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運命の出会い

その声が合図だったのか、周りの景色に光がともりだす。次第に光が増して強く淡く、そして小さく輝きを放ち、さらにあたり一帯を西日が差し込んでより幻想的な世界が目の前に広がった。


しばらくその世界に魅入っていたが、次第に意識が戻ってくる少女を見て、見慣れない衣服をまとった一人が声をかけてきた。


「どう?綺麗だろう」


声をかけてきた男。少女と最初に言葉を交わした少年が大人になったら、そんな感じの身長は高くも低くもなく、鍛えてはいるのだろうけどスマートな筋肉の付き方をしていた。顔立ちは普通に見えるが、角度によってはきりっとしてかっこいいかもしれない。


あまり威厳は感じないが、この村のまとめ役なのだろうと彼女は即座に理解した。


「今日からお世話になりますルールカ・アンチュアです。」


「うん。よろしくお願いします。俺はスドウ・ユウキ」


「スドウ・セイギだよ。」


いつの間にかそばにいた少年が自己紹介する。


「いろいろと騒がしいけど慣れてくれると嬉しいね。」


そう言うと、親子そろっていたずらっぽくにやりと笑った。その笑顔は、ルールカが故郷で見てきたどの貴族の笑顔とも異なり、偽りのない温かさを感じさせた。


最後の言葉だけはルールカには正直なところ意味がさっぱりとわからなかった。だが、この後、彼女は早くもその一端を理解することになる。


「・・・スドウ・ユウキ様」


「ユウキおとうさんでいいよ。で?なにルールカちゃん」


その呼び方に違和感を覚えたが、ひとまず置いておいて、ピンクプラチナの少女は湖面を見て尋ねた。


「何をされているのですか?」


人1人が乗れる板に乗った白髪の少年。それを見守る男女数十人の大人たち。当の少年は器用に湖面の板の上に乗りながらこちらに手を振っている。


「息子が湖面の上ではしゃいでいる」


スドウ・ユウキはしれっとそう答えた。しばらく言葉を探していたルールカは口を開いた。


「見たところ、あの板は魔法を使って浮かんでいるように見えますけど。」


「さすがだね。そう、そのとおり。」


「となると、軍事にも利用価値があると思うんです。」


魔法がある世界であるが、すべての人がなんでもできるわけではない。できることとできないことは必ず存在する。例えば水は出せても火が出せないとか……


人が空を飛ぶ、海を越える、大地を永遠に駆けるなど、一部を除いてはまず不可能な行為に当たる。これが想像通りの作りで軍用に活躍しだしたらと思うと戸惑いを隠せない。その問いにこの村の責任者はコホンと一つ咳払いした。


「え~と・・・軍事的に利用されるとは複数人が大陸間を移動できるということだろう?」


「そうですね」


「だろう?なら問題ない。あれには大陸間を移動できないし、1人しか乗れない。せいぜい女の子にモテたい盛りの思春期に入ったバカ息子がかっこつけているだけさ。」


「・・・」


ピンクプラチナの髪が左右に傾く。そのころ湖上ではわざわざ波を作ってもらいそれを様々なポーズをとって板を乗りこなす少年だったが、彼女の目にはまったく映っていなかった。


「よってあれは遊び道具であって、軍事なんてとてもとても。あんな半端なものを軍事利用なんて怒られてしまうよ。」


白々しく笑って詭弁をふるうスドウ・ユウキ。大人の事情という概念を知らない彼女は考えてしまう。故郷のアンチュア家では、剣の鍛錬も学問も、すべては「騎士の務め」を果たすためのものであり、「遊び」は無益なものと教えられてきた。しかし、目の前の大人たちは、真剣な顔で「遊び道具」の可能性を議論している。その光景は、ルールカの常識を静かに揺さぶった。


「君もやってみる?」


「・・・え??」


「あれをさ。興味がわかない?」


息子を指して、笑い交じりにスドウ・ユウキが言う。彼女の返答は意外に早かった。


「私、魔法が使えないんです。」


板の上で波に乗って宙でくるくる回って見せる少年をじっと見つめて少女はそう言い放った。それを聞いたスドウ・ユウキが苦笑交じりに額を叩いた。


「・・・なるほどな。そうか君はあの騎士家の娘だったね。」


「???」


「魔法、いや、魔力がなくっても乗れる。そうかそうだな。そっち方面に力を入れよう。うん。ありがとうヒントになったよ。」


そうこう話しているうちに、板に乗っていた少年が岸に戻ってきた。土に足をつけたその足で、そのままルールカとスドウ・ユウキのほうにまっすぐ駆け寄ってきた。


「ふふん。どうだいすごいだろう。今回はあのくらいだけどもっと練習すればもっともっと自由自在に乗れるんだ。」


興奮も冷めやらない様子でまくしたてる少年。同い年のスドウ・セイギに素直に称賛を送る。


「うん。凄かったよ。格好よかったね。で、一つ聞いてもいい?」


「うん。なに?何でも聞いて。」


「あの板は遊び道具以外何に使えるの?」


留学、つまり学びにきたわけであるから、早速疑問に思ったことに質問を投げかける。それを聞いた少年は「ちょっと待って」と言い残して、すぐさま大人達のほうに走っていった。


「みんな。このサーフィン何つかうの?」


「うん?そりゃあ波乗りでしょ。」


その問いが起爆剤となり、大人たちが議論を繰り広げる。


「偵察?」


「スパイ?」


「上陸作戦とか?」


「漁もあり」


いつまでたってもひと段落もしないのでルールカは彼らのもとに駆け寄った。


「話し合っているんだけど、なかなか面白いアイデアが出ない。君ならどう使う?」


私に気づいた少年が問いかけてくる。まさか質問に質問を返されるとは思ってもいなかったので、思わず目を丸くした。ずらりと並んだ彼らの表情は真剣そのもの。その雰囲気につられて考えて答えてみた。


「・・・川に橋がなかった時に使うとか?」


「「「おおお!!」」」


全員が一斉に声をあげて、さらに喧騒が沸き起こった。


「そうだよ。海の上にこだわっていた。」


「盾か何かに組み込めばいいんじゃない。」


「あれ?山間のほうがなにかと便利じゃないか?」


「高く売れそう。」


彼ら彼女らの議論という名の花が咲く。その様子に圧倒されながらも、ルールカは疑問を投げかけた。


「・・・もしかして皆さんは、遊び道具しか作ってないのですか?」


「遊びたいから作る。それ以外に何に使えるかを考えるのも重要なんだよ。」


スドウ・ユウキが肩をすくめて説明する。


その説明を受けても、首をかしげるばかりのルールカだった。


この後、スドウ・ユウキは席を外して、ルールカはそのまま彼ら彼女らに連れられて施設に向かった。彼女はそこで困惑の源泉たる人物と対面する。


「お前さんが噂のお客さんか。よく来たな。」


背筋が伸びた見慣れない白衣と縦に長い白い帽子姿の老人が、もう2人のエルフたちとともに鉄鍋に何か液体のようなものを入れて混ぜ込んでいる。混ぜては垂らす、垂らしては混ぜる。その繰り返し。単純な作業なだけに3人とも目に力がない。


