表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/70

訓練と絆

どうにかこうにか午前のシゴキをしのぎきった昼休み、大なべからよそった湯気の立つスープ料理と、保存を優先させた硬いパンを手に、5人は食堂の片隅で肩を寄せ合っていた。熱気を帯びた体からは、汗がじっとりと肌に張り付き、軍服の生地が擦れるたびに不快感が募る。食堂には、多くの訓練兵たちのざわめきと、食器がぶつかり合う音が響き渡り、食欲を減退させるような汗と土埃の匂いが充満していた。疲労困憊のシルヴィとは対照的に、エリーゼは涼しい顔でティーカップを傾け、優雅に微笑んだ。


「あなた様が望んだ結果ですわ。何にしても王国軍の制服がよくお似合いですよ。シルヴィ姫様。」


その言葉には、からかいと同時に、どこか深い洞察が込められているようだった。ミルキはパンをちぎりながら、レイニは猫耳をぴくりとさせながら、それぞれの表情でそのやり取りを見守っていた。このささやかな昼食の時間が、彼女たちにとってのつかの間の平穏であり、厳しい訓練の中での小さな癒しだった。


エリーゼが澄ました顔で言った言葉は、彼女がその権限を利用して王立騎士養成アカデミーに入学を果たしてしまったのだから仕方ない。赤色の軍服と帽子。これは軍に所属したものはお揃いだ。これにズボンかスカートかの選択は個人の意思で別れる。エリーゼはズボンを選択し、他のメンバーはスカートだ。これに左胸には階級章がついている。


男装の令嬢。軍服がこの中で一番似合っているのがエリーゼだろう。ただし、彼女が自覚を持っているところが問題でもある。


「エリーゼ。汗かいて熱いから魔法で涼を作ってくれると嬉しいな。」


ルールカにそう要求されると、さっと精霊魔法で風を起こさせた。ひんやりとした風が、熱を持った肌を優しく撫で、汗で湿った髪をふわりと持ち上げる。その清涼感は、まるで凍てつく泉に浸かったかのような安堵感を全身にもたらした。


「気持ちい・・い・」


シルヴィと同じぐらいバテ気味のミルキが、よろよろと風に当たりに来る。


「元気出そう。姫様にミルキ。午後は射撃訓練だよ。走りまわるのは今日はこれでおしまい。」


「それで励ましているつもりかレイニ?あとシルヴィと呼べ。敬称はいらん。」


と言いながら涼を求めに来た。


5人が食事を取りながらささやかな涼を楽しんでいるところに、ふいと3つの影が現れた。


「いよぅ。王国の騎士様。今日も教官殿に熱心に指導されてよかったな。」


5人がきょとんとして相手を見上げると3人の男が並んで立っている。名前は知らないが一緒の参加者であることは覚えている。その中の一人、やけにエリーゼに視線を送る男がいた。


「スタミナ不足の騎士様のために、とっておきの精力剤を用意してやったぜ。受け取ってくれ。」


そう言って男が器の中に放り込んだのは、小さな球状のウネウネと動く、無数の足を持つ芋虫だった。ミルキは思わず自分の器を凝視し、


「ひっ……!」


と息を呑んだ。顔は青ざめ、両手で器を抱え込むようにして、震える声で


「これ……動いてます……」


と絞り出した。その瞳には、純粋な恐怖と、どうしていいかわからない困惑が入り混じっていた。


「補給が届かないときは、魔物でもなんでも食べると聞いたぜ?まぁ食ってみろよ。」


ニタニタと腕を組んで男たちは笑っている。その中でも、エリーゼに視線を送っていた男は、特にねっとりとした視線を送っていた。彼の隣に立つ女性志願兵が、その様子に気づき、不愉快そうに眉をひそめた。


