第四十八話 思春期を抹殺した少年の剣(つるぎ) 真理は己の中に在り、失せよ幻惑
業を煮やしたかのように、魔剣士がワイトから刺突剣を奪い取った。
「おや、私の説明をしっかり聞いてからの方が良いと思うのでございますが…」
「フッ、こんな女が持つような華美で細身な剣の呪いなど、オレに通用するものか」
魔剣士はワイトの言を無視し、魔剣に意識を向けて目を瞑る。すると、途端に彼の周りを怪しげな桃色の邪気が包み込んだかと思うと、彼は 「…ふぁ?」 という、らしくない間の抜けた声を上げて、呆けたような顔をした。魔剣の邪気に負けてしまったのだろうか?
「ああ、だから言ったのでございます。これは、やられてしまいましたかな?」
「ワイトよ、魔剣士はどうなってしまったのだ?」
「はい、魔王様。この刺突剣についての説明が途中でございましたな。実はこの魔剣、女が装備しても本人に呪いの効果はかからないのですが、男が装備すると、立ちどころに呪いを受けるという少々特殊な魔剣なのでございます。その特殊性が故に、男が受ける呪いの強さも通常の倍と考えて頂ければよろしいかと」
「ふむ、なるほど、呪いの強さが倍となれば、油断していたであろう魔剣士には耐えられなかったか。しかし、呪いを受けているという割には、魔剣士の表情が穏やかに見えるのだが」
俺は玉座に座ったまま魔剣士の顔を覗き込む。今の彼にはいつも刻まれている眉間の皺は見えず、微笑んでいるように見える。頬にほんのり赤みが差し、その整った顔立ちと相まって、まるで愛らしい少女のようだ。普段ももう少し表情を緩めてくれれば、可愛げがあるのだが。
「この魔剣は、敵を誘惑する魔力が秘められているのでございますが、呪いの方も誘惑の呪いなのでございます。恐らくこの者は、今、魔剣の誘惑に翻弄されているのでございましょう。誘惑の呪いとわかっていれば、対処のしようもあったのでございますが、これはいけませんな」
誘惑の呪いか…。もう一度、魔剣士を表情を観察するが、やはり呆けたままだ。
「ふむ、仕方がないな。多少手荒だが、俺が攻撃魔法でもぶつけて正気に戻すしかあるまい」
「そうでございますな。サキュバス様がこの場にいてくだされば、魔王様の手を煩わせる必要もなかったかとは思うのでございますが」
ああ、そうだな。サキュバスなら、お得意の精神操作魔法で何とかなっただろう。しかし、あいつの帰りはいつになるかわからんしな。許せよ魔剣士。
「う…、そ、そんな筈はないんだー!!」
俺が魔法の詠唱を始めようとしたその時、突然、魔剣士が叫び声を上げた。見ると、彼は顔から滝のように汗を滴らせていたが、表情はいつもの仏頂面に戻りつつあるようだった。正気に戻ったか?
「おお、誘惑をはじき返しましたか。あの状態から正気に戻るとは大したものでございますな。一体どうやったのでございますかな?」
「フッ、オレの精神力が魔剣の邪気を上回ったというだけの話だ、どうということもない」
魔剣士は余裕だとでも言うような答えをワイトに返していたが、俺には到底そんな風には見えなかったがな。まあ、いいだろう。
「魔剣士よ、よくぞ魔剣の誘惑に打ち勝った。これでその刺突剣もお前のものだ。特殊な魔力を持った剣のようだから、お前の戦術の幅も広がることだろう」
「そうだな、面白い剣だ…。だが魔王! オレが求めるのはもっと純粋なる力だ! これでは到底満足できない!」
「そうか、わかった。ワイトよ、もっと強大な力を宿した魔剣はないものかな?」
「魔王様、それが、あるにはあるのでございますが…」
「どうした? 何か問題があるのか?」
「はい、左様にございます。一応用意はしてみたものの、あまりに危険な魔剣でございますので、お出しして良いものかと悩んでいたのでございます」
「そんなに危険なのか? ふむ、まあ出してみろ。魔剣士に持たせるかどうかは、その後に考えればよかろう」
「御意にございます。さすればお出ししましょう。これが、その魔剣にございます」
ワイトが差し出したのは、刃が燃えるような真っ赤な色に染まった両手剣だった。




