死神が住まう峰々の防壁
王都を北上して、長い長い道のりを士官達は馬に乗り、兵士たちはひたすら歩を進める。道中魔獣に襲われたり、水場もごく限られていて準備が整っていない旅人は厳しく拒まれる。
そうした旅路を経て、やがて「これより先は敵地と思え」と防護柵の境界線がひかれている手前に彼ら彼女らを迎え入れる王国最北の軍事拠点に到着した。
「王立騎士養成アカデミーの諸君、そしてその兵士たち。今年もよく来てくれた。我ら最北の王国軍は君らの到来を大いに歓迎する」
基地の中にすべての人員が収まったところで、整然と並ぶ兵たちに歓迎の言葉が述べられる。やや太り気味の身体と、きっちりと整髪料でまとめられている髪型が印象的な最北国王軍総司令官ドラング・シュークルトだ。
「・・・であるからして王国の未来を担う諸君たちがここで学んだことを活かし純粋に王国を守ることを願う。わたしからは以上だ。」
聞いた言葉が右から左へと流れていく。中身のない内容だった。それも30分ほど延々と続き、やっと締めくくられたところで、半分近くの士官が肩をすくめた。
喋るだけ喋って満足気な様子の総司令官が降りると、変わって痩せすぎで顔色が悪い男性が同じ場所にたった。
「副総司令官のユリウス・タフィーだ。早速だが、君たちのこれからを説明する。」
御大層で中身がない総司令官の話とは違って、実用に特化した説明だった。どの部隊がどの現地部隊に配属されるのか、指揮系統はどうなるのか?食事、寝る場所、トイレ、などなど。
「以上だ。質問があれば後で各々の上司に問い合わせてくれ」
そう言い切って副総司令官は下がっていった。
「・・・気苦労が絶えないのでしょうね・・・」
エリーゼのその言葉は疲労が積み重なった丸まった背中に向けられた。
その声を拾ったユリウスは、その言葉に小さく頷いた。名ばかりの総司令官の代わりに、最北軍の運営を一手に引き受ける日々は、肉体的にも精神的にも彼を蝕んでいた。しかし、彼を突き動かしていたのは、この地の民を守りたいという強い信念だった。中央からの補給もままならないこの辺境で、軍を維持しつつ民の生活を圧迫しないよう、常に最善の策を模索してきた。その重圧は計り知れないが、彼の選択一つ一つが、この地の未来を左右すると知っていたからこそ、彼は決して手を抜くことはなかった。
案内された部屋に荷物を置くと、すぐに士官限定の歓迎会に呼ばれた。
歓迎会とはいっても慎ましいもので会場は普段は会議室を使っている大部屋だ。食事や飲み物だって辺境の軍の施設だからだろう豪華なものはないし、文句をつけることもできない。
「国王陛下に、乾杯!」
ドラング総司令官が音頭をとり果汁が入った杯を掲げた。それからは適当な相手との社交の時間。若き士官たちは、先輩士官からひっきりなしに挨拶を受け続けることになる。
もちろん、噂に聞く近衛騎士の面々に、彼ら彼女らの興味が向かないわけはない。
「お前らか?期待の新人というのは?」
「王女様を沈没した船から助けたんだって?」
「サマールルの兵士を見たのか?奴ら魔獣を主食していると聞くが本当か?」
異例の出世を果たした4名にたいして、先輩士官たちの態度は様々だ。単純に興味を抱いたもの、嫉妬心をのぞかせる者、今後を見据えて取り入ろうとする者。
サマールルの兵士と戦った時の話を聞かせろというものが特に多い。最北のこの地ではサマールルとの戦争を経験したものがいないからだ。
エリーゼとルールカは慣れたものでさらりと流していく、ミルキとレイニは逆に話題の中心人物として扱われる立場を味わっていた。ちなみにシルヴィは、笑顔で上座に座って、隣のドラング総司令官の話を聞いている。そう聞いているだけだ。
そんな社交時間をしばらく続けていると、突然野太い男性の声が響き渡った。
「はっはっは!この時をまっていたぞ。アンチュアの娘。」
同席していた全員を振り向かせるほどの大声。その先輩士官と向き合う形でルールカは彼と対峙していた。筋骨隆々の身体と、整えられた口髭にその腰には訓練剣が見て取れる。
