聖剣、取れました。
王宮直属の豪華な馬車は、あの「白い稲妻」のブラン種に引かれ石畳を滑るように進んでいく。
だが、車内の空気は、ルリアス共和国の特産品である最高級ヤギ毛織物よりも重かった。
「……ああ。やっぱりいい。最高だった。ブラン種の馬って手触りもツルツル!」
「……アルト、お前、本当に理解してるのか? 」
「やだなぁ。団長。大丈夫ですよ。ちゃんと理解してます。アレですよね。うちは山だから馬は無理…」
「そこじゃない!馬から離れろ!!」
団長は本日二回目の胃薬を懐から取り出し口に入れた。
時間が惜しいのか、ガリガリと嚙み砕いて…飲み込んだ。
「いいか。王宮だ。これはお前個人の問題じゃない!ルリアスの運命が掛かっているのだからな!」
俺はしょぼくれて左手に吸着した聖剣に話しかけた。
山育ちの俺にとって、意思の疎通が難しい相手(家畜)と対話するのは日常茶飯事だ。
「聞いてくれよぉ。リーングリン。俺悪くないよな?お前が勝手に抜けたんだからな?」
話しかけながら右手で優しくなでた。キラキラとエフェクトが少し漏れる。
「おい。……ヤメロ!光らせるな。目が潰れる」
正面に座るガレリア団長が、額を抑えて呻いた。外面用の「穏やかで知的な微笑み」は馬車に乗り込んですぐに崩れ落ちている。
「そう言っても…この剣だって150年刺さって待ちぼうけですよ?可哀想じゃないですか?…きっと、久しぶりの自由にやる気満々で光ってるんですよ!」
「やる気なら、私の胃壁もやる気満々で穴を開けようとしているがな…。いいか、王宮では余計な事は喋るなよ。俺が説明する、お前は横でうなずくだけだ」
ガレリアは胃の辺りを撫でながら強い口調で言った。
「これは高度な外交問題でもあるからな!」
「ええーっ! 毛織物の営業トークは!?山羊の自慢は?俺が聖都に来た意味は!?」
そんなやり取りをしている間に、馬車は王宮の巨大な白亜の門をくぐった。
馬車を降りると、そこには案内のために控えていたカイルが、相変わらずの軽い足取りでやって来た。
「ようこそ。勇者様。王宮の馬車は如何でしたか?」
「はい!ブラン種の手触り最高でした!!」
「…そこなんですね」
カイルに導かれ、俺たちは豪華な装飾が施された長い回廊を歩く。天井からは高価な魔石シャンデリアが吊るされている。
「……あ、あの、カイルさん。あの絨毯、 あれ、かなり古くなってますよ。うちの高級毛織物に替えたら、足腰の負担もずっと軽くなります! 」
「営業マンの魂を今すぐ捨てろ!!」
ガレリア団長の拳が俺の頭に落ちる寸前――回廊の奥から、一人の神官が現れた。
白を基調とした神聖な装束に穏やかな微笑。それは団長の営業用「知的な微笑」と、似ている。
「勇者様ご一同様。皆様がお待ちしております」
深々と一礼をした後に、神官は静かに歩き出した。
「さぁ。参りましょう。勇者様」
カイルに促され俺と団長はその後に続いた。
案内された場所は流石に王宮。贅を凝らした装飾に豪華な調度。
絨毯もまだ新しく、足が沈むほどフカフカだ。
…そこに身なりの良い上級貴族と思われる数人の中年男性がいた。
「ようこそお待ちしておりました勇者様」
「この度は誠におめでとうございます!」
皆が一斉に深々と礼をして挨拶を述べた。
言葉遣いは丁寧だが目が笑ってない!
……なんだろう。歓迎されているはずなのに、全然安心できないぞ。
「…あ、ああの、これは…その」
俺が言葉にしようとしたら、団長がスッと間に割って入った。
いつもの営業スマイルを張り付け、こちらも丁寧に礼を返す。
「お出迎え感謝いたします。ルリアス共和国から参りました使節団の――」
「お話はすでに伺っております。私はこの国で外務大臣を務めますマルクスと申します。確か貴殿は、ルリアス使節団団長のガレリア殿…でしたね。本来の面会は3日後でしたが、少し早い対面となりましたね」
中でも一番上品で上等な服装のイケオジ男性が丁寧な口調で団長に挨拶を述べる。
…しかし、この人の目も笑ってないぞ!
