王女様。ルリアス、最初の夜。
「では。ゆっくりと休んでください」
オルグの案内でシェラザードと護衛の教会騎士2名は客人用の住居へと案内された。
今回シェラザードに付き従う教会騎士のうち、二名は女性騎士だった。
普段から教会でシェラザードの身辺を守り、王宮では侍女に近い役割も担う者たちだ。
赤を中心に彩りよく配置されたタペストリーや毛足の長い豪華な絨毯。
その奥には、遊牧民が好んで使う簡易的な寝台が用意されていた。
寝台の上には真っ白なふわふわの毛織物が敷かれ、その上に美しい織り模様の掛け布団が置いてある。
軽くて厚みのあるそれは、若い雌ヤギの柔らかな冬毛を集め、目の詰まった布に詰めた掛け布団だった。
ルリアスでは、寒い夜に客へ出す上等な寝具なのだ。
ルリアス側からも、シェラザードの身の回りを手伝う女性が二名ついた。
その女性たちが、シェラザードの夜着を用意して、着替えを手伝った。
「姫様、火を消した室内は寒くなりますから、お召し物もルリアス式にいたしましょう」
そう言いながら、テキパキと着替えさせて、シェラザードを寝台に寝かせた。
「では、また明日の朝に参ります」
女性たちは、入口の内側に天井から吊るされた厚地の帳を下ろした。
外の冷気が寝床へ流れ込まないようにするためのものだ。
同じ室内に騎士達の寝台や夜着も用意されていた。
「シェラ様。お寒くはありませんか?」
騎士の一人、ジーナはシェラザードにそう声を掛けた。
「ええ、とても暖かいわ」
ふわふわの寝具から、なぜか懐かしいような香りがする。
それは、陽だまりの匂いのようだと思いながら、シェラザードの意識は急速に眠りへと落ちていった。
* * *
調査隊の男性陣も、すぐ横に用意された住居で既に寛いでいた。
ヤギの乳を発酵させて作った乳酒をさらに蒸留した、強い酒が振る舞われ皆ご機嫌だった。
「なんか、アルト君の一族らしいね」
カイルが横のオリバーに言った。
オリバーは無言で酒をちびちび飲んでいる。
「オリバー?」
「これ、口当たりがいいですけど、危険なお酒ですね」
そう言ったかと思うと、振り向いた顔は真っ赤だった。
「ちょっと飲み過ぎじゃないか?」
ぎょっとしたカイルがそう口にして、辺りを見渡した。
見ると、周囲にもオリバーの様に赤い顔でちびちび酒を飲む男がちらほら。
流石に教会騎士の二名は無事だが‥その二人に目配せをする。
二人も周囲の惨状を呆れたような顔で眺めて、カイルの目線を受けて頷いた。
今日の不寝番は我らだな。カイルはそう覚悟した。
* * *
「もう行くのか」
旅装を整えて挨拶へ来たガレリアにオルグはそう声を掛けた。
「はい。父からも早急に戻るようにと。殿下をお連れした以上、本国への説明を遅らせるわけにはいきません。シェラザード殿下一行の事をお願いすることになりますが‥」
「かまわんさ。元を辿れば、我が一族のアルトが仕出かした事。その後始末を一族でするのは当然だからな。族長会議は私の代わりにランガを向かわせると伝えてくれ」
「了解いたしました」
ガレリアはそう答えて、暫く考えて口を開いた。
「どこまでお話しなさるおつもりですか?」
「我らルーガリアは、この山で暮らす民だ。すべては山に従う。あの山を越えてこの地にたどり着いたのなら、それも山の導きだろう」
「‥だが、何を受け取るかは誰にもわからん」
オルグはそう言いながら、壁のタペストリーを見た。
昔からこの地に伝わる、双子の物語を織り上げた叙事詩。
美しい色彩の物語が織り込まれたタペストリーは、オルグの一族にとっては大切な先祖から受け継いだ品だ。
時を経ても尚、変わらぬものもあれば、変わるものもある。
オルグはそっと目を閉じた。一族はもう、時の流れに任せる決断をしている。
だから、今、語ることは何もない。そう感じていた。
「旅の無事を。必ず戻るように願う」
ガレリアはオルグの見送りを受けて、独りヤギと共に、ルナリス行政区のあるトルクスを目指す。ルナリスの中部にあるトルクスまでは、休息を最低限にして急いでも、ヤギで二日はかかるだろう。
孤独な時間だが、考える事は山ほどある。
寒さも雪も、頭を冷やすにはちょうど良い。
そう思いながら、ルーガリアの冬営地を後にした。
北方山脈に冬の朝日が昇るまで、もう少し。夜明け前の空に冬の星が瞬いていた。




