第四章 聖女の愛と届かぬ想い
治療薬が王宮へ届けられたと聞いたとき、ウィリアムは久しぶりに、病床から起き上がろうと思った。
灰蝕病を発症してから、すでに長い時間が経っていた。最初は数日も休めば公務へ戻れるものと考えていたが、発熱と衰弱は繰り返され、今では寝台を離れて過ごすことさえ難しくなっている。
それでも、各地で治療薬の効果が確認され、多くの患者が回復しているという知らせは届いていた。病に倒れた人々が再び働けるようになり、家族のもとへ戻っている。ウィリアムはその報告を受けるたびに安堵するとともに、自分もいずれは同じように回復できるのだと考えていた。
「殿下、まだ無理をなさってはいけません」
身体を起こそうとするウィリアムを、侍医が制した。
「分かっている。ただ、いつまでも寝てばかりでは身体が鈍ってしまう」
「治療薬の効果が確認できれば、少しずつ身体を動かすこともできるでしょう。今はお休みください」
ウィリアムは小さく笑い、差し出された手を借りて枕に背を預けた。
「君たちには、ずいぶん世話をかけたな」
「それが私どもの務めでございます」
「そうだとしても、礼は言わせてほしい」
侍医は頭を下げ、薬の準備を進めるために退出した。
部屋に残されたウィリアムは、窓の外へ目を向けた。以前は当たり前のように歩いていた王宮の庭園が、今では遠い場所のように感じられる。体調の良い日には侍従に支えられて室内を歩くこともあったが、少し動いただけで息が上がり、翌日には再び熱を出すことも珍しくなかった。
王太子としての公務も、今ではほとんどアルベルトに任せている。
弟はこれまで表立って政務に関わる機会こそ少なかったものの、必要な教育は受けてきた。国王の指示を受けながら職務を引き継ぎ、滞りなく対応していると聞いている。
兄として頼もしく思う一方で、自分が果たすべき役割を弟に担わせていることには、申し訳なさもあった。
扉が静かに開き、リベカが姿を現した。
「殿下、お加減はいかがですか」
「今日は悪くないよ。薬が届いたと聞いて、少し気が早くなってしまった」
「もうすぐ治療を始められるそうですね」
「ああ。これで君にも、少しは休んでもらえるだろう」
リベカは寝台のそばへ歩み寄り、ウィリアムの手を取った。
「私のことはお気になさらないでください」
「そうはいかない。君には聖女としての務めがある。それなのに、私のために何度も王宮へ戻ってきてもらっている」
「殿下のそばにいられることは、私にとっても大切なことです」
ウィリアムは彼女の手を握り返した。
リベカの回復魔法がなければ、今頃どうなっていたか分からない。病が進行するたびに彼女は王宮へ戻り、苦痛を和らげてくれた。回復魔法の効果が長く続かないことを知ってからも、彼女は決して治療を諦めなかった。
「治ったら、改めて君に礼をしなければならないな」
「お礼なんて必要ありません」
「それでも、何かしたいんだ」
リベカは少し考え、微笑んだ。
「では、お元気になられたら、一緒に庭園を歩いてください」
「そんなことでいいのかい?」
「はい。それが一番嬉しいです」
「約束しよう」
ウィリアムが答えると、リベカは安心したように頷いた。
ほどなくして、侍医が治療薬を持って戻ってきた。
小さな容器に収められた薬液は、これまで使用してきた薬と見た目には大きな違いがなかった。侍医は投与量と服用方法を確認し、治療の経過について説明した。
「各地の患者では、投与後、数日をかけて症状の改善が確認されております。殿下にも同様の効果が期待できますが、しばらくは慎重に経過を観察させていただきます」
「分かった。よろしく頼む」
ウィリアムが頷くと、リベカが薬を見つめた。
彼女は侍医から容器を受け取り、両手で包むように持った。
「お祈りしてもよろしいでしょうか」
「もちろんだ」
「殿下が、一日も早くお元気になられますように」
リベカは静かに目を閉じ、祈りを捧げた。
ウィリアムは、彼女が聖水の開発に協力していたことを思い出した。聖女の力を水へ宿すという研究は成功し、各地の神殿で役立っていると聞いている。
