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ドワーフのミルキ

エリーゼは一晩寝たらすっかりと元の調子を取り戻して、ダンジョンの帰り道はしっかりと自分の部隊を指揮して基地に戻っていた。その後実行犯全員が死んでしまったこともあって、主犯の全貌については調査が入ることになった。もちろん選考に関わった軍本部の者たちに疑いの念がかかっている。だが、それが果たして人と違う人外の仕業ではないかという一抹の不安をのこした。


夕闇時、中央基地の北端でエリーゼ、ルールカ、ミルキ、レイニ達はドレスに身を包んで誰かを待っているようであったが、その相手はすぐに馬車に乗って現れた。


「待たせたな。皆。乗ってくれ。」


御者にドアを開けさせて、自分は車内に座ったままの姿勢で、シルビィが彼女たちを呼び、素直に乗り込ませた。


それから馬車は動き出したが、誰も声を発せずに沈黙だけが流れる。


「・・・みんな聞いてほしい。大事なはなしだ。」


シルビィの纏う雰囲気が変わった。今までの沈黙はそれを切り出すための心の準備に充てていたのか、王嬢様はいつになく真剣な表情だ。皆が背筋を正す。


「今日そなたらを誘ったのは、王都で行われるパーティへの招待でもあるのだが、この話が本題だ。」


「・・・・」


「この前の誘拐未遂を含めて、そなたらにはもう何度も命を救われたことになる。感謝はもちろんのことだが、それ以上にもう隠し事をする必要がなくなったと感じた。」


その前置きを聞いて、エリーゼはピクッと眉毛を揺らす。


「王族案件だ。そうそう容易く語る話の内容ではない。だが、私にもそなたらを知る猶予がほしかった。それも数か月といわず数年をかけてだ。」


エリーゼとルールカはその瞳を探るように相手にむけ、ミルキとレイニはごくりと喉を鳴らした。


「・・・そなたらは、サマールルの現状をどうみる?」


「下り坂ですね。」


「まっさかさまですね。」


「・・・」


「・・・」


「エリーゼにルールカ。全く同感だ。全盛期に比べると、産業は全面的に廃れ、国力は衰え、それなのに軍事力ばかりアンバランスに膨れ上がっている。そして、その反面わが国キラエルは繁栄し栄えている。」


「サマールルは内政も外交も今のところはうまく回ってますよ。帝国が孕む愚かな思考を完全に利用しているわ。もともとは小国に過ぎなかったサマールルをここまで発展させたのは、ある意味その思考そのもの。」


エリーゼが断言するその言葉に、シルビィは頷く。


「サマールル帝国における発展は戦争に勝つことである。」


「まさにそのとおりですね。最近では新兵器開発の失敗を、キラエルが宣戦布告という小細工にして王国になすりつけた。言ってしまえばすべての負債を他人に押しつけ軍事によってちゃらにしようとする。」


「そうだからこそ、あの国では軍人が尊ばれている。帝国が犯してしまった失敗を戦争によって解決させる役割を担っている。」


「だから腐敗する。為政者は責任を持たず、なんでも戦争で解決してくれると思い込んでいる。君主としての義務をなにも果たさないままただの傀儡となり老いていく。」


シルビィはこくりと頷いた。その瞳に敵国の君主に対する憎悪と軽蔑が浮かぶ。


「そこで、帝国が至上戦争主義という前提としたうえで、私はそなたらに協力を頼みたいのだ。」


そこで一呼吸おいたシルヴィは、


「エリーゼ、ルールカ、ミルキ、レイニ。そなたらは王国のトップまで駆け上がれ。」


「・・・」


「やりたいことがあることは知っている。だが、それは後回しにしろ。そなたらには才能がある・・・」


シルヴィはあえてそれ以上の言葉を言わなかった。今ここにいることが、彼女らの才覚をなによりもしめしているのだから。


「・・・なぜ?わたくしたちが国事のトップに上り積める必要があるのですか?そこからどうするのですか?まさかこのままサマールルを乗っ取るのですか?」


「いや・・・そんな面倒なことはしない。私はサマールルが欲しいわけでも支配したいわけでもない。好きなこともなにもできずにただ義務という名の責任に追われるなどごめんだ。」


「では、わたくしたちは何を?具体的には?」


「この戦争に負けてもらう。」


シルビィの即答が、4人を硬直させた。この王女様は今、何を言った?


