怖くないみたいだったよ。」
「え??それは隊長だからでは?いえ・・・基地にしても町にしてもお互い良好の関係を築きたいだろうし・・・最北軍の方針なのでは?」
「んっと。ユリウス・タフィ副司令官の方針みたい。最北軍の運営、管理は全て総司令官が丸投げみたい。」
ミルキは兵たちの中で周知のことをこの町でも確認を取りたかったみたいである。
最北国王軍総司令官ドラング・シュークルトは、名ばかりで偉そうにふんぞり返っているだけで、実際の指示はユリウス・タフィ副司令官から降りてくる。総司令官はお飾りで、副司令官がそのお守り。この地で出張してから様々な角度で聞き耳をたててみれば兵たちの間でこのような実態が明かされる。
その生家はキラエル王国にとって歴史的に権力と結び付きが大きく強い。様々な色々な思惑から、そんな彼を支持する派閥がある。
実績、実力がなくともコネでこの地位につけてしまう。そういうことが起きないように徹底した国作りをしてきた王国だが、この手の過去から続く旧悪はなかなか根絶やしにできない。
もちろん国からしてみればうとましい。実態がともなっているのならともかく、そうでないものに高い地位を与えたいはずがない。しかし、政権を支える派閥を無視はできない。というもとに生まれた妥協点が、最北の実権と堅実で誠実な補佐役をつけるということだった。
その役がユリウス・タフィ副司令官というわけだ。
「あ、でも、ひとつだけ総司令官が指揮とることがあるみたいです。」
「なにに?」
「はい。氷族の討伐に関しては直接命令が下されるみたいです。それと、実績をもとめて自分で前線に赴くこともあるとか。」
「正義感溢れる気高い軍人さんということ?」
「正義感ではなく、ただの鬱憤晴らしだと自分はそう聞いております。」
テッツ副隊長の言葉にミルキの脳裏に蘇るその話。
「閑職に追いやられている自覚はあるみたいね。氷族の制圧がさしずめ総司令官の実績と実力をしめし、最北軍の実権を手に入れたい。そんなところね。」
なるほどと納得しつつ、歩を進めていたところで目的地の水場に着いた。
「まぁ私たちが関与できる問題ではないわね。せっかくだし、他の話をしましょうか。」
そう言ってミルキは井戸の中に降ろした滑車を引き上げて水を汲んだ。
「・・・では、聞いてもいいですか?」
「なに?改まって。」
「・・・あの魔導学っていうんですかね?それは一体どんなことなんですか?」
魔装銃の改造のことを思い出してテッツ副隊長は尋ねた。洗顔の手を休めずにミルキはそれに応える。
「例えば、この井戸。人族が作り出した水場だよね。遠くに離れた水源を求めなくっても、必要な水を得ることが出来る。この滑車があるから水汲みができる。しかも魔力を通すと非力な女性でも簡単に出来るね。」
ミルキはしっかりと顔を洗って眠気を覚ましてから、改めてテッツ副隊長に向かいあった。
「そうして具現化された道具をさらに魔力で最適化したのが怠惰の結晶。それが魔導学。つまり、楽をしたいのならそれなりの努力が必要ってこと。わかる?」
「・・・なんとなく・・・。ですが楽をしたいためにはその知識を公にして皆で次の楽に過ごそうとする考え方?でしょうか?」
自信なさげに要約されたテッツ副隊長だが、それを聞いたミルキは満足そうに頷いた。
「その通り。テッツ副隊長。その理解力こそが、魔導学へと繋がるのよ。素晴らしいわ。あなたには才能がきっとある。」
魔導学は、単に便利な道具を生み出すだけでなく、人々の「楽をしたい」という根源的な欲求を原動力とし、知識を共有し発展させることで社会全体を豊かにする学問であることを示す。これにより、井戸や滑車のような身近な例から、より大規模な社会変革へと繋がる可能性を示唆し、魔導学の概念に深みを与える。
「いえ・・・そんなものは・・・」
「いえ。あなたは私の副隊長よ。方向性はまちがってない。」
どんな方向性ですか?という本音はミルキ相手には口に出せなかった。そんな副隊長の恋心を無視して、ミルキは勝手に話を続ける。
「そうそう、私の方からも聞きたいことがあったの。前にエリーゼに魔法のこと聞いていたよね?それでテッツ副隊長はなにかわかったの?」
精霊魔法。他の魔法とは原理が違い、精霊と契約を交わしその力を顕現させる。エリーゼ隊長と交わした会話を思い起こしつつ、彼は応え始めた。
「えっとですね・・・精霊魔法と属性魔法との根本的な違いについて、いろいろと教えていただき・・・」
属性魔法とは、生活魔法、空間魔法、攻撃魔法、回復魔法、支援魔法、召喚魔法などと様々な種類がある。その扱いは己が体内に宿している魔力で得意な魔法を発動できる。
「うん。」
「それ自体ももちろん興味深いのですが、自分は昔から疑問を持ってまして」
「疑問?どんな?」
視線を向けられて、テッツは顔を赤くして視線をそらした。
「・・・おかしくないですか?どんな魔法でも対魔獣にたいしては十全に効果を発揮するのに、対人族にはその効果が発揮できない。えっとつまり……」
テッツの言葉は、長年彼の中に燻っていた、テンセイ教の「常識」への根源的な疑問だった。「敵は魔獣・魔物であって、人ではない。テンセイ教の教えだったかな?」
