勇者。まだまだ北へ進みます。
ファーブル村の村長に見送られ、かの地を後にして3日。
途中、ファーブの民の集落で宿をとりながら大盾岩を目指した。
季節は冬の始まり。北の山岳地は、草花は枯れ、ただ針葉樹の木立が灰色の空にそのシルエットを作り出していた。
「うー。寒い」オリバーが馬上で吹き付ける寒風に身を竦めて口にした。
「オリバーは本当に寒がりだな」
「うう。僕は南国の‥‥」
「両親が、だろう?」騎士たちの笑い声が上がる。
「ええです、どうせ寒いの苦手です」と、オリバーはぶつぶつ言いながら外套の襟に顔を埋めた。
その声を背中に聞きながら、カイルとアルトは細い街道を並んで進んでいた。
時折、聞いたこともない言葉でアルトが何か口ずさんでいる。
「その歌は、ルリアスの歌なのかい?」カイルが聞いた。
「え?ああ~。この歌?そう。ルリアス‥というか、うちの部族だね。伝わる歌だよ」
「ん~。聖王国風に言うと『必ず戻りますように』かな」
「‥それは、帰郷を願う歌なのかな?」
「え?ああ。うーん。ヤギがね、放牧からさっさと戻る様にって歌だね」
「‥‥ヤギね。うん」
「うん。放牧に出す時に必ず歌うよ。古いおまじないみたいな歌かな」
そうして、また、小さな声でアルトは歌い始めた。
それを聞きながら、なんだかカイルは自分が聖王国から放牧に出された様な気分になっていた。
「着いた!ここが大盾岩だよ」アルトが馬を止めて右手で前方を指さした。
何とかまだ、馬で進めるぐらいには道幅もある山中の街道の、その中に、いきなり巨大な一枚岩が見えた。高さは10mはあるだろうか。幅も5m近い。
その名の通り、形状は騎士や兵士の持つ「大盾」に似ている。
確かにそこで道は二手に分かれていた。
街道の先はそのまま北方山脈方面へ。そして、大盾岩の直ぐ近くからは細い脇道が伸びていた。
「へー。脇道があったんだ。前に通った時は気が付かなかったな」
アルトが周囲を見ながら言った。そしてしばらく考えた後、
「そうか!草、この辺は夏は背の高い草が茂ってたから」
「なるほどね。天然のゲートって感じだね」
カイルは上手いやり方だと思った。春から秋は道を草が隠し、冬には道が現れる。
道を知る者には容易いが、知らないと見落とす。よそ者の侵入を軽く制限するにはいいだろう。
「では、ここからは我らが先頭を行きます」護衛騎士がそう申し出た。
「村長のお話では、狩猟民族なので警戒心も強いとか。こちらも万が一に備えたほうがいいでしょう」
「了解。アルト君。勝手に先に行かない様に。山だからってダメだよ」
「は〜い。それぐらいわかるよ。大丈夫、大丈夫」
アルトの返事はいつも通り軽い。相変わらずの鼻歌交じりだ。
カイルは一抹の不安を感じながら「なるほど。ガレリアさん胃痛の原因がわかった」と苦笑交じりになる。
そうして、一行は脇道を進み始めた。
脇道に入ると、周囲の空気が一変した。辺りには、獣骨で作られた鳴子が吊り下げられていた。風が吹くたび、乾いた音が木立の間に散る。
ーー探知用だな。という事は‥
「‥見られてますね」カイルが小さく呟く。
「‥こちらが気づいた以上。向こうも気が付いたでしょうから」
「‥数は、わかるか?」護衛騎士が歩みを遅くする
「生き物の気配がするね。ん~人間かな?」アルトが何気なく言った。
「アルト君。そういうの、わかるの?」
「え?ああ。うん。なんとなくだけど‥そうだ」
アルトは急に馬を止めると「おお~い!」と大きな声を出した。
「え!ちょっとアルト君?」カイルは慌ててアルトを止めようとしたが‥
「ん?だって向こうも気が付いてるんだからさ」
「勇者様!もう少し慎重に‥‥」周囲の護衛騎士も止めようとしたが。
「おお~い出てきて話聞いてよ!」
と、アルトは叫んだ。
その時、木立の奥から低い声が響いた。
「‥まさか、呼ばれるとは思わなかったが‥止まれ」
木々の間から、3人の屈強な男が姿を現した。
その姿は、狩猟民らしく、粗末だが熊か何かの毛皮を縫い合わせた外套に、肩からは幾つかの鳥の羽飾り、肩の鳥の羽飾りは、確か魔除けのまじないだったはずだ。
それに、革のブーツを鹿革の紐で締め上げている。
正面の男は無手だが、後ろの男たちは、山岳民が狩猟に使う、短く取り回しのよい複合弓を構えていた。
その姿に、護衛騎士達にも緊張が走る。しかし、努めて平静を装うように正面を見据えたまま馬を止めた。
「それで、何しに来た?ここが『アダン』の集落と知って来たのか?」
正面の男は警戒心を隠すことなく、こちらへ声を掛けてきた。
「うん。これこれ!ファーブル村の村長から紹介状!これ見て!」
とアルトは、懐から紹介状を取り出して、頭上でヒラヒラと振って見せた。
紹介状に目を通した男は、ちらりと、隊の後方にいるシェラザードの方へ目をやった。