「私をご指名ですか?」
きょとんとしてルールカが問い返すと、大男は両腕を組んで仁王立ちとなりルールカを見下ろす。
「我が名はハルマン・ディンニキ最北国王軍所属、騎兵隊隊長。年は24だ。」
「・・・王国軍シルヴィ王女近衛騎士ルールカ・アンチュア。年齢は関係ないでしょ?」
「おう!関係ないとも。さぁ、勝負だ。」
ハルマンが訓練剣を2本投げてきて、それをルールカは受け取った。彼女を知っているのだろう。長さが違う訓練剣だった。ルールカはシルヴィに視線を移した。
「決闘の申し出のようですが、いかがしましょうか?」
「総司令官。そう言っているがどうする?」
「王女様。大変申し訳ございません。今更引けないでしょうし、この場で執り行いましょう。」
申し訳なさそうに総司令官がそう言うと、周りの者たちがテーブルを片付け始めた。付け加えておくとこうなることを見越してか、テキパキと決闘の場が整えられていく。
2人が訓練剣を構えると、血気盛んな先輩士官たちが沸き上がった。誰が言い出したわけでもなく円陣をくんで2人を囲む形で決闘の場が作られた。そのイベントに大半の者が喜んでいたが、中には面白くない顔をしている面々もいる。
「これが本来の歓迎会の催しか?」
不愉快そうなシルヴィの言葉。その発言に総司令官と副司令官がなんと応えようかとしたが、そこにふいに現れたエリーゼが割り込んだ。
「これは慣例なんですよ。新米士官がこの土地に赴任したときのね。」
「こうも簡単に決闘を許すなど、軍の基本ともいえる秩序を乱すことにはならないか?」
「そうですよ。全体の秩序を守ることが軍の基本です。その基本を守るなら兵はもちろん士官の装備だって統一されなければいけない。個人の都合で変えていいものじゃないわ。でも、ルールカの双剣は、彼女が近衛騎士だからこそ許される特権なんです。」
いきなり現れたエリーゼが語る様子に総司令官と副総司令官が目を丸くする。今まさに始まろうとする決闘を眺めながら、エリーゼは続ける。
「約1000年前、ダンジョンが現れるまではキラエル王国は戦国時代でした。各地でそれぞれが武力を背景に領土を広げようと支配しようとしていました。この時代、国王が直接手を下す力は事実上存在しておらず、1つの領土がそのまま軍事と行政を行っていました。簡単に言ってしまえば、王国全土にキラエル王となれる存在が何人もいたわけです。この状況下ではその当時の王はその候補者の中の1人にしかすぎませんでした。」
「王族に関わる者たちなら誰でも知っている歴史だな。その後、その時代で有力だった3つの勢力が王を絶対君主として擁立して手を取り合った。それが、シュークルト、アンチュア、ハインツ・・・今でも影響力がある3家だな。」
「そうです。彼らの目指した先は、王という絶対的な権力者のもとに政治、軍事、経済を一本化すること。それによって内部分裂を減らして、外敵が迫った折には一丸となってそれに当たれるよう、統治権力が中央政府に統一集中する体制を作り上げることでした。もちろん簡単ではありません。自分のとこしか考えられない領主との衝突は頻繁に起こり、それでもこの改革を推し進めるためにこの3家は武力行使して反発する領主を大幅に減らしました。ただ無差別に滅ぼしたわけではなく、この時代の流れをくみ取った領主は生き残りました。それはいまなお引き継がれております。いわゆる時代の先見者、ペルニウス家が有名ですかね・・・」
「ふむ・・・それでどうして決闘に繋がる?」
キラエルの歴史を今更教えてもらったところでどんな意味がある?そんな王女にエリーゼは肩をすくめて答えた。
「王のもとに一本化された命令系統と秩序を重んじる。現在の基礎を作り上げたのはルールカの御先祖様なんです。サキュバスと人とのハーフである彼女であってもれっきとした血筋を受け継いでいるわ。だから、いくら強かろうと才能に恵まれようとも秩序を無視していいわけでもない。」
「む?それはわかるが、だが、力ある者に対しては許されてもいいのでないか?」