彼女が人々のために祈り、力を尽くす姿を、ウィリアムは何度も見てきた。
リベカは静かに目を開けた。
「ありがとう、リベカ」
侍医が容器を受け取り、薬液をウィリアムへ差し出した。
ウィリアムはそれを飲み干した。
苦みがわずかに舌へ残ったが、特に変わったところはなかった。侍医の指示に従って横になると、リベカが再び手を握ってくれた。
「今度こそ、治るといいな」
「はい。きっと、お元気になられます」
ウィリアムは彼女に微笑み、静かに目を閉じた。
そのとき、リベカがふと扉の方へ目を向けた。
廊下の柱の陰に、アルベルトが立っていた。いつからそこにいたのかは分からない。彼は室内へ入ることなく、リベカを見つめていた。
二人の視線が重なると、アルベルトはわずかに口角を上げ、そっと目を伏せた。そして再び顔を上げると、リベカに向かって小さく手を振り、そのまま廊下の奥へと歩き去っていった。
リベカはなんだろうとは思ったが、そのままウィリアムへ視線を戻した。
ウィリアムは目を閉じたまま、彼女の手を握っていた。
しかし、数日が経っても、期待していたほどの回復は見られなかった。
ウィリアムにもわずかな改善は見られ、灰色の斑点が薄くなった箇所もあった。以前より身体が軽く感じられる日も増え、治療薬が効いていることは確かなようだった。
だが、その回復はあまりにも緩やかだった。熱が下がっても数日後には再び発熱し、薄くなった斑点も完全には消えない。ほかの患者が次々と日常生活へ戻っていくなか、ウィリアムは依然として寝台を離れられずにいた。
「薬が効いていないということか」
診察を終えた侍医に尋ねると、彼は慎重に答えた。
「現時点では、十分な効果が確認できておりません。ただ、患者によって回復までの時間には差がございます。もう少し経過を見守る必要があるかと存じます」
「そうか」
ウィリアムは頷いた。
病の進行には個人差がある。自分の症状がほかの患者より重いのであれば、回復に時間がかかることもあるのだろう。
「必要なことがあれば、何でも言ってくれ。私にできることは少ないが、治療には協力する」
「ありがとうございます、殿下」
侍医は礼を述べ、記録をまとめ始めた。
リベカもまた、ウィリアムの回復が進まないことを気にかけていた。
「お薬が効かないなんて……」
「まだ効かないと決まったわけではないよ」
ウィリアムがそう言うと、リベカは申し訳なさそうに俯いた。
「そうですね。私が弱気になってはいけませんね」
「君は十分に尽くしてくれている。そんな顔をしないでほしい」
ウィリアムは彼女の手を取り、指先を軽く握った。
「君がそばにいてくれるだけで、私はずいぶん救われているんだ」
リベカは顔を上げ、静かに微笑んだ。
「では、今日も回復魔法を使わせてください」
「ああ。頼むよ」
彼女が両手をかざすと、温かな光がウィリアムの身体を包んだ。胸の奥に残っていた息苦しさが和らぎ、重く感じていた手足にも少しずつ力が戻ってくる。
回復魔法を受けた後は、こうして身体が楽になる。ウィリアムはゆっくりと息を吐き、リベカに礼を述べた。
「ありがとう。これなら、今夜はよく眠れそうだ」
「……よかったです」
リベカは寝台のそばに腰を下ろし、彼の手を握ったまま微笑んでいた。
その後も、治療薬の投与は続けられた。
侍医たちは各地の治療記録を取り寄せ、ウィリアムの症状と比較した。治療薬の効果には個人差があり、高齢者や病状が進行しすぎた患者の中には、十分な回復が得られない者もいた。
しかし、王太子の回復が思うように進まないことに、侍医たちは焦りを募らせていた。投与量や間隔を何度も確認し、研究者たちにも意見を求めたが、明確な原因は見つからない。わずかな改善が見られる以上、薬が効いていないとも言い切れず、最終的には個人差によるものと判断するほかなかった。
「私の身体が、よほど頑固なのだろうな」
ある日の診察で、ウィリアムは冗談めかして言った。
侍医は笑わず、深く頭を下げた。
「申し訳ございません。私どもの力が及ばず……」
「謝ることはない。君たちが努力してくれていることは分かっている」
ウィリアムは寝台の上で姿勢を直した。
