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模擬戦

じきに3か月の基礎訓練期間が過ぎ、いよいよルールカ達も本格的に指揮官としての教育を受けることになった。


「よく聞け!貴様らひとり一人は、これより30名で構成される王国軍の小隊を預けられる。訓練小隊とはいえ、れっきとした正規軍だ。その責任を受け止めろ!。」


広場に集まった生徒たちに教官が説明する。続けて指揮官としての心構えを語り終わると、ようやく控えていた兵士たちを呼びつけて、生徒1人に対して30名の兵士が預けられた。


それからおよそ一か月経ったある日のこと。


談話室にある掲示板に模擬戦の日程が発表された。日時は五日後。ここから2階層に進軍して5つの小隊同士が痺れ弾を使用した戦闘を行う。対戦メンバーは王女率いる近衛騎士対上級生の組み合わせとなっている。他の新人生徒もそれぞれ上級生と組み合わされている。


「新人歓迎会?露骨にイジメだろう?」


「こっちは指揮官になりたてのひよっ子なのに、あっちは実戦経験済みの現役。公平感を感じない。」


「ボコボコにされるんじゃない?」


「そもそも2階層なんて行ったことないし。」


掲示板を眺めるそれぞれの生徒たちから批判めいた苦情がもれ聞こえる。


「意地悪な先輩もいるだろうけど、これはしょせん模擬戦だ。死ぬわけじゃあない。」


「どうにでもなるし、なるようになるさ。」


「先輩たちには悪いけど全力で行くわ。」


と、前向きな発言もあった。


10個小隊計300人が参加する模擬戦の第一日目は、ダンジョンなのに雨の中で始まった。鉛色の空から降り注ぐ雨粒が、地面を叩く鈍い音を響かせ、湿った空気が兵士たちの肌をじっとりと撫でる。出発前にエリーゼがそんな文句を言う。


「あらあら。困ったわね。皆で仲良くいじめにあいに行くのに最善の天気じゃない。」


各自の小隊からルールカ、レイニ、ミルキ、シルヴィが、雨音にかき消されそうな声で返事を返す。事前の話し合いで、全体の総指揮は先頭のエリーゼに託されていた。


「じゃあ。行きましょうか。」


そんな気の抜けた合図で進軍が始まった。


ぬかるんだ地面を軍靴がずぶずぶと音を立てて踏みしめ、その度に冷たい泥水が足元を跳ねる。重い荷物を背負った兵たちは、革の擦れる音を響かせながらダンジョンを進む。食料、飲み水、寝袋、魔装銃など、各自の一歩一歩の重みは相当量だ。ダンジョン特有のカビと土の混じったような湿った匂いが鼻腔をくすぐり、兵士たちの疲労感をさらに募らせた。


「目的地は野営を挟んで明日の昼ぐらいと見込んでおきますか?」


エリーゼのそばについた年長者の兵士がごく普通に確認のつもりだったのだが、エリーゼはきょとんと首を傾げた。


「?いえ、夜になるまでに現地に到着するつもりよ。下見はしておきたいわ。」


彼女の発言にしばらく固まって、それから年長者の兵士はため息をついた。ダメだ。近衛騎士に抜擢されるほどの才を持っているのだろうと期待していたのだが、進軍ってものが何もわかっていない。


「・・・エリーゼ隊長どの。どこから説明したらいいかわからないですけど、まず1つ目。目的地までの距離はあくまで直線距離ですよ。もちろん道はまっすぐなんてあり得ません。実際に歩く距離はそれよりも長くなっています。それに魔物も現れます。そのことわかっています?」


「もちろん。」


「・・・そして2つ目。知らない土地を地図だけを頼りに進むのは大変なことです。まず迷いますし、地図が間違っている可能性だってあるかもしれません。それらを正しているうちに時間だけが消費されます。」


「そうね。」


「・・・最後に3つ目。この雨なら間違いなく進軍は遅れます。そういうのをまとめた上で到着時刻を設定したらいいのではと進言したのですけど。」


「私もそのうえで考えているのだけれど・・・ああ、とりあえず黙ってくれる?わたしとあなたがいきなり口論始めたら、兵たちが余計な不安を与えるんだけど。」


言い負かそうとしている相手から逆に正論を叩きつかれて、年長者はたじろいだ。ぐっと堪えて、もう年長者は何1つアドバイスを送らないことに決めた。それ以降、2人は長い道のりを何も言葉を交わさず進む。


