思考と手探り
王国軍中央基地の中にある王立騎士養成アカデミーは、王都の真ん中にあるダンジョンの地下1階層に存在する。今日も今日とて晴天の下。学生たちを含めて駐屯する兵たちは、訓練に汗を流していた。
「先鋒隊と次鋒隊入れ替え急げ!後方支援隊まで下がったら補給を開始。」
大声で隊に指示を飛ばすのは、長身でガタイの良い男性、テッツ・ハルダー士官だ。経験不足を若さで補っている印象だが、彼は近衛騎士の称号を持つ若手ホープの副隊長だったりする。
「そこ!移動はもっとスムーズに!お前は無駄にポーションを使いすぎ!その程度の怪我で使うな!!・・・おい!隊を乱すな。乱れるな。わかるか?速やかに迅速に隊を入れ替えることによってどれほど敵に脅威を与えられるのか?」
隊列を入れ替える訓練で、テッツ副隊長はいたらない部分をテキパキと指摘していく。多少ぎこちないところもあるが、その指揮は傍目には立派にこなしているように見える。
貴族出身の彼が指揮しているのはミルキ隊だ。他の隊と同様男女混成だが、近衛騎士の隊のそれは敵軍を撃破に走り回ったり、友軍の援護に回ったりといった遊撃部隊である。
「そこまでだ!!班長は今日の反省点を報告しろ。それ以外は整列を正して兵舎に帰ること。」
訓練場に集まっていた兵が去って行って、班長と呼ばれる兵からテッツは報告を受けた。その間、視界の端に隊長の姿が気になっていたが、最後の報告を聞き終えたところで、彼から彼女の方へ歩いていく。
「隊長。訓練が終わりました。」
芝生に座り込んで手紙を読んでいる少女にテッツは敬意をこめて声をかけた。それを聞いたミルキは、文字から目を離して相手を見る。
「そう。お疲れ様でした。」
お決まりの労いの言葉をかけられてこれでお終いというわけにはいかないと思い、今日のテッツは言葉を探した。
「・・・ご家族からですか?」
テッツが尋ねると、ミルキは手紙に目を戻して、
「親に魔装銃の改良点を送ってみたのよ。それがこの返事。」
「・・・?魔装銃の改良?」
テッツが首を傾げると、ミルキはしかたなく説明を始める。
「改造というよりかは進化かな?あくまでも机上の理論であって、実現にはいろいろな協議と意見が交換されてやっと研究が始まるの。まぁ、実現不可能と判断されたのならこんな手紙なんて届かないけれどね。」
ミルキの言葉は、既存の枠組みに囚われがちな軍の「伝統」に対する、彼女の「革新」への静かな挑戦でもあった。魔導学が示すのは、ただ便利な道具を生み出すだけではない。それは、人々の思考様式、そして世界のあり方そのものを変えうる可能性を秘めている。彼女の心には、この新しい技術が、シルヴィ王女の掲げる「うまく負ける」という、これまた常識破りの計画とどう結びつき、どのような未来を切り開くのか、静かな期待と、わずかな不安が入り混じっていた。
さらりと言ったミルキだが、正直テッツには意味が解らなかった。魔装銃の改良が、単なる技術的な進歩以上の意味を持つこと。戦い方の概念を変えるという、その壮大な構想は、彼自身の常識を遥かに超えていた。こういう思考の違いが、彼と彼女との育った環境の違いを感じさせる。テッツは、貴族出身の若手ホープとして、常に完璧であることを求められてきた。しかし、ミルキの隣にいると、自分の未熟さや、彼女の才能との隔たりを痛感させられる。それでも、彼女の言葉の端々に垣間見える情熱と、時折見せる無邪気な笑顔に、テッツの心は密かに惹かれていた。この戦いが、彼女の言う『進化』のきっかけとなるのなら、自分もその一助となりたい。そんな複雑な感情が、彼の胸中で渦巻いていた。
