聖剣、抜いたら魔王も復活?
重厚なマホガニーの扉が閉ざされた。
そこは王宮の中でも、国王の私的な区画にある一室だった。部屋には、ごく限られた者だけが残されている。
先ほどまでの謁見の間の喧騒が嘘のように、部屋には冷徹な緊張感が漂っている。
「……さて。ガレリア団長。そして、勇者アルトよ」
玉座よりも低い椅子に腰掛けたカーディナル3世が、威厳に満ちた声で切り出した。
その隣には、氷の彫像のように佇むシェラザード。彼女がいるだけで、そう広くもない室内は気温が3度は下がってそうだ。
「ここからは公式な場ではない。だが、この国……いや、人類の存亡に関わる話をせねばならぬ。ここから先の話は、一切他言は無用に願う。…良いな」
「え〜。俺は、聞かない方がいいですよね?」
「いいから黙って聞け!」
ガレリアのげんこつが頭に飛んでくる。
酷い。パワハラ上司だ!訴えてやる! え?どこに?うーん。どこだろう?
「だって、聞いても俺、何もできないよ?だったら聖剣はここに置いて…」
「黙れ。一秒でいいから黙れアルト」
ガレリア団長が、もはや呼吸をするように自然な動作で俺の口を塞いだ。
その手の下、まだ、モガモガいう俺を、般若の顔でにらんでくる。怖い…
「シェラザードよ。やはり、聖剣が抜けたということは、例の『伝承』が現実のものとなるという事だな」
「…はい。陛下」
彼女は静かに目線を外務大臣マルクスへと向けた。
王の傍らに控えていたマルクス大臣が、眼鏡の奥の鋭い目を光らせながら書類を広げる。
「聖剣リーングリンは、魔力の共鳴体と言われています。聖剣が抜けた以上、伝承が正しければ、魔王の封印に異変が起きている可能性があります。我々外務部も、今、急いで各地点の魔素濃度を確認させています」
「もし、濃度の上昇が確認されたら、これはもはや、外交努力でも、どうにもできない問題となります」
「え!? 魔王!? 魔王なんているんですか?どこに復活するんですか!?」
俺は慌てて聞いた。魔王復活って???勘弁して〜。逃げたい!!
「シェラザード。勇者殿に教会に残る伝承を話すがよい」
「‥はい。陛下」シェラザードはアルトへ向き直ると静かに語った。
「この世界のどこかには、いまだ密かに魔物たちが住む地があると伝えられています。彼らは時が満ちれば魔王を呼び戻し、再び人の世を滅ぼそうとする」
「そう教会には伝わっております。そして百五十年前、その伝承は現実となりました。復活した魔王と魔物の軍勢が大陸を覆い、町は焼かれ、人々は家を失い、この聖都へ逃れてきたと伝えられています」
「そして、聖剣に選ばれた勇者が現れました。勇者は魔王を討つために旅立ち、その軍勢を退けたのです」
そこで、シェラザードはわずかに言葉を切った。
「ですが、勇者は戻りませんでした。戻ってきたのは、聖剣と聖鞘だけ。そして、聖剣が再び抜ける時、魔王もまた蘇る――そう教会には伝えられています」
「魔物がどこに住むのかは、分かりません。ただ、その時が来たのだと……私たちは考えています」
氷の王女様は、まるで疑う余地などないかのように静かに言った。
「あら、嫌だわ。魔王だなんて、お肌に悪い話ねぇ」
突如、部屋の空気を震わせる野太い、しかし妙に艶っぽい声が響いた。
そこに座っていたのは、岩のような筋肉を軍服に詰め込んだ大男、軍務大臣キャリングである。彼は自身の太い指にはめられた指輪をいじりながら、溜息をついた。
「魔王が復活するってことは、アタクシたちの可愛い部下が戦場に駆り出されるってことじゃない。状況把握もできない馬鹿貴族が考えるみたいにはいかないわ」
「…キャリング殿。言い過ぎですぞ、お控えください」
すかさず、マルクスの牽制が入る。
「あらん。ごめんあそばせ。あなたと違ってアタクシ素直な性格ですから」
「それに、人材は貴重な資産よ。この国のね。無駄に消費はさせられないのよ。装備だって、魔王軍の討伐にどれだけの物資が必要か…」
「ねぇ、勇者様!アタクシはキャリングよ。軍務大臣をしてるの。でも、可愛くないからキャサリンと呼んでね」
筋肉の塊のような御姉さま??がこちらに向かいウインクを決めてくる。
え?なに?この人??男だよね??