「おい、あんたたち。いい加減にしなさいよ!」


女性志願兵が声を荒げた。彼女はエリーゼの隣に座るミルキを見つめている。


「あらあら、どうしたのかしら?もしかして、私のミルキに興味があるのかしら?」


エリーゼは、まるで舞台役者のように優雅に微笑み、女性志願兵に視線を向けた。


女性志願兵の顔がみるみるうちに赤くなる。


「あなたのですって?ふざけないで!あんたみたいな女好きが、ミルキちゃんに近づかないで!」


ミルキを庇うように一歩前に出た彼女に、ミルキは困惑した表情で、女性志願兵とエリーゼを交互に見つめている。


「あら、嫉妬かしら?でも、残念ね。ミルキは私の大切な「お友達なの」…いえ、「マブダチ」なのよ。彼女の鍛冶への情熱、その指先の荒れ具合、そして何よりも、私の誘惑に戸惑う純粋な反応。どれもこれも、このミルキの多様性を理解する上で、実に興味深いわ。」


エリーゼはそう言って、ミルキの指先にそっと触れた。


ミルキは「ひゃぁ!」と小さく声を上げ、肩をすくめて身を引く。女性志願兵は激昂し、エリーゼに掴みかかろうとした。


「やめなさい!エリーゼ!」


ルールカが間に入り、女性志願兵の腕を掴んだ。


「落ち着いて。エリーゼは悪気があるわけじゃないの。ただ、ちょっと…変わった「知識欲」の持ち主ってだけよ。」


「知識欲ですって?こんなのただのセクハラじゃない!」


女性志願兵は怒りに震えている。


エリーゼはふっと笑みを浮かべた。


「あら、セクハラ?面白いわね。でも、私はただ、人の多様性を深く理解したいだけ。そして、あなたのような情熱的な感情の動きも、私の「知識欲」には欠かせないわ。あなたも、私の「お仲間」…いえ、「お友達」に加わる?」


エリーゼの言葉に、女性志願兵は顔を赤らめ、何も言えずに後ずさりした。ルールカは深くため息をつき、エリーゼの肩を軽く叩いた。


「あんたの「女性がらみ」は、いつも騒ぎを起こすのよね。」


そんなやりとりを見守りながらもニタニタと、腕を組んで男たちは様子を眺めていた。そこでルールカの腰が上がった。


「な・なんだ?!やるか?!」


男たちが身構える中、エリーゼは冷静に、そして優雅にティーカップを置いた。


「あら、遅くなってごめんなさい。ご親切にどうも。しかし、このような貴重な食材を、生のままいただくのはもったいないわね。せっかくなら、最高の状態で味わいたいわ。」


ルールカはそう言って、スープの中の芋虫をフォークでそっとつまみ上げた。男たちは予想外の反応に、一瞬言葉を失う。


「エリーゼ、火を。」


ルールカが短く指示すると、エリーゼは精霊魔法で小さな炎を指先に灯した。ルールカはそばに転がっていた平たい石ころに芋虫を置き、エリーゼはその炎で芋虫を炙り始めた。ジュウ、という音とともに香ばしい匂いが立ち上る。


「…うわぁ…」


ミルキが小さく呻いた。


「まあまあ、ミルキ。これも一種の調理法よ。非常時のサバイバル術としても、覚えておいて損はないわ。」


ルールカはそう言って、焼きあがった芋虫を一口食べた。ゆっくりと咀嚼してから、喉を鳴らした。


「ごちそうさま。ちなみに魔物は、食べられるわ。毒を持っているのもあるから気をつけなてね。でもこの芋虫は栄養価も高く美味しいから、次もよろしく。」


淡々と説明しながら、ルールカは他のメンバーに焼くことを勧める。恐る恐るながら食べ始めた少女たちを、3人の男たちは茫然と見守っていたが、やがて無言で踵を返してその場から離れていった。女性志願兵も、エリーゼの言葉に翻弄されたまま、何も言わずに去っていった。


