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悪意の塊

「・・・うぅ・・・」


混濁する意識の中、シルヴィは自分が誰かの背中に担がれて運ばれているように思った。頬に触れる背中は汗臭く、ギトギトとした油分が気持ち悪い。それだけの感覚だけが残されて彼女の身体は痺れて動けなかった。


「ご無礼を詫びますよ姫様。いい育ちしてるんですね。いい匂いだ。」


彼女を背負っている男が、もう何度も下卑た言葉を繰り返す。


「・・・なぁ?もうこの辺で犯ってしまおうぜ。」


「もうちょい我慢しろよ。まだ気づかれていないだろうから、距離を稼ぎたい。」


背中に感じる胸の感触が性欲を刺激する。早くしたい気持ちは同じだ。だが追手が来るのは時間の問題だった。


王国に住まうものにとって王族とは、雲の上の存在だ。よっぽどのことがない限り顔を見ることさえ出来ない。ましてや会話などできやしない。・・・それがどうだ、今こうして背負っている。金目当てに雇われた志願兵が王国の姫君を凌辱できるチャンスが巡ってきた。知られれば死刑確定。このような暴挙に及んでいる彼らの精神性は異常だった。


「姫様。もう少しお待ちを。オーガズムってやつを教えて差し上げますよ。」


男の口からはこのような内容がシルヴィの耳に届いてくる。動かない身体だが、思考は出来る。つい先ほどまでのことを思い浮かべる。


「突撃だ!!」


美しいオレンジ髪を靡かせて、少女は敵の姿を求めて走っていた。


エリーゼからの号令を聞いた瞬間から、身体が考えるよりも先に動く。最近の彼女は少しずつ王族という立場を忘れていた。


そして知らず知らずのうちに、主戦場から端の方へと誘い込まれていた。だが、すでに大勢は決している。本気で相手を殲滅するつもりで突撃をしていた。周りに倒れた敵を目の前にして、他はいないかとまた新たな相手を探す。


そうしているうちに彼女と数人の共だけが、ぽっかりと取り残されてしまった瞬間があった。その時だ。あまりにも突然の出来事だった。


「な・・・。お前ら死亡・・・扱いだぞ・・・」


「・・・卑怯・・・な・・・」


背後から放たれた魔弾が、次々と味方の兵を貫いていく。痺れる身体で必死に彼女を守ろうとした。這いつくばってでも身体を僅かに動かしてどうにかしようとする者もいた。


しかし、その献身も実らない。魔装銃の音が奔り、5人の共が倒れ彼らに守られていたシルヴィがついに狂賊たちの手に伸びた。


「もうしわけありませんね。お姫様。我々の情欲を満たしてください。」


謝罪を頭に置いて、狂賊の一人が強姦を宣言する。その男は獣人でたしか、名はワイン。たたき上げの志願兵であり、正規兵に抜擢されるほどの軍本部から実力と実績を認められた人物だった。


「・・・死んだふりをしていたのか?」


追い詰められたシルヴィの口からとっさに出たのは、そんな確認だった。その声には、恐怖だけでなく、状況を冷静に分析しようとする王族としての気品が滲んでいた。


「そうだよ。・・・こんなチャンスは滅多にない。最近は真面目に仕事をしすぎた。だから息抜きが必要だと思いませんか?」


ワインの言葉は、下劣で厭らしいさがあった。


「・・・男とはそういう生き物だとは知っている。だが、なぜ?わたしを狙った?」


「ふふっ」


「性欲のはけ口ならいくらでもあるだろう!」


「あなたが王族だからですよ。俺たちの身分であなた様のような尊い方と交わることなんて夢のまた夢物語。こんな機会を逃がす手はない。」


それを合図にして、彼の背後から他の狂賊が出てきて彼女を取り囲んだ。


「んーーー!?」


痺れ薬を含んだ布を口と鼻に押し当てられてシルヴィが、数秒手足をばたつかせた。ようやく大人しくなったのを確認して、ワインは自分で彼女を背負った。


「ここで犯したいところだが、ゆっくりとじっくりと皆で楽しみたいからな。さっさと隠れるぞ。」


下卑たその言葉を最後にシルヴィの意識はそれからずっと曖昧になり、この後に行われる惨状を思いうかべて心の中で涙を流した。


「・・・さっきからなんだこの音は?」


森の中を進む元志願兵の5名は、遠くから響いてくる不穏な蔽い茂った木の葉の囀りに戸惑っていた。次第にその音が近づいて来ているような気がするだけで、意味が分からない。