「フランシスカたちが完成させた薬なのだろう。各地で多くの人々が救われていると聞いている。それだけでも、十分に喜ばしいことだ」
「はい。研究者たちも、殿下の治療について引き続き検討しております」
「彼女にも、礼を伝えておいてほしい。婚約を解消した後も、王国のために力を尽くしてくれているのだから」
「承知いたしました」
ウィリアムは頷いたが、侍医が退出すると、しばらく窓の外を眺めていた。
治療薬が完成すれば、自分も回復できると思っていた。公務に戻り、リベカとともに王国のために働く。そんな日々を、当然のように想像していた。
しかし、現実には寝台から離れることさえ難しい。
ウィリアムは膝の上に置いた手を見つめた。指先にはまだ力が残っているものの、以前のように長く書類を持つことはできなかった。少し身体を起こしているだけでも疲労が蓄積し、午後には再び横にならなければならない。
やがて、アルベルトが見舞いに訪れた。
「兄上、お加減はいかがですか」
「相変わらずだよ。君には迷惑をかけているな」
「お気になさらないでください。公務については、父上とも相談しながら進めております」
アルベルトは寝台のそばに立ち、王宮での近況を簡単に報告した。
各地の瘴気被害は聖水の普及によって減少し、灰蝕病の患者も治療薬によって回復している。王国の状況は、以前と比べて大きく改善していた。
「そうか。それは何よりだ」
ウィリアムは安心したように頷いた。
「君も、ずいぶん仕事が増えただろう」
「ええ。ですが、以前より私の判断に任せていただけることも増えました。父上も、私の意見を聞き入れてくださっています」
「そうか。頼もしくなったな」
「兄上に教えていただいたおかげです」
アルベルトは穏やかに微笑んだ。
「私が戻れば、少しは負担を減らせるのだが」
「今は治療に専念してください。兄上が無理をなさる必要はありません」
アルベルトの言葉に、ウィリアムは苦笑した。
「皆、同じことを言う」
「それだけ、兄上の回復を願っているということです。それに、聖女殿の献身には頭が下がります。ご自身の務めもお忙しいでしょうに、これほど長く兄上に寄り添ってくださるとは」
「ああ。リベカには本当に助けられているよ」
「兄上は、良い方をお選びになりましたね」
アルベルトはそう言って、静かに目を細めた。
ウィリアムは弟の顔を見た。以前は自分の後ろで政務を学んでいたアルベルトが、今では国王を補佐し、多くの案件を処理している。その成長を喜ばしく思う一方で、王太子としての責任を十分に果たせていないことが、胸に残った。
「アルベルト」
「はい」
「もし私の療養が長引くようなら、今後のことも考えなければならないだろう」
アルベルトはすぐには答えなかった。
「……今は、そのようなお話をなさる必要はありません」
「そうかもしれない。だが、王国の政務をいつまでも不安定なままにはできない」
「父上も、その点についてはお考えです」
アルベルトは落ち着いた声で答えた。
「もっとも、兄上がお休みの間も政務が滞らぬよう、私なりに体制を整えております。どうぞ、ご安心ください」
「ならば、私から言うことはないな」
ウィリアムは小さく息を吐いた。
「君がいてくれて助かった。ありがとう」
「兄上のお役に立てるのであれば、何よりです」
アルベルトは丁寧に頭を下げた。その表情には、いつもと変わらない穏やかな微笑みが浮かんでいた。
やがて退室する際、アルベルトは一度だけ振り返り、寝台に横たわる兄を見た。その視線は穏やかだったが、どこか満足げにも見えた。
しかし、ウィリアムはそれに気づかなかった。
それからもウィリアムの療養は続いたが、政務に復帰できるほどの回復には至らなかった。
治療薬によって症状はある程度抑えられていたものの、体調には波があった。調子の良い日には侍従に支えられて椅子へ移ることもできたが、熱や倦怠感が強い日は寝台から起き上がることさえ難しかった。
リベカは聖女としての務めの合間を縫って王宮へ通い、献身的に回復魔法を施していた。疲れた様子を見せることもあったが、ウィリアムが気遣うたびに微笑んで首を振り、彼のそばに寄り添い続けた。
