勇者、またハーゲン禁止です。
ガレリアは自室へ戻ると、強い疲労感を覚えた。
もう、何もしたくないし動きたくない。しかし、現実には急いで本国への報告書を書かなければならない。
今回の出来事は相手に不信を抱かせた。国家間の信頼に関わる緊急事態だ。
‥‥緊急事態なんだよ!おい!わかってるのか!
急速に心の中に黒雲が広がる。怒りと虚しさでできた悪天候。
引き出しを開けて、胃薬を取り出す。数を数えるのも億劫で手に出した数粒をそのまま噛み砕き‥飲み込む。
「あれ?団長戻ってたんだ」
隣室からアルトがひょっこりと顔を出す。
「あ。それよりも、さっきの話だよ!ハーゲン禁止酷いよ!」
アルトは軽快な足取りでガレリアの元へとやってきた。
ガレリアは机に肘をついて片手で顔を覆う。そのまま、もう片方の手でアルトを招く。
「?どうしたの‥」
アルトはその様子に、声のトーンを少し落として聞いた。
「‥‥‥」ガレリアが小さな声で何かを呟いている。
「え?聞こえないんだけど‥」アルトは執務机に身を乗り出してガレリアへと顔を近づけた。
「‥おまえは、自分が何をしたのか理解してないのか?」
地の底から聞こえてくる様な低いガレリアの声にアルトは背筋が伸びる。
「え?俺?何かした?」
何もわかっていないアルトの顔と声に、ガレリアは心の黒雲がかえって霧散するのを感じた。
顔を覆っていた手を除けて、首筋を回す。ああ。何から言うべきか‥
「お前の行動ひとつで、聖王国がルリアスに疑念を持った。その自覚はあるか?」
「え!どういう事??」
アルトが驚愕に目を丸くして声を上げる。
ガレリアはそんなアルトを見据えて言った。
「偉大なる王ルーン・グリン。ルリアスなら誰でも聞いたことがある名前だ。だが、聖王国では違う。その名は聖剣の鞘の名だ」
「お前は、何も考えずに目の前の古い文字を読み上げた。悪意がないことは分かっている。だが、悪意がなくとも悪い結果になることはある」
アルトは途方に暮れた顔で「じゃあ、何もしない方が良かったの?」と呟いて顔を伏せた。
ガレリアはため息をついて言った。
「悪意がないからといって、周囲を振り回していいわけじゃない。次からは動く前に確認しろ。せめて聖剣を抜く前に言え。いいな 」
「それと、ハーゲン行きの禁止、あれも、お前とハーゲン双方を守るためだ」
「え?それどういう意味?」アルトは顔を上げて聞いた。
「お前はハーゲンに牧場を作った。ルリアスの民を呼び、ルリアスのヤギを入れた。聖王国から見れば、あの村も、もう無関係ではない」
「今、おまえが動けば、ハーゲンが疑われる可能性もある。それぐらい、関係は揺れている」
「そういう事だ」
アルトは動けなかった。ただ、黙ってガレリアを見つめ返すしかなかった。
「まぁ、少なくとも私の胃が持ち直すまでだ。……それまで大人しくしてろ」
「‥それっていつまで?」
「わからん。私が聞きたいぐらいだ」
そう言いながら、ガレリアは胃薬の瓶を振って中身の残量を確認した。