「ただ、今回は戦時中ということもあって開発が進んだみたい。でね。これを他の軍事応用の効く技術があるのではないかと、その問い合わせなんだけど・・・」
全く理解が得られないそんな彼の戸惑いを察したのか、ミルキは立ちあがって、
「ごめんね。わからないよね?でも戦場が一つ進化するだけの話。戦い方の概念を変えなくちゃいけないってこと。」
そう言って、ミルキは手を振ってその場を後にした。
「撃ち方やめ!!」
その命令を受けて、間断なく撃たれていた魔装銃の銃声がピタリと止んだ。横一列に並んでいた兵たちが素早く縦列に並び直し指揮官の方向に向き直る。
「よし!」
小太りで茶目っ気のある瞳の士官、カーズ・サカ副隊長は素直に兵士たちを評価した。事実、この隊に着任したころに比べれば、命令にたいする兵たちの反応速度は見違えるように変化している。
「次は斉射からの近接戦だ。戦列を横隊に組み換え!」
1度の銃声に続いて、想像上の敵部隊に兵たちは勇ましく突撃していく。彼らの通り過ぎた後には、敵兵に見立てた木の的がバラバラになって散らばる。
「うん。上出来.」
同意を期待してみたが、いつもなら
「いいね。」
とか言ってくれる隊長はどうしたことか?隣で厳しい顔をして兵たちの背中を睨んでいる。カーズは、自分の評価が絶対ではないことを理解していた。兵士たちの成長を素直に喜びながらも、レイニ隊長が求める水準の高さには、まだ届いていないことも感じていた。自分は、兵士たちを鼓舞し、彼らの能力を引き出すことは得意だ。だが、レイニ隊長のように、常に先を見据え、より高みを目指す厳しさは、自分には欠けているのかもしれない。そんな自己認識と、隊長への尊敬の念が、彼の心にはあった。
「あ・・・ごめんね。考え事をしてた。副隊長なにかいった?」
「いえ。なんでもありません。」
己の自惚れを自覚して、カーズは意識を兵に意識を戻そうとするが、そこで力強く蹴る蹄の音が聞こえて、レイニとカーズは同じ方向に視線をみやった。
「・・・ルールカ・アンチュア。」
騎馬隊の先頭を駆けるその女性の麗姿にカーズは息を飲んだ。たなびくそのピンクプラチナの美しさは、彼らの憧れを募らせ、恋慕の情熱を加速させる。
「さすがだね・・・ルールカ。僕も負けないよ。」
言いながらもそれがただの強がりだとレイニはわかっていた。でも、いつかは彼女と同じ高みに至りたいとそう思う。
訓練を終えて、腹をすかせた兵たちが昼食をとりに食堂へ向かう昼時。4人の護衛に身辺を守られつつ、オレンジの髪の少女が静まりかえった廊下を歩いていた。
彼女の周囲を守るのは、誘拐未遂事件を受けて厳選に選ばれた王族、貴族出身の士官たちだ。忠実で信頼と信用はあるものの、どんな時もどこまでも王女としての彼女を守ろうとして少々自由に動き回れなくなって、煩わしさを感じている。
「はぁ・・・ん?」
シルヴィがため息をついたところで、視界の端に気になる姿を捉えて、彼女は思わず歩む方向を変えた。
「・・・少し寄り道する。」
「はっ。」
そう言われては、お腹がすいた護衛達も従うほかならない。食堂を後ろ髪にひかれながら見送る彼ら彼女らを置き去りにしてシルヴィは教室に入っていった。
「なにをしているエリーゼ」
その教室の端っこで、見知ったエルフが思案気にペンを走らせていた。5人もの人が入って来たのに気にも止めないで机にひいた羊皮紙に集中している。やや間をおいてエルフの声がこぼれる。
「図案を考えています・・・」
「ふ~ん?」
シルヴィは興味を惹かれてその羊皮紙を覗き込んだ。ぱっと見た感じでは何が描かれているのかわからない。なにやら線図のようなものだが?
