勇者、忘れられた祠へ。
シェラザードが祠へ行くことを申し出た事に、呆れたように老女は
「それじゃ。あの祠へ行くっていうのかい?何を‥」
と言いかけて、暫し考え込んだ。そして‥
「まぁ、雪鹿が下ったのなら、見に行くのもいいか‥」と言った。
老女は小さく頷くと「ジャン」と隣の男に声を掛けた。
「おまえ、案内しておやり」
「ええ。俺がか‥」男は迷惑そうに顔を歪めた。
「祠の中まで入れとは言わないさ。泉まで連れて行けば祠はもう見えてる。ただし、中に入る者には、肩に鳥の守りを付けないと。いいね」
ジャンと呼ばれた男は「まぁ、それなら‥」と言いながら正面に座るシェラザードとアルトの顔を見た。
「祠はそう大きくはない。ここに居る人数なら‥いけるか。俺は案内だけで入らんからな」
「はい。では、ここに居る者で参ります」
シェラザードは間を置かずそう答えた。
祠へ向かうのは、シェラザード、アルト、カイル、オリバー、教会騎士一人、第一騎士団騎兵一人の六人となった 。
ジャンは「ちょっと待ってな」と言うと、奥へと消えた。暫くして、1人の女性を伴い戻ってきた。その女性は、木製の箱を両手に持ち、静かに老女の前に置いた。
「ふむ‥初雪も降ったから、守りは強い方がいいだろう」
老女は箱から黒い羽根飾りを出し、手招きでシェラザードを呼んだ。
「さあ、祠へ願いに行く者の長が、皆に守りを付けるものさ」
そう言うと、人数分の羽をシェラザードに手渡して言った。
「あなたが皆に付けてやりなさい。あなたには私が付けよう」
そして、シェラザードの左肩に魔除けの鳥の羽を縫い付けた。
シェラザードは渡された黒い鳥の羽と針を見比べて途方に暮れた。
当たり前だ、王女殿下に針仕事をさせるものなどいない。
「それって、男じゃダメなの?」アルトが老女に聞いた。
「ダメではないが‥まぁ、言霊の力を借りればいいか」
老女はアルトを手招きした。
「この言葉を言いながら縫い付けな」
と、老女はアルトにまじないの古い言葉を伝えた。
アルトは何度か口ずさむと、「よし!」と言って、シェラザードから羽と針を受け取り、カイルやオリバー、騎士や護衛の肩に羽を縫い付けた。
「ほら、こっちおいで」と老女はアルトを呼んだ。
「仕方ないから、おまえの分は私が付けてやる。有難いと思いな」
老女は笑いながらアルトの肩にも黒い羽根を縫い付けた。
集落を出て、細い山道を行く。下草が枯れている分、歩きやすいとジャンは言った。
それでも、山道を歩き慣れない者にはなかなか歩き難い。
その中を軽やかに歩を進めるアルトに、ジャンは声を掛けた。
「‥お前、本当に山育ちなんだな」
「ん?そうだよ」
「どこの山だ?北か、西か?」
「ああ。北だね北方山脈‥ルリアスだから」
「‥ルリアスか‥」
カイルは二人のやり取りを傍で聞きながら、頭の中では別の事を考えていた。
何かが気になって、頭の隅に引っ掛かっている。それが何かわからない。
「ねえ」とアルトがジャンに尋ねた。
「この黒い羽根って『白い魔物』除け?」
「ん?ああ、そうか、お前の所では『白い魔物』か、ここらじゃ『白い怪物』だな」
「それって、なんですか?そんな怪物居るんですか?」オリバーが口を挟んだ。
「雪崩だよ、オリバー」アルトが答える。
「雪崩って、あの雪がだーーって全部を埋めるちゅうやつ?」
「そう、山だとアレが一番怖い。だから山の民は魔除けに黒いものを身に着けるんだ」
「そうだな。ここらは星椋鳥の黒い羽を使う。冬の一番強い魔除けだ」
そんな話を続けながら、山道を谷筋へと緩やかに下る。
ジャンは急に足を止め、眼下に見えてきた泉を指さした。
「ほらあれが、『不凍の泉』その奥に見える洞穴が『忘れられた者の祠』だ」と言った。
