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演技と陽動

エリーゼの前を立ち去ったルールカは、自分の隊に戻ってきびきびと指示を出す。


「みんなよく聞いて。私たちはこれより別行動で動きます。まずは上流に向かって川を越えて相手を探すの。」


隊長の指示に、股間にテントを張った兵士たちがこくりと頷く。彼女が持つチャームにかかっている彼らはなんら乱れなく指示に従う。


「エリーゼの推測だと、相手の上級生たちはすでに到着しているか。先遣隊が先に到着させているか、どちらにせよ近くにいるはずよ。たぶんここ。」


ルールカの指先が地図の上の一点、こちらの隊と反対側にある川向こうを差した。彼女の指示を素直に受け入れた兵士たちは力強く敬礼し、すぐさま出発した。


エリーゼ達とは別ルートを取って同じ目的地に向かう上級生隊は、一夜明けた朝には陣取り兵士を展開させ交戦旗を掲げている。これに対し同じ旗で応えれば、その瞬間から模擬戦開始だ。


この川の深さを知るものなら、この川を挟んでの河戦はかなり面倒なことになる。浅瀬を探して、そっちから兵を回してタイミングを見計らって挟撃。せいぜいがこのぐらいしか思いつかないだろう。どんな手を打つとしてもリスクは必ず伴う。裏を取られる可能性を考えれば考える程、自分たちから攻めるのは危険に思え、その心理は相手の出方を待つようになる。双方がその状態になるのには時間はかからず、上級生の隊はそれを読み切って兵を動かした。


「・・・隊長。相手の1部隊が上流へ上っていきます。」


「交戦旗を掲げなさい。始めるわよ」


待ちかねた相手のアクションにエリーゼはすぐさま動いた。


「ミルキ。あなたは指示どおりに上流に向かいなさい。」


「はい。」


元気よく返事を返したミルキは隊を引き連れて移動を始める。


ミルキが出発してから30分あまり、両軍は川を挟んだにらみ合いを続けていたが、ふいに空気が変わった。そして次の瞬間、その出来事は怒涛のように起こった。


まず先ほど上流に向かっていた1部隊が引き返して戻ってきた。そのタイミングをはかって上級生の隊も猛然と川に突撃し始めた。対岸のエリーゼ隊の兵士たちは度肝を抜かれた顔になる。なぜなら、胸下まで水深があるはずの川を、相手はせいぜいがひざ下までしか浸からずに渡ってきたからだ。


「な・・・?!撃て・・・撃って!」


絶叫にも似たエリーゼの命令が響き渡ったが、この時点で大勢は決まっていた。


河戦で敵を迎え撃つのに有利なのは、深い水の中を渡ってくる敵兵が無防備をさらしているスキに攻撃が出来るからだ。だが、ひざ下までの水深ではその効果は薄い。さらに上流へ向かったふりをしていた1部隊が加わったことで兵数の差が出る。


あり得ない攻撃を受けた驚きも手伝って、エリーゼ隊に的確な応戦は出来ずに蜘蛛の子を散らすようにして逃げ惑う。


「も、戻って・・・戦って・・・」


まともに応戦すらしない兵たちを見て取って、進退窮まったエリーゼが必死に呼び戻そうとするが誰も聞き耳をもってくれない。


「お前らの負けだ。」


「・・・」


敵味方入り混じる前線で、生者と死者が分かれる。本当に戦死しているのならその死体を踏み越えて行くだけなのだが、模擬戦のルール上の死者にすぎない。今回は上級生と新入生とに別れて戦闘行為に及んだが、同じ正規軍でともに支えあっている仲間だ。自然と言葉をかけてしまったようだ。


「ま、まだよ・・・」


隊長の指示に一切従ってくれない兵士たち。すさまじい醜態だったが、それでも彼女は戦死扱いにはまだなっていなかった。というのも、


「エリーゼ・・・。突撃するよ。退却する友軍を守りなさい。」


後退する兵たちの隙間を抜けて、窮地に駆け付けたミルキ隊の面々が敵を迎え撃ったのだ。


「ほう。戻ってきたのか・・・。全軍、いったん後退しろ。攻撃止め!」


ミルキの邪魔がなければこのまま総指揮をとるエリーゼを戦死扱いにできるチャンスだったが、上級生の指揮官は引く瞬間をわきまえていた。魔装銃を短槍扱いにして振り回すミルキ隊たちから距離を取り、飛び出してきた相手だけを狙って殲滅する。それを見て取ったミルキも潮時を悟った。


