勇者、剣の使い方が違います。
まだ霧が立ち込める早朝の訓練場。
王宮勤めの者たちが登庁する前の静かな時間、木剣がぶつかり合う鈍い音が響いていた。
「違うって、アルト君! 剣はヤギを追い込む棒じゃないんだから、そんなに上下に振り回さないで」
「今度は腰を落として、腰で薙ぎ払うように剣を動かしてみて」
カイルが木剣を片手に、軽い足取りでアルトの周囲を回る。
対する俺は、訓練用の木剣を両手で必死に構えていた。だが、その姿勢はどこからどう見ても――
「ヤギを囲いに追い込みたい農夫」だった…。
「いや、カイルさん。剣って重すぎません? 鞭なら手首の返し一つで、狙った耳元を叩けるのに、こいつは言うこと聞かないっていうか、重すぎて…引っ張られて振り回される!」
俺は額から流れる汗が目に入り視界もぼやける。濁る視界で恨めしそうに木剣を見つめた。
「そりゃそうだよ。普段君の使ってるのは『投げ縄』や『鞭』だろ? あれは遠心力とスナップの武器。でも剣は、自分の腕の延長線にある武器。重心も延長線上にある。感覚が真逆なんだ」
「それに、その木剣は聖剣の重さに合わせて中心に金が仕込んである特注品だよ」
「え!!金?金製品?いったい、いくらなんだぁー!」
と、俺は空に向かって叫んだ。いくら勇者の訓練でもお金かけ過ぎです。
道理で、木剣にしては彫り込まれた装飾が細かいし、柄には滑り止めの革が巻かれ、柄頭には細かな螺鈿細工まで施されている。どこの工芸品だよ!こんなの練習に使うとか、集中できるか―!
「それだけ、勇者様には期待してるってことだよ。アルト君。それに、重さに慣れておかないと、実戦では戦えないからね」
カイルはくるりと木剣を回すと、流れるような作法で構え直した。さすが、聖都でも有名な剣の使い手。だとキャリング大臣が言ってた。
「カイルさんの動き、綺麗ですよね~」
「…僕みたいな下級貴族の三男はね、剣技か学問を身につけないと食べていけないんだよ」
「そうだ」カイルは何か思いついたのか、こっちを見ながら言った。
「……試しに、その得意の鞭の感覚で振ってみてよ。何かに狙いを定めて絡め捕るつもりで」
「絡め捕る感じ……。あ、じゃあ。野生の鹿の首に鞭を入れるつもりで――ほいっ!」
俺は気合を入れて掛け声とともに木剣を突き出した。
その動きはカイルの剣技とは程遠く、木剣は空中に輪を描くような奇妙な軌道をたどった。
だが、その瞬間。俺は手首を返し、木剣の先でカイルの剣を外側からなぞるように巻き込んだ。
二本の木剣が擦れ合い、そのまま鍔元近くで噛み合う。
「おっと……!? うわ、なんだっ!剣を巻き込まれた!」
「あ、捕まえた。これで逃げられませんよ!」
俺はそのまま体重を乗せてグイと引くと、カイルの姿勢がガクンと崩れる。
騎士の剣術にはない、牧畜遊牧民特有の「動く獲物を捕らえる」体の使い方。
鞭や投げ縄でこれができないと、逃げたヤギも捕まえられないからね。
「……驚いたな。アルト君、君の剣、全然『剣術』じゃないけど、嫌な動きをする。絡みついて離さない、獲物を逃がさない、狩人の動きだね」
カイルは苦笑いしながら姿勢を戻すと、感心したように頷いた。
「正攻法じゃないけど、その『絡め取る』動きを磨けば、敵は面食らうよ。まぁ、騎士団の試験なら一発で不合格だけどさ!」
「いいんですよ、それで隙ができたら、一目散で逃げる!」
「……逃げるんかーい」
「遊牧民は、生きて帰って家畜守ってなんぼですから」
カイルは半ば呆れたような苦笑いを浮かべた。
「ほほほ。それでもいいのよ。勇者は光の象徴よ。それが最前線で敵と剣を交える事態なんて、終わりだもの。そうならないように、アタクシ達が守る。それが軍人の役割よ」
「キャリング閣下!」
「キャリン‥‥じゃない、キャサリン大臣!」
カイルさんと俺は、急な軍務大臣の登場に驚いた。
キャリング大臣は、相変わらずの岩のような筋肉を軍服に押し込んで、軽くその丸太のような腕を回しながら言った。
「ところで、勇者様。アタクシもお相手して欲しいわ。ダメかしら?」
「無理!」
俺は急いでカイルの背中に隠れた。困り顔のカイルと、フフフと笑い続けるキャリング。
こうして、俺の訓練初日は過ぎていった …。