「わしは、べリー・カレムと言う。まぁこいつらの上司みたいなものじゃ。ベリーシェフとでも呼んでくれ。」


「ルールカ・アンチュアです。よろしくお願いします。ベリーシェフ」


ピンクプラチナの少女が自己紹介すると作業を止めた。


「・・・セイギ、交代じゃ。」


「おう」


抜けたベリーに代わってセイギが加わり、その作業が再開される。体格がほかの2人とは違うため少年は体全体を使って一生懸命に取り組む。


「なに作っているのですか?」


初めてみるその作業にルールカは訪ねてしまう。椅子一つ引っ張り出してよいしょっと腰にかけて肩をぐるぐると回しながらベリーが答えた。


「卵黄、酢、油、塩、からしがこの鍋に入っておる。」


その説明に意味がわかないルールカだが、3人で手間暇かけるほどのものを作っているとなんとなく理解する。好奇心のまま聞いてみたかったがそれよりも根本的な疑問が上回った。


「シェフ。聞いてもいいですか?」


「ふむ。構わないよ。わしが知っていることならな。」


がしゃがしゃと騒音が鳴る中、ルールカは問いかける。


「じゃあ。魔法ってなんですか?」


その質問にベリーは薄く笑う。


「お嬢ちゃんは魔力の仕組みを知っておるか?」


「いいえ、なんとなくです。」


「ふむ。わしもここに来るまでは使えなかった。こちらに来てから、使えるようになっていた。初めて使ったときは不思議でならなかった。何度も、何回も、幾重にも唱えた魔法の仕組みを探ろうとした。無論今でも分かっておらん。そんな真似を繰り返していると、いつしか、それがなぜ、どのように、どうして皆バラバラで違うのか?を知りたくなったのじゃ。お嬢ちゃんならどうする?知らないことを知りたいなら。」


「まずは近くの人に聞きます。」


「ふむ。そうじゃな。では、教えてくれなかったなら?」


老人が柔らかく問いを重ねる。しばらく考えてから少女は口を開いた。


「・・・知っていそうな人を探して聞きます。」


「ふむ。わしもそうじゃった。」


懐かしげな苦笑を浮かべつつベリー・カレムは続ける。


「その時に当てにしたのは、魔法が得意な冒険者でな。人気も高く、人当たりの良い人物で、挨拶一つするだけでも大変じゃった。わしが知る範囲ではこの問いに対して明確な答えを持っていることを信じて疑わなかった。クラスもゴールドだったしの。で、大変じゃったが粘り強く根気よく忍耐力に任せて疑問をぶつけたのじゃ。が、じゃが・・・」


そこで言葉を止めてため息をつく老人。


「・・・納得のいく答えだったらよかったのじゃが、わしの質問に対してあの冒険者はにこやかにこう言った。「魔法とは己に授かった才能であり。魔力とは己の本質である。したがってそれは運命である。」とな.」


二つの知性を宿した瞳がルールカを見つめる。


「この答えに、お嬢ちゃんはどう思う?」


ピンクプラチナの少女はしばらく考えた末に、はっきりと首を横にふった。


「何かはぐらかされているような。ズレているような・・・」


「この違和感を感じるようなら、あの頃のわしよりも賢いな。」


くつくつと笑って老人は目を細める。


「転生したてのわしには冒険者のその言葉にその時は納得した。だが時間が経つにつれて疑問が湧いてきよる。だからと言って、何がどうおかしいのか?がわからなかった。魔法が得意な者同士の子供なら魔法が得意なのか魔力が多いのか?火属性と火属性の親を持つ子供は火属性に特化しているのか?魔力が低かった者は努力しても低いのか?ほかにも何年にも渡っていくつかの事例をもって見つけて、もう一度冒険者に聞いてみた。わしなりに考えもあわせてな。ところがじゃ。あいつはこう言い放った「だから、それが運命なんだって。」とな.」


交じり合う瞳に、老人のいら立ちの色がともる。


「それでわしは堪え切れなくなってな「じゃあ、その運命とはいつ分かるんだよ!分かっているのならさっさと教えてくれよ!」と癇癪を起してやった。」


施設内に老人の声が響く。さすがに感情の昂ぶりを自覚すると、咳払い一つで誤魔化した。そんなベリーにルールカはちょっと引きながら尋ねた。


「・・・で、どうなったのですか?」


「喧嘩になったわい。仲間も一緒にその場にいたからさらに大騒ぎになってな。その後始末に今まで貯めた金がすっからかんじゃわい。」」


少女はそのオチにクスリと笑いを漏らす。


「で、じゃが。冒険者どもが決まって「運命」と口にするが、悔しいことに否定はできん。何しろその言葉ですべてが片付いてしまうからの。人が死ぬも生きるも、お隣さんが離婚するのも皆運命だったと言われてしまえば収まってしまう。納得できないが頷くしかなかろう?」


頬杖をついて、老人の言葉がさらに続く。


「しかしな。すべては「運命」なるほどそれもいいだろう。しかしそれで片付けてしまっていいのだろうか?決まった運命ならば最初から教えてほしいものじゃ。教えてくれないのならばそれはただの結果論にしかすぎないのではないか?そんな思考停止の中でいったい先の未来に何を残せるのか?どうやって繋げていくのか?はっきりと疑問を抱いたことに自覚したとき、わしはその「運命」に抗ってやろうと決めたのじゃ。」


老人は椅子から立ち上がり、施設内を見渡す。


「わしらはこの世に存在する魔法や魔力に挑戦状を叩きつける。運命という万能の神に頼らず、他の方法をあらゆる手段を用いて追い求める。その過程で様々な物が出来上がるであろうが、その使い道の有用性は外のものが勝手に決めるのがよかろう。わしらは可能性という名の遊び道具を作り続けて探求し続けるのじゃ!」


ベリーシェフの言葉は、ルールカの騎士としての固定観念を揺さぶった。生まれ持った才能や運命に縛られるのではなく、誰もが可能性を追求できるという彼の哲学は、ルールカの心に新たな探求心を灯した。彼女は、剣の道だけでなく、この異世界で「遊び」を通じて「知る」ことの面白さに目覚め始めていた。ベリーシェフは、そんなルールカの瞳の輝きを見て満足げに頷いた。


「そうじゃ、お嬢ちゃん。この世界は、お前さんが思うよりもずっと広くて、不思議に満ちておる。わしらは、その謎を解き明かすための「遊び道具」を作り続けているにすぎん。お前さんの騎士の剣も、この世界では新たな「遊び道具」になり得るかもしれんぞ?」


その言葉は、ルールカの騎士としての使命感に、新たな視点をもたらすものだった。


「ちょっとシェフ。うるさい!大きな声ださないで!」


鉄鍋の作業をしている少年が苦言を零す。勢いにのってきた老人が肩をおとしてしょぼくれる。


「セイギ...わし今大事なことを言っていたのじゃが...」


「はいはい。シェフの話は大事なことなのは分かるけど、聞いている側の年齢分かってる?話が大きくズレていて彼女置き去りになってるよ。」


セイギが師に対して遠慮なくたしなめる。我に返った老人がピンクプラチナの少女に気遣い気に視線を送るが彼女は首を振って見せる。


「・・・正直よく分かっていません。間違っていたらごめんなさい。シェフや皆さんはつまり魔法が使える使えない関係なく誰でもできる試みをしているということですか?」


言葉を選んで、ルールカは自分なりの答えを口にする。故郷では、魔法は選ばれた者だけが持つ「才能」であり、「運命」とされてきた。しかし、ベリーシェフの言葉からは、その「運命」に抗い、誰もが可能性を追求できるという、全く異なる思想が感じられたのだ。