「攻撃止め!引くわ。」


たった一か月しか訓練をしていないだけに、ミルキ隊の動きはまとまっているようでバラバラだった。けれど、事前に打ち合わせてあるのか引けという命令に迅速に的確に動いた。


「思っていた以上に被害があったわね。シルヴィ?いる?まだ生きてる?」


エリーゼが間延びした声で呼びかけると、しばらくしてオレンジ髪の少女が現れた。


「ここだ。応戦しようとして、逆にやられたが・・・」


「危うく壊滅的だったもんね。さすがは上級生ということかしら?まぁ、十分に引き付けられた。とりあえず生き残りを集めて隊列を組みなおそうか?」


頷きあって、隊を組みなおし始める。ミルキは、疲労困憊の兵士たちに温かい視線を送りながら、エリーゼに提案した。


「エリーゼ隊長、皆さん本当に頑張りましたね。少し休ませてあげてはいかがでしょう?私も含め、皆、少し冷静になる時間が必要かもしれません。その間に、負傷者の手当や、今後の作戦について話し合う時間を設けるのはどうでしょうか。」


彼女の言葉は、兵士たちの士気を考慮しつつ、冷静な状況判断を促す、社交的で思慮深いものだった。


が、そこに戦死せずに生き残った年長者の兵士が、のんきに兵の人数を合わせているところに食って掛かってきた。


「隊長!なんで悠長なことやっているんですか?追撃の心配はないのですか?相手の隊は退きましたが、混乱している本隊をたたくなら今が絶好のチャンスのはず。」


「え?君たちなら追撃できる?」


とぼけた顔で問い返すエリーゼ。それに苛立った年長者は思わず声を荒げたが、口を開く寸前になってハッと思い立った。


「・・・ここまで隊長の予想通りでいいんですか?」


「??何を言ってるの?最初から事前に相手の動きを教えたし、木が沈むことだって言ったじゃない。」


エリーゼが肩をすくめながら、気まずそうに眼をそらす年長者を見た。


「水中に橋をかける?」


最初にその発想を聞いたとき、兵士全員はエリーゼが何を言っているのかわからなかった。隊全員を集めて木こりの真似事を始めた隊長は、全く切れていない木を眺めながら、のんびりと彼らに説明した。


「かけるというよりも沈めるだけね。この川は胸下まで水深があり、雨で濁っている。通常なら渡河は困難で、敵は河川を天然の防衛線と考えるでしょう。しかし、この一帯に自生するコクタンは、非常に密度が高く、水に沈む特性を持つ。これを数本沈めるだけで、兵士たちが膝下程度の水深で渡れる道が作れる。敵は私たちがこの特性を知らないと踏み、河川を挟んでの防衛戦術を取るはずだと思い込んでくる。彼らはその裏をかき、私らが想定しない場所から、私らが想定しない方法で一気に攻め込む。これが、彼らが想定するする奇襲戦術よ。」


「でも、これ木ですよね?浮いて流されるだけじゃ?」


「木は木でも、これはコクタンというとっても硬い木なのよ。つまり中身がぎっしりと詰まっていて重いのよ。」


「?・・・はぁ?」


兵士たちは半信半疑の表情を浮かべた。エリーゼの言葉は、彼らの常識を遥かに超えていたからだ。


「だからね。この木は沈んで、あの川の流れは緩いからちょっと固定するだけで押し流される心配はないわ。何よりも水が雨の影響でまだ濁ってくれているおかげで水中に道が出来ていたとしても相手には見えない。あの川が河戦としての機能が働かないことを仕掛けた側は知っているわけ。」


兵士が疑問を投げかけるたびに、エリーゼはそれを退ける。それらがただの妄言だと思っているうちは、誰もが彼女を否定し続けた。だが、そうではないとここまでの道程で証明されている。彼女の言葉には意味があり力がある。


「もし相手が河戦を選択しなかったら、その時はどうするつもりだったですか?」


「その可能性は低いと思っていたわ。ここまでの道中に新入生相手に容赦なく罠を仕掛けてくるほど相手の指揮官は相当な意地悪よ。相手が自分の考えをどう読むか?それさえも読んで考える。騙しあいの泥沼に私に勝てると思っているのかしら?」