「無視しろ。魔物の仕業だろう。王女様の消失に気づいていたとしても、連中どもは模擬戦の勝利に浮かれてろくな命令も効かないだろう。俺たちに対して敏速な追跡が出来るとは思えない。」


ワインは冷静沈着な見識を口にした。その声には揺るぎない自信に満ちている。彼らがそうであるように、経験上学んだからだ。


「あと少しで2階層の端っこだ。そこは冒険者さえめったに来ない3階層に繋がるボス部屋と真反対の場所だ。そこでこの姫様を犯すぞ。」


「・・・そうだな。順番はどうする?」


彼らが不安と性欲の間で揺らいでいるのはワインにもわかる。あと少しで欲求を解放できる。だが、ここでそれを諦めればまだ罪に問われないと考えてしまうだろう。でもここまでやってしまったのだからもう後戻りはできないとも思っている。


「誰が先に犯ろうが構わない。俺は最後でいい。楽しもうぜ。」


ワインのその一言が元志願兵たちの心の向きを本能に向かせた。このままこの少女を凌辱するとワインの心は一切の揺るぎはなかったが、


「見つけた!」


「・・・!?」


短い声とほぼ同時に、あらゆる角度から風が襲い掛かった。血が舞い上がり、4人の元志願兵が前のめりに倒れこむ。


残りの1人ワインの首と胴は離れているが。離れてしまった首を探して元の位置に戻すと、その声が放たれた場所を見つめる。


「・・・魔法か?」


ワインはさらに続ける。


「出て来いよ。もうそばまで来ているんだろう?」


「死なないのね。」


木の葉がこすれ合うかすかな音と共に、その声はワインの耳元で響いた。それと同時に、彼の首筋にエリーゼの手が当てられる。


「でも、細切れになればどうしようもないわよね?」


「・・・ほぅ。エルフか?」


この状況になってもワインは動じなかった。


「動かないで。王女様を傷つけたくなかったからだけよ。」


緊迫した空気の中、殺気立つ中でワインの背中に担がれていたシルヴィが、聞きなれたエリーゼの声に反応した。


「エ・・・エリーゼ?ここは?」


「シルヴィ。身体をいたずらされてない?」


頭を振って周りを見渡したシルヴィは、徐々に自分が置かれた状況を思い出し、今の状況を思い知ると泣きそうな顔でエリーゼを見つめた。


「大事ないようね。心配したわよ。」


「・・・わ。わたしは・・・」


それは自分の不甲斐なさがこぼれてしまったようだ。エリーゼは穏やかに微笑む。


「いいのよ。私もこの状況は読めなかったから。」


エリーゼの笑顔を見たシルヴィは、すぐに自分の愚かさを後悔した。王族である立場で一兵卒と同じ環境を求めたが故のこの有様。どれだけ周りに負担をかけていたのか。


「・・・そろそろいいかな?感動の再会か?どうでもいい。」


ワインがそう言いだす。エリーゼは瞬時に表情を険しくした。


「あなたは何者?魔物なの?首を斬られても言葉を話せる生き物なんて初めて見たわ。」


「仮の姿だからな。相性がよかったんだよ。この男とは。」


ワインの口調には抑揚というものがない。


「せっかくだ。教えてやろう。俺は憤怒だ。」


「・・・なに?」


「この王女様に負の感情を抱いたこの男に摂りついたんだよ。衣食住にこまらない生活。生まれ落ちただけで回りは勝手にもてはやさせてくれる。そんな世間知らずなお姫様にこの男は、羨望、妬み、嫉みの感情を抱いて壊そうと潰そうと崩そうと願ってしまった。」