出発から数時間経った頃、エリーゼの指示で部隊全体が進路を外れだした。ほとんど冒険者ですら通った形跡が見当たらない山道で、道沿いに行けば進路に復帰は出来るが、遠回り以外の何物でもない。


早くもボロをだしたかと、年長者は内心ほくそえんでいた。だが、続く彼女の指示は、彼の予想を超えていた。


「はい。止まって聞いてね。ルールカ、レイニ、ミルキ、シルヴィ。手筈通りに。」


首を傾げつつ停止命令に従う兵たち。最後尾が止まるのを待たずに、エリーゼはすかさず指示をだした。


「それじゃあ、私が言うものを出してね。まずテント、寝袋、それから今食べれるなら食べてもいいけど食料品全部。」


リュックから取り出された言われたものが足元に積まれていく。この時点でまさかと誰もが思った。


「はい。言われたものは全て出したわね。全体、左に2歩ずれて。はい。進軍再開。」


「ま、待って隊長どの・・・」


荷物を置き去りにしたまま、進軍が再開される。年長者の兵士は、信じられないといった表情で慌てて食って掛かった。


「どういうつもりですか?餓死させるつもりですか?睡眠をとらせないつもりですか?こんな無謀な命令、聞いたことがありません!」


「人聞きの悪い言い方ね。これは単なる荷物の軽量化ではないわ。相手が慣例通りの進軍速度を予測しているなら、私たちはその裏をかく。食料は現地調達で補い、雨風を凌ぐ場所を見つければテントも不要。短期決戦を想定すれば寝袋も贅沢品よ。この軽量化は、敵の予測を上回る速度で目的地に到達し、先手を取るための戦略的な一手なの。もちろん、帰路で回収する手間はかかるけれど、それに見合うだけの時間的アドバンテージを得られるわ。」


「しかし、それでは兵士たちの疲労が…」


「疲労を蓄積させて、ろくに使いこなせない荷物に振り回される方が愚かよ。現場の指揮権は私にある。この命令に責任を負うのはつまり私1人。あなたが責任を負う必要はないわ。」


エリーゼは会話を一方的に打ち切り、進軍を続ける。反論を封じられた年長者の兵士は地団太を踏んだが、他の兵士たちも困惑しつつも、エリーゼの確固たる態度に押し流されるように黙々と行軍を続けた。彼らはまだ知らなかった。この時、エリーゼの指示に従ったことが、後の戦況を大きく左右する決定的な一手となることを。


さらに時間が経ったころ、左右の崖に挟まれた一本道の途中でエリーゼは足を止めた。彼女は辺りを見渡す。


「・・・どうしましたか?」


隣の兵士が尋ねるが、それにこたえるようにエリーゼは呟いた。


「・・・ダメね。ここは。」


「は?」


「戻るわ。はい全軍後退。」


何の未練もなく来た道を引き返す指示を出す隊長に兵士たちは戸惑いを隠せない。道を間違ったにせよ、なら地図なりだして確認をするはずだ。年長者の兵士は、内心で


「また無茶な…」


と呆れつつも、命令に従うしかなかった。


懸念を抱いて引き返して間もなく、兵士たちはエリーゼの意図を知ることになった。ふいに後ろから重い地響きが伝わってきたのだ。驚いた兵士たちが振り向いた先には、さっきまで歩いていた道の先が、膨大な土砂で埋まっていたのだ。


「な・・・」


兵士全員が戦慄を覚えた。あのまま進んでいればおそらく巻き込まれていた。エリーゼの指示が、彼らの命を救ったのだと、その時初めて理解した。


「はいはい。足を止めない。進んで。」


エリーゼが驚きに足を止めている兵士たちの背中を押す。それを聞いた隊は行軍を再開したが、どうしても納得できない兵士の1人がエリーゼに問いかけた。


「・・・わかっていたのですか?」


「え?」


「あそこで土砂崩れが起こることです。」


その兵士が鋭く尋ねると、エリーゼは曖昧に笑って答えた。


「私はエルフよ。精霊が教えてくれたのよ。ここは危険だって、罠が仕掛けられているってね。」


エリーゼはそう告げながらも、その瞳の奥には、精霊の囁きだけではない、過去の経験から培われた鋭い洞察力が宿っていた。里の滅亡という悲劇を二度と繰り返さないという、彼女の強い決意が、精霊の声をより鮮明に聞き取らせ、危険を察知する能力を研ぎ澄ませていたのだ。