リベカが王宮を離れている間に容態が悪化すると、侍医たちは薬で痛みや熱を和らげながら、彼女が戻るのを待つしかなかった。
「リベカは、まだ戻られないのか」
ある日の夕刻、侍従に尋ねると、彼は申し訳なさそうに答えた。
「本日は神殿での務めを終えられてから、お戻りになる予定です」
「そうか。急がせる必要はないと伝えてくれ」
「承知いたしました」
そう答えたものの、ウィリアムはその後も何度か時計へ目を向けた。
その日は、胸の奥に重い痛みがあり、息を吸うたびに身体が軋むようだった。侍医が用意した治療薬を飲むと、しばらくして痛みが和らぎ、呼吸も少し楽になった。それでも身体の重さは残り、ウィリアムは寝台に横たわったまま、リベカの帰りを待っていた。
リベカが戻ったのは、夜も更けた頃だった。
「殿下」
扉を開けた彼女の声を聞き、ウィリアムは顔を上げた。
「お帰り、リベカ」
「遅くなってしまい、申し訳ありません」
「いや、君の務めがあるのだから」
リベカは寝台へ近づき、彼の顔を覗き込んだ。
「まだ、お苦しそうですね」
「薬のおかげで少し楽になったよ。ただ、まだ身体が重くてね」
「では、私にもお手伝いさせてください」
リベカが手をかざすと、淡い光がウィリアムの身体を包んだ。残っていた胸の痛みと倦怠感がゆっくりと和らぎ、ウィリアムは深く息を吸って、ようやく身体の力を抜いた。
「ありがとう。君が戻ってきてくれて、よかった」
「いつでも、おそばにおります」
リベカは彼の額に触れ、汗を拭った。
以前は、リベカに少しでも休んでほしいと願っていた。しかし、今では彼女がそばを離れることに、不安を覚えるようになっていた。回復魔法が必要だからというだけではない。夜中に息苦しさで目を覚ましたとき、彼女の姿が見えるだけで安心できた。
リベカはその願いを拒むことなく、できる限り彼のそばで過ごした。
王宮では、ウィリアムの病状について改めて協議が行われていた。
各地で灰蝕病の被害が収束しつつある一方、王太子だけが回復の兆しを見せていない。治療薬の研究者たちも原因を調べ続けていたが、ウィリアムが公務へ復帰できる見通しは立たず、アルベルトが担う職務はさらに増えていた。
やがて、王家はウィリアムの療養を長期的なものとして扱い、政務の体制を改めることになった。
その知らせを受けたとき、ウィリアムはしばらく黙っていた。
「殿下……」
そばにいたリベカが声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。
「仕方のないことだよ。王国を、私一人の事情で止めるわけにはいかない」
「ですが、殿下はこれまで、誰よりも王国のために尽くしてこられました」
「だからこそ、今できる判断をしなければならない」
ウィリアムはリベカの手を取った。
「私が王太子であることにこだわって、皆に負担をかけ続けるわけにはいかないんだ」
リベカは何か言いかけたが、結局、静かに頷いた。
その後、ウィリアムは王太子としての立場を退くことになった。
正式な手続きが進められ、王位継承者としての役割はアルベルトが引き継ぐことになった。ウィリアムは王族としての身分を保ちながら、療養に専念することを認められた。
アルベルトは兄のもとを訪れ、これまでの労をねぎらった。
「兄上、今後のことは私にお任せください」
「頼むよ。君なら、きっと務めを果たしてくれるだろう」
「ありがとうございます。兄上の療養についても、不自由のないよう手配いたします」
ウィリアムは弟の言葉に感謝した。王太子としての責任から離れることになったのは残念だったが、今の自分にできることは限られている。アルベルトが政務を担ってくれるのであれば、王国の将来について過度に心配する必要もないだろう。
「ありがとう、アルベルト。リベカにも、ずいぶん助けられている」
「存じております。聖女殿の献身には、私も頭が下がります」
アルベルトは穏やかに答え、リベカへ目を向けた。
「兄上のお身体のことを、誰よりもよく理解しておられるのでしょう」
「私にできることをしているだけです」