不凍の泉は想像以上に小さな泉だった。冬の低く垂れこめた灰色の空を映し、鈍い鉛色の水面は風が吹く度に水紋が浮かぶ。
周囲の針葉樹の木立の黒い影もあり、辺りはどこか、不安になるような寂しさだ。
その泉の奥、山の斜面に黒い穴が穿たれていた。
それが「忘れられた者の祠」だとジャンは言った。
「俺の案内はここまでだ。あの祠の中はおまえ達だけで行ってくれ」
そう言いながら、ジャンは背中に背負っていた籠から松明と火打石を取り出した。
「祠の中は暗いからな、持っていけ」と、アルトへ松明を手渡した。
「人間ランプのオリバーがいるから大丈夫かな」アルトはそう答えた。
「‥光魔法です。ええ。人間ランプですけどね!」
「ほう、あんた魔導士か?」ジャンは珍しい物を見る目でオリバーを見た。
「‥しかし、やめた方がいいぞ。魔法を使って何が起こるかわからんからな」
ジャンは少し考えて「いいか。中では余計なことをするなよ。特に魔法は使わんでくれ」と言った。
「‥魔法を使うのは危ないでしょうか?」シェラザードはジャンに尋ねた。
「いや。わからん。古い祠だし、俺たちはなるべく近寄らんようにしてる」
「近寄ると‥ダメなの?なにかあるとか?」アルトが聞く。
「そう言う訳じゃないが‥近寄らん。そういう決まりだと思ってくれ」
ジャンはそう答えた。
祠の中はジャンの言う通り、狭かった。ただ、山肌がむき出しなのかと思ったら、意外にもちゃんと石で組まれた石室だった。しかし、その石壁も所々崩れ落ちている。
足元だけが土のまま、そこに壁から崩れた石が散乱している。
その一番奥には、何かの祭壇のような石の台座がある。
「ずいぶん古いですね。これ、祠いうか、これだけ古いと遺跡ですね」
オリバーは手に持った松明で石室内を照らしながら、周囲を確認していた。
湿った土の匂いに、松明の松脂の焼ける匂いが混じる。
「これだけなのですね‥‥」シェラザードは台座を見つめながら呟いた。
祭壇の台座も、既に半分は崩れていた。辛うじて残る部分には、何かが刻み込まれているが彼女にはそれが何かわからなかった。
「うーん。なんですかね?何かの動物のレリーフですかね?」
そこに刻まれているのは、確かに四本足の動物に見えなくもない。
しかし肝心の上半身が欠けている。これでは何の動物なのか、もしくは半人なのかもわからない。
「それにしても、これは文字ですかね?」オリバーは台座の正面に刻まれた部分を松明で照らした。
「そうだね。文字に見えなくもないけど‥」カイルがその部分を指でなぞる。
「失われた、言うてましたから、誰かの名前やったりして」
「‥それはあり得ますね」シェラザードもそう呟いた。
カイルは、ふと、アルトを見ると、アルトは肩の鳥の羽を触っていた。
「どうしたんだい?」
「これ、綺麗ですよね。松明の光を反射して緑色の星が浮かんでるみたい」
「ああ。本当だね」とカイルもアルトの肩の羽に目をやった。
よく見ると、全員の肩の羽が松明の光を受けて、緑の斑点状の模様が浮かんでいた。
そういう模様の羽なのだろう。
「アルト君。綺麗だからって、羽の大量購入とか考えてないよね?」カイルは聞いた。
「ええ〜。そ、そんな事は‥」アルトは少し焦った様子で答えた。
「‥どうせ、毛織物に使えないかとか考えたんだろう?」
アルトは「え〜。やだな〜。ハッハッハ」と、誤魔化しながら台座の方に歩み寄った。
「オリバー何見てるの?」
「うーん、この文字ですね‥」オリバーはアルトにも見やすいように台座の文字らしきものに松明を近づけた。
「ふーん。見せて」アルトはオリバーの後ろから覗き込んだ。
「ああ。『偉大なる王 ルーン・グリン』かな?」
アルトはその文字の様なものを見ながら、そう呟いた。




