勇者、故郷へ帰ります!
聖都から親善使節団が正式にルリアスへ向けて出立するのは三日後の話だ。
それに先行する形で、今、カイルはアルトに付いてハーゲン村へ来ている。
この村で、3日後にシェラザード率いる調査団と合流する予定だ。
「話を聞いた時は驚いたよ。まさか、カイルさんが王女様を連れてルリアスへ行くとはね」
ダリアはいつもと変わらない様子で、せっせと脱脂の済んだヤギの毛を乾かしやすいように広げて干している。
その隣で、同じ作業を続けながら、カイルが口を開いた。
「ああ。まさかルリアスへ行くことになるなんて思いもしなかったよ」
カイルはこの数か月の事を思い出していた。
聖都の治安を守る衛士隊の隊長だった自分は、毎日、代わり映えのしない日々を送っていた。
聖都で生まれ、聖都で働く。こうしてハーゲンに居る事すら不思議な気分になる。
それが、アルトに出会い変わった。今では衛士隊隊長の仕事は、ほぼ、副隊のパトリックが務めてくれている。
今の自分は、勇者アルトの護衛……というより、付き添いだろうか。
監視役ならオリバーだな。たぶん。
それでも、アルトと様々な場所へ行くことが、自分の役割になっていた。
「‥ルリアスはどんな国なのかな?」
自然とカイルの口から零れ落ちていた。
「ルリアスかい?そうだね。まぁ山だね。山とヤギとヤク、これからは、それに雪が降る」
ダリアはそう、あっけらかんと答えた。
「山、ヤギ、ヤク、雪。それだけの国?人はどう?」
「今回行くのはうちの部族の集落なんだよね?」
「ああ。アルト君の部族が招待してくれてると言ってた」
「ルリアスは共和国だったね。部族ごとに住む場所も、暮らし方も違うのかな?」
「うん。全然、とは言わないけど、違いはあるね。特にうちは遊牧民だし、ガレリアの一族はみんな行政官だ。あの一族が居なかったら、ルリアスは少数民族が点在するだけの自治区に過ぎなかったよ」
「ガレリアさんの一族がまとめ役?」
「そう。あの一族でルリアスは国として成り立ってるのさ!誰もめんどくさくてやらないからね」
ダリアは豪快に笑った。笑いの中で細められた葡萄酒色の瞳も美しい。
カイルはその瞳からいつも目が離せないでいた。
「難しい事を考えないで、楽しんできてよ!一緒に帰れないのは残念だけどさ」
「いつか、あたしが色々教えてあげるよ!ルリアスの山、ルリアスの空、色々とね」
「さぁ、次は干し草取りに行こう!」そう言ってダリアはカイルの肩を軽く叩いた。
カイルは、「一緒に‥」というダリアの言葉を心の中で反芻していた。
一緒にダリアの故郷へ帰る。それって‥。それって。え?なんだ?
カイルは自分の顔に熱が上がるのを感じた。え?ヤバい。風邪じゃないよな‥
「カイルさん、顔赤いね。寒いのかい?」
「いや、大丈夫。たぶん」
「じゃあ、もっと動きな。干し草を運べば温まるよ」
「ほら行こう!」そう言いながら、ダリアは軽快な足取りで牧草地に向かう。
ヤギ達が思い思いの場所で、残り少ない草を食むのが見えた。
そのヤギ達の中でも、ひと際大きな威厳のある黒いヤギ。コクロウが見える。
「‥そうだ」ダリアは急に足を止めて言った。
「コクロウも連れて行きな。途中で何かあっても心強いよ」
「え?コクロウ…さん?を…」
カイルがそう呟いた時、急にコクロウがこちらを見た。
その、ぎろっとした赤金の瞳に睨まれたカイルは、ちょっと勘弁してほしいな、と心から思った。
その時、村の中からアルトが駆けてくるのが見えた。
アルトは大きく手を振りながら、声を張り上げた。
「おーい。コクロウー。ルリアスに行く?」
コクロウは「フン」と鼻を鳴らして、ゆっくりアルトへ向かい歩き出した。
「ほら。コクロウも行くってさ」ダリアは笑いながら言った。
「いや。あれで通じるんだ…」カイルは立ち去るコクロウを見て呟いた。
翌日、ハーゲンから届いた最終同行者名簿に「コクロウ追加。本ヤギ了承済み」の一言を見つけたガレリアはしばらく無言で紙面を見つめた。
「……なぜヤギの了承で、使節団の編成が変わるんだ」
そう呟きながら深く息を吐き、キャリングの執務室を目指した。
* * *
——そして、出立の日。
「じゃあ。出発だね!行ってくるよ!ダリア姉さん、ヤギ達お願い!」
アルトはコクロウの背から元気よく手を振りながらダリアに声を掛けた。
「アルトー!気を付けて!親父によろしく!」
「それに、変な面倒ごと起こすんじゃないよ!」
ダリアも笑いながら、元気に見送りの言葉を返す。
「ええ!俺、何にもしないよ〜。なぁコクロウ」
アルトはコクロウの背中をぽんぽんと軽く叩き、そう言った。
「カイルさんも、ルリアスをよく見てきてね!親父によろしく!」
ダリアはカイルを見つけると、そう言った。
その一言がカイルの胸に刺さる。親父ってダリアさんの御父君だよな。
え。お父さんに挨拶?カイルの顔が一気に赤くなった。
周囲は、そんなカイルに構うことなく、次々とハーゲン村を出て旅立つ。
オリバーはカイルの横にスッと馬を並べて
「カイルさん、ダリアさんのお父さんが、勇者さんとこの一族の長だそうですから。…さっきの親父によろしく、はそういう意味です。勘違いはあかん思います」
そう言いながら、カイルから目をそらした。
「え!お、俺は何も勘違い、し、してないよ。変な事を言うなオリバー」
「…そうですか。ならいいです」
オリバーは冷静にそう言った。
「姫殿下!ご無事な旅をお祈りいたします」
村人たちが次々にシェラザードへ声を掛ける。
シェラザードはその姿に、ほほ笑みながら左手を軽く上げ
「皆様の上にも聖剣の祝福とご加護がありますように」
見送る村人へ祈りの言葉を告げた。
こうして、聖王国の親善使節団はルリアスへ向けて旅立った。
シェラザード、カイル、オリバー。第一騎士団の騎兵二名、教会騎士四名、第二騎士団三名。
そこにアルト、ガレリア、そしてコクロウを加えた総勢十四名と一頭の一行だった。
道は北へ伸びている。
その先に、ルリアスの山と雪が待っていた。




