勇者、国を動かします。
ガレリアはアルト達調査隊が聖都についたという連絡を受けて、出迎えに出た。
「団長ただいま!」
元気の良いアルトに、まずは無事に帰ったことを安堵した。
「おかえり。無事に役目を果たせたか?他の方々のご迷惑にならなかったろうな?」
アルトは「ん~」と言いながら首を傾けている。
その仕草に、若干の不安が胸をよぎる。
気が付くと、周囲の、アルトと共に調査へ向かった人達の視線が自分に集中している。
ガレリアの頭の中に疑問符が浮かぶ。なぜ、私に?
じっとこちらを見ていたカイルとオリバーが、お互いに目配せをして意を決したように、ガレリアのもとに歩みよってきた。
「ガレリア殿‥‥」
何か口ごもるカイルの姿に、ガレリアの本能が「アルトが何かやらかした!」と危険信号を告げる。
「‥‥お役目ご苦労様でした」
他には何も喋りたくない。ガレリアの本能が告げている。
「‥‥」
「えっと。なんて言えばいいのか‥‥」
「‥‥」
「オリバー。頼む」
カイルも何を言っていいのか言葉にできず、諦めてオリバーに丸投げした。
「えええ。僕が言うんですかあ?あのですね‥‥」
オリバーも言い難そうにガレリアから視線を外す。
その姿にガレリアの覚悟が決まった。
「どのようなお言葉でも構いません。アルトが何をやらかしましたか?」
「‥‥」
「いや。やらかした。まぁ、やらかしたんですが、たぶん、後でキャリング閣下から呼び出しがあると思います」
「僕から、今、言えるのはこれだけです。すいません」
そう言って、頭を下げた。
* * *
ガレリアはアルトを連れて居室に戻ると、開口一番、アルトに詰め寄った。
「アルト!何をしたんだ!」
ガレリアの剣幕に、アルトは「ええ〜」と声を上げて逃げ腰になる。
「何もしてないよ!ちゃんと約束したからね、本当だって!」
「なら、なぜ、カイル殿が、オリバーが、あの態度なんだ!彼らだけじゃない!他の方々も‥‥」
ガレリアは椅子に勢いよく腰かけると、おもむろに引き出しから胃薬を取り出した。
口に通常の倍量を放り込み噛み締める。
ガリガリという音が室内に響く。
「いいから、全部話せ」
そう言って、鋭い視線がアルトをにらみ続ける。
「ファーブル村で村長さんに会って、アダン行きの紹介状をもらって‥‥」
「それで、アダンの集落に行ったら、祠があって‥‥」
「祠?」
「うん。名前を忘れた祠とか?って祠」
「ふむ、それで」
「でもね。中にはちゃんと名前が書いてあったんだ!」
「『偉大なる王 ルーン・グリン』てね」
ガレリアは悟った。なぜ、周囲があの態度なのか、カイルがオリバーが口ごもるのか‥‥
「まさかと思うが、それがなぜ読めるか説明したのか?」
「うん。だってルリアスの古語だったからね!」
ガレリアは目の前が暗くなる気がした。
「それでさー。何も起きないから、もしかしたら祝福足らないかなーって」
「おい!」ガレリアは勢い良く立ち上がると本当に立ち眩みがしてよろけた。
「うん。祝福したら泉から綺麗な緑の光が立ち登ったんだ!」
「団長も見たら驚くよ?あれ?大丈夫?顔色悪いけど?」
ガレリアは何も聞きたくなかった。ただ、背中を伝う汗がこれが現実だと教えてくれる。
その時、扉の向こうから声が聞こえた。
「ガレリア団長。キャリング軍務大臣閣下より、至急お越しくださるようにとのことです」
扉の向こうの声はそう告げた。
「‥‥アルトは、勇者もですか」
「いえ。ガレリア殿だけを呼ばれていました。それ以上は、私には判断いたしかねます」
「承知いたしました。直ぐに参ります」
ガレリアはそう返答して、席を立った。
背中を冷たい汗が伝い、握っていた胃薬の瓶が、かたりと机の上で音を立てた。
扉を見詰めていた視線をアルトへ移す。よくわかってはいない。そういう顔だ。
ガレリアは深くため息をついて言った。
「ハーゲン行きを禁止する!しばらくここで反省しろ!」
「えええ!反省ってなんで?俺、頑張って遠いところまで行って帰ってきたのに?」
「問答無用!禁止だ!」
「横暴だー!職権乱用だ!鬼だ!悪魔だ!魔族だ!コクロウーーわーん」
大騒ぎのアルトを放置して、ガレリアはキャリングの執務室へと部屋を出た。
* * *
「急に悪いわね‥‥」
キャリング大臣は、執務室に現れたガレリアに静かにそう告げた。
執務室の中には、既にオリバーがキャリングの脇に控えていた。
オリバーはガレリアへ視線を向けると、小さく頷いた。
それは、この調査で何があったかを全て、キャリングに報告したという意味だろうとガレリアは理解した。
「閣下、私は‥‥」
「待ってくれるかしら?アタクシは軍務のトップだけど、今回の件は軍の問題ではないわ」
「これは、聖王国とルリアス、両国の国家間の問題。違うかしら?」
キャリングは真っすぐガレリアの目を見ながらそう言った。
「いいえ。違いません」
「では、もうすぐここに、マルクス外務大臣が来るわ。彼が来てから話を始めましょう」
「遅くなりました」
マルクスは大きな書類ケースを抱えて、キャリングの執務室へ訪れた。
そして、おもむろに書類ケースから、幾つかの書面を執務机に並べだした。
そのほとんどが、先日聖王国とルリアスの間で結ばれた通商条約や各種協定、その批准書だった。
ガレリアは心の中でアルトに対して文句を百ほど繰り返した。
