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それぞれの才能

シルヴィの個人授業が始まった頃、他の近衛騎士たちもそれぞれの訓練に打ち込んでいた。ルールカとエリーゼの規格外ぶりは相変わらずだったが、この2人と比べられても困るということで、ミルキとレイニの付き合いが深まっていった。


ほとばしる空気の中で、射撃訓練場にいくつもの音が重なって響き渡った。銃を構えて遠くの的に狙いを定めて撃つ。魔装銃を使用した訓練場だ。


「・・・ふっ・・・」


狙いすまして放たれた火の玉が、80メートル先にある的を貫いた。射撃に自信がある志願兵たちの中でも、レイニの腕前は群を抜いていた。というよりも射撃を通じて狩りに対する深さが根本的に違っているのだ。


「また命中・・・すごいね。レイニならどんなに離れた敵でも狙い撃ちできそうね。」


ため息をつきながらミルキが自分の魔装銃に魔法が詰まった弾を装填する。ずぶの素人の彼女でさえわかってしまうほどの命中率。10,20メートルなら得意としている者たちとの差は目立たなかったのだが、それよりも離れるとどんどん当たらなくなっていく。


「ありがとう。レイニ。さすがにどんなに離れてもは無理だけど、遠くの獲物を撃てるということは単純に大きなアドバンテージだからね。ぼくはそれを極めたい。」


そう言って、レイニはさらに一発を放った。的に大きな穴が空く。


支給された弾を使い切ったところで、教官から「終了」と号令が降りた。それを合図に銃身を外し、他の志願兵と共に整列した。


「午前の訓練はこれで終わりだ。休憩に入れ。解散。」


ミルキがほっと一息ついた。昼食のあとは、午後の訓練が始まるまでの貴重な自由時間だ。


「やっと終わったね。とりあえずエリーゼたちと合流しようか?」


「そうだね。」


歩き始めた2人だったが、食堂までの近道を選んで細道に入っていったところで、そこでたむろしている先客と鉢合わせることになった。ガラの悪い先輩志願兵たちが5人ほど固まって酒を飲んでいたのだ。


「・・・あん?なんだ?おめえら。ここ通行止めだけど。」


「新入りか?」


「迷子か?お嬢さんたち。おい、横着せずに戻りな。」


げらげらと笑い声が上がった。こんなところで酒を飲んでいいはずもないが、こういう時は年長者に従っていた方が都合が良い。


「すみません。失礼します。」


ミルキが素早く身をひるがえそうとしたが、なぜかレイニは固まったまま動かない。


「レイニ?戻ろうよ。」


「・・・うん・・・」


ようやく我に返ったレイニだが、その視線はまだ奥側にいる先輩志願兵に向かっていた。相手もそれに気づいたのか、訝しむように彼に向けて、そこでようやく事情に気が付く。


「・・・あれ?レイニじゃないか。」


妙に気さくな声が上がって、先輩志願兵の1人が立ちあがった。くるりとした目を持つ美男子だ。瞳に加えて髪の色もレイニと同じ黒色をしている。猫科の獣人のそれだった。


「はは。見ろよローキン。ほらお前らも姿勢を正せって。近衛騎士さまのお出ましだぞ。」


言いながら、その獣人は隣に座っていたガタイの良い大男の肩をたたいた。その瞳がレイニを睨んだ。やけに大きい魔装銃を背中にかついでいる。


「ワイン兄さん、ローキン兄さん・・・・」


レイニが震える声で相手の名を呼んだ。ワインと呼ばれた獣人が笑顔で歩み寄ってくる。


「久しぶりだなレイニ。元気にしてたか?いや~出世した弟に挨拶しに行こうと思ってたけど手間が省けたな。」


ペラペラと喋りながらレイニの肩をたたく。2人の体格は同じぐらいだが、この時のレイニはなぜか縮こまっていた。


「・・・兄さんたちも元気そうで何よりです。」


「いや〜志願したのはいいけど、毎日訓練ばっかでさ〜。で、君は?」


視線が急に向けられたのでミルキは反射的に応えた。


「ミルキ・ゴーンドです。はじめまして。」


「はじめまして。あ、俺はワインって言ってね。一応こいつの兄がやってます。あっちのでかいのがローキンで俺の弟。」


はぁ、と頷くミルキ。


「あ〜あーあ!君はゴーンドブランドの御令嬢さまか!へ〜。そ〜か。ふーん。」


じろじろと遠慮がない視線でミルキの全身をくまなく眺めてからワインは突然頭を下げた。


「いや〜ありがとうね。ほんと。」


「・・・?へ??」


「女装趣味のうちの弟が迷惑かけただろう?」


レイニの肩がかすかにふるえた。言われたことが理解できずにミルキが困惑していると、ワインはペラペラと一方的にしゃべり続ける。


「昔からこうなんだよ。こいつさ、女顔をいいことに男なのに女の格好を好むんだ。いくら止めさせようとしても言うことを聞かなくってね。噂に聞いてるよ女の子だけの近衛騎士達の活躍。でもこんな変態あのまま海に放っておけばよかったのに。」