ミルキの問いに、彼は深く頷く。テンセイ教の教えは、幼い頃から人々に浸透し、魔獣との戦いを通じて王国を結束させる「絶対的な真理」として機能してきた。しかし、彼の「個人の感情」は、その教えと現実との乖離に苦しんでいた。なぜ、同じ人族同士が争い、憎しみ合うのか。魔獣という共通の脅威があるにも関わらず、なぜ人は内なる「負の感情」に囚われるのか。テンセイ教は、魔獣を倒すことだけを説き、才能に恵まれた者を称賛する一方で、劣等感や嫉妬といった人間の心の闇には目を向けなかった。その結果、才能なき者が抱える負の感情は、魔獣ではなく、同じ人族へと向けられることになったのではないか -。
彼の問いは、単に魔法の効力に留まらず、人間の本質、そして「正義」とは何かという、深い哲学的な問いへと繋がっていた。ミルキの魔導学が「楽をしたい」という人間の根源的な欲求から生まれるように、テッツの疑問もまた、人間の心の奥底に潜む矛盾を浮き彫りにしていた。
「はい。子供のころから敵は魔獣・魔物だと教えてもらってきたのです。自分が持っている常識からすると、おかしいのです。脅威がそこに存在するのになぜ人族同士は争い続けるのか?」
そこで一旦言葉をきってからテッツは難しい顔になってさらに続ける。
「でも、そう考えているうちに、ふと思ったのです。」
「うん。」
「テンセイ教の教えは間違っておりません。確かな被害が存在しています。魔獣・魔物は敵、人族にとって戦わなければいけない存在です。魔法効果を考えてみても全面的に正しい。」
「・・・」
「だけれど、その常識として考えていることを疑うべきでは?と。魔法は才能によってそのものが待つ価値観が一変します。強い魔獣に対して効果的な魔法を発動できる者たちを周りは求めます。では、才能に恵まれなかった者たちはどうなるのか?」
軽く聞いたつもりだったミルキは苦笑気味だったが、それを無視して彼は続ける。
「身体を鍛え、知恵を磨き、道具を創作する。魔法の才に恵まれなくとも出来ることをしたらいい。そう考える人たちはたくさんいるでしょう。でもそれができない者たちは必ずいます。」
「劣等感というやつね。」
「そうです。テンセイ教の教えにはそういった者たちのためになんらかの救いの道がなくって・・・」
「うん。」
「敵は魔獣・魔物だ。倒せ、殺せ、殲滅しろ。魔獣・魔物を駆逐するだけの言葉だけ。才覚に秀でた者達を褒めたたえ、そうでない者たちには煽る言葉を向ける。そこに負の感情が生まれたことについては関わらない。」
ミルキの目が興味を引いたことに気づかずに、彼は口から言葉を放つ。
「テンセイ教の敵は魔獣。魔物だと教える一方でこういった負の感情を抱いた者たちを生み出すことだとしたのなら、人族同士が争うことに不思議な違和感を感じないのではないかと。テンセイ教の教えはこういった側面を持っているんじゃないかとエリーゼ隊長と話ししたときに自分はそう思いました。」
なかなか深い話をテッツ副隊長は言い終えた。伝わっただろうかと彼は不安を覚えたが、ミルキはしっかりと受けとめてくれている。
「魔獣は脅威であるのは間違ってないけど、より脅威なのは自分たちが抱いているその感情ということね。」
「はい。そうです。」
ミルキの魔装銃改が示す『革新』の力は、テッツが抱く『常識』への疑問と響き合う。旧態依然とした思考が、いかに多くの犠牲を生むか。そして、新しい技術が、いかに戦いの概念を変え、あるいは新たな倫理的課題を突きつけるか。シルヴィ王女の『うまく負ける』という計画もまた、既存の『勝利』の概念を覆す『革新』であり、その根底には、彼女自身の過去という『個人の感情』が深く関わっている。この物語は、単なる戦争の記録ではなく、伝統と革新、個人の感情と集団の常識が複雑に絡み合い、登場人物たちがそれぞれの『正義』を模索する、『抗い、あるいは受け入れるのか』『どれを選択するのか?』『未来という物語を紡ぎ出す』
「・・・興味深い話ね。テッツ副隊長はすごいね。よく考えて物事をみているね。」
「・・・」
そう言うとミルキは彼の手をとって両手で握った。
その言葉は顔を真っ赤にした彼の耳には届かなかった。しばらくその状態を維持していると、
あぁ・・・この人私に恋してるんだ。
ミルキ・ゴーンドは直感的にそれを悟った。目の前の長身でガタイがいいこの男性はきっと女性と慣れ親しんだ環境で育ったわけではないのだろう。真面目で誠実そうな性格で仕事以外の話題がおもいつかない。彼が唯一できるのはこうして一緒に仕事をこなすことだけ。
ちょろい。
上面の笑顔を取り去ったときのミルキの本質は純粋さとは程遠い不純が混じっている。育った環境が彼女をそうさせているわけだが、それに気づけるものはそうそういやしない。彼女が持つ社交性をより好意的に受け入れてしまうからだ。
硬直したテッツ副隊長をどうしたものかと思案したミルキだったが、突然の悲鳴によって彼の時間が動き出した。顔は赤から元の色に戻り、続いて響き渡る銃劇の音。
「!?なに?」
ミルキがその方向に視線を向けると副隊長もそちらを伺う。
「・・・あっちはたしか・・・」
「あ!?町長の屋敷がある方向だよね?」
その返事を待たずにミルキたちは走り出した。