「……はい。この度は、わが国の者が、このような不始末を…」
「ははは。何を言われますか?これ程めでたき事はございません…我が国150年の悲願。新しき勇者の誕生に立ち会えるとは…」
「ですが、勇者に選ばれたのは我が国の使節団団員です」
「それが何か?どこの国であろうと関係はございません。剣を抜いた者が我が国の勇者にございます」
うん。怖い。二人とも口調は丁寧だが、負のオーラが漏れ出てる。
これ、聖剣振って中和したほうがいいのかな?
キラキラ~~って、やめよう。きっと怒られる奴だ…。
「……お話はそこまでです、勇者様をこちらに…」
…その声は鈴を転がすように美しいが、驚くほど冷たく硬質だ。
銀色の髪に作り物めいた美しい顔立ち。白い装束も驚くほどよく似合う。
カイルが瞬時に居住まいを正し、膝をつく。
「これは、巫女姫シェラザード様。第三王女殿下自らのお出迎え、恐縮に存じます」
聖剣教会のトップであり、現王の第三王女。通称氷姫のシェラザード。
彼女は、俺の顔に一瞬視線を向けたが、その後は、俺の左手に吸着している「リーングリン」を冷ややかに見つめた。
「王女殿下に置かれましては…」
慌てて挨拶を述べようとした団長を王女は手で制した。
「…構いません。それよりもどうかこちらへ」
王女がいる場所に豪華な大理石の台座がある。
恭しく神官がその上に紫の大きな包みを置いた。
一面に豪華な刺繍がされたその布は、とろりとした滑らかな光沢を放つ。
「あああ。東方のシルクですよね!!すごい!紫のシルク!初めて見た!団長団長!シルク!しかも紫・・・」
振り向いた団長の顔には憤怒の色が浮かんでいる。俺は慌てて口を閉ざした。
・・・ごめんなさい。何も言いません。しょぼん。
「…勇者様こちらへ」
彼女が俺を手招いた。なんだか聖剣が小さく震えている気がする…
おい。大丈夫か?リーングリン?具合悪いのか?
台座に近づくと、うわぁぁ。いきなり刀身が光り出した!!
キラキラエフェクトが盛大に舞い上がる。
「おお、これが噂の祝福ですな!!」
「何と神々しい!!」
「うむ。流石、我が国の勇者様、既にリーングリンも手の内に収めておられる」
周囲の偉そうなおじさん達は大喜びだ。その中でひとり、冷静な王女様はキラキラが舞い落ちても瞬きもしない。…本当に生きてるよね、この人?
王女はキラキラを気にすることもない様子で包みの中から銀色に輝く鞘を取り出した。
鞘の中央には、大きな緑の石がはめ込まれている。
その中央の石も、刀身の輝きに呼応するように輝いている?!
「こちらがその聖剣の『聖鞘ルーングリン』でございます」
「その剣は、専用の『聖鞘』に納めない限り、選んだ主から離れない神聖な契約がございます。どうか、こちらへ剣をお納めください」
王女はゆっくりと鞘を手に取ると、恭しく俺に差し出した。
急に眼前に差し出された鞘に「うわっ」変な声が出る。
リーングリンはついにガタガタと震えだした。
「…150年振りの邂逅でございます。さぞや聖剣も嬉しいのでございましょう」
彼女は顔色一つ変えることなく、静かな声でそう告げた。
「嬉しいのか?リーングリン?」
俺は左手のガタガタしてる聖剣を見た。うん。そうかも。
差し出された鞘にゆっくりと慎重に聖剣の刀身を収めた。
その瞬間。するりと鞘に収まった剣が俺の左手から離れた。
「うひゃー!ははは、離れた!!やった!これで解放された!!」
剣を台座に置いた俺は、その勢いで万歳をした。
「団長〜!離れました。これで、これで問題は解決ですよね?」
「そんな訳あるか!この愚か者!」
団長の叫び声が辺りにこだました。
「そうですぞ、勇者様。貴殿は我が国の勇者でございますぞ!」
偉そうなイケオジ大臣も叫ぶ。
ええ〜。聖剣はもうお返しして、問題解決でいいですよね?