「確かに。長い戦乱の終わりに政治、軍事、経済を纏め果たした当時のアンチュアの領主は、その大業の達成を報告すると同時に、その場で辺境に引きこもると言い出しました。全体の秩序を守りながら新たに王国を盛り上げるそんな才能豊かな若者に時代をたくそうとしたのです。それを聞いた王は動揺しました。王の剣としてアンチュアに絶大な信頼を寄せていたのにいきなり側を離れると言い出した。様々な説得を試みましたが、頭が固いことで知られるその忠臣は折れる気配がありません。王命でここに残って王国を盛り立てろと命じることはできましたが、それではお互いの関係に溝が出来かねない。悩み果てた王は、それでも苦心して,一つの口実にたどり着きました。」
そこまで聞いて、シルヴィははっと思い出した。
「・・・そうか、これが「次代と審判と決闘」か・・・」
「そうです。折れないアンチュアに対して、王は言いました。そなたは時代が変わったゆえに老いた自分は要らぬと申すが、その次代を受け継ぐものが果たして今いるのか?そのものが現れるその日まで日々忠勤に励み余につくせ。」
「強引な・・・とも言い切れぬな。その時代、まだ不安定な世情のもとで王はアンチュアに頼りたかったのだろう」
「その言葉にアンチュア領主は、少し考えてこう言いました。
「では、私が決闘で負けるまでは身骨を砕いて仕えます。若者を育て鍛え上げ、見定める。それは同時に時代の先見者となりうる存在にあとは任せる。そんな決意の表れでもありました。」
長い話を続けているうちに、いよいよ決闘が始まった。ハルマン・ディンニキが全霊をこめて大きく振りかぶって訓練剣を降り下ろす。
「それが次代の変わり目である限り、軍の中で決闘は許される。だから見せつけてやるのですよ。強いだけではいけない。確かな時代を証明しなければいけない。」
相手の斬撃を横に流して、ルールカは防戦に回った。相手の実力をすべて受け止め、その上で完全にねじ伏せる。決闘という形式の中でアンチュア家に伝わる決着の仕方。
「アンチュア家は誰もが2つの剣を扱えるわけじゃない。見た目は強く感じるけれど実際は扱いきれるものじゃないわ。その双剣を降り続けることを許されているのは歴代でも10人にもみたないでしょう。」
攻め立てるハルマン・ディンニキ隊長だが、その表情には次第に焦りが浮かんでくる。それも当然のことだろう。彼の猛攻に対して。ルールカは受けに回ったまま攻撃を返していない。そのくせ一歩も動いてない。ルールカの立ち位置が全く変わっていないのだ。
「王女様は以前からもう知っているとおもいますが、せっかくの機会だし改めて見てください、あれがルールカ・アンチュアとういう騎士というものです。」
風が吹いたそんな音が聞こえた。ハルマン・ディンニキ隊長の手から訓練剣が弾き飛ばされるその刹那を見届けたものはごくわずかだったが、その結果を本人は自覚をもって理解していた、
観衆が一斉にどよめいた。消えた訓練剣が宙を回って床に突き刺さったのだ。
「まさしく剛剣でした。あなたと馬上での決闘でなかったことにこの幸運に感謝を。」
勝ったルールカが先に相手を称えた。一歩間違えれば嫌味に聞こえるがハルマン・ディンニキ隊長はその意図が解る。
大上段に振りかぶろうとしてその一瞬を狙って剣を絡め取って掬い上げる。相手の力を利用したそんな神業。その力の分だけ訓練剣は勢いよく宙を舞って床に突き刺さる。その結果は敗北とともに自身が持っている剛腕を証明し、これが馬上戦なら結果は違っていたことでしょう。と、解釈させる。
「・・・見事。」
完勝しながらも、なお相手に恥をかかせない。そんな騎士としての姿勢に敗者さえも魅了される。ハルマン・ディンニキは無意識に手を差し出して、ルールカもそれに応えて手を握る。
その決着に観衆が沸き上がった。決闘を見守っていた士官たちが2人に称賛を送った。それを無表情でエリーゼは眺めつつ、しばらくおいて、もみくちゃにされるルールカを助けるべく士官たちの中に混じっていった。




