勇者、もう商売になってます。
「カイルさーん。また明日ね~」
軽いあいさつの後、走り去るアルトの後姿を見送り、カイルは軽く肩を回した。
早朝の訓練を終えて訓練場から足早に詰め所に向かう。詰め所があるのは王宮の外壁沿いだ。
手にした木剣の重みが、さっきアルトに絡め取られた時の妙な感触を思い出させる。
「…変な子だよな」小さく独り言をつぶやく。確か、アルトの年齢は16歳だと言っていた。
…少年と青年の狭間。まだ若いが子供でもない。
カイルは自分の年齢より10歳年下のアルトの、その無邪気さと、妙に商売慣れしたしたたかさのアンバランスさを思い出していた。
「聖剣の勇者」正直、彼には重すぎる役割だろう。その無邪気さを曇らせないように見守るのが、大人の役割かもしれない。ふと感じた親父臭い想いに苦笑が漏れる。
…気が付くと自分はいつの間にか「大人」になっていたらしいな。まだ若いつもりなのに。
跳ね橋のかかる通用門を出て、詰め所へ向かう道を進む。
朝の陽光を浴びた聖都は、今日も活気に満ちていた。石畳を叩く馬車の音、パンを焼く香ばしい匂い、そして何より――。
「……たく、商魂たくましいもんだね」
広場の方からは、威勢のいい呼び声が聞こえてくる。
「さあさあ! 伝説の再来、勇者様が抜いた『聖剣リーングリン』にあやかった特製チュロスだよ! 食べれば君も勇者級の腕力間違いなし!」
「魔王饅頭だ!噛み砕いて飲み込めば、君も勇者だぞ!」
「勇者様を讃える『聖剣降臨賛歌』、第二章の演奏会はこちら!」
「さぁ。君も勇者様にちなんで、この剣を掲げて記念撮影はいかがですかー!今なら『聖剣リーングリン』のキラキラエフェクトを光の魔導士オロボスが完全再現しますよ!」
幼い子供が「魔王饅頭買って〜」と母親にねだる。母親は渋々、饅頭を買って子供に与えた。
「いい?勇者様が現れたからって、日が暮れたらお家に帰らないと、お前も、その饅頭みたいに魔王の軍勢に食べられるよ!」と言い聞かせてる。
「おお!坊主。勇者様はうちのチュロス食べて聖剣抜いたんだぞ。どうだ。これも食べれば勇気がわくぞ!」
まだ勇者が誕生したばかりだってのに、もう街の中は勇者ビジネスが横行している。
商魂たくましい。あのアルト君なら、これを見て呆れるかと思いきや、「勇者御用達毛織物」と札を掲げて、隣に露店を出しかねない。
…開かないよな?実際にありえそうな想像を振り払い、第一詰め所の重厚な石造りの門をくぐった。
中に入れば、そこはいつもの「下級貴族の次男三男詰め合わせ」だ。
「あ、カイル隊長お疲れさまー。勇者様の稽古はどうでしたー?」
声をかけてきたのは、実家が地方の弱小貴族だっていう部下のパトリックだ。
革鎧を適当に壁にかけ、テーブルにだらしなく肘をついてカードゲームをしながら聞いてきた。
「そうっす。隊長――。勇者様ってどんな感じなんすか?噂だと田舎の小倅って」
「子倅って、俺たちもだろう。しかも、田舎者も勢ぞろいだ!」
「違いねーよな。しかもこちとら食い詰め三男さまだ!」
男たちのドッと笑い声が響く。
室内は汗の匂いと革鎧に染み込んだ脂の匂い、そこに程よく砂埃の様な匂いが混ざっている。いかにも男所帯といった匂いだ。
そこに、誰かが持ち込んだ聖剣チュロスの甘い香りが混ざっている。なかなか、とんでもない匂いだ。
「稽古ね。なかなかどうして…アルト君だけど、面白い剣を使う」
「面白い?北方の剣技ですか?」
「剣技ではないな…アレは…。そうだ、おい、数人連れて広場に行ってくれ」
「巡礼者や見物人が前に比べて格段に多い。少し混乱が見えるからな」
「分かってますよ。でも隊長、街の連中はみんな浮かれてますからね」
「仕方ないだろ。俺だって子供の頃は、日が暮れると魔王の軍勢が来ると親に脅された。怖くて眠れない夜には、勇者様、助けてくださいって布団の中で祈ったよ」
その勇者が目の前に現れたんだ。人々が熱狂するのも無理がない。
「魔王の軍勢が来るぞ。女神の怒りを買えば魔物になるぞ。聖都の子供は、みんなそれで親からいい子にしろと躾けられるんですよね」
パトリックが勢いよく立ち上がりながら窓の外を覗き込んだ。
そこには、勇者誕生を祝う、平和そのものの王都の景色が広がっていた。
手早く革鎧を身に着け、広場へ向かう部下に声をかける。
「……まぁ、そうだな。俺たち次男三男坊の仕事は、国民の平和な暮らしを守ることだからな」
着替えたら、軍務大臣閣下への報告書を書かないとな〜。お姉……いや、閣下を待たせると、アタクシの自慢の筋肉で可愛がってあげるわよ、なんて言われかねない。
窓の外にそびえる聖剣教会の尖塔が見える。中にはきっと冷徹な王女様が今日も、勇者へ聖剣の祈りをささげているだろう。
…こよなく山羊と織物を愛する素人勇者様への祈りを…
まぁ、いい。俺は自分の務めを果たすだけだ。それでも…
「……とりあえず、しばらくは退屈とは無縁になりそうだな」
カイルは一人ごちて、賑やかな街の音を聞きながら、次の任務への準備を始めた。