「は、はい! 勇者……というか、装備の補充とおっしゃいましたか、軍務大臣閣下!?それでしたら、ルリアス製の毛織物で作られたコートは耐久性と保温性は抜群です、それに…」
「魔王との戦いは長期戦になりますよね? 遠征ですよね? 野営ですよね!? 山岳ヤギ毛織物は、泥汚れに強く、さらに害虫除けの香料を練り込む加工も可能です! 今、まとめてのご購入なら、特別価格でご用意できます。ねぇ団長!」
ガレリアは額に手を当てて呆れたように言った。
「アルト、そこまでにしろ。この話は後で私が両大臣と詰める。…それでよろしいですか?」
「ええ。軍備の話は後ほど詰めましょう」
「…そうですな。他にも確認事項がありますから」
「……シェラザード」
王が静かに娘を呼ぶ。シェラザードは無表情のまま、俺を一瞥した。
「聖剣について、アルト殿に話すがよい」
「…はい。陛下…」
その瞳は俺を通り越し、腰に差した聖剣だけを見ているようだった。まるで、その奥にある何かを見抜こうとしているみたいに。
「…アルト様。聖剣は勇者を選ぶだけではありません。その存在が人類への祝福となります」
「祝福って?あのキラキラエフェクト?」
「………はい。そのキラキラエフェクトにございます」
「その光は正しき導きの光。魔に落ちた獣を正しき場所へと戻す導きの祝福なのです」
俺は自分の腰に差した聖剣リーングリンを見る。相変わらず大人しい。寝てるのかな?あのキラキラにそんな効果あったの?本当に?
「おい。寝てないで起きてみろ」
一瞬ぷるっと揺れた気がした。だが、しーん。
「…勇者様。もう少し聖剣を敬ってください」
…はい。すみません。
「勇者アルト。これから魔王の復活と共に国も荒れるだろう。その剣の光こそ希望の光なのだ。頼む」
国王陛下は、その場で俺に向かって頭を下げた。
ええ。ちょっと、国のトップが頭下げて頼んでくるとか、一般人には無理です。誰かー。変わってー!
「わわわー。王様やめてください!」慌てて立ち上がる俺を団長は手で制した。
「座れアルト。陛下のお気持ちは理解できますが、何分われらはこの国の民ではありません。この国の為に命を懸ける事は出来かねるのです」
「ガレリア殿。お言葉ですが、これは我が国だけの問題ではございません。この大陸。いえ。世界全ての問題ですぞ」
マルクス大臣が団長に詰めよる。しかし…。
「おっしゃる通りだわ。確かにこの国の民でもない子に『勇者だから戦え』は無いわね。いいわ。私が命に代えても守って見せるわ。だからね。少しその剣の力を貸してちょうだい」
「それじゃあダメかしら?ガレリア殿?」
今度はキャリング軍務大臣が団長に上目遣いでそう聞いた。
団長?顔色が良くありませんか?胃薬を飲んだほうが良くない?
「……はい。必ずアルトの安全が保証されるのでしたら…」
「そこは国としても全力を尽くすと約束しよう」
威厳たっぷりに国王陛下が答えた。
「それじゃあ。まずは、訓練ね。勇者様。剣は使えて?」
「はぁ?剣って。剣ですよね。無理無理。遊牧民ですよ?」
「では、決まりね。剣の訓練をしましょう。アタクシが毎日、手取り足取り教えてあげるわ」
軍務大臣がウインクを飛ばすと、俺はブンブンと首を横に振った。
「えー。剣だなんて、それにキャサリン様が?」
「あらん。嬉しいわ、早速、キャサリンって呼んでくれるのね」
「わかりました。剣なら、剣ならカイルさんにお願いします。いいですよねーー!」
「カイル?ああ。衛士隊長ね。確かにあの子、剣の腕だけなら聖都随一だけど…」
「そそ。それでお願いします!」
「はぁ。仕方ないわね。勇者様がそう望むなら。アタクシからカイルに言っておくわ」
キャリング大臣はつまらなさそうに、そう言いながらガレリアを見た。
「保護者殿もそれでよろしくね?」
「…アルト、いいのだな?」
「……はい。それなら…」
俺は、なんとかキャリング大臣から手取り足取り教えてもらう道だけは避けれた。
「あ。でも、その代わりに、お願いがあります!」
「勇者殿、願いとは?」
マルクス大臣がすかさず聞いてきた。
「あの。謁見の広間の絨毯、ロシュ織ですよね!あれを間近で見たいです!できたら、その、手触りなんかも確認したくて…」
あれ?なんか周囲の視線が痛い。なんでその眼つきなんですか?団長まで…
フフフフ…ハハハ…。突然、王様が大きな声で笑いだした。
「許可を与えよう。勇者アルト。好きなだけ堪能するがよい!」
「アタクシ。あなたのその性格好きよ。それに、そういう子が戦場では強い。それは確かよ」
「では、後の議題に関しては、われらの方で詰める事に致しましょうか、ガレリア殿」
「……はい。アルトの事を何卒よろしくお願いいたします」
……こうして、気が付けば俺は、
魔王復活対策とかいう、とんでもない話に巻き込まれていたのだった。




