夜明け前
大変お待たせしました。読んでいただきありがとうございます。
「只今戻りました。陛下」
クラウドが移動の術を使い、たどり着いた先は自分の国であるエルトニア帝国の王城だった。
ひとまず自室で身支度をしてから父親であり国王でもあるシンバの私室に訪問した。シンバはクラウドが訪問することがわかっていたようで休む身支度もせずに1人掛けカウチに深く腰掛けてグラスを片手に待っていたようだ。
「ん?愚息は手ぶらでお戻りか?」
「陛下、今はまだ時期尚早です。」
「ふ〜ん、成人となれば展開が早いと思っていたがそうではないらしい。それとも期待外れか?」
「人が悪い言い方は辞めてください。まだ始まったばかりです。もう暫くお待ちください。期待は裏切りませんので。」
「ほぅ、言うようになったな。」
「これでも大公を賜りましたので、身を引き締めて取り組んでいますよ。」
クラウドは立ったまま入口近くで話していたがシンバが手招きしたので部屋の中央まで歩み寄った。
「それは頼もしい限りだ。期待している。」
シンバがグラスにワインを注ぎクラウドへ手渡すとテーブル向かいのソファーへ座るように促す。
「息子の成人祝いだ。乾杯」
「ありがとうございます。父上」
ーー2人で同じテーブルに座って話をするなんて何年ぶりだろう。いや?初めてかもしれない。
物心つく頃には既に食事を一緒に摂ることすらなかった。愛妻家と言われていたがそれは国民向けの顔で実際は異なり、家族と一緒に過ごす時間なんて皆無だった。母とは政略結婚というより神子の力欲しさの結婚だっただろうし愛情なんて存在しない。所詮、母と息子はお飾りというわけだ。
そもそも城に戻ったのさえ何年振りだろうか。城には他の妃と義弟の王子がいる為、旅をしながら身を隠していた。何の執着もない冷え切った関係である。
「ところで光の神子のことは本気なのか?急に雷鳥(魔法の手紙)を寄越して来たかと思えば婚前の品を贈らせるなんて本気じゃないか。」
シンバは空になったグラスにワインを注ぎながらクラウドの表情を窺う。でもクラウドの表情に変化がないので面白くない息子だと鼻で笑う。
「その節はありがとうございました。まぁこの国のしきたりですから。手順を踏む時間は足りませんでしたがしきたりを守ることで本気だと思わせる必要があります。これで私の妃として迎え入れることが出来れば争いもなく円満に事が運びますから。」
「円満に思わせる必要か・・・まぁ向こうは断ってきたらしいじゃないか。でもお前のことだ。諦めてないんだろ?」
「はい。既に手は打ってあります。」
「ほぅ、じゃあ情はなしか?」
「はい。そんなもの私には必要ありません。」
「さすが我が息子。じゃあその光の神子はおまえの妃にしなくてもこちらに来さえすれば他の王子の妃か捕らえて従わせても構わないな?言うことを聞かせる方法はいくらでもある。」
クラウドの目線は父親に向けたまま揺らがない。シンバはワインを口にして口端を上げ息子へ薄ら笑いしながら続けた。
「他国の牽制のために側妃にすることはあっても正妃にする必要はないだろう。正妃の座は今後の大事なカードだ。置いておけ。」
「ですが相手は公女です。納得させるには・・・」
「納得?そんな必要はない。ナルシャ王国を潰せばいい。」
「・・・左様ですか。簡単に言いますね。」
クラウドの目は笑っていない。
そんな息子を見ながらシンバはグラスを一気に煽る。
「簡単に済ませてくれ、大公。いや神子様。」
「はぁ・・・飲み過ぎです。また明朝の冴えた頭での命令とあらば動きます。もうお休みください。今夜はこれで失礼します。」
クラウドはソファーから立ち上がり部屋の扉へ向かおうとした。
「いずれこの大陸全てを我のものにする。」