ミルキは今度こそ絶句した。


「え……? 男の子……?」


ミルキは思わず口元を押さえ、その瞳は大きく見開いたまま、レイニとワインを交互に彷徨った。脳裏には、薄暗い洞窟で焚き火にあたっていた時の光景が鮮明に蘇る。あの時、確かに胸の小ささには気づいていた。だが、それは単なる体格の問題だと、無邪気に、あるいは都合よく解釈していたのだ。まさか、その「小ささ」が性別の違いを示すものだったとは。彼女の思考は完全に停止し、同時に、これまでレイニと過ごした全ての時間が、別の意味を帯びて脳裏を駆け巡った。同じベッドで寝た夜、無邪気に交わした会話、そして何よりも、自分自身が抱いていた『女性』としての親近感。それら全てが、一瞬にして崩れ去るような衝撃と、言いようのない羞恥が全身を襲った。


「だって胸は確かに小さいなとは思ってましたけど、まさか……」


と、言葉にならない困惑が震える声となって漏れ出た。これまでのレイニとのやり取り、共に過ごした時間が、一瞬にして別の意味を帯びていくような、世界がひっくり返るような衝撃に、ミルキはただ立ち尽くすしかなかった。


「無理にかばわなくてもいいんだよ。これが男だってはっきりわかるんだから。知ってるかい?うちの弟はね。遠い獲物を狙い定めると起つんだよ。」


「え・・・?起つ・・・」


「訓練でつかうような動かない的なら起たないんだけどね。動く獲物を狙い定めた瞬間に起ってしまう変態さんだよな?レイニ。」


レイニは、ワインの言葉にうつむいたまま、微動だにしなかった。その顔は羞恥と恐怖で真っ赤に染まり、猫耳はぴくりと小刻みに震えている。スカートの裾をぎゅっと握りしめる指先は白く、まるで今にも消え入りそうなほど体を小さくしていた。兄の言葉が、過去の記憶と結びつき、彼を深く縛り付けているかのようだった。反論したい、否定したい、しかし、長年の支配と抑圧が、その口を固く閉ざさせている。ワインの言葉は、ただの暴露ではなく、レイニの存在そのものを否定する、鋭い刃となって彼の心を切り裂いていた。その場にいる誰もが、ワインの言葉を止めることができない、重苦しい沈黙が空間を支配していた。


「こいつ、訓練で遠くの的をよく当てるだろう?だけどね、結局のところ起ってしまったムラムラした性欲を早く出したい一心なんだよ。だからねミルキ嬢。善意から忠告しておくけど、女の顔をしているけど、騙されちゃいけない。実際は発情期むき出しの男だ。いつか遠くにいる君に狙いを定めて、しこしことセンズリこくに決まって・・・」


「ぼくはそんなことはしない。」


悲鳴のような叫びがレイニの口から突いてでた。言葉を途中で遮られたワインがそこで、弟に視線を戻す。変わらない笑顔が逆に不気味だった。


「なぁ。レイニ。今俺がしゃべっているよな?」


その一言だけで、レイニの唇が固まった。顔はさらに赤くなり、視線は地面に縫い付けられている。


「なんで俺の話の途中に割って入るの?何?おまえ?何様?」


「・・・ぼくは・・・」


「僕は?ぼくは?なに?ハッキリ言えよ!」


怒鳴り声に近いものだった.それをぶつけられたレイニの顔に強い怯えが浮かんだ。完全に気圧されている。ほとんど刷り込みに近い形で兄への恐怖心が頭に刻み込まれているようだった。が、


「レイニ!!ハッキリと言いなさいよ。僕はお兄様と住む場所が違うんです。家族と言われるだけで不愉快だ。声をかけられるだけで頭が痛い。お兄様と一緒の空間で過ごすのに、比べればまだ犬小屋の方がまし。あぁもう強権を使って今すぐにでも原因不明の事故でも起こってしまえばいいのに。」