ふと周りを見渡せば、このエルフから目を離せないでいるのは、もはやエリーゼ隊だけではなかった。他の隊の兵士たちも、エリーゼの言葉に耳を傾け、その表情には驚きと同時に、徐々に信頼の色が宿り始めていた。彼らは、エリーゼの指示が、一見突飛に見えても、常に最善の結果をもたらすことを、この模擬戦を通じて学んでいくことになるのだ。


「まぁ、そうなったらそうなったらで対策するけれど、相手はこの木のことを知っていて、私たちがそれを知らないと踏んでいたはず。罠にかかって著しく兵を失った隊で戦術的に防御陣にできる地形を考えたら河戦で水深が深いところを探すしかない。それをさらに疑ってかかるという発想にいたる必要があるのだけれど、相手側の総指揮官はそこまで頭が回らなかったようね。ただ、向こうの士気が予想より高かったのが痛い被害を受けたわ。」


口調こそは冗談めかしていたが、その点に関してエリーゼは本気で悔やんでいた。それを聞いた兵士たちはますます戸惑った。目の前のエルフを感嘆、敬服、敬意の感情を込めて崇拝しそうになっている自分たちに。


「ん。隊列も整ったようね。」


均等な兵たちの組み合わせが終わると、魔装銃を装備した3人の兵を伴ってレイニが合流してきた。


「ただいま。エリーゼ。この様子ならうまくいってるのかな?」


「まぁ。想定内ね。で、そっちは?」


「うん。作戦どおり。斥候は始末したよ。けれど、あれっていくつか想定した中で一番悪い流れだよね?」


「えぇ・・・相手の上級生たちが想定外に動きが良かったわね。全兵力を投入せずに、いつでも援護に駆け付けられるように中間点で主力を置いて、ミルキが本当に向かって来ているのかを確かめるための少人数の斥候を出しただけ。」


それで敵がいれば迎え撃つし、いなければ本隊に戻る。嫌らしい戦い方だとエリーゼは思った。斥候にわずかな情報でも渡したくなかったが、この分だとその斥候がいないことが、逆に相手の指揮官に疑惑を抱かせてしまったかもしれない。


「まぁいいわ。どっちにしても敵を釣ったことは間違いないわ。ここに残っている兵数を比較するだけでも、さっきの戦闘でこちら側が大敗していることはわかるわ。」


「降参はしないな?実際負けを認めても無理のない被害だが・・・。」


シルヴィがそう言うと、エリーゼは首を横に振った。


「私が指揮を執っていなければそれもありね。でも残念。私は負けず嫌いなの。勝ち筋が見えているのに負けは認めないわ。」


レイニとシルヴィをそれぞれ隊に戻らせると、エリーゼは兵全体に向けて言い放った。


「というわけで、みんな勝ちにいくわよ。ついて来て。」


間延びした声でエリーゼの指示が下され進軍が始まる。


「ふぅ・・・」


しんがりを務めたミルキ隊は、残った兵を引き連れて敵と遠からずの距離を保って、徐々にエリーゼ隊に向かっていった。そんな中。ミルキはそっと抜け出して花を摘んできた。


「水飲む?」


戻って来たミルキに、合流したルールカがいて彼女の隊もそれなりの損害を受けていたが、兵たちの目には力があり、またの下は元気よくテントを張っている。


「ありがとう。」


水筒を受け取って、一気に飲み込む。火照った身体に染み渡る冷たい水によって、頭の中がまた引き締まる。


「・・・もしかしてエリーゼは女優を目指しているとか?」


「なら私たちは名助演賞ものね。」


「あら?」


愉快な妄想を思い描く。事実、今回の彼女はベストをつくした。もう少し殿が遅れていればエリーゼ隊はとっくに追撃をくらって壊滅していたかもしれない。


「ところでいったん兵を整えてから、待ち伏せして、私とミルキ隊で挟み撃ちにしない?これなら数の不利は補えるはずよ。」


良い策だとミルキは思った。あくまでも敗走を装ってのことだ。


「私たちは相手の姿を射程内にとらえてから襲撃のタイミングを計ればいいのに、向こうはいつ襲ってくるか分からない敵に対してずっと警戒を続けなくちゃいけない。こっちは待っていればいいだけ。」


