軍の経営
最北への出張から1か月あまりが起ち、王立騎士養成アカデミーの士官達とその兵もようやくこの環境に慣れ始めていた。
北に連なる山脈を背景に、一糸乱れぬ歩調で行進を続ける兵たち。彼らの先頭を若い士官たちが目の前の山並みを白い目で見つめて騎乗している。
「死神が住まう峰々の防壁」
キラエル王国建国以前から、外敵がこの山々を超えて攻めて来たことは一度もない。唯一隣国と陸地が繋がったこの山は、訪れる者を拒み続けている。その事実からいつしかこんな呼び名が生まれた。
だが、超えてくる外敵はいなくとも、そこに住み込んでいる者たちがいる。社会に馴染めない者達。いわゆる社会不適合者と呼ばれる連中、それが匪賊=氷賊だ。彼ら彼女らとは歴史的にみても分かり合えないし、衝突は頻繁に起こっている。
その徒党を組んで略奪・殺人・強盗行為を事前に阻止するためにこうして示威行動をとっているわけだが・・・しかし、ここ数年ほど前から氷族の小競り合いが急に減った。まるでもう誰も住んでいないかのように。すなわち暇というわけだ。
事前に情報を聞いていたとはいえ若い士官の大半は暇した顔を日に日に増していくのだった。
緩やかな起伏の大地を王女が含む中隊がそろって荷物の運搬のために元よりの町に向かっている。片道2時間はかかるその必要な道程は、食料を始めとした色々な生活物資を補充して基地に持ち帰るためだ。
行きも無駄に空でというわけにはいかない。メンテナンスが必要な武器、防具、道具、雑貨それらを荷車に乗せて運んでいく。
ひいこらと兵たちが荷車を引いているその先頭を悠然と馬にまたがって中隊を率いるのは、風に靡くオレンジ色の髪で遠目でもわかる第一王女のシルヴィ。だが、物資の運搬という任務と王女を指揮下という大役を負った顔色の悪いやせ過ぎのユリウス・タフィ副司令官が隣にいる。
「ご退屈でしょう?王女殿下.」
「いや。そんなことはない。これの重要性はわきまえている。」
シルヴィは率直に応える。隊列の大半は運搬を主とした荷物を運びこんでいるが、シルヴィ達は護衛を主とした戦闘装備だ。襲撃があったときには必然的に迎撃の働きを求められることになる。
「しかし、副司令官みずからこういった輸送任務に自ら進んで行っているとは驚きだな。」
「・・・理由は色々とあるのです・・・」
物資の運搬以外にも、副司令官が出向かわなければならない用事がある。・・・その内容にもシルヴィは想像がついたが、あえて聞かない。
「王女様。戦術、戦略だけで戦争で勝てるわけではない。今の内から軍の経営について学んでほしいのです。」
自重を込めたその声で、ユリウス・タフィ副司令官がそういった。シルヴィは頷く。こんな辺境と呼ばれる地で軍隊を維持し続けることに苦労が共わないわけがない。
「中央基地を見てきた王女様にすれば、今いる最北の基地など兵力も少ないし、設備も整ってない、犬小屋に等しいかもしれません。しかし、我々の最北の基地は見た目とはまた違った理由があるのです。」
言葉を呟いた副司令官が、ちらりとシルヴィを見る。
「補給の問題であろう?大きな拠点を築いてしまえば、その運用のためにその負担がこの地に住まう住民に集中する。・・・結果的に軍を維持させるために民が飢えることになる。だから小さな基地をいくつも作るしかなかった。」
「・・・その通りです。民を敵に回した軍に未来はありません。これは綺麗ごとではなく彼らが作る食料がなければ、我々はただ飢えるだけです。彼らの顔色を窺って軍を運営し継続させるしかないのです。」
ふむ。とシルビィは頷いてみせた。
「軍とはそういうものであろう。民の生活のために戦うのであって、戦いのために生活が潰されるわけにはいかない。」
そう答えるシルビィに、ユリウス・タフィ副司令官は眩しそうに見やって、そして頷いた。
「そういって下さる王女殿下なら、どんな時勢が訪れようとも良き王にいらっしゃれるでしょう。」
「時勢?」
「どんな命でも時の流れにはかないません。ろくに戦争を経験しないまま年をとっていく者もいれば、戦火にもまれて生まれてくる命もいます。それが幸か不幸か?わかりませんが。」
「生まれたことが幸せであることに決まっている。戦争や災禍があろうとなかろうと、生きている。それがその者にとって大事なことだ。」
「・・・王女殿下。」
ユリウス・タフィ副司令官はそのシルヴィ王女の言葉を深く頭に刻み込むようにして沈黙した。




