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呪いの根源

服を着替えて、ふらふらと屋敷を歩きまわっていると、書庫の前にたどり着いていた。朝のお勤めにしろ朝食にしろ、寂寥感に包まれたエリーゼはとても両親と顔を合わせるのがつらかったので向かった先が勉強部屋だった。もっとも、ここに来たのはそれだけの理由ではない。


「今日は早いな。」


机の上で読書をしていた小人のノームがしゃがれた声でエリーゼを迎える。


「・・・呪いについて知りたい?」


「えぇ。魔法や精霊とは違って、そういった系統の呪術師がいることは知っているわ。」


「それを知ったところで、どうする?」


ノームの口からは少しだけ怒りを含んだ声が聞こえた。


「他人を落とし込める?そんな感じだったと思うんだけど。」


「・・・呪いとは生きる者が持つ強烈な本能から発せられる負の感情だ。対象の行動を縛ったり、病魔を呼び寄せたり、その命を刈り取ったり。と、正気、瘴気、狂気の沙汰がない者たちが扱うものだ。」


「・・・」


対象に気づかれることなく、他人を苦しませて痛みを与え、煩わせて影響を及ぼすそんな超常的な効力を持つ力。さすがに噂や眉唾的なものと思っていたが実際に存在するらしい。


「なら?呪いの防ぎ方は?」


このエルフの里がエリーゼただ一人残して全滅した原因について長い年月をかけて調べてみたが明確な答えを得ることができなかった。だから可能性として呪いの類ではないかと考えていたが残念ながらその知識をもっている存在に今まで出会えなかった。この目の前の小人を除いて。


「ない。」


「・・・え?」


「一度呪いに掛かってしまえば、対象が消えるまで防ぐことはできない。」


「・・・」


呪いが原因と断定はできないが、事前に対策の1つが増えるなら理に適っているだろう。しかし、その手段がない。先ほどまで見ていた夢の続きが浮かんできて表情が沈むエリーゼ。


そんなエリーゼにノームは


「ただし、その呪いがかけられたらの話だ。さっきも言ったように一度かかってしまった呪いを解呪する手段はない。だからかけられる前に止めればいい。力技でも懐柔でもどんな方法でもいい。」


「呪いをかけられる前に止める?そういうこと、呪いをかけるには準備に時間が必要ということ?」


「そうだ。どんな効果がある呪いを行うかによって変わるが、効力が強い呪いをかけようと思えばルールを守らなければならない。」


「ルール?どんな?」


息を飲みノームに次の言葉を促す。


「呪いの対象との直接的な接触。広範囲なら時間をかけての直接的ではないが寄り近い間接的な接触。」


そう告げる。


その内容を頭の中で整理した瞬間に回転が早まる。呪いを行うには接触が必ず必要になる。記憶を探り、その人物に思い出そうとするが、


「里の者たちを除くと・・・」


呪いの対象者となる里のエルフの存在を省いて、回想する。


外部の存在といえば・・・


「・・・子熊?」


よくよく考えてみれば違和感しかない。子熊がこの里にたまたま迷い込んでやってくるのだろうか?いやない。子熊自体が呪いの術者かもしくは媒体のような役割をはたしているのなら、という発想が脳裏に過ぎる。