「無知って怖いわね。冒険者の肩書を持っているルールカがいるのに。」


エリーゼが苦笑いして肩をすくめた。


「食料品は荷物が嵩張るからね。現地調達が基本よ。」


ルールカの言葉に感情がともなっていなかった。一方、ミルキは去っていった3人組をまだ目で追っていた。


「…ひどくないですか?ルールカがいなかったら、わたし、我慢できないです。」


「いいじゃない。やり方が子供っぽくて。」


ルールカはさほど気にも留めていない。


「ただでさえ私たち『女』だしね。ああいう手合いをいちいち相手にしてたらキリがないし、気にしてたらダメよ。」


エリーゼはそう言って、ミルキの頭を優しく撫でた。その手つきには、からかいだけでなく、仲間を気遣う温かさが込められていた。


しかし、ちょっかいをかけられる大半はシルヴィにあった。もともと騎士・軍事を中心に育ってきていない彼女は、他の参加者に比べると体力的に大きく劣っていて、訓練開始当初から盛大に鬼教官を怒鳴らせてきたのだ。頼れない王族様と陰口をたたかれることもあった。


とはいえ、彼女ら5人は、全員が綺麗な可愛らしい顔立ちをしていることもあり、自然と周囲から好機の目で見られている。もちろん好意もあるが、どちらかというと異性には好色の対象で、同性からは嫉妬心を向けられている。階級を問われないのだ。事実だからこそ指導者も容赦がないのだ。


すっかりと食事を平らげたレイニがお腹をさすりながら言う。


「無視するのが一番だね。」


「「賛成。」」


こんな感じでいろいろと問題はあるけれど、近衛騎士の面々は乗り越えていく。


集団行動と射撃訓練を終えて、ようやく座学の時間となった。疲れ切ったシルヴィが机の上で居眠りしていると、すぐ隣で彼女の肩を揺らして起こしにかかる。


「シルヴィ・・・。」


ピンクプラチナの髪を揺らしながら少女は呼んだ。赤い軍服に短めのスカート。そして近衛


騎士の階級章。どこから見ても他の参加者と同じ格好なのだが、背中に小さな羽。お尻に可愛らしい尻尾が揺れている。


「・・・」


返事が返ってこなかった。王族が軍事教育を受けること自体は、特に不自然ではない。ただ志願兵と同じ立場で同じ指導を受けていることを除いてだ。


あくまで本人の希望という話なのだが、姫君の容貌と英才ぶりをアピールしたいという王国側の思惑も絡んでいるらしい。


全員が着席すると同時に教官が入ってきて早速、講義が始まった。今のところはまだ講義の内容は深く踏み込んだものではない。用兵学の基礎といったところだ。


退屈なのは皆も同じこと。彼女が3度目のあくびをしたあたりで机の上に突っ伏した。


「・・・シルヴィ。答えなさい。ここで戦局が大きく変わった理由を。」


「―――!?」


いきなり耳元で教官からの大きな声で呼ばれて、シルヴィは慌てて立ちあがった。だが続かない。いくら頭が良いと評判の彼女でも、内容がわからなければ答えようがない。


「ハンズの攻略戦。」


教官を目の前にして困り果てているシルヴィの隣で、ルールカがそっと教えてくれる。それだけで気づいた彼女は


「戦術的な勝利が戦略的敗北を覆したから?」


「・・・そうだ。では、その詳細を貴様の見解をのべよ。」


「・・・戦う場所、兵力差、時間ごとに変わる環境。地図を漫然と見てはいけない.頭の中で動き回る兵力を想像し予測し推測してイメージする。それが大事なことだと認識しております。」


「・・・よろしい。着席を」


シルヴィはほっとして席に座り直した。座学では才能を発揮するシルヴィだったが、それ以外の訓練では全くついてこれていなかった。どうにか人並みになれるようになるまで、シルヴィはひたすら教官とマンツーマンの猛特訓を受けることになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