ガレリア団長の長い夜。
「……ふむ。悪くない。むしろ、こっちの方が落ち着くというものだ」
ガレリア団長は、部屋に運び込まれた簡素ながらも頑丈な木製デスクの質感を確かめ、ようやく一息ついた。
貴族用の豪華な客室であれば、一挙手一投足に外交的配慮が必要だが、ここは王宮勤務の文官達が住まう一角。王宮内にあるとはいえ、質素で実務重視の作りだ。
王宮の賓客用客室を用意するというマルクス大臣の申し入れを丁寧に断り、されど、気を遣うから市井の宿屋でいいと言い張るアルトとの妥協点がここである。
「団長!見てください、この眺め! 下の広場、王宮に納品に来る業者の馬車が丸見えですよ!」
一方、アルトは窓枠に身を乗り出し、目を輝かせていた。
部屋は、機能性を重視した質素な造りだ。壁には聖王国の詳細な版図が貼られ、棚にはインク瓶と予備の羊皮紙が詰まっている。唯一の贅沢といえば、石造りの壁に埋め込まれた小さな暖炉くらいのものだ。
「いいか、アルト。我々はルリアス共和国の代表としてここにいる。その事はいかなる時も忘れないように」
「うぇ~」情けない声を出すアルトの頭に手を置き、そのまま締め上げる。
「い、痛い。やめて団長!すみません。すみません。俺が悪いんですぅ」
「よろしい。わかればいい」
「しかし、困ったことになったものだ。まさか、お前が剣を抜くとは…」
「本当ですよね!俺だって、まさか。ちょっと握っただけなのに~」
アルトは自身の左手を握っては開きを繰り返し言った。
そのしぐさを見ながらガレリアは懐から胃薬を取り出し口に入れた。
ふと、今日何度目の胃薬か気になったが…。考えるのをやめた。
「今後の事は、その都度に考えよう。決めたからには、この国での居場所を作らねばならん。私もお前もな」
「でもでも。魔王の復活が……」
「こら、滅多なことは言うな。そういう決まりだろうが!」
もう一度、アルトの頭を締め上げようとしたら、今度はするりと抜けられた。
そのまま、聖剣が置いてある机に向かって行き、指先で聖鞘の宝石を軽く突いた。
「まだ寝てるのかな?でも、仕方ないか。150年も独りであそこに刺さってたんだから、そりゃあ、疲れただろうし……」
「アルト、お前も明日から剣の稽古があるのだろう?早く休め」
「はぁ〜い」そう返事をしたアルトは、そのまま続き部屋になっている自室へと引き上げていった。
「さて。もう少し仕事を続けるか」
ガレリアは机に向かい、その日、大臣達と詰めた内容を精査する。
―少しでもルリアスに有利な条件を引き出す。
相手の立場を理解し、それでも、自国を最優先する。それが外交だ。
それに、きっとアルトは、すぐにまた揉め事を招くだろう。
それまでに、できる限りのことをしておかなければならない。
その日、部屋の明かりは夜遅くまで消えなかった。