「‥‥このように我が国とルリアスは多くの外交文書や協定を結んだ友好国だという認識でしたが、違いましたかな?」
「それに、この文章へ署名をしたのは、他でもないガレリア殿と記憶しておりましたが」
「間違いありませんよ」
ガレリアは天を仰ぎたい気分になったが、もう、逃げ場がない事も悟った。
「では、ご説明頂きたい。友好国として」
「あなたがたルリアスは、何を知っているのですかな?」
ガレリアは、すぐには答えなかった。
逃げるためではない。
何を答え、何を答えてはならないのか。その境界を、頭の中で引き直していた。
目の前に並べられた文書は、ただの紙ではない。
聖王国とルリアスが、ようやく結んだ道だ。
その道が、今、揺らいでいる。他ならぬ、勇者の、アルトの言葉でだ。
アルトは理解していないだろう、「偉大なる王ルーン・グリン」この言葉の意味の重さを。
ガレリアは、心の中で百一度目の文句をアルトへ投げつけた。
そして、一度大きく息を吸って
「マルクス閣下。まず、ルリアス外交団として公式に申し上げます 」
と言った。
「今回、調査隊が確認した祠について、私は事前に何の情報も持っておりませんでした」
「アルトが読んだ碑文『偉大なる王 ルーン・グリン』の名がルリアスの古語で刻まれていたことも、少なくとも私と、聖王国に駐在する外交団は把握しておりません」
「しかし、『ルーン・グリン王』の名はルリアスの民なら多くの者は知っています」
「なぜなら、ルリアスに伝わる古い童謡に残されているからです」
「世界を守る旅に出た王が、必ず帰るようにと願う歌として残っています 」
「しかし、私自身、その王の事で知るのはその程度なのです」
マルクスはガレリアの言葉を聞き、問い返した。
「では、知らぬと断言もできないわけですな?」
「私が知らないことと、ルリアスが知らないことは違います。本国に照会しなければ、断言はできません」
「つまりは、ここに居る、ガレリア殿や勇者殿が知らないだけで、ルリアスは知っていた可能性もある。そういう事で良いのですかな?」
「マルクス殿!」
「マルクス殿。その先は本国照会の後でいいわ」
キャリングはマルクスへ言葉を掛けた。
「私も可能性の話をしているのですよ。ルリアスと同じようにね」
マルクスはそう言葉を返した。その言葉にキャリングは苦笑を漏らしながら
「ここからは、可能性の話ではなく、実務の話をいたしましょう」
そう言った。
マルクスはふむ、と頷きガレリアへ聞いた。
「では、友好国として、どこまで協力いただけますかな」
「それは!今も我が国は聖王国の友好国として、最大限協力しております。そこはお認め頂きたい」
「なるほど‥‥最大限ですか」
マルクスはそれだけつぶやいて腕を組んだ。
キャリングはマルクスの態度を見て、オリバーに目配せをした。
「オリバー、あなたは魔導士として、勇者アルトをどう評価しているの?聞かせて」
「はい。僕は、勇者さんには他意はないと思います。悪意がないという言い方でいいと思います」
「ほう」と言いながらマルクスが興味深げにオリバーを見る。
「勇者さんは、その場その場で、最善と自分が信じる行動を、そのまま実行に移す」
しかし、と言いかけて、一度言葉を置いた。
「その結果を予測しないで行動に移すんですよ。だから現場は大混乱です」
オリバーは乾いた笑みを浮かべながらそう答えた。そして‥言葉を続けた。
「勇者さんの魔力量は桁外れです。ただ、ルリアスの方々は総じて魔力が高いと聞きました。少なくとも、勇者さん一人だけの特殊性として片づけるのは危険だと思います」
ガレリアは「ああ、やられたな‥」と心の中で思った。オリバーの指摘は正しい。
だからこそ、逃げ場は完全になくなった。
場に沈黙が落ちる。
それを破ったのはキャリングだった。深いため息と共に。
「ねえ。ガレリア殿。あなたは友好国と言ったわね」
「はい。そこは間違いありません。私も本国もアルトも聖王国に対して悪意はありません」
「なら、お互いが、お互いを知る。そこが始まりじゃないかしら」
キャリングが窓の外に視線を向けた。
「あなた達はこの国へ来た。そして、この国について知った。だから、今度はワタクシ達ね」
「それは‥」とガレリアが聞いた。
「あなた達のルリアスへ、我が国の代表を送りたいの」
「殿下には、別室でお待ちいただいているわ。これは教会の問題でもあるもの」
「‥‥それでいいかしら?ガレリア殿」
ガレリアは無言でキャリングを見つめた。
「では、殿下をこちらへ‥」
キャリングが隣室に続く扉へ向かい声を掛けた。
静かに扉が開いて、シェラザードが入室してきた。
「このような形で申し訳ありません」
そう言って静かに口を開く。
「我が教会は、いえ、私は知らねばなりません」
シェラザードはガレリアを正面から見据えて言った。
「ルーン・グリン王とは何者なのか。北の脅威とは何なのか。そして、聖剣リーングリンと聖鞘ルーングリンが、なぜその名に連なるのか」
「殿下‥‥」
「ガレリア殿、教会は正式に要請いたします。ルリアスへ、私を連れて行って下さい。お願いいたします」
そう言って、シェラザードは頭を下げた。
ガレリアは答えられなかった。
頷けば、聖王国の王女をルリアスへ招くことになる。
断れば、友好国の問いを拒むことになる。
どちらにせよ、もう戻れない。
アルト。お前は本当に、祠で聖剣を抜いてはいけなかった。