空気が固まった。もちろんレイニの口は動いていない。流れるその言葉は、隣から響いてきた。


「性格の悪いイケメンは死ねばいい!!」


そう言って、声の持ち主は前に1歩でる。レイニの兄2人の前に立ったのは、背丈の高さで負けている濃い茶色髪の少女。ミルキ・ゴーンドだった。


「ミルキ!?」


「だからいい加減立場を教えてさしあげろと言うのに。」


デコピン一発でレイニの額がはじけた。一方のワインは眉根を寄せて眺める。


「・・・ミルキ・ゴーンド嬢?」


「そうよ。シルヴィ王女専属近衛騎士ミルキ・ゴーンド。私の使命は性格の悪いイケメンをこの世からなくすこと。」


ふざけたことを言って決めるミルキ。その内容からワインもそれを察した。


「あはは、これは手厳しいな。でもミルキ嬢まってくれ。俺は君とは仲良くしたいんだ。弟の世話を焼いてもらって申し訳ない気持ちでいっぱいなんだよ。」


友好を求めてワインが手を差し出す。が、ミルキはもったいぶったあげくその差し出された手をはじき返した。


「な!??」


「聞いてなかった?性格の悪いイケメンはこの世から消えてほしいの。」


前言は撤回しないと言わんばかりにミルキは胸を張った。掌に残った感触を消し去ろうと激しくもみつつ、ワインは敵意を込めて相手を睨む。


「・・・なに?君、俺にケンカ売っているわけ?」


「あなただけじゃないわ。性格の悪いイケメンには容赦はしない。」


「あ?なめてるの?あんまりフザケてると、こっちもいい加減キレるよ。」


ワインの声に殺気が籠ってくると、今までのやりとりで見ていたローキンも腰を上げた。他の志願兵もそれに続き、ミルキはあっという間に取り囲まれてしまった。


「撤回しろよ。今ならまだ許してやれるよ。」


「嫌です。男の子だろうが男の娘だろうが関係ない、レイニをいじめる奴は許さない。」


言い切ったミルキの腹に、間を置かずにワインの拳がめり込んだ。その瞬間、ミルキの視界は一瞬にして白く染まり、呼吸が止まる。悲鳴をあげる暇もなく膝から崩れ落ちる身体は、まるで重力に逆らえない人形のようだった。さらに追撃が襲い掛かる。


「ざっけんなよ!ガキが!!近衛騎士だぁ?あぁ??」


ワインの怒声が耳の奥で響き、硬い靴底がミルキのこめかみを容赦なく踏みつけた。その衝撃は、頭蓋の奥まで響き渡り、意識が遠のきかけた。しかし、彼女の心の中では、レイニを守るという強い意志だけが、か細い光のように瞬いていた。


硬い靴底がミルキのこめかみを踏みつける。止めに入ろうとしたレイニを、他の志願兵がニヤニヤと笑って邪魔をする。


「いいね。友情?恋情?どっちでもいいからやめておけって。あの人キレると加減知らないから。適当に殴って蹴って気が治まるまで、こっちで俺らと一緒に眺めてやろうぜ。な?」


「やめろ・・・」


男たちの壁越しにレイニが叫ぶ間にも、ミルキを蹴りつけるワインの足は止まらない。


「ほら言わんこっちゃない。目の前で仲間が殴られているのに助けに入る度胸もない。根っからの自己中だ。つくづく不外のない奴だ。な。なぁミルキ嬢?」


「・・・つくづく顔以外は最悪。頭も回らないの?」


「あぁ?!」


「・・・殴りたいときに殴る。それはもう知恵を備えていない下等な生き物よ。攻めるときに攻めて守るときに守る。力が及ばないのならぐっとこらえて助けを待つ。ワインさんだったっけ?持久戦の定義は知ってる?」


「・・・???」


「時間を稼いで、チャンスを待つ。それが上に立って司令する立場の人間よ。あなたみたいに短気なのが指揮官だったら、敵の挑発にのって包囲殲滅されてあっという間に終わり。勇気と蛮勇を間違えてはいけないのよ。おバカさん。あ、そっか!だからただの兵でいられるのよね。」