「願い?」


エリーゼの声に、ワインの両目がギョロリと向けられる。


「そうだ。俺は悋気の念を好む。たまたまだ。この男を見つけたのは。だが、それでいてとてもフィーリングが合う。第一王女が凌辱され、犯され、穢される。とても清々しいことじゃないか?こんなちっぽけな命で国中のものたちは悲嘆し、痛哭して、感傷に浸る。幸せを感じないか?」


そのすさまじいばかりの異常な狂気をはらんだ迫力に、エリーゼは致命的なわずかなスキを作ってしまった。


「この男には弟がいるんだよ。」


「・・・?!」


首のなくなった元志願兵のガタイが大きいのが突然立ち上がった。するとそのままエリーゼの身体を崩して地面に投げ伏せる。


「血が繋がっているから扱いやすい。操るのも容易いな。」


「ぐぅ・・・」


「姫様は心配しなくてもいいぞ。しっかりと凌辱してやるからな。絶頂という領域を味わせてやる。でも、このエルフはここで殺す。ちょっとプライドが傷ついたからな。」


「や、やめろ!きさま、エリーゼを離せ!!」


ここで、窮地に追い込まれたエリーゼを助けようと、敵に背中から顔に手を回し必死に抗ってみせる。だが、首を斬られても動じないそんな男に攻撃はまったく意味を持たせない。


「・・・かはっ・・・」


首を絞められたエリーゼの意識が徐々に薄れていく。けれどそんな悠長な時間を待たせないと言わんばかりに、ローキンだった男の手の腕の力が増した。


みしみしと首の骨が軋む音まで聞こえ始めた死の一歩手前・・・突然だった。ローキンの両腕がはじけるようにして吹き飛んだ。


「・・・なに?!」


あと一押しでエルフの命を狩るはずだった。ローキンの腕が消失したその、瞬間。ピンクプラチナの髪が靡いた。そして・・・


「はぁ!!」


血の雨が吹き荒れた。エリーゼの後を追ってきたルールカは、エリーゼの窮地を見て取ってシルヴィ以外の動くものを刃がはらんだ旋風となって薙ぎ払っていった。


1秒で締めようとしていた大柄な男を斬り裂き、もう1秒を使ってもう片方の男を斬り刻んだ。この時のルールカの振るう2つの剣は間違いなく閃風と化していた。


敵が次々と倒れていく。その光景を目にするたび、ルールカの身体の奥底から、抗いがたい熱が込み上げてくる。それは「騎士の矜持」だけでは決して説明できない、血が沸き立つような「狩人の愉悦」だった。剣を振るう腕は軽やかに、瞳は獲物を捕らえる獣のように輝く。しかし、その快感の裏側で、彼女の心には微かな自責の念がよぎった。


「…私は、何のために剣を振るっている?」


脳裏に浮かぶのは、シルヴィ姫の不安げな横顔と、王国を守るという騎士としての誓い。この「愉悦」は、果たして騎士として許される感情なのか。この昂ぶりは、ただの勝利への渇望か、それとも「もう一人の私」の囁きか。彼女の背中の小さな羽が、一瞬、淡いピンク色に揺らめいた。その葛藤こそが、彼女をただの兵士ではない、唯一無二の存在へと昇華させていく。彼女は、この内なる獣を飼いならし、騎士としての責務と両立させる道を模索していた。


風が止んだ。その後には血の海に佇むピンクプラチナの少女と、彼女が生み出した返り血を浴びたシルヴィとまだ意識がないエリーゼが残されていた。


「エリーゼ・・・」


「まだ生きている。死ぬなエリーゼ。」


エリーゼの生存を確かめると、ルールカは再び血の海に視線をむけた。


「・・・まだ居るわね?」


斬り倒された敵に向かって、ルールカは話しかける。


「・・・お・・・前・・・」


「あなたはなに?」


傷つき倒れた敵を見下ろすルールカの瞳は、普段の冷静さを保ちながらも、その奥には微かな熱を宿していた。無意識に舌先で唇を湿らせる仕草は、彼女自身も気づかないうちに、内なる狩人の本能が顔を覗かせているかのようだった。その無垢な表情と、秘めたる欲望のコントラストが、見る者の心を捉えて離さない。


「・・・っち・・・」


そう吐き捨てるともう彼の気配は失っていた。ルールカは歯噛みする。つまるところ逃げられたということだった。


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