偶像としての英雄
「ここで何を話しても外には聞こえない。言いたいことがあるのなら言ってよいぞ。」
彼女らの内心を見透かしたように姫は言う。
「...姫様。身に余る栄誉をいただいたことには感謝しております。しかし恐れながら不自然ではないですか?」
エリーゼが口を開いた。姫はそれに耳を傾ける。
「近衛騎士とは、その名が示すとおり王族を守る称号のはずです。王族に最も近い者がなれるのであって、まったく血の繋がりもないのがなるのは前例がないのでは?」
「ない。だからそなたらが前例になるのだ。」
「姫…?」
「エリーゼ。これは私個人の一存ではなく、キラエル王国全体が望んだことなのだ。」
「…」
「サマールルと開戦していると前に言ったな?誰だって戦争なんぞ望んではいない。莫大な資金を必要とし、投入した人材が著しく失っていくのだ。その憎しみと悲しみをサマールルに押し付けたところで、国民は不安定になる。だからこんな時にいてほしいのは、安心させてくれる期待させてくれるそんな存在。ようするにアイドルだ。」
エリーゼが嘆息した。
「…姫と私たちの生還は、王国にとってあまりにも都合の良い出来事だった。見知らぬ兵器に苦戦を強いられ、凶報ばかりが届けられる国民の間に広がる不安と絶望。そんな中、行方不明になっていた第一王女が無事帰還し、さらに若き有能な騎士候補生たちが彼女を救ったという物語は、まさに国民が渇望する『英雄譚』に他ならない。これを政治的、軍事的に利用しない手はない。私たちは、王国の未来を照らす『国民の灯』として、その役割を全うさせられる・・・というわけですね。」
エリーゼは、その言葉の裏に隠された、冷たい計算と、国民の感情を巧みに操ろうとする王国の『思惑』を瞬時に見抜いた。彼女の表情には、諦めと同時に、この不条理な状況をいかに乗り越えるかという、知的な挑戦への微かな興奮が宿っていた。
姫は、観念したように表情から力を抜いた
「姫様。今更いったところで王命が変わるわけじゃないわ。だからこれは置いておいて、1つ聞きたいことがあるの?どうしてあの船に第一王女ともあろう方が乗っていたのかしら?」
「国務の一環だ…」
「確かにそうね。国務の一環といえなくもないわ。でも姫様がただのお飾りがついた姫ではないことはこの中のみんなが察しているわ。」
「…」
「これから頭角を現す可能性が高い若者に、姫様は後々の利益を見込んで繋がりを作りに来た。王国が誇る暗部の手に掛かれば人一人の経歴を調べるのにさほど時間がかかりませんよね。」
エリーゼの言葉は、シルヴィ姫の真の意図を正確に読み解いていた。彼女の「女好き」な側面は、単なる誘惑に留まらず、相手の心を深く観察し、その裏にある動機や目的を見抜く鋭い人間観察力と結びついていた。それは、彼女が「勤勉」に人間心理を研究してきた成果とも言えるだろう。
「そうだ。有事に際して優れた知性、機転、行動力を備えた人材を私は求めていた。あの沈没事件が私とそなたらを出会えさせた奇跡と運命に神に感謝をささげたい。」
「奇跡?運命?本当にそうだったんですか?あの船はあらかじめ沈む予定だったのでは?」
エリーゼの問いかけに、シルヴィ姫は一瞬、言葉を詰まらせた。彼女の知性は、単なる知識の羅列ではなく、状況全体を俯瞰し、隠された真実を暴き出す戦略的な思考へと繋がっていた。
「エリーゼの察しの良さが頼もしくもあり、末恐ろしいな。」
その瞬間、エリーゼは目を細めた。彼女は、姫の言葉の裏に、自分自身の存在を認めてほしいという、微かな渇望を感じ取っていた。それは、数百年を一人で生きてきた彼女自身が抱える、真の繋がりへの渇望と重なるものだった。
「もうハッキリと言ってしまおう。あの船はどんな形であれ、あれは沈没させた。優秀な人材を求めるがゆえの結果だ。」
姫はまっすぐに皆を見据える。
「そもそもサマールルとの戦争は周期的に戦っている。今回はその周期に調度はまった時期というわけだ。多大な資金を投入した割に得るものがない。だからと言って侵攻を許すわけにはいかない。気が付けば、兵器は充実して際限なく予算を吸い上げる金食い虫となる。もちろん王をはじめとした近臣たちは後悔することになる。こんなことなら最初から和睦に走れば良かったと。…で、誰かが思いついた。優秀な人材が適材適所にいたのならば、この戦争事態は起こっていなかったのでは?と。とはいえ、さすがに求める優秀な人材などそうそういるわけじゃないし、いたとしても何よりも先任者が納得しない。それでは、この結果の全ての責任を押し付けられることになる。」
