帰還と謁見
キラエル王国にダンジョンが出来て以来、この国は繁栄と発展の成長の衰えがみえない。住人は活力に満ちて、市場は活気に満ち、食べ物、衣服、装飾品、武器防具類、さらには見たこともない異世界からもたらされた知識が合わさり往来の店先を賑わせている。
キラエル王国の経済、政治、文化、軍事の中心地、王都デンルーク。国王のおひざ元にあって繁栄を謳歌する都。その中央には王族が住まう宮殿が広大な悠久の庭園と共にある。
「エリーゼ。そろそろ時間よ。」
そんな王都の中でも最高級のホテルで、ルールカは個室の扉をたたいていた。時刻は10時前。約束の時間が差し迫っているのに、なかなかやってこないエルフを置いていくわけにはいかない。
返事が返ってこないにも関わらず扉を開けて中へと入りこんだ。やがて寝室につながるドアが開き、そこには慌てて着替えたのか着衣の乱れた女性が現れた。
「お、おはようございます・・・その・・・えっと・・・失礼します。」
乱れた着衣を両手で押さえつつ、うら若いその女性はルールカの脇を抜けて去っていく。その背中を見送ったあと、ため息をついて寝室に踏み込んだ。
「相変わらずお盛んね。」
相手を遠回しに非難しつつ、窓を開けて空気を入れ替えると、シーツの皺も生生しいベットの上で全裸のエリーゼが横たわっていた。幸せそうに満足気に寝息を立てている。
窓から冷たい風がエルフに届くと、彼女の眉根が寄った。
「・・・おはよ・・・。」
「もう時間よ。あんた、こんな日に、日替わりで女の子を連れ込んでお楽しみなわけ?」
「・・・別に連れ込んだわけじゃないのよ。むこうからわざわざ寄ってくるんだからしょうがないじゃない。ルールカ。する?。」
「しないわよ。さっさと着替えなさいな。間に合わなくなるわ。」
エリーゼはじっとルールカを見つめた後、のそのそとベットを降りて着替え始めた。
「・・・今日もいい天気だね。こんな日は朝から晩までベットの中で激しく身体を求めあいたいものね。・・・」
「寝ぼけているのかしら?あんた毎日、毎日朝から晩までお楽しみだったはずよ?」
まだ目が覚め切ってないエリーゼに、このホテルに留まってからの彼女の行動を突きつける。
「・・・嫉妬?」
「違うわよ。」
王都での一週間近いホテル暮らしは、あっという間に過ぎ去った. 皆それぞれが、この日を待つだけの日々を送っていたわけではない。遭難時の緊張感を緩めるために好きなことに自由時間を与えられていた。それをしっかりと満喫していたのがエルフことエリーゼである。なんの咎もない。
ロビーで集った4人の中で、エリーゼはティーカップに口を運びながら、お茶を運んできた可愛らしいメイドに静かに視線を向けた。彼女の瞳はその子の心の機微を、静かに見つめるように、メイドのわずかな表情の変化、指先の動き、そして言葉の抑揚を注意深く観察していた。それは、彼女が「女好き」という性的な衝動を、知的な好奇心と結びつけ、この世界のあらゆる現象を解き明かそうとする、エルフならではの深い洞察力と探求心の表れだった。しかし、その根底には、数百年前に滅んだ故郷と家族への深い喪失感が、凍てつく湖のように横たわっていた。「また、失うのは嫌…」彼女にとって、他者との間に深い絆を築くことは、再び失う痛みを伴う恐怖であり、無意識のうちにそれを避けていた。だからこそ、彼女は刹那的な関係の中に、失われた温もりや繋がりを求めるかのように、その孤独を紛らわせようとしていたのだ。それは、数百年を一人で生きてきた中で、他者の感情を読み解くことが、生き残るための術であったことの表れでもあった。失われた里の知識を再構築しようとする勤勉さも、他者との関係性を深く探求する「女好き」な側面も、全ては彼女が「自分」という存在をこの世界に繋ぎ止めるための、無意識の努力なのだ。
「ねぇ?今夜空いてる?」
その隣でルールカが冷静に突っ込む。
「いきなり口説こうとしないの。驚いているじゃない。」
ルールカの言葉にも動じず、エリーゼはメイドに問いかけを続けた。彼女にとって、女性との交流は、書物から得られる知識と同様に、この世界の多様性を理解するための重要な「知識欲」の一つだった。だが、それは同時に、彼女が再び「家族」という形を築くことへの、無意識の抵抗でもあった。深い愛情を注ぎ、再び失うことの痛みに、彼女の魂は耐えられないことを知っていたからだ。
「で、みんなはどう過ごしていたの?」
今夜の約束を取り付けたエリーゼは、満足げに唇をペロリと舌で湿らせて尋ねてきた。
「私はダンジョンね。」とルールカ。
「親戚の家に遊びに行ってました。」とミルキ。
「都の散策と買い物。」とレイニ。
皆がそれぞれ過ごした時間を話し合っていると、エリーゼは満足げに頷いた。彼女は、仲間たちの行動からも、この世界の様々な側面を吸収しようとしていた。彼女にとって、日々の生活そのものが、尽きることのない「知識欲」の対象であり、その勤勉な探求心こそが、彼女の知性と魅力を形作っていた。
ふいに彼女らに近づいてくる気配があった。全員が一斉に背筋を伸ばした。
硬い足音を立ててやってきたのは、ものものしい礼装に身を包んだ3人の王の使いだった。
「エリーゼ。ルールカ・アンチュア。ミルキ・ゴーンド。レイニ。ここにいるのはその4人で間違いないな?」
全員が頷きで返す。一番の年長者が、ごほんと1つ咳をした。
「よろしい。では、表に馬車を待たせているので、王族に失礼のないように、武器を置いて、身支度も十分に整えてまいられよ。キラエル王アルヴィト様がお待ちである。」