それを聞いていた老人たちが目を丸くした。彼らの瞳には、ルールカの純粋な洞察力への驚きと、未来への希望が宿っていた。


「・・・すごい。」


「ふむ。驚いたわい。」


そうこうしているうちに鉄鍋をかき回す音が止んだ。それと同時に二人のエルフが床に座り込む。


「・・・やっとできたよ。」


「ご苦労様、クランク。しかし若さが足りんのう。」


「なに言ってるんですか最初から最後までずっと回してたんですよ。」


「美形なのにちょっと疲れたぐらいで拗ねるなんてもったいないよ。」


「セイギ。途中から入ってきたくせに何言ってくれるの?!」


兄弟子をからかいつつ鉄鍋の中身を確認する。もったりとしていて白いクリーム状になっている。セイギは指ですくってペロリと味見。


「・・・うん。いい出来。さあ試食しようよ。早く早く。」


その言葉に反応してクランクがテーブルに置いてあった野菜がのったトレーを差し出してくる。手渡されたトレーを受け取ると、その上に鉄鍋からスプーンで掬い取ったクリーム色のかたまりを盛り付けていく。


「さあ。君から食べてみて。」


セイギが満面の笑みでトレーを差し出す。それを受け取った姿勢のままルールカは固まった。


「これは生野菜ですか?」


「そうだよ。美味しいよ。まずは一口。」


少年に促されたところで生の野菜は苦いという印象が強い。焼くか煮るかしたものは甘味があって美味しいと思う。しかし野菜によっては苦手なものもあるので出されたら食べはするが好んではいない。目で再び催促されたので覚悟を決めて彼女は水気が多く比較的食べやすい細長い緑のキュウリを選択した。


「・・・いただきます」


みんなが見守る中、恐る恐るルールカはそれを口の中に運んでいく。さすがにヘタの部分はかじって吐き出したが、次の瞬間、舌の上にとんでもない旨味が広がった。


「・・・!」


未体験の味覚が少女の口内を蹂躙する。キュウリの瑞々しい水気と微かな苦みが、マヨネーズの濃厚なコクとまろやかな酸味、そして奥深い旨味と合わさることで、互いを引き立て合い、まるで魔法のように調和する。それは、これまでルールカが知っていた「野菜の味」とは全く異なる、甘美で複雑なハーモニーだった。とろりとしたクリームが舌に絡みつき、なめらかに喉へと滑り落ちていく。


「―――っ!」


しばらくの間、ピンクプラチナの少女は感動して声を上げられなかった。全身の毛穴が開き、脳髄に直接響くような衝撃。何かを食べてこれほど衝撃だったことなど一度もない。彼女の瞳は大きく見開かれ、その奥には純粋な驚きと、新たな「食」への探求心が宿っていた。


一口目を味わい尽くすと、そこからはもう止まらなかった。瞬く間に一本のキュウリを食べつくしてしまった。ふと気が付くとトレーに視線が向いていた。


「レタスも美味しいよ。」


満面の笑みで少年がトレーの中の野菜を指差す。


「ちなみにこれはさっきの話とは別で異世界人のレシピじゃからの。」


胸を反らしている老人の声は届いていなかったが、彼女は次々と頬張っていく。


それからも先も続き夜になれば歓迎会と様変わりしていた。町中の人たちが集い幻想的な街並みに焚火を囲んで食えや歌えや踊れやと大騒ぎ。大人も子供も性別も関係ない皆、楽しく愉快に面白おかしく宴が深夜まで続いた。


お開きになり客室のベッドに飛び込むと、ルールカは留学というものは予想外に楽しいなと思い眠りについた。


そして翌朝。朝日が昇る前に目を覚ました彼女は身支度を整えて庭に出た。


「おはよう。」


「よく眠れた?」


「おはようございます。ぐっすりでした。」


掃除をしていた異世界の人と挨拶をかわして昨日教えてもらった客舎の裏に回り込み二本の長さが違う2本の剣を握り目を閉じた。


「・・・七・・・」


意識を研ぎ澄ましてそう呟く。すると複数の影が陽炎のように現れる剣を、槍を、弓を手に彼女を取り囲むようにして敵意を放ってくる。


手にそれぞれの武器を持った影が7を数えたところで、槍を手にした影が少女に向かって踏み込んでくる。胸を狙った刺突。それをひらりと身のひねりでかわし、朝鍛が始まった。


「しっ!」


この影たちはルールカがイメージした仮想の敵。


そして今彼女は鍛錬相手を求めている。まだ少女と呼ぶにふさわしい姿だが彼女の場合はレベルが違う。


複数対一。アンチュア家の基本戦闘であり、同時にその家柄が王の剣と呼ばれる所以でもある。魔法を放つことはできないが、それ以上に身体能力に長けており他を圧倒する。心構えとして武器を魔法を放とうとする前にことが終わらせることが理想であり現実のものとする。したがって一対一では実践では役にはたたない。複数を相手にして実戦経験を積み重ねる。それがそのまま彼女の成長につながる。


「つっ・・・」


勿論彼女はレベルが高いといっても年相応の子たちと比べてだ。複数対一を実現させるためには差し迫った脅威が必要であり、都合よく合わせ合わせられても何にも糧にはならない。


実戦において下地となる大事な要素がある。一つは、戦ってそれを観察できる目。第三者の目となって己の行動・考動・抗動を鑑みる。この点に関しては養父から物心がつく前から刻み込まれているおかげで心身に今後も蓄積されていくだろう。


もう一つが。自分に対しての甘え、言い訳、逃げを断じて許さない。自制心だ。


「はっ!」


長剣による横なぎを長い剣で受け流し、そのまますれ違いざまに小剣で斬る。確かな手応えと共に背後から矢が肩をかすめ、痛みが神経を駆け上がる。


囲まれないよう足を動かし続けて、いつ、どこから攻撃が来てもいいように意識を研ぎ澄ましルールカは一人、一人と影を斬り伏せていく。影の強さは一人一人が自分とさほど変わらないと思われるレベルで設定されているが、複数人同時である。一つのミスもできないし打つ手も間違っていればそれで詰みとなる。