「・・・・」
「侵攻を許さずに資金を無駄に失うことにならない。そんな王の近臣の思惑が、そのために取った手段が、こともあろうに偶像。ようするに英雄だ。シナリオはこうだ。国民も納得して内政に干渉しないそんな存在を作り上げる。対面ばかりを気にした本末転倒なやり方で、正直まったくあきれ返るやり口。」
吐き捨てるようにそう言って、シルヴィ姫が天を強く見据えた。
「このシナリオには生贄がいる。そうそれが私だ。「行方不明になった第一王女を救出した」という証拠が必要になる。そのために、たまたま乗り合わせていた若き将来有望な者たちの中からさらに厳選して選び抜かなければならない。それだけの代償を犠牲にして現れる英雄。国民も涙流して受け入れるだろう。」
「この適役にあなたほど適任の方はいないでしょうね。シルヴィ姫。王から「死んでくれ」と暗に言われたにことに等しい。今回はたまたま運が良かっただけで、1つ間違えればあなたはこの世にいなかった。ようするに人柱だったってこと。…こんな理不尽な仕打ちをうけてもまだ行儀よくお姫様をやっているのですか?」
強くこもった声で言葉を発するエリーゼに、シルヴィ姫は儚く微笑みを浮かべた。
「…エリーゼ。それが王族の役目だ。」
シルヴィ姫の声は、微かに震えていたが、その瞳には揺るぎない覚悟が宿っていた。恐れがないわけではない。だが、この責任を果たすことこそが、私の「存在意義」なのだ
「言っていることはわかるとも。だが、王族にとって未来を残すことについて最善を尽くす。例え私が死んでいたとしても、兄がいる。2人も。そしてまだ父上も健在だ。私の死を土産にして戦況を盛り立てるぐらいは要さないさ。」
その言葉は、まるで自らに言い聞かせているかのようだった。彼女の胸の奥には、恐怖や諦めだけではない、王国と国民への深い愛情と、その未来を守るという重い『責任』が、冷たい炎となって燃え盛っていた。
その言い回しにエリーゼはシルヴィを見つめる。
「あの魔導艇のことは知っていたんですよね?定期的にあの島に上陸して偵察活動していることを。だから護衛の面子がいなかった…まったく腹の座った姫様だわ。」
「あの島に漂着するには賭けの要素も含んでいた。潮の流れ、風向き、魔物の生息域その他もろもろ含んだ要因…。必然、これを実行に移すにはそれなりの実力が共わなければならない。それが私について来てくれた護衛達だ。」
「無茶をする。完全に運任せじゃないですか?」
「そう、だから運がいいのだよ私は。」
それで会話が途切れた。すでに目的地には到着して馬車はとまっている。
けっこうな時間馬車を走らせていたが、まだ庭園の中だった。パーティに適した広場に移動したのだ。色鮮やかな花々が咲き誇る庭の中、故郷のアンチュア領で開催されたパーティとは比べ物にならない贅の限りを尽くした料理がテーブルに並び、招待を受けた貴族たちが、グラスを傾けて談笑をかわしていた。
「さぁ、パーティを楽しもうじゃないか。」
真っ先に馬車のドアを開けてシルヴィが降りた。4人が戸惑う顔でいるのにも関わらずさっさと貴族たちに近づく姫。
離れて行く少女の後ろ姿に、ルールカは言った。
「ねぇみんな。釈然としないけど、それを引いても近衛騎士の称号を得たことは間違いなく私たちにとって大きな意味があるわ。この新たな責務、どうせなら最高に愉しく全うしましょうよ。」
ルールカの言葉に、エリーゼは目を細め、ミルキとレイニは顔を見合わせた。彼女たちの視線が、ルールカの瞳の奥に宿る、普段の騎士としての冷静さとは異なる、獲物を見定めたかのような妖しい輝きを捉える。それは、単なる職務への意気込みではない。近衛騎士という立場が、彼女の内なる「サキュバス」としての本質を満たし、新たな「狩り場」となることを予感させる、甘く危険な愉悦の片鱗だった。
「…」
「だからさ。どちらにせよ王命に逆らえないのならいっそ楽しんだもん勝ちよ。とにかく食べて飲むわよ。この日が忘れられない位くらいにね。」
そう言い切ると、ルールカは颯爽とテーブルに近寄っていった。