「そなたたちは司令官となり、王国軍の総司令官となり、指揮してサマールルとの戦争で敗北をもたらすのだ。断じて勝ってはならない。これは負けでなければならない。なぜなら帝国が勝っても負けても、国を立て直すことが不可能なほどサマールルは弱っているからだ。」


その瞬間、エリーゼは理解した。


「・・・王女様。それは敗戦で・・・」


「そうだ。敗戦で国を奪う。正確に言えば、勝ったサマールルから流れてくる文化、経済、政治・・・そういったすべてをこちらで受け入れてキラエルに染める。ありえない発想かもしれない。だが、敗戦の結果として栄えた土地は歴史上いくらでもある。だから私は確信が持てる。これは有効な手だと。」


4人は唖然とするしかなかった。確かに奪われた土地がその後栄えたことはある。だが、それはあくまでも稀の話であり、敵国の支配化された土地は全ての今まで培ってきた知識が否定される。とても受け入れられることではない。


だが、シルヴィの発想は違う。通常の戦争でもその時々に局所的な敗北は容認するのだが、この王女様はさらに向こう側に視線を向けることで最終的にはサマールルを掌握しようと考えている。決定的な敗戦という最大の捨て駒が、後々の未来に繋がると信じて。


「・・・王国の文化、経済、政治はどうするおつもりですか?敗戦国の扱いなんてサマールルのさじ加減でどうにもなりません。そんなことになれば王国そのものがその存在が希薄になってしまいます。」


「そうだな・・・だがそれはこちらが完全に負けた場合だろう?十分な余力を残したまま敗戦を迎えれば、軍事力を背景とするサマールル側の干渉を制限することは可能だ。そしてエリーゼ。私が求めるのはまさにそれだ。」


「勝ってはいけない。完全に負けてもいけない?つまり・・・」


「上手く負けるのだ。王国内も適度な浄化をして。負けた後もサマールルに交渉できるように絶妙な余力を残しつつ相手国の主力を疲弊させるのだ。」


この役目はこの4人で力を合わせなければ出来ない。単純な軍事力だけの問題ではなく、政治力も経済力も大きく関わってくる。例え同じ能力があったとしても、貴族、王族に関わっている者たちに任せられない。国を守ろうとする純粋な心は絶対に変えることはできない。敗戦によって数年、数十年先を見据えて利益を得るというシルヴィの考え方自体が、異質なのだ。


「・・・」


4人全員絶句した。


「私は第一王女という血筋だけしか取り柄のない女だ。面だって政治や軍事へ干渉する権限は今の私にはない。だから協力してほしい。私に出来ることは根回しすることだけだ。なぁに時間的な猶予は十分にある。現、王はまだ肉体的にも精神的にも衰えを感じない。おそらく数十年はこのまま国は回るだろう。そうであるのなら、準備を整え体制を盤石にして、サマールルに対して本格的に攻勢を仕掛ける。・・・だからそれまでには、そなたらは軍、経済、政治のトップに干渉できるようにならなければならない。」


数十年後・・・その頃の彼女たちはまだ20代半ばだ。エリーゼを除いて。そんな若年層が国の中枢に躍り出られるのは前例がない。いっそ不可能であろう。


なのにそれをシルヴィはやれという。協力してくれという。目の前の4人なら可能だと信じ切っている。こんな信用をいつ作ってしまったのか?彼女らに後悔という念がちらっと見えた。


「・・・王女様。あなたはどうしてそんな発想が生まれたの?どんなに頭をひねっても浮かぶような構想じゃないわ。この手の思考の認識の転換を得るには・・・」


まさか?という閃きがエリーゼに降り注いだ。


「そうだ。私は生まれて間もない頃から、サマールルで育った。両国間の友好を保証するための、政治的な『人質』として預けられていたのだ。あの国で見たのは、力による支配と、その裏で静かに蝕まれていく民の姿。そして、敗北の後にこそ、新たな文化が芽吹き、より強固な国家が築かれるという歴史の皮肉な真実だった。だからこそ、私は確信している。真の勝利とは、戦いに勝つことではない。負けることで、全てを再構築する道もあるのだと。私のこの発想は、サマールルで人質として過ごした数年がくれた、血と涙に濡れた歪んだ知恵だ。だが、この知恵こそが、腐りゆく帝国を救う唯一の道だと信じている。」