「・・・しっ。」


6人目の影を斬り伏せた直後を狙って最後の一人が魔法を放ってくる。それを剣で斬り、直撃は免れたものの余波が彼女を襲った。


手傷を負いながらも、離れた最後の影に視線を移し疾走する。


影から放たれた殺気が彼女を貫いていく。ルールカはそれに対して怖気づき気遅れするどころかさらに加速する。


魔法が間に合わないと直感したのか、影は杖を出して頭を守った。


そうやって胴ががら空きになったところを、少女の必殺の間合いに踏み込んで二本の剣が煌めく。


「はぁ!!」


身体を回転させての連続斬り。


これで終わったと確信して動きを止めたその瞬間に意識外からの8人目の影が現れた。


「・・・?!」


朝鍛とはいっても実践どうようの臨戦態勢の彼女にはその違和感にきづかない。8人目がいると判断して、そのまま斬りかかる。


「え???」


と、とぼけた声。その瞬間ルールカはこの矛盾に気づいて攻撃を止めた。


「いや・・・なんかごめん。」


戦闘態勢を解くと、目の前に昨日知り合った白髪の顔がそこに立っていた。


「ごめんなさい。」


自分の失態を認識したピンクプラチナの少女はすぐさま頭を下げて謝罪した。そんな彼女を前にして、セイギは首を傾げる。


「え?なんで謝るの?」


「朝鍛に集中していて、あなたに気づくのが遅くなったし、怪我させるところでした。」


「朝鍛?・・・そっか君は有名な騎士家だったっけ。こっちこそ邪魔してごめん。」


少年はバツが悪そうにして謝り、それから少女に目をやってギョっとする。


「君。怪我してるじゃん。」


身体のあっちこっちに血が滲んでいることを指摘されて、ルールカは首を軽く振った。


「これはいつものことで。自然に治ります。」


本当にいつものことだった。怪我をしない日はないくらいに傷を毎日負っているけど気が付けば治っている。なので支障がない限り彼女は気にしていない。


「そうなの?・・・でも見てて痛そうだからこれつかいなよ。」


そういうと、少年はポケットから小さな瓶を取り出し、その蓋をあけて彼女の方に手渡した。


「この村特有のポーションだから、効き目はすごいよ。すぐに治るんだ。僕はよく使ってる。」


「そうですか。じゃあありがたく。」


素直に親切を受け取ってポーションを怪我にかけて、すぐに治ったことに驚いた。そんな彼女を眺めて少年はうなった。


「ねぇ。その言葉使いなんとかならない?」


言われてぴたりと動きをとめてピンクプラチナの少女はまっすぐにセイギを見返す。


「変ですか?」


「変じゃないけど。固い。いくら君が騎士様だろうが、同じ年ごろの子と話すならくだけた話し方をするもんじゃない?」


問われたルールカは首を傾げてみせる。


「いいの?」


「もちろんいいよ。で、普段どんなことして過ごしているの?」


「鍛錬とかお勉強とか街に出て買い物とかかな。」


「へ〜。君のところは貴族と平民の垣根はないの?」


「う〜ん。そんなの気にしたことないよ。」


?と首をかしげてみせるルールカの様子に、頷くセイギ。


「ほかの所だと貴族が欲しいものがあるときは平民を呼ぶんだ。生活習慣が全く違うんのだけれど、君が嘘ついてないことはわかる。」


「そうなの?街を歩いていろいろと発見したりして楽しいよ。」


「そうだね。その通りだ。それで君はミッションって知ってる?」


うんうんと頷きながらも、少年は首をかしげている少女を見つめた。


「じゃあね、教えてあげるから。僕と一緒にミッションをしよう。」


「私にできるかな?」


「できるよ。たぶんね。」


「じゃあお願いします。ふつつかものですが。」


「どこで覚えたのその言葉・・・まぁいいや。」


懐からだした紙をひろげてセイギは睨みつける・


「今日のミッションは厄介なのが多いね。」


「・・・なにするの?」


「メモにあるその①イノシシを罠にはめてとらえよ。」


少年の案内で連れられた先で、ルールカは彼と一緒に、畑のそばにある茂みに身を潜めていた。


「・・・罠にはめる?」


「しっ!!来た。」


鋭い声が少女の疑問を遮る。彼らの視線の先で森の奥から大きな図体をした一匹のイノシシが現れた。周りを警戒してから、二人の方にやってくる。


「頭が回るヤツらでね、この時間帯になると人がいないことを知っててやってくるんだ。ちょっとでも異変がわかるとたちまち逃げ出すんだけど、一度侵入に成功した場所には繰り返して出没して作物を食べていくんだ。」


そう説明してから、少年の目つきが変わった。


「もう罠は仕掛け終わっているから、今回はお手本だと思ってみてよ。うまくいくはず・・・」


言われたルールカはこくりと頷き視線の先では今まさに、地面の異常に気付いたイノシシが足を止めたところだった。


「・・・ぶひ・・・?」


土の色が変わっている部分の手前で止まって。イノシシはうなって進路を変える。なんと見抜かれてしまったようだ。ルールカは心配になって少年をうかがう。


「・・・ぶひ。」


イノシシは左に迂回するかとおもわせて右に進路を変えた。


「・・・あ〜ぁ見抜かれちゃったか。今日もいけると思ったのにな。」


「ぶひ!」


罠を見事見破ったイノシシの方にセイギは口をとがらせて近づいていく。その足取りがゆっくりなせいか、イノシシは慌てずに逃げる準備を整える。一歩一歩セイギが近づくごとにイノシシは後ずさりするが、


「ぶひぃ!!!」


くくり罠に捕まったイノシシの悲鳴が響いた。少年がこぶしを突き上げる。


「よし。計算とおり。」


「ぶ・・・ひ・・・?」


「二重でダメなら三重に仕掛けるだけさ。知恵比べに勝とうなんて思うなよ。」


そういって胸をそらすと、懐からナイフを取り出した。


「さてと、面倒だけど血抜きしておかないとせっかくの御馳走が無駄になっちゃう。」


「ぶ・・・」


ささっと頸動脈を切断する。ほどなく血が流れたら近くの木の枝につるしたいところだが生憎と力がない。そんなわけでルールカのもとに戻ってきた。


「ってなわけだから。いったん帰るよ。うまくいってよかったよ。失敗しちゃったらカッコつかないしね。」


そう言われても少女に返す言葉がなかった。相手の困惑にセイギはますます調子にのる。


「こんな感じ。簡単でしょ。」


「初めに言っておくよ。次のミッションはリスクが高い。」

次にルールカが連れてこられた先は施設の近くにある民家の一つだった。二人でその裏手に回り込むと、すぐにセイギが声を潜めて話はじめる。


「やることは簡単。煙を焚いて巣を取るだけ。・・・でもこれには持久力が必死。」


高い位置にあるハチの巣を見上げながら少年が告げる。準備よろしくといわんばかりに梯子がかけられている。


「わかるね。あの巣に群がるハチから巣をぶんどる。ハチどもは危害を加えなければ何もしてこない。けど逆に加えたなら容赦なく襲ってくる。一匹、二匹なら我慢できるけどあの数に一斉に刺されたらショック死するよ。」


口調が真剣だったせいで、ルールカは知らずに息をのむ。巣に視線を戻して彼女は疑問を投げかける。


「・・・そもそも危害を加えない限りこのままでいいんじゃない?」


「そう。だけれど危害を加えるのは僕たちだけじゃない。鳥だって虫だって危害を加える可能性があるわけさ。このハチ達が危害を加えた対象だけ攻撃するのならできるならほっとくよ。でもねアイツらは視界に入ったものすべてが敵だと認識してしまうわけ。そうなると全く関係ないのに巻き込まれてしまうし、いつ襲ってくるのか心配だからほどよく巣が大きくなったら取るんだ。」