あの可愛らしい見た目だ。さぞ里の子供エルフの人気を勝ち取るだろう。そうして愛でられて、間接的に時間をかけて対象の範囲を広げていく。


繋がる。継ながる。そして自分1人だけ助かった理由が解る。


「ノーム。私が呪われていそうな気がするんだけど、診てくれない?」


「・・・突然なんだ?」


急にそんなことを言い出すエリーゼに、ノームは?といった感じでじっと見つめて彼女を見た。


「・・・気配を感じる。呪われているな。」


「そう・・・やっぱりね。」


自分の考えが肯定されたわけだが実際、あなたは今呪われているよと宣言されるとぐっとくるものがある。


「どんな種類のものかはわからないが、間違いなく生死にかかわる呪いの類だな。」


憐み、気遣い、同情そんな感情などなく、淡々とその事実を告げるノーム。


その言葉にエリーゼは静かに頷く。この呪いが効力を発揮することは、エリーゼは知っている。この呪いによってこの里のエルフは全滅することを。


「怖くないのか?」


動揺が少ないエリーゼに、ノームは怪訝そうに見上げてくる。


「怖いわよ。でも・・・」


どんなにあがいたところで未来は変わらない。もう現実は変わらないのだ。


もう知ってしまっているからこそ、その世界を知っているからこそ。


「でも・・・これは夢なんだから、いい夢にさせてもいいでしょ?」


そういって改めてノームと向き合う。


「ノーム。このまま解呪の協力してくれない?」


「・・・いいだろう。」


部屋を出て廊下を抜け、階段をゆったりと降りる。


最後の階段を下りて一階の床を踏みしめると、そのまま顔を上げて


「シルフ!ウィンディーネ!」


そう呼びかけながら、エリーゼは玄関ホールへと足を向ける。


その先に、すでにウンディーネの姿がある。


「お呼びで。」


「これから魔獣を退治に行くわ。」


「いきなり・・・魔獣退治ですか?」


エリーゼに反論するようにウンディーネの視線が刺す。


彼女の主はママだ。主が求めないその行動、言動がエリーゼを拒んだのだろう。


だが、エリーゼはそれで引き下がるわけにはいかない。


「説明しても理解してくれないから、はっきりときっちりと言うわ。この里は滅びるわ。だからその原因を退治に行くのよ。」


「・・・確かな証拠は?」


「ないわ。この先の未来にでも聞いてもらえば証明してくれるわ。」


「ウンディーネ!」


さらに疑惑を深めたウィンディーネに、背後からの大扉を開けてシルフの姿を見せる。彼女は滑るようにしてウィンディーネと並び、


「なに?」


「悪さをする魔獣がいるから、それをエリーゼが退治したいと言ってるわ。どうおもうシルフ?」


エリーゼの端的な内容をかみ砕いてシルフに伝える。


「ロータス様、フロレンス様にお任せればいいのでは?」


「親に良いところを見せたいのよ。エリーゼは。」


「シルフ、ウィンディーネ。私はあなたたちに頼りたいのよ。」


エリーゼの言葉に2人の精霊は口ごもる。


「いきなり魔獣退治と言われても意味が解らないだろうし理解できないよね。でも、だからこそついて来てくれない?」


これからの未来が変わるわけではない。でも彼女達精霊とはこの先もずっと側に寄り添う存在なのだ。こうして会話が出来るのならより良き関係を求め得たい。


「私はこれから魔獣退治に森に行くわ。パパ、ママに伝えてもらってもいいわ。止められても絶対にいくけれど。」


「危険なんだよね?そもそも里長の仕事では?」


「そうよ危ないわ。だからあなた達に協力を求めているのよ。それに私は里長の娘よ。」


「・・・」


我儘な主の娘。言葉を見失う精霊2人。


そもそも私はそれほど我を通したことはない。さぼったことはあるけれど言われたことは守ってきた自負はある。


折れないエリーゼにどう言い聞かせようと言葉を探すように視線をさまよわせたウィンディーネだったが、シルフはそれを受け止めた。


「わかった。エリーゼ。魔獣退治に行こう。」


「シルフ?!」


あっさりと行動を共にすると言動する風の精霊に、ウィンディーネは愕然とする。


「でも、エリーゼの身が最優先。それがロータス様、フロレンス様の意志に背くことになる。」


「そうね。」


「だから、命に関わるようなことになったらエリーゼをこの身を犠牲にしてでも必ず守る。」


「ありがとう。」


エリーゼとシルフの間で合意が示されると、小さくため息をこぼしたウィンディーネが、


「危険な所にエリーゼを向かわせるわけにはいかない。でもどうしても行くのよね?なら私も行くわ。それがロータス様、フロレンス様の意志に添うことになるから。」


淡々とした物言いにエリーゼは頷く。


それから3人の精霊を引き連れてエリーゼは玄関の扉を手に取った。


と、


「エリーゼ。」


「エリーゼどこいくの?」


玄関ホールの大階段のその上から両親の声が降り注いだ。


思わず振り返ってしまう。美形のエルフ2人がそこにいる。先ほどまでのシルフ、ウィンディーネとのやりとりが届いていたのだろう。


玄関で固まるエリーゼを見やりながら両親は、


「なんだか怖いやりとりが聞こえたらやってきてみれば・・・・」


「なにがあったの?」


「なんでもないよ。ちょっと遊びに出掛けてくるよ・・・だからなんでもない。パパ、ママ気にしないで。」


両親にいらない気苦労を与えないために、エリーゼはわざとそう言って見せる。


「今から出かけるのか?」


「なにやら企んでいそうね?」


私を理解しているからだろう。即エリーゼの思惑を見破ってくれた。そんな両親にエリーゼは安堵の息を吐いてどうしようかと首をひねって悩む。


「止めても無駄なのだろう?」


「どうしても行くの?」


「・・・うん・・・」


「なら行きなさい。」


「止めたりしないわ。」


階段を下りて、エリーゼの前までやって来た両親。


その優しい瞳に見つめられて、そのまま目が離せなくなる。


2人はそんな動けないエリーゼに手を伸ばして頭に手を乗せると、


「何を言っても聞かん坊な顔だな。」


「本当に誰に似たのかしら?」


「・・・ぱぱ、ママの娘だからね・・・・」


頼りたい、縋りたい、甘えたいそんな感情の言葉が脳裏を通り過ぎる。


それでも、この夢を生んでいるのは自分自身。どうしてこうなったのか?そう思って苦笑する。


「無事に還ってきなさい。」


「まっているわ。」


「・・・」


そうして両親は、押し黙るエリーゼの後ろに控えている3人の精霊に視線を向ける。黙ってやりとりを聞いていた精霊たちはすっと姿勢を正した。


「ノーム、シルフ、ウンディーネ。頼むよ。」


「エリーゼを見守って。」


「「「はい。」」」


「・・・」


「まだ言いたいことはあるが・・・」


「心配だわ・・・」


急に両親達の表情が変わる。まだまだ言い足りない。そんな気持ちが表れている。でも、それでもそこまでだった。エリーゼの心を汲み取り、頭を撫で終わると、


「「精霊のご加護を」」


背を押されて屋敷から外に一歩でる。玄関扉がゆっくりと閉まっていく間、両親が笑顔で見送ってくれた。


「行ってきます・・・」


その笑顔に応えて屋敷を後にすると3人の精霊が後ろに続きついて来てくれているのがわかった。


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