「事情は理解した。しかし、俺たちの集落は貧しい山村だからな」
「そこの王女様をもてなす様な事も無理だ。それでもいいなら勝手に付いて来い」
それだけ言うと、後方の仲間に目で合図を送った。
二人の男は、頷くと弓を下ろし素早く森へと消えた。たぶん、先に集落へ知らせに走るのだろう。とカイルは思った。
「‥構いません。それに、話を聞かせて頂けるだけで良いのです」
「良かった!ありがとう!よろしくお願いします!」
シェラザードとアルトは、男へ返答を返した。
男はフンっと鼻を鳴らすと、「まあいい。付いて来い」と言い残し、先を歩き始めた。
その態度は友好的とは言い難いが、先程までの警戒感は幾分和らいでいた。
アダンの民の集落は、細い脇道の先、広い窪地の淵の小高い緩やかな傾斜地に、地面にへばりつくように建てられていた。まばらに建てられた家屋の数は十数軒ほどだ。
荒削りの板戸に自然の石を積み上げた様な粗末な小屋作りの家屋は、屋根から細い煙突が出ている。そこからは細く煙が立ち登っていた。
馬を村の入り口で降り、集落内に足を踏み入れた。
周囲に人影は見えない。よそ者を警戒しているのだろう。
「へ〜。この村はよく考えられてるね。ここは相当雪深いんだね」
アルトはアダンの村を見渡しながら感心した様にそう言った。
「ほぉ‥お前にはわかるのか?」
「うん。あの窪地、雪捨て場だね。山だと雪の捨て場所は本当に苦労するからね」
「ふん。わかってるじゃないか」
「俺も雪深い山育ちだからね~」
そんな会話を交わしながらアルトは男と並んで歩いていく。
いつも思うが、こういう時はアルトの人懐っこさに救われるな。素直にカイルはそう思った。
「おばぁ。客人だ!通すぞ!」
傾斜地の一番上部に建てられた石造りの小屋の板戸を開けて、男は室内へ声を掛けた。
「ああ。聞いてるよ。通しな」
しわがれた老女の声が室内から聞こえた。
家屋は天井は低いが意外と広く感じた。石の壁を積み上げたような作りの室内は幾つかの部屋に分かれている。
その一番入口の居室に、床に敷き詰められた毛皮に直接座る小柄な老女がいた。
熊の毛皮で作られた長衣をまとい、腰のところで鹿革の太いベルトを締めている。
「まぁ、座んな。お客人。貴い身分の方だとは聞いてるが、礼儀をわきまえない婆だ。許してもらえるかい」
「いえ。こちらこそ、急な訪問を申し訳ありません」
シェラザードは老女の正面にゆっくりと座ると、そう言いながら頭を下げた。
「おやおや。王国の王女様に頭を下げられては、応えない訳にはいかないね」
「‥それで、こんな山奥まで、何を聞きに来たんだい?」
アルトとカイルはシェラザードの後ろへ腰を下ろした。
第一騎士団の騎兵一人と教会騎士一人、オリバーは更に後ろ、入り口近くで待機している。
その他の調査隊員は室外で待機していた。
案内をしてきた男は老女の横に無言で座った。
「『北の伝承』についてお聞かせ頂きたく参りました」
「『異変は北から来る。逃げろ』この話の詳しい内容は『アダンの民』ならご存じではないかと。それに‥」
「それに、なんだい?」
「教会に伝わる魔王の伝承と、何か関わりがあるのではないかと考えています」
「ふむ‥」老女はしばらく考え込んだ。
「魔王かい。ずいぶんと物騒な名の王様がいたもんだね。さすがに、そんな話は聞いたことがないよ 」
老女は記憶を探るように、ゆっくりと目を細めた。
「ただ、王というなら……北の大地に、失われた王国があったという話は聞いたことがあるがね」
「失われた王国ですか?それは、どのような国なのですか?」
老女は首を振った。
「我らも多くの事を知るわけじゃない。古より言い伝えられたのは‥」
老女は、ひとつひとつ確かめるように言葉を継いだ。
「魔は北風と共に山を下る。異変は必ず北の山から来る。雪鹿が山を下るときは用心しろ」
「それぐらいさ」
老女は静かにそう語った。
「雪鹿‥‥」シェラザードは思わずそう呟いた。
「おや?心当たりがあるのかい?」
「‥はい」
「うん。もう、ふた月ほど前になるけど、聖王国の北部の山で雪鹿が‥魔素で凶暴化した」
「‥おやおや。それは物騒な話だね」
アルトの言葉に老女は目を大きく開いた。
「おばぁ‥‥」老女の横の男も不安げだ。
「困ったねぇ。今更、あの祠でお伺いもなにも‥‥」
「‥‥祠?ですか?」シェラザードが聞いた。
「ああ。この集落の更に奥、谷を下ると、そこに小さな泉がある。そこは、どれだけ雪が積もっても凍らない。不凍の泉だ。そこに‥‥」
「『忘れられた者の祠』がある。北の異変が起これば、そこで、その者の名を呼べ。そう言伝わっているが‥」
「‥肝心の名は失われている。我らは、その名を知らないのさ。忘れたんだよ‥」
老女は深いため息をついた。