「ほどよく?」


「うん。ハチの巣は栄養素がいっぱい入っていて薬にもなるんだよ。しかも甘くって美味しいのおまけつき。」


「あまいの!?」


「うん。まじで。とにかく僕たちはあの巣を取らなきゃいけない。おいしい食卓を彩れるか否か・・・僕たちの働きにかかっているんだ。」


巣をまじまじと見つめてそのままの体制のまま、セイギは隣の少女と会話を続ける。


「・・・せっかくだから君の運動能力を利用しよう。巣を叩いてハチ達を引き付けておいてよ。その間に僕が巣を取り出すから。」


「囮ということね。いいよ。うまく誘きだせなかったらどうする?」


「その時は僕がハチを引き付けてやるさ。」


請け合うセイギだがピンクプラチナの少女は首をふる。


「違う。私が聞いているのは予定通りにいかなかったらどうフォローする?ってこと。」


少女はまっすぐ相手を見つめて誤解を訂正した。少年がきょとんとする。


「・・・初めてそんなこと聞かれたよ。」


「騎士とは、己の剣で守るべきものを決して見捨てぬこと。それが、我がアンチュア家の揺るぎない教えであり、私の生き様そのもの。」


ルールカは、迷いなき眼差しでセイギを見据え、毅然と言い放った。その言葉には、単なる家訓を超えた、彼女自身の魂に刻まれた哲学が宿っていた。彼女にとって、仲間を見捨てることは、己の存在意義を否定することに他ならないのだ。その瞳の奥には、どんな困難にも屈しない鋼のような意志が宿り、彼女の言葉一つ一つが、確固たる信念に裏打ちされていることを物語っていた。セイギは、そんなルールカの言葉に、最初は驚き、しかしすぐに深い理解と共感を覚えた。彼の瞳には、ルールカへの揺るぎない信頼と、共に困難に立ち向かう覚悟が宿っていた。この瞬間、二人の間に、単なる協力関係を超えた、固い絆が結ばれたことをルールカは感じていた。それは、故郷の家族とは異なる、異世界で初めて得た、かけがえのない「仲間」という存在だった。


「うん。ごめん。君の言うとおりだ。・・・ならどうする?巣の中にはまだハチがいる。僕が襲われて引き連れたとしてもだ。目的の巣は取れないよ。」


「なら、私が戻って巣を取るよ。あなたは速やかにハチの被害から逃れて。」


「ん、わかった。臨機応変ってことで。」


うんうんと唸るセイギをよそに、ピンクプラチナの少女は周囲を見回しつつ口を開く。


「・・・この辺りに水辺はある?」


「水辺?なら東のあっちにあるよ。」


「ハチの・・・行動範囲の所まで逃げる。ということ。成功、失敗関係なく集合場所もそこで。」


そこでセイギが懸念を顔に表した。


「・・・大丈夫?」


ルールカの服装を眺めつつ少年は首をかしげる。朝鍛のあとに彼女はいったん着替えている。お嬢様然としたフリルがついた可愛らしいワンピースだ。町を歩く分には問題ないが、水の中に入ることを想定したのならば無理、向かない服装だった。


「問題ないよ。脱げばいいし.」


訝しるセイギをよそにピンクプラチナの少女はそう言い放った。


東に向かって町の端にでると川があった。


「うまくいったね。」


川辺で相手の姿を見つけて、少女は話しかける。そんな彼女を、セイギは感嘆の表情で見つめ返した。


「そうだけど・・・すごいね君。」


良いながら自身の体を見る。そこにはいくつかハチに刺された跡が残っている。


「よく刺されなかったね?」


「襲ってくるのだから斬ってもいいでしょ?」


ルールカの言葉に、セイギは一瞬言葉を失った。ハチを『斬る』という発想は、彼にはなかったからだ。彼女の瞳の奥には、獲物を前にした狩人のような、冷たい輝きが宿っているように見えた。


「そうなんだけど、僕には無理。だってあの数だよ。もし強力な武器や魔法があっても全部は防げないよ。」


セイギの言葉に、ルールカはわずかに口角を上げた。


「ハチの行動パターンを把握すれば、ある程度は防げるし、駆逐できるよ。それに、小さな命が散っていく瞬間も、なかなか見応えがあるものよ?」


彼女の言葉は、まるで無邪気な子供が遊びを提案するかのような響きがあったが、その瞳の奥には、確かな残虐性が垣間見えた。


……家では、決して口にできない言葉だわ。父様や兄様が聞けば、きっと嘆かれるでしょう


ルールカは、心の中でそう呟いた。騎士としての教育は、命を尊び、弱きを守ることを説く。しかし、この異世界での「命の取り合い」は、彼女の内側に潜む「何か」を刺激し、その残虐な思考を肯定するような、抗いがたい快感を与えていた。セイギの困惑した表情を見るたび、彼女の心は、騎士としての自分と、この新たな感情に目覚めつつある自分との間で、激しく揺れ動くのを感じた。その揺らぎは、もはや罪悪感だけではなかった。むしろ、この異世界の自由な価値観が、彼女の心の奥底に眠っていた「もう一人の自分」を、ゆっくりと解き放ち、抑えきれない興奮を伴って覚醒させ始めていたのだ。この時、彼女の瞳には、微かながらも人を惹きつけるような妖しい光が宿り始めていた。それは、サキュバスとしての「魅了」の萌芽であり、異世界での「命のやり取り」という刺激的な経験が、彼女の内に秘められた本質を呼び覚ます最初のきっかけとなったのだ。「この愉悦は、騎士としての私を汚すものなのか、それとも、これこそが私の真の姿なのか……」 ルールカは、自問自答を繰り返しながらも、その妖しい光を宿した瞳で、セイギの戸惑う顔をじっと見つめていた。


こうしたミッションをいくつかやり遂げた後、太陽が西に傾き、空が茜色に染まり始める頃、二人は村の小道を歩いていた。ルールカの頬には、日中の活動でかいた汗が心地よい風に冷やされ、微かな疲労感と共に充実感が満ちていた。セイギもまた、ミッションの成功に満足げな表情で、時折、今日の出来事を振り返っては楽しそうに話しかけてくる。


「今日のイノシシは賢かったけど、僕たちの連携には敵わなかったね!」


セイギの言葉に、ルールカは小さく頷いた。確かに、セイギの機転と自身の剣技がうまく噛み合った時の達成感は格別だった。夕焼けに照らされた村の家々が、温かい光を放ち始める。その光景を眺めながら、ルールカはふと、この村での生活が、故郷のアンチュア邸での日々とは全く異なる、穏やかで充実したものになっていることに気づいた。そして、二人はある一軒家の前にたどり着いた

「ここ、俺の家。」


玄関扉の前に立って指さして、セイギがそういった。ルールカは首を傾げる。


「・・・ミッション?」


「違うよ。今日のミッションは終わり。お母さんただいま。」


扉を開けて、少年は元気よく帰宅を告げた。それにすぐさま返す言葉が返ってくる。


「おかえり!・・・ん?」


現れた女性は真っ白な流れる髪に澄んだ蒼い瞳。身にまとっているのは異世界風なのか単衣の長着で優しい滑らかな布地がぴったりと体を包んで、清涼感と共にこの女性の本質的な美しさを表している。


しばらく見惚れてしまった後、慌てて少女は姿勢を正した。


「あ・・・ルールカと言います。初めまして。」


「初めまして。私はセイカです。・・・息子と遊んでくれてありがとう。」


口元をほころばせたセイカが、彼女の背丈に合わせて膝を折ってくれる。それだけで彼女の優しさが伝わってきて、ルールカは心が温かくなるのを感じた。


「親父の注文通り取ってきたよ。ルールカがいてくれて本当に助かったよ。」


良いながら背負い袋から今日の仕事の成果をテーブルに乗せていく。セイカは嬉しそうにそれらを眺めていった。


「いっぱい!」


「ご飯。たくさん作ってよ。僕もルールカもお腹ペコペコ。」


「え?!」


ルールカが反射的に驚くと、少年は驚いた様子で振り返った。


「食べないの?ありえないよ。シェフが作るよりも母さんの作る料理はおいしいよ。」


全身で主張するセイギの隣で彼の母親も悲しげに瞳を彼女に向ける。


「お口に合わないかもしれないけど・・・」


「いえ!ありがたくご馳走になります。」


即座に答えた。断る選択など不可能だった。頷く少女に嬉しそうにセイカの顔が輝く。


「すぐ作るから。それまでセイギと待っててね。」


そう言い残して、セイカは台所に向かっていく。


それで話が決まったのを見て取ると、セイギは将棋盤を持ってきてルールカの前に置いた。


「将棋わかる?」


「うん。ルールは知ってる。」


「じゃあ。ご飯出来るまでやってみようか。」


少女にも異存はなく。さっそく先手を決めて始まった。


「おまたせ。ご飯できたよ・・・・」


一時間は経ったであろうか、最初は会話しながら始まった将棋だったが次第に言葉が減り、やがて沈黙となっていった。セイカが呼んでも、将棋盤を挟む二人の子供は真剣な表情で盤をにらんでいた。