「しかし、それでは…」


「本当の戦争だったのなら即死よ。せっかく訓練として教育してくれているのだから、こっちも有難く受け止めなさい。即戦力が必要な状況に追いこまれているのよ。だから、慣例に従ってはいけない。いい?これで答えになった?」


エリーゼの言葉に兵士たちは頷くのが精いっぱいだった。彼らは、エリーゼの指示が単なる勘ではなく、深い洞察と先見の明に基づいていることを、身をもって体験したのだった。


「やっと着いたわね。みなさん点呼を取って、それが終わったら狩りにいくわよ。そうしないと今晩のご飯はないから。」


行軍を終えたエリーゼをはじめとする近衛騎士たちが狩りの支度をする中、しかし、兵士たちは茫然としていた。


目的地の森林地帯で空を見上げれば、日はまだ沈んでおらず夜の訪れがまだもう少し先だ。雨はもう止んでおり、ところどころぬかるんでいるが、出発時に比べればかなりましな状態に整っている。


「・・・日暮れ前に到着・・・」


「言ったわよね?夜になるまでには到着するって。」


雨で湿った髪をタオルでぬぐいながらエリーゼは納得していない兵士に言った。


「ルールカ、ミルキ、レイニ、シルヴィ。異常はない?」


そんな兵士たちを尻目にエリーゼは軽く声を上げて各隊長を呼ぶ。


「問題なし。」


ルールカの返事に他の3人もならった。エリーゼは満足気に頷くと。


「ここまでは予定通りよ。でもここからが本番。わざわざ罠をはってまで別ルートを使ってきた都合上、相手の到着までには時間があるわ。それまでの時間が私たちに与えられたアドバンテージよ。これを利用しない手はないわ。」


さらに2,3確認を取ってから隊長たちは解散した、


「食事とってからでいいけど、下見にいくわよ。」


「あ・・・はい。」


エリーゼのペースに兵士たちはいつの間にか乗せられていることにまだ気づいていなかった。


焼き上がった一角ウサギを食べた後、エリーゼを含む5人の兵士を同行させて、野営地となる場所から見て取れる川の様子を見に行った。この辺りは合戦をするには調度いい場所だ。


「へぇ・・・思ったより川の流れが緩いわね。雨が幸いしてきついと思っていたけど。」


「はぁ・・・」


ぶつぶつと呟きながら歩き回るエリーゼの考えが、他の兵士たちには読めない。敵軍との間に川を挟んでの布陣それ自体の選択は正しいかもしれない。けれども・・・


「確かに川の流れは緩いかもしれません。ですがそれでもこの川は胸下まで浸かってしまうほどの深さです。もっと上流の方には浅瀬があるかと思いますが・・・」


「つまり突撃しようと思えば可能だけれど、それなりの犠牲が必要ってことね。晴れた分だけ明日はもっと緩やかになりそうね。」


精霊魔法で照らしつつ、エリーゼは注意深く川の深さと全体を確かめた。流れが急であろうと関係なく雨が降った影響でこの川はかなり濁っている。今は夜だから当然水中の中を見通すことは難しいが。


「うん。だいたいわかったわ。あとは・・・」


川から上がったエリーゼは、今度は川辺の林に入ってきょろきょろと見渡す。


「さすがにダンジョンとでは、植生が違うわね・・・ん?これは?」


ふと目についた木を精霊魔法で照らす。木の色が濃淡で縦模様となり黒と褐色の木目が特徴的である。その木が他の木に混じって何本も生えている。


「・・・コクタン?へぇ・・・さすがはダンジョンということかしら?」


彼女は声に喜びをにじませて幹を軽く叩いた。


「あの隊長?・・・何か見つかりましたか?」


「具体的な相手が使ってきそうな戦術がわかったのよ。これで今日は良く眠れそうだわ。」


さぁ帰ろう。とスキップして引き返していくエリーゼに慌てて追ってくる兵士たち。


「みんな。今日は早めに寝て体を休めてね。明日で終わらせるわよ。」


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