第四十九話 思春期を抹殺した少年の剣(つるぎ) その者、狂気に目覚める時、すべては終わる
「この魔剣の名は、皆殺しの両手剣というのでございます。なんでも、憤怒を司る魔神に取りつかれ狂戦士と化し、敵味方の区別もなく暴れまわった挙句、自らも魔神に取り込まれて絶命したという哀れな戦士の魂が宿る魔剣でございます」
「狂戦士か、…なるほど、確かに危険な匂いがするな」
狂戦士伝説。魔族の間でもその名は恐れられている。憤怒の魔神に魅入られ、ひとたび狂戦士と化したが最後、その者は周りに動く者がいなくなるまで殺戮を続け、最後にはその命をも己自身の怒りの炎で燃やし尽くすのだという。
「狂戦士の剣だと? そいつは強そうじゃないか。その剣もオレが使いこなしてやるさ!」
この剣はさすがに危険かなと、俺は思案していたが、魔剣士はやる気満々のようだ。
「魔剣士よ、本当にやる気か? 狂人と化すということは、もしかすると、死よりも辛い苦しみを味わうことになるかもしれんのだぞ?」
「そうでございますぞ。この魔剣はやはり引っ込めた方が良さそうでございますな。あっ…」
ワイトが両手剣を引っ込めるよりも早く、魔剣士がそれを奪い取った。
「フフッ、この魔剣が使いこなせれば、きっと俺は魔王軍で最強クラスと肩を並べられる筈。そうなれれば、きっと…」
魔剣士は皆殺しの両手剣の柄を強く握りしめ、目を閉じる。すると、たちまち剣から怖気がするような真っ赤な邪気が溢れだした。
「こ、これは今までの魔剣とは比べ物にならんほどの凄まじい邪気だな」
魔剣士はこの邪気に耐えられるだろうか? 様子を見るに変化はないようだ。…いや、何かぶつぶつ呟き始めたな。
「…………ウ、ウ、…リィィィ、リィィィィィィ」
いや、呟きなどではない。うめき声だ。それにしても、なんだこの地獄から這い出てくるかのようなおどろおどろしい呻きは? もしや、これが狂戦士化の前触れなのでは?
「ワイトよ! 魔剣士は狂戦士になってしまうのか!?」
「いえ、魔王様、まだ彼は魔剣の邪気と戦っている様子でございます」
ワイト曰く、まだ完全に魔剣に屈してはいないということだろう。もう少し魔剣士の様子を見守ろうと俺が思い直したその時だった。
「ちーッス! 魔王! サキュバスのヤツが出かけて居ないんだってな、寂しいだろうから、ウチが来てやったぜー!」
突然、深刻な雰囲気をぶち壊すような能天気で明るい声を上げて、エルフが玉座の間に入ってきた。
俺は一瞬、エルフに気を取られたが、それどころではなかったと思い、魔剣士に視線を戻す。すると、その刹那の間に魔剣士はあの恐ろしげな呻き声をぴたりと止めていた。呪いに耐えきったのだろうか?
いや、そうではなさそうだ。魔剣士は、たまたま彼の正面に躍り出てきたエルフを鋭い目つきで睨んでいる。まさか、狂戦士化してるのか? これはまずい!
「エルフ! 魔剣士から離れろ!」
俺がエルフに呼びかけると同時に、それまで動かなかった魔剣士が、眼光鋭いままにエルフのいる方へ向かってツカツカと歩き出した。
エルフはそんな魔剣士の迫力に驚いたのか、よろよろと壁際まで後ずさる。それを追いかけるようにエルフに歩み寄る魔剣士。そして、ついにエルフを壁まで追い詰めた魔剣士は、握っていた剣の柄をドーンと壁に叩きつけ、壁を背にするエルフを間近で睨みつけている。玉座の間に緊張が走り、一瞬、時間止まったかのように感じた。
が、その硬直はすぐに終わった。驚いた表情だったエルフの顔が歪み、途端に美人が台無しの悪辣とした笑みに変化したかと思ったら、彼女は姿勢を低くして、魔剣士の懐に強烈な攻撃魔法をぶち込んだ。
あ、いや、あれは懐というか、もろに股間だな。相変わらずというか、エルフのああいうえげつないところは、魔王軍一といえる。
俺がエルフの変なところに感心している間に、魔剣士は反対側の壁までふっ飛ばされていった。魔剣士は飛ばされながら、何やら喚いていたが、ガシーンと壁に激突すると沈黙した。俺は玉座から立ち上がり、エルフを助けようと動いていたのだが、どうやらその必要はなかったようだ。
「へっ! ウチに喧嘩売るなんて、百年はえーぜ! なあ、魔王、なんなんだよ、コイツ?」
「あ、ああ、エルフ、大事がなくて良かった。あ、いや、こっちが一大事かな」
魔剣士が普段の彼からは想像できないような、あられもない顔をしてのびている。不死身の鎧の加護のおかげで外傷は見受けられないが、呪いの鎧だからな、さっさと脱がせた方がいいだろう。
「エルフ、すまんが手伝ってくれるか? 魔剣士の鎧を脱がせて、治療室に運びたいんだ。ワイトも頼む」
「えー? なんでウチがコイツの面倒を…、ま、しょーがねーな」
俺たちは三人で魔剣士を治療室まで運んで行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「魔王様ー! ただいま戻りましたー! あなたのサキュバスちゃんですよー!」
「…あれ? 玉座の間に誰もいませんねえ」
「おや? かっこいい鎧と両手剣が置いてありますね。もしかして、魔王様の新しい装備品?」
「うへへ、魔王様の鎧、こっそり着てみちゃいましょうか? あ、いやいや、それはさすがにはしたないですね。ならば、こちらの両手剣を…あれ、なんでしょうか? この剣なんか嫌な感じがしますね…」
「…………ウ、リィィ…、リィィィィィィィィ!」
その日、魔王城内に血の雨が降った。
第十章はまだ続きます。