「・・・」


「・・・」


あまりにもの集中ぶりに声をかけるのをためらってしまったが、やがて意を決した。


「ご飯できたよ!」


「・・・」


「・・・」


返事も視線さえも寄こさない子供たち。それからもう一度、無視されたので女性の肩がプルプルと震えだした。


「作ったのに冷めるじゃない!」


その瞬間に拳骨が二人の頭に落ちた。将棋にのめり込んでいた二人の意識も、それでようやく意識が盤上から外れた。


「痛・・・?!ごめん母さん。」


「いたい・・・・?!ごめんなさい。」


それぞれ涙をこらえながら、慌てて食卓に着く。と、その頃合いで、もう一人の家族が帰ってきた。スドウ・ユウキその人だ。


「フー。ただいま。」


「おかえり、ユウキ。ちょうどご飯出来たところ。」


「あー!!今晩はカレーか!やったね。おっと・・・ルールカちゃん来てくれたんだね歓迎するよ。で、バカ息子よ。ミッションはどうだったかな?」


「帰ってそうそうバカ息子呼ばわりはどうかと思うけど。ルールカと一緒だったから出来たよ。達成したよ。でももうちょっと優しくしてもいいんじゃないかな?」


親子の会話とはこんなものなのか?セイギの言葉には遠慮がない。肩をすくめるユウキ。


「そうすると彼女は退屈しそうだしな・・・あれ?将棋やってたの?」


「中断中・・・・。ルールカ強いよ。」


「ほぅ!どれどれ・・・こりゃすごい大接戦じゃないか。まだまだ続くなこりゃ。」


感心してユウキは食卓に着いた。揃ったところで食事が始まるわけだが、ぐぅ~とお腹の音にルールカが赤面する。それに気づいたセイギがフォローする。


「母さんのカレーは世界一旨いよ。正直な反応だよ。」


ありがたくそれを受け取りつつも、ピンクプラチナの少女は目の前のカレーに視線が外せない。


「カレーというのですか?」


ルールカの問いに、セイギはにこやかに頷いた。


「うん。ほらこうやってご飯と一緒にして口に運ぶんだ。」


セイギが見本を見せるようにスプーンですくって食べてみせる。その仕草を真剣な眼差しで見つめていたルールカは、初めての料理に戸惑いつつも、薄い桃色の唇をそっと開いた。


茶色との混じり合った食べ物が口の中に入ると、まず鼻腔をくすぐる食欲を刺激するスパイシーな香りが広がり、次いで舌の上にほのかな甘みと、今まで経験したことのないピリッとした辛さが駆け巡った。熱すぎず、しかし温かいその感触は、疲れた身体にじんわりと染み渡る。


「……うまっ!?」


普段は冷静沈着な騎士であるルールカの口から、思わず感嘆の声が漏れた。その瞬間、彼女の脳裏には、これまでの堅実な騎士生活では決して味わうことのなかった「未知の味覚」への衝撃が走る。一口、また一口と、夢中になってスプーンを口に運ぶ彼女の姿は、まるで初めておもちゃを与えられた子供のようだった。その美味しさに抗えず、無心で食べ続けるルールカの表情には、騎士としての威厳は鳴りを潜め、ただ純粋な喜びと驚きが満ち溢れていた。セイギは、そんな彼女の可愛らしい反応を見て、思わず吹き出した。


「だろ?」


「美味しい。マヨネーズも驚いたけど、これも・・・」


その感想を聞いた途端に、セイカは喜んだ表情を浮かべた。


「あぁ・・・その美味しそうな顔で食べてくれるのが嬉しい。」


「えっと・・・・」


「さっき届けてくれたハチミツを入れているの。二人には少し多めに入っているわ。」


それを聞いてルールカはまじまじとカレーを眺めた。


「気に入ってくれたようだね。ルールカちゃん。」


「ユウキはもっと私を褒めなさい。」


「そうだよ親父。母さんの有難みをわかってないよ。」


「・・・う!?」


「母さんが作って待ってくれているから早くミッションを終わらせなきゃだよ。」


「その通りだな。」


家族の団欒。まだ数日しか経ってないのに、ルールカの脳裏には故郷の父と兄二人の顔が思い浮かんだ。アンチュア家での厳格な生活とは異なる、スドウ家の温かい食卓。セイカの作るカレーの優しい味、セイギとユウキの軽口を叩き合う姿。


そのすべてが、ルールカの心を解きほぐしていく。彼女は、寂しさと安らぎとの間に挟まれながらも、この異世界で得た「もう一つの家族」の温かさを噛みしめていた。それは、騎士としての重責から解放され、一人の少女として存在する喜びだった。食事が終わり、セイカはルールカの空になった皿を見て優しく微笑んだ。


「ルールカちゃん、遠慮はいらないのよ。ここをお家だと思って、ゆっくりしていってね。疲れたらいつでも帰ってきていいのよ。」


その言葉は、ルールカの心の奥深くに染み渡り、故郷では決して感じることのなかった無条件の愛情と安らぎを与えた。ルールカは、セイカの温かさに触れるたび、自身の内に秘められた「もう一人の自分」が、少しずつ癒されていくのを感じていた。


「食べ終わったら将棋の続きをしようよ。このままじゃあオチオチ寝れないよ。」


セイギがそう口に言葉にすれば、ルールカは頷く。こちらとしても頭の隅に残っていた。望むところだ。


「お風呂沸いたよ。ゆっくり浸かってね。」


将棋盤を睨むようにたたずむ子供たちの姿を見るなり、セイカはそう語った。


用意された籠に衣服を入れてしまうと、セイギとルールカは湯気に立ち込める風呂場に足を踏み入れた。檜の香りがほのかに漂う中、かけ湯をして汚れを落とし、それから熱すぎず心地よい温かさの浴槽の中に足を下ろしていく。


「「ふー。」」


狭い湯船に対面で肩まで浸かった瞬間、全身を包み込む湯の温もりに、二人から同じ安堵のため息がこぼれた。


「・・・お風呂はじめて・・・」


「?・・・あー。そうか。普通は生活魔法で済ませちゃうんだよね。」


少年の顔に笑顔が浮かぶ。湯船のふちに手をかけて彼はこのお風呂について説明した。


「生活魔法は確かに一瞬で綺麗さっぱりと身体を清めてくれて便利だけど、お風呂に浸かるという行為はゆっくりとした時間を使って身も心も癒しを与えてくれるんだよ。」


ふと思い出したように天井を見上げてセイギがぽつりとつぶやく。


「そういえば、父さんも母さんもいつもより優しい気がする。」


「私がお邪魔しているからかな?」


「それもあるんだけれど僕が同い年の子と一緒にいるのが嬉しいみたいなんだ。普段からあんまり近い年のことは遊んだりしてないから、そのせいかな。」


「そういえば大人ばっかと話してなかったし、見かけなかったわ。」


「いないわけじゃないんだけど・・・僕自身、シェフたちといる方が楽しくってさ。一緒に遊んだりしたこともあるんだけど、面白くないんだよ。」


不満げにそう言って、セイギは口元を曲げてみせて視線をルールカに向けた。


「君もそうなるかと心配したけど、そうじゃなかった。面白いし楽しいし嬉しいの誤算だった。ついて来てくれるどころか、気を抜けば置いてかれそうになる。」


そう聞いてルールカは少し照れてしまう。


「騎士とは自分の意志や判断に基づいて、責任を持って行動する。与えられた命令にたいしてどのような思惑が隠されているのか?それに対して取り込むことができるのか?と、お父様に言われ続けているわ。」