「・・・」


「どうだ?たった一回の敗北によって完膚なきまでに国を裏切って見せる。その罪をすべて私が受け取って見せる。これ以上運命的な配役はないだろう?」


「・・・・」


「安心せよ。エリーゼ、ルールカ、ミルキ、レイニ。私と負けるまで一緒に戦え。こんな私が天国まで行けると思うか?ないだろう。なら地獄の底まで案内してくれたのならばそこで解放しよう。そこからは自由だ。各々が生きたいように活きるがいい。」


その激情にも似たセリフに、4人は異論を返せなかった。もうこの時点で彼女らは運命という楔に囚われてしまったのだろう。


その言葉が、エリーゼの冷静な思考をわずかに乱す。シルヴィの瞳の奥に宿る、狂気にも似た確信は、彼女の生い立ちがもたらした「歪み」を如実に物語っていた。サマールルでの「人質」としての経験が、これほどまでに王女の精神を蝕み、常識外れの計画へと駆り立てたのか。エリーゼは静かに唇を噛んだ。個人の感情としては、この計画の非情さに反発を覚える。しかし、帝国の腐敗を目の当たりにしてきた彼女は、現状維持が破滅を意味することも理解していた。王女の言葉は、確かに歪んでいる。だが、その歪みこそが、この停滞した帝国に新たな風を吹き込む唯一の手段であるならば -。彼女は深く息を吐き、自らの感情を心の奥底に押し込めた。


「王命とあらば、この身、喜んでお預けしましょう。」


その声は、感情を一切含まない、研ぎ澄まされた刃のように響いた。


その瞳を探るようにシルヴィを見つめる。ルールカの胸中には、驚きよりも先に、ある種の興奮が湧き上がっていた。「勝ってはいけない、負けるのだ」という言葉は、騎士としての誇りとは相容れない。しかし、彼女の血に流れるサキュバスの本能が、この常識外れの計画に、抗いがたい魅力を感じていた。秩序を重んじるアンチュア家の血と、破壊と快楽を求めるサキュバスの血。その二つの衝動が、彼女の心の中でせめぎ合う。だが、この王女の瞳の奥に宿る、狂気にも似た確信は、ルールカの闘争心を静かに刺激した。「面白い。」と、彼女は密かに呟いた。騎士として王命は絶対。その任務がどのようなものであれ、彼女は迷うことなく剣を振るうだろう。そして、この戦いが、どれほどの「悦び」をもたらすのか、密かに期待していた


ミルキの頭の中では、シルヴィの言葉が、まるで複雑な数式のように駆け巡っていた。敗戦による国の掌握、文化の浸透、軍事力の再編 -その全てが、彼女が学んでいる魔導学の知識と結びつき、新たな可能性を示唆している。しかし、同時に、その計画の非情さ、そして多くの命が失われるであろう現実が、彼女の心を重く圧した。彼女は、ただ便利な魔道具が出来上がるのを見ていたかっただけだ。裕福な家庭で、争いとは無縁の環境で育ってきたミルキにとって、この王女の計画はあまりにも過酷で、理解しがたいものだった。ドワーフの技術が、このような大規模な「戦争」の道具として使われることに、倫理的な葛藤を覚える。この展開に、自分はどう振る舞うべきなのか。彼女は、自らの技術が、この国の発展のための「道具」となり得るのか、自問自答を繰り返した。その小さな手は、知らず知らずのうちに、固く握りしめられていた。


レイニの心の声は、不安と困惑に揺れていた。彼は、ただ平和に、穏やかに暮らしたいと願う、繊細な心の持ち主だ。田舎で育った彼にとって、『うまく負ける』という王女の言葉は、まるで意味不明な呪文のように聞こえた。戦争の道具となること、ましてや『負ける』ことが目的だなど、彼の素朴な常識では到底理解できるものではなかった。シルヴィ王女の真剣な眼差しは、この計画が単なる戯言ではないと訴えかけてくるが、その裏に隠された非情な現実を想像するたびに、彼の胸は締め付けられた。仲間たちの覚悟と、この国の未来。彼は、自らの弱さと向き合いながら、それでも、大切な人たちを守るために、この異質な道を進むしかないのかと、静かに決意を固め始めた。ただ、その胸には、漠然とした不安と、目の前の仲間たちへの揺るぎない信頼だけがあった。


こうして、敗北への戦いがはじまった。


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