この期に及んで口数が増すミルキにますます逆上してワインは蹴りを叩きこむ。


「はん!!地べたにはいつくばって何を言ってやがる。袋叩き真っ最中の近衛騎士様がよ。」


「あぅ・・・」


ミルキの痛ましいけれど、どこか艶めいたそのしぐさに、目のあたりにして


「・・・最近ご無沙汰だったしな・・・。責任とれよ。起ってしまったじゃないか」


卑猥な表情になったワインがズボンを手にかけたその瞬間だった。うつ伏せだった体制を仰向けにして手の中に握っていた砂をワインの顔に叩きつける。


「ぐっ・・・このやろう!!」


「はい。交代。後はお願い。」


「・・・なんだか知らないけどお願いされたわ。」


そこに現れていたのはピンクブラチナの仲間に、後のことは任せた。


「・・・てめぇ!?ほぅ・・・なかなか良いな・・・」


顔から砂を払い落としたワインが、新たな少女を見つけて頭から足先まで視線を送る。彼の嫌らしい顔つきに、ローキンと他の3人も下卑た態度を見せる。


「・・・ミルキ?このゴミはなに?」


「レイニのご家族と他3人。」


「あぁ・・・どおりで顔が似ていると思ったわ。どうも初めまして. ルールカ・アンチュアと申します。レイニにはいつもお世話になっています。」


誠意のこもらない自己紹介をする。相手が何か言う前にルールカは続けた。


「みたところ同期のミルキを一方的に痛めつけているようですね。それとも複数人を想定した訓練の一環とか?なかなか手厳しようですが。」


ワインたちはニヤついて頷いた。勝手に訓練ととらえてくれるならそれでいい。


「そうでしたか、よかった。どうやらリンチしたあげく強姦まで及ぶのではないかと危惧しておりましたが勘違いみたいだったようですね。シルヴィ王女。」


ルールカが後ろに向かって呼びかける。すると陰からエルフを連れた少女が姿を現した。オレンジの艶めいた髪が風に吹かれて、ワインたちの目を奪う。


「そうか。それなら私も安心した。階級は違えど先輩、後輩の交流とは厳しいものなのだな。」


淡々と語る口調にも高貴さがにじむ。ワインたちはようやく自分たちが誰の前にいるのかを思い知る。


「王女様!?って・・・シルヴィ第一王女さま・・・?」


取り巻きの1人がひきつった顔で言った。一般の訓令兵と同じ立場を求める物好きな王族の話は志願兵の彼らの耳にも届いている。


「その通りだが、今の立場はただの訓練兵だ。せっかくの先輩からの教育を邪魔して悪かったな。」


「い、いえ、そんなことは・・・」


5人が恐縮して口ごもっているそのすきに、ルールカの言葉を放つ。


「王女様。いえシルヴィ。私も先輩たちが教えてくれる多対一を取りたいと思います。」


「そうか。ルールカが望むならよかろう。」


シルヴィに許可を得たルールカは、そのままワイン達の方へ歩いていく。それから重心を落として構えをとった。


「え!?・・・ちょっと待っ・・・」


5人が困惑して隙だらけの懐に潜り込み、一切の抵抗を許さずに取り巻きの1人を投げ飛ばした。背中から地面に叩きつけられ、その衝撃に耐えきれず立ち上がることができない。


「ま・・・待っ・・・」


「ち、違う・・・」


「こ、この・・・」


続く3人も何か言おうとしたが叶わなかった。土埃が舞い上がると、ルールカの足元には叩き伏せられた4人の男たちが呻いている。


双剣がなくともルールカの戦闘術が冴え渡る。


「・・・調子にのるな。」


残るはレイニの兄ワインのみ。背中の魔装銃を構えてこの小娘を撃つつもりだ。ルールカはそれを見て取って薄く笑って相手の間合いに踏み込んだ。


空気が迸る。その刹那。


「ぐっ・・・」


ルールカの拳がワインの腹にめり込んだ。下がった頭をルールカが蹴り上げて大きな土煙が舞った。


5人全員が沈黙すると、それでレイニも兄たちの呪縛から解放されて、慌ててミルキに駆け寄っていった。


「ミルキ。怪我は大丈夫?!」


「心配しなくても問題ないよ。ポーションで治るし。」


「そんな・・・怪我は治っても心は痛んだはずだよ。ぼくのせいであんなに蹴られて殴られて・・・」


「ぼくのせい?違うわよ。昨日、講義で持久戦の話を聞いていたわよね?ルールカ達の助けが来るのを見越していたからこそ、相手の人数が多くても喧嘩を売ったのよ。」


「でも・・・」


「レイニ。」


ポーションで傷を癒したミルキが目の前の相手を見据える。


「男の子だったの?」


「え?!うん・・・黙っていてゴメン・。」


「男の娘でいいんだよね?」


「う、うん・・・」


「私も色々な人たちと交流する機会があったから知ってるの。みんなそれぞれ性癖があるんだって。だからね。そのままでいいのよ。あなたらしくすればいいよ。」


その言葉は、口にした本人が意図した以上に深く重く、レイニの胸に突き刺さった。長年、兄の言葉と世間の目に怯え、自身の性別や服装に劣等感を抱いてきたレイニにとって、ミルキの言葉は、まるで凍りついた心を溶かす温かい光のようだった。レイニは、これまでみんなにも打ち明けられなかった心の傷が、優しく包み込まれるのを感じた。瞳の奥に広がる潤みは、安堵と、そして初めて自分自身を肯定してもらえたことへの、純粋な喜びの証だった。ミルキの社交性は、単に人と円滑に接する能力に留まらず、相手の心の奥底にある傷を癒し、その存在を丸ごと受け入れる、深い包容力へと成長していた。それは、彼女が持つ真の優しさが、困難な経験を通して、より一層輝きを増した瞬間だった。


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