「騎士道か。それもかっこいいけど、君はこっちも向いているとおもうよ。」


「こっち?」


セイギの発言にきょとんと首をかしげて彼を見返す。


「そう。ここで僕たちと一緒に魔法と魔力の不思議と可能性を説き明かしていくんだ。君と僕が組めば、きっと一生面白楽しく退屈しないよ。」


「ここで研究して暮らすということ?」


「違うよ。世界中を旅して未知の生き物を探したり、古の遺跡を調べたり。この世界には数えきれない謎が満ちている。その中の一つが魔法しかり魔力だ。好奇心がわかない?興味をひかない?関心を抱かない?僕はこの感情を放っておくことは出来ない。」


熱を込めて語り、セイギは湯の中から立ち上がる。ルールカはセイギの裸を目の当たりにして考え込んだ。


「・・・なんだかイメージができないわね。」


「そう?例えば森の奥で醜悪な魔獣に襲われたとしよう。僕と君の力を合わせてそいつを退治するんだ。固い体に物理攻撃は効かない。でも魔法は効く。それをきっかけにして怯ませ弱点を探し出して最後には討伐する。」


「私、魔法使えないんだけど?」


「君は身体魔法は使えているはずだよ。でもその時は僕は魔法を放つよ。他にも海の上で不気味な魔物に襲われるだろう。くねくねとした触腕を君の剣でばっさばっさと切り払い止めの一発に僕の魔法をぶつける。ただの火魔法じゃないよ火薬を利用した爆発力の大威力に魔物はひとたまりもないよ。」


「どこに行っても魔物・魔獣を倒してばかりじゃない。他は?」


「ほか?うーん・・・と巨人とかドラゴンとか?」


「そうじゃなくって知らない世界に行くんだったらもっと色々な事があるでしょう。食べたことがない食物やら、不思議な衣服とか今までの常識が違ってみえるとか・・・」


この異世界人の村を訪れた時を思い出しながら、ルールカはぽつぽつと並べてみる。それを聞いたセイギは顔を輝かせた。


「ほらやっぱり君にだってちゃんとイメージ出来ているじゃないか。どう?そういうものをもっと知って見てみたくはない?」


そう言われてルールカはその光景を思い描こうとするが、その寸前に思考が止まる。


「・・・考えてもいなかったわ。私はこのまま騎士になると育ってきたから。」


「じゃあ今からこの瞬間から考えを改めてみようよ。」


「簡単にいわないでよ。農夫の子が農業をやるように商人の子が商いを行うように、ね。騎士の子として領主の子として生まれた私がどうあるべきなのか、それだけのことよ。」


苦笑して、それでいてはっきりとした口調でルールカは言い切った。相手の言い分に対する不満を表すようにセイギは湯の中に潜る。


「・・・納得できない・・・」


ぷくぷくと顔を出してそうセイギは言った。


「あんたが納得しようがしないだろうが関係ないのよ。」


「関係ありありじゃないか。君がいないと僕は魔獣に食べられちゃうよ。」


そんなことをぼやいてセイギは口を尖らせる。隣のルールカはため息一つついた。


「そもそも出かけなければいいのよ。・・・そろそろ出てもいいかしら?」


身体が十分以上に温まってきたので頭がくらくらする。


湯船から上がり、濡れた肌に水滴を滑らせながら軽く体を洗い始めたルールカの姿に、セイギは息を呑んだ。湯気でほんのりと赤みを帯びた白い肌は、水滴を弾き、艶めかしく輝いている。背中に生えた小さな羽は水を含んでしっとりと張り付き、可愛らしい尻尾もまた濡れて、その存在感を主張していた。その肢体から立ち上る湯気は、まるで彼女の秘めたる魅力を際立たせる薄いヴェールのようだった。


セイギの視線が、まるで磁石に引き寄せられるかのようにルールカの肢体をなぞる。その熱い視線に、ルールカはふと動きを止め、振り返った。戸惑いがちに首を傾げる彼女の瞳に、湯船に沈みかけたセイギの真っ赤な顔が映る。彼の視線は、ルールカの白い首筋から、水滴が滑り落ちる柔らかな胸元へと、抗いがたく吸い寄せられていた。


戸惑いがちに首を傾げる彼女の瞳に、湯船に沈みかけたセイギの真っ赤な顔が映る。彼の視線は、ルールカの白い首筋から、水滴が滑り落ちる柔らかな胸元へと、抗いがたく吸い寄せられていた。


「?なに、どうしたの?」


ルールカの問いかけに、セイギは喉の奥でごくりと唾を飲み込んだ。全身の血が沸騰したかのように熱くなり、心臓がけたたましく鳴り響く。視線を逸らそうとしても、濡れて張り付いたワンピースの向こうに透ける彼女の柔らかな曲線や、水滴が伝う首筋、そして無垢な表情が、彼の理性を揺さぶる。湯気を含んだ浴室の空気が、2人の間に甘く重く満ちていく。


「……ルールカ……君は、すごく……綺麗だと、思う……」


絞り出すようなセイギの言葉に、ルールカはきょとんとした表情で見つめ返した。その純粋な賛辞と、彼の中に渦巻く抗いがたい衝動を、彼女はまだ知らない。だが、セイギの視線が、これまで感じたことのない甘く熱い感覚を、ルールカの胸の奥に微かに灯し始めていた。水滴が肌を伝うたびに、ゾクリと背筋を駆け上がるような心地よい痺れが、彼女の意識の奥底に潜む「何か」を揺り起こす。それは、異世界での「愉悦」とも、騎士としての「矜持」とも異なる、もっと個人的で、甘く、そして少しばかり切ない感情だった。セイギの瞳の奥に宿る、彼女への純粋な好意と、微かな憧れのような光が、ルールカの心を温かく包み込む。この時、彼女は初めて、誰かに「守るべきもの」としてではなく、「一人の女性」として見られていることを意識した。そして、その視線が、彼女の内なる「もう一人の自分」を、優しく肯定してくれているかのような錯覚を覚えた。「この温かさは、何……? この胸のざわめきは……」 ルールカは、自身の感情の正体を測りかねていた。


その瞬間、ルールカの背中の小さな羽は、まるで彼女の内なる熱を帯びたかのように、微かに淡いピンク色に染まり、尻尾はセイギの足元をそっと撫でるように揺れた。彼女自身は気づいていないが、その動きはセイギの心をさらに深く捉え、抗いがたい魅力を放っていた。セイギは、その光景を目にして、一瞬息を呑んだ。ただの身体的特徴ではない。まるでルールカの感情と連動するかのように動く羽と尻尾、そして彼女の瞳の奥に宿る、普段とは異なる妖しい輝き。それは、彼が知る「騎士の娘」ルールカとは異なる、何か抗いがたい、しかし同時に魅惑的な「もう一人のルールカ」の片鱗を彼に感じさせたのだ。彼の胸には、戸惑いと、理解を超えた存在への畏敬、そして抑えきれない好奇心が入り混じった、複雑な感情が渦巻いた。「この妖しい輝きは、私の中から……? セイギの視線が、私を……変える?」 ルールカは、自身の変化とセイギの反応を、どこか遠い場所から見ているような感覚に陥っていた。