「それは何故ですか?今でも素晴らしい大国の王だというのに。これ以上何を求めるのですか?」
クラウドは扉の前で振り返らずに話した。
「何故だと?そんなもの簡単だ。この世の全てを手に入れることが一族の願いだ。その為には我が神子の力を手にしたかったがな。その力、我に継承は無理なのか?」
「血の繋がりという観点から私から父上に継承も可能かもしれませんが、子から親への継承は・・・事例を聞いた事がありません。それに受け入れる側にも神子の血の何かが必須かもしれません。」
「でもやってみる価値はあるだろう?まぁそうなるとお前が死んでしまうわけだ。簡単にはいかないな。まぁ冗談だ。我が一族の祈願だった神子が今世、私の手足となるんだ。叶えてくれ。」
「・・・承知しました。」
クラウドは自分の部屋へ早足で向かう。
早くひとりになりたかった。気持ちを抑えられずに歪んだ顔を誰にも見せたくない。
拳を硬く握りしめすぎたせいで手のひらには爪が食い込み、出血し、しばらくは白くなっていた。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
セレナは眠ることが出来ずに夜明けを迎えた。
この胸騒ぎはなんなのか。嫌な予感しかしない。
ずっと窓際の椅子に腰掛け、窓の外の明けていく空を眺めていたが父セブルスと兄カインは城から戻って来なかった。
「神子の力が私にあるなんて・・・記憶もさっぱりだし・・・」
ーークラウド様をただ待つだけなんて嫌。私にも何かできないのだろうか。
クラウドの話を聞いたセレナは早く記憶と力を取り戻したくて気持ちが焦っていた。
コンコンコン。
「セレナお嬢様お目覚めですか?失礼いたします。」
「おはようマリー。」
「おはようございます。お目覚めだったのですね。ん?昨夜は寝付きが悪かったのですか?目の下にクマが出来ていますよ。」
マリーがセレナの頬を両手で包み瞳の中を覗き込んだ。
「少し化粧をすれば大丈夫ですわね。」
テキパキと支度を進めてくれる頼れる母のような存在のマリーに身を委ねていると急に窓の外が騒がしいことに気づいた。
「お父様が戻られたのかしら?」
「お出迎えになられますか?支度急ぎますね。」
「ゆっくりでいいわ。後で書斎を覗けばいらっしゃると思うし。」
コンコンコン!!
「勝手に失礼いたします!お嬢様!早くお支度をなさってください!マリー!急いでくれ!」
声がする方に振り向くと血相を変えて落ち着きのない中年の執事長が大股で部屋に入ってくるところだった。
「執事長がこんなに焦っているなんて珍しいですわね。それにレディのお部屋に挨拶も許可もなく入って来られるなんていけませんわ。それで慌ててどうなさったのですか?」
「お嬢様無礼を申し訳ございません。実はアルフォンス殿下が下にいらっしゃっております。一緒に学校へ向かいたいとのことです。」
「へっ?」
思わず変な声が漏れた。
「旦那様もカイン様も不在で急なお越しでしたので誰も出迎える者がいないとお伝えはしました。セレナお嬢様をゆっくりお待ち頂けるとご了承いただき、応接室にお通ししました。」
「マリー申し訳ないけど・・・」
先程はゆっくりでいいと言った手前マリーに断りを入れる。
「お任せください。ご心配要りませんわ。」
慣れた手つきでテキパキと支度されていくセレナは鏡を見つめながら行儀は悪いが運ばれた朝食代わりのサンドイッチを頬張りながら考え事をしていた。
ーーアルが急に来るなんてどうして?城にお父様たちが居るのを知って来たのかしら?婚約もしていないのに一緒の馬車に乗って学校なんて本当は嫌。こんなに接触して妙な噂にならなければ良いけれども。
夜明け前からの胸騒ぎがずっと治らないまま応接室へ向かった。