「お行儀がわるいですよ。王女様。」
名前で呼んでくれないエリーゼに、シルヴィはむっとして彼女を睨んだ。
「で?何をしているのだ?」
「ミルキが面白いことをやり始めたの。それのお手伝いで図案を考察しているのです。」
「ふむ。」
図案を見て理解が及ばないが、真剣になって黙り込むシルヴィの様子に、エリーゼはため息をついた。あの馬車での話があってすでに1年の歳月がたっている。才能と才覚が備わっていると本気で姫君はそう信じている。そう言い切ってしまってもいい。
けれど、それを作り上げてしまったのは、他でもないエリーゼでもある。だから常識を乗り越えて考え方を調べる必要がある。
「王女様。軍人というものは戦争で手柄を立てて昇進するもの。でも、わざわざ死線を潜り抜けてまで欲しいものじゃない。死んだらもともとこうもないわ。だから楽して勝って出世したいのが皆共通しているに決まっています。」
「なるほど、それで?」
「現状の魔装砲部隊には問題点が3つあります。風の魔法を詰め込んだ魔石で砲内を圧縮して魔弾を飛ばす仕組みなのですが、この取り扱いが現場の兵士たちを苦労させています。
まず1つ目、重い。移動させるだけでも馬2頭は必要となり設置する場所が限られています。2つ目。見た目のわりには威力が低い。防御柵などではじき返されることが多いと聞きます。3つ目。射程が短い。いいところ300メートルしか飛ばないようです。
この3つが主な原因でまず設置できる恵まれた場所を探し、やっと1発を打てたとしても次弾を放つ前に敵が攻めてきます。砲が重いため兵たちは砲を捨てて逃げるハメになるケースが度々報告されています。」
この事実は当然シルヴィにも報告があがっている。それでも彼女は頷いて先を促した。
「仕事を失った砲兵たちはその後どうするかと言えば、現地で材料を調達して投石機を作り上げます。過去に活躍した兵器ですが、あなどってはいけません。威力、射程こそ魔装砲に劣りますが、石でも獣の死骸でも、油でもなんでも射出できることが強みです。この応用性の高さに現場の兵士たちから魔装砲を取りやめて投石機を正式に採用してほしいといった意見があがっています。」
よどみなく軽やかにエリーゼの説明はまだ続く。
「まぁ本当に投石機が正式に運用されてしまったらこの戦争には勝てないわ。でも魔装砲の性能には不足があるのは事実。では、なにを改良したらいいのか?軽量化も考えられますが、それは砲に求められている威力を失ってしまう恐れがある。圧倒的な破壊力を追求するべきです。威力が備われば射程も自然に伸びます。そして現在最強の攻撃力を誇るのが騎兵隊です。統制のとれた突破力のある突撃攻撃を止めることは出来ません。しかし、整然と並んだ隊列に、それを打ち崩すだけの衝撃を与えてやればどうなるか?崩壊しますよね?威力がました魔装砲は騎兵にたいして有効な存在となります。これによって騎兵隊、歩兵隊、砲兵隊の力関係が変わります。」
エリーゼの長い説明を言い切ると、シルヴィが思い当たった様子で尋ねた。
「・・・つまり、ミルキが考え付いた案をもとにして砲の開発をすすめればサマールルとの戦争が有利に運ぶと?」
「さぁ?それは聞いた方にお任せします。」
むぅ・・・ここまで説明しておいて後は勝手にどうぞとはよく言えたものだ。
だが、その内容には一考の価値がある。魔装砲の性能には決定的に不満を感じてはいる。
「・・・興味深いな・・・」
思案顔のシルヴィを見て取って、エリーゼは黒板に視線を送った。
「・・・そういえば、北の山への毎年恒例の出張がそろそろ始まりますね。」
「ん?野盗と盗賊どもの監視以外は、何もないと聞く。そこで三か月だ。エリーゼにとっては暇なところだろう?」
「いえ、望むところです。良い訓練になるとおもいますよ。」