「……そういうことは初めて言われたわね。言われ慣れてないからどう反応していいのかわかんないけど、とりあえずありがとうと言っておけばいい?」


セイギは、ルールカの純粋な反応に、どこか満足げに口元を緩めた。「だろ? 僕の目は確かだね」と、湯気で赤くなった顔を隠すように、飄々とした笑みを浮かべた。しかし、その飄々とした態度の裏で、彼の心は激しく揺れ動いていた。彼は、ルールカの内に秘められた「何か」が、彼女をより魅力的にしていると感じていた。それは、危険な輝きを放ちながらも、彼自身の探求心を強く刺激する存在だった。彼は、この「もう一人のルールカ」について、もっと知りたいという抗いがたい衝動に駆られていた。「セイギの言葉が、私を……この私を、肯定してくれる……」 ルールカは、セイギの言葉が、騎士としての自分と、サキュバスとしての自分との間の壁を、少しずつ溶かしていくのを感じていた。


ルールカは、まだその感情の正体を掴みきれないまま、素直に礼を述べた。しかし、その声には、微かな戸惑いと、そして、どこか期待にも似た響きが混じっていた。セイギは、彼女の無邪気な言葉に、さらに顔を赤くして湯船の底へと沈んでいく。


その日の夜からセイギの家に泊まることになった。まるで予定調和かのように部屋も寝具も準備されていた。朝起きて朝鍛錬をして朝食を取り、セイギとミッションをこなして一緒に帰宅するそんなルーティンを一か月も続けば生活も慣れてくる。空いた時間を使ってベリーシェフ率いる研究室の意見交換という名の議論の席にセイギとついたりした。

「今日の題材はハナックの戦い。この戦いについての考察をする。」


進行役のベリーが黒板に戦場図を描いていく。参加者たちの視線がそこに集中してそれぞれの見解を述べて口論する。


魔法や魔力を求める研究ばかりしているわけじゃない。料理や生活、過去の戦闘、これからの未来など多岐にわたる。


時には取っ組み合いの喧嘩に発展しそうなこともあるが、そうはならない。集まっている皆の矜持の表れだった。論争の中で手を出せば自ら負けを認めることになる。そうわきまえた上でお互いの主張を全力でぶつけ合う


口論だけで収まらない場合は実際に経験してみる。


今回の過去の戦場を再現させるには知恵と時間と人員が割かれる。そのままの規模はもちろんできないために縮小されてはいるがかならず実証実験させる。


こういったことを繰り返していればそのうち集まる者たちが面倒くさくなってくるはずなのだが、この村の人々は率先して参加をする。もちろん最低限の人員をのこしてだが。


たまたま参加した二人は最初のうちから巻き込まれていた。


まず、予定通りに進軍が進まない。天候一つで左右されて無理をすれば疲労が重なって速度は落ちる。地形の高低差、視界の悪化、食料、飲み物などなど・・・


失敗点と原因を求めて反省点を整理していく。


みなに異存はなかった


長い口論をして方針を決めてそれにたいして行動をおこして結果を残す。


経験の甲斐があって二人の能力は向上し、それに比例してミッションも日増しに難易度が高まっていく。遠慮がなくなってきたと言い換えてもいい。


ある仕事では、片道一日の距離と時間と人員をある森まで使う木材を調達するために二人を向かわせた。控えた工期に間に合うようにという時間制限付きだ。


何事もなく現地まで到着したが問題は伐採だった。


「硬い・・・。」


斧を振る者たちの間で動揺が広がる。


「切り倒すまでに時間がかかる・・・」


この木は堅木と呼ばれる一種の建材としては優秀だが伐採にも加工にも惜しみなく手間がかかる。しかも重い。


考えれば考えるほどに予定通りには事が運ばない見込みだった。修正を余儀なく迫られる二人は互いに目配せをする。


「・・・どうする・・・?」


ルールカの瞳とセイギの瞳が交わる。


焦りや苛立ちを見せることなく二人は佇む。


諦めない。まだ手はある。お互いの視線を交差させてそう告げあっている気がする。


「何か・・・忘れてないか?」


順路・日程・目的。打開策を求めて内容をひとつずつ確認し直す。すると「工期七日間で完成の予定」


「七日間・・・」


「どういうこと?」


その日の夕暮れ時、日が沈む前に帰り着いた二人をスドウ・ユウキはわざとらしく困惑した表情で出迎えた。


「木材はこれだけ?足りないんだけど・・・」


台車に乗せられた丸太に対して容赦なくダメ出しをつける。それを真正面から受けてたつように二人が前に進み出た。


「・・・全部数量通り運んだらとても今日中には間に合わなかった。」


「だから半分だけ?状況判断はわからなくはないけど、工期は確実に延期だな。」


厳しい評価が突きつけられる。それでも二人はまっすぐにスドウ・ユウキに立ち向かう。


「もちろん追加で持ってくる。でも工期の延長はないよ親父。」


「うん?」


「持って来た木材で着工してもらえばいいよ。残りの木材が届くころには基礎部分が出来上がって時間のロスもないはずだよ。もちろん木材がなくなる前には残りの半分を持ってくる。」


ユウキはほおぅと言って息子を眺めた。


「今回のミッションは工期の時間指定だけだった。だからそれに合わせられる範囲での指揮は俺とルールカにある。「安全・時間・品質」優先でね。」


基本概念の書類を見せつつセイギは鼻息荒くした。


「・・・切り出したばかりの生木を建材には使えないでしょ。」


追い打ちにそう言われてユウキは肩をすくめてみせる。


「素直に褒めてやろうかな。それにしても二人で知恵を絞りあってこの結果にたどり着いたのかな?」


そう促してユウキは腕を組む。しばらく見つめあった後、二人は順番に答えた。


「正直、切子に頼らないと考えに至らなかったよ。」


「意見を出し合って吟味してどうにかこうにかここまでたどり着きました。」


そう答える二人は苦笑する。


「・・・それでいい。オレもそうする。そこまでわかっていれば良し。要するに現場でも会議場でも自分一人で出来ると思っているバカがいると何も回らないということ。」


大切なことが伝わったことを喜びながら微笑むユウキの言葉は、ルールカの心に深く響いた。故郷の騎士道では、個の力、特に騎士としての卓越した剣技と判断力が何よりも重んじられてきた。しかし、ユウキの言葉は、その「個の力」だけでは成し得ない「協力」の重要性を説いていた。


「覚えておきなさい。一人の天才が何でもかんでもできるわけじゃない。むしろ出来ないことが多いぐらいだ。だからみんなができることを一生懸命する。それがきっと幸せに繋がる。」


ギートルクが教える騎士の道とは異なる、ユウキが語る「皆で協力すること」の重要性。ルールカは、異世界での経験を通じて、個の力だけでなく、他者との連携や信頼が新たな可能性を生み出すことを学んでいた。それは、彼女の騎士としての視野を広げ、より柔軟な思考を育むきっかけとなった。


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