「ご謙遜を。兄上がこうして穏やかに過ごせるのも、聖女殿のお力があってこそです」
アルベルトは微笑みながら言葉を続けた。
「私も、聖女殿の願いが末永く叶うよう、お力添えしたいと思っております。余計な心配をせず、兄上のおそばにいられるように」
「……お気遣い、感謝いたします」
「礼には及びません。私にも、守りたいものがありますから」
リベカが顔を上げると、アルベルトは何事もなかったようにウィリアムへ向き直った。
「兄上、どうか安心してお休みください」
「ああ。頼りにしているよ」
アルベルトは丁寧に一礼し、部屋を後にした。
リベカは閉じられた扉をしばらく見つめていた。ただ、最後に向けられた微笑みが、いつまでも頭から離れなかった。
その後のウィリアムは、療養は続い治療薬によってある程度の回復は得られたものの、それ以上の改善は見込めず、体調の良い日と悪い日を繰り返していた。
食事や会話を楽しめる日もあれば、痛みや息苦しさで寝台から起き上がれない日もある。そんなときは、リベカの回復魔法が頼りだった。
ある夜、回復魔法を受けたウィリアムは、寝台のそばに座るリベカに声をかけた。
「君は、疲れないのかい」
「大丈夫です。殿下こそ、少しお休みになってください」
「君には、ずっと同じことをしてもらっているね」
「私が望んでしていることです」
「そうか……」
ウィリアムは彼女の手を握ったまま、しばらく天井を見つめていた。
「私は、いつまでこうしているのだろう」
「殿下……」
「今日はこうして君と話せる。けれど、明日は起き上がることもできないかもしれない。少し良くなったと思えば、また元に戻ってしまう」
リベカは彼の手を握り返した。
「お辛いときは、私が楽にいたします」
「ありがとう。君には本当に感謝しているよ」
ウィリアムは小さく笑った。
「治療薬が完成したと聞いたときは、すぐにでも元の生活へ戻れると思っていた。君と庭園を歩く約束も、まだ果たせていないね」
「お身体の調子が良い日に、少しずつ歩いてみましょう」
「そうだね。いつか、そうできるといいな」
ウィリアムは頷いたが、彼女の手を握る力は弱かった。
「君がいてくれるから、こうして過ごせている。それなのに、私は何も返せていない」
「何もいりません。私は殿下のおそばにいられるだけで幸せです」
リベカは彼の手を両手で包んだ。
ウィリアムは礼を言い、目を閉じた。しかし、その夜はなかなか眠ることができなかった。
それからも、体調の良い日と悪い日は繰り返された。昨日できたことが今日はできず、明日になればまた少し楽になる。そのたびに期待しては落胆する日々に、ウィリアムは少しずつ疲弊していった。
王太子としての務めを果たすことも、リベカと庭園を歩く約束を果たすこともできない。それでも彼女は変わらずそばにいて、苦しいときには何度でも回復魔法を施してくれた。
ある日、ウィリアムはリベカに支えられながら、寝台の上で身体を起こした。
「少し、お水をお持ちしましょうか」
「いや……いい」
ウィリアムは首を振った。
その日は朝から胸の痛みが強く、呼吸を整えるだけでも時間がかかった。リベカは彼の背を支え、苦しくない姿勢になるよう枕を直した。
「また、回復魔法を使いますね」
彼女が手をかざそうとすると、ウィリアムはその手を弱々しく押さえた。
「リベカ」
「はい」
「もう、いい」
リベカは動きを止めた。
「殿下、まだお苦しいのでしょう?」
「ああ。だが、もう十分だよ」
「何をおっしゃるのですか。私が楽にいたしますから」
「そうすれば、また明日は元気になれるかもしれないね」
ウィリアムは彼女を見つめた。
「でも、その次の日には、また君の力が必要になる。私はずっと、それを繰り返している」
「何度でも治療いたします。私は少しも苦ではありません」
「分かっている。君には、ずいぶん助けてもらった」
ウィリアムはリベカの手を握った。
「だけど、もう疲れてしまったんだ」
「殿下……?」
彼女の声が、わずかに震えた。
ウィリアムは息を整え、もう一度彼女の顔を見た。リベカの手を握る指に、残された力を込めた。