「・・・もし追撃に来なかったらどうする?」


「勝ちが目の前に転がっているのに、途中で待ち伏せが潜んでいる危険を恐れて攻めてこないなんてことはないわ。」


「・・・じゃあ待ち伏せを避けて大きくルートを変えてくるとかは?」


「その可能性は低い、ここはダンジョンであって魔物が徘徊している。へたにエンカウントしたくはないはず。あの硬い木を切り倒すのにどれだけの時間と体力を消耗して、どれだけ回復できたのか?今は士気が高いからいいけど、時間とともにこれが確実に現れてくるわ。」


「・・・もしかしてこのまま時間切れを狙って判定勝ちを取りにくるとかは?」


「ん〜。なくはないけど相手がそれを望んでいる性格だとはおもわないわ。何が何でも完全な勝利を目指して、無理な追撃を仕掛けて殲滅してくる。そんな新入生に優しい先輩たちだと思っているわ。」


「なるほど・・・。」


それから1時間ほど相手を奇襲しては潜伏を繰り返しジリジリと敵を削っていく。こちらの被害は0。


そこへエリーゼ隊から、連絡役のレイニが現れた。


「準備が整ったから、ご苦労様、助かったわ。予定通りに。」


その報告を聞いた両隊は身をひるがえし、レイニ隊を引き受け、一部を全速でエリーゼのもとに合流させる。


「来たわね。いらっしゃったわね。はい。では撃ち方用意。」


一見したところエリーゼ率いる隊は正面の丘を拠点にして展開されているが、これは凹型の隊列で数をごまかしているにすぎない。逆に言えばこれ以上下がれないということでもある。


こちらが迎え撃つ構えで足を止めている間に、数の差にものを言わせて相手は突撃態勢に移行した。


その瞬間だった、空気が迸る。


「な・・・に?!」


魔装銃の魔弾が総指揮官の背中に炸裂した。なんの前触れもなく突然の事態に周りにいる敵兵たちは目を丸くして指揮官を見つめた。


「・・・?」


本人も唖然として撃たれた箇所に手をやる。その瞬間から少しずつ身体が麻痺していくが、この状況を頭の中で理解しようとする。


撃たれた。どこから?後方から?なぜ?疑問が湧いて来て、撃たれた方向に顔を向けた。刹那、総指揮官を失った敵部隊に対するエリーゼ隊の総攻撃が始まった。正面からの一斉掃射。それにタイミングを合わせる形で後ろからの斉射。突撃するつもりで前方だけに注意が集中していた敵兵たちは慌てふためき、大部分はろくに避けようとも応戦しようともできない。


「撃ち方止め!全軍突撃!!」


エリーゼの号令に


「おぉ!!」


と兵士たちが応える。


「やられた・・・」


正面からやってくる相手を見据えながらも、この状況を推し量るだけの冷静さを残している者がいる。前方に注意を向けさせて、伏兵を道のわきに潜ませていた。


後方からの奇襲。数時間まえと似たような形でやられただけの話。冷静だったのなら気づいたことだった。普段なら。


どうして冷静な判断をくだせなかったのか?


罠で数を減らした。


水中に道を作った。


一旦兵を引かせて落ち着かせた。


後を追って追撃する。


たわいのない奇襲まがいも受けても問題なかった。


丘の上に兵を展開させて待ち伏せるしか勝機がないことも理解していた。


そして、たった一発で総指揮官を真っ先にやられた・・・


相手の指揮官に戦慄を覚える。


「「「「おぉぉぉ!!」」」」


幾重にも重なった声で兵士たちが勝利の叫びを上げる。一部の敵を見逃してしまったようだが勝敗は明らかだ。


「は~~い。みんな静かにしてね。模擬戦は私たちの勝ち。だから怪我してたら治療にあたってね。敵味方関係なく。」


エリーゼは正面で勝利に沸く兵たちをざっと見渡して両手を打ち鳴らした。


「は~~い。皆さんダンジョンを出るまでは魔物がいるんだからいつまでも騒いでいちゃダメよ。」


間延びしたエリーゼの声が静寂を求めると少しずつ静まっていく。場の空気に規律が戻りつつあるところで、ルールカ、ミルキ、レイニが集まってきた。しかし、その静寂の中に、エリーゼは微かな違和感を覚える。シルヴィの姿が見えないのだ。その胸に不穏な予感がよぎった。


「・・・シルヴィは?」


「・・・?」


「花を摘みに?」


「兵たちに混じって喜んでいるとか?」


おかしい。エリーゼは違和感を覚えた。


「まさか・・・」


エリーゼの目が大きく見開く。木立の中に消えて行った敵の方角に視線を送った。


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