聖剣、取れません。
「ガレリア団長、助けてください! これ、取れないんです!」
詰め所の応接室で、俺は半べそをかきながら左手を振り回した。
その勢いに刀身が軽くブーンとうなりをあげて団長の眼前を横切った。
煌めくエフェクトと共に、はらりと団長自慢の黒い前髪を数本切り落とした。
「ひっ!!」俺はその場にひれ伏した。
「ちちちち、違います、わわわざとじゃないですぅ!!」
つい1時間前、聖都の門をくぐる馬車の中では
「いいか。アルト。絶対に問題を起こすなよ。聖都は大都会だ。ルリアスみたいな田舎じゃない。舞い上がるなよ」と冷静に説教していた団長。
…その顔が今は幽鬼のようで。マジ怖いです。
団長は、まだ握りしめたままだった俺の右手のパンフレットをもぎ取り、くるくると丸めだした。
「……何が『助けてください』だ。この、頭に詰まっているのはなんだ。ヤギのアホ毛か」
団長は震える手で、俺の頭を丸めたパンフレットで叩いた。
パコン、という軽い音がする。そのまま団長は懐から小瓶を取り出し、胃薬を数粒一気に飲み下した。
…そのやり取りを無言で見つめる衛士達。
団長の外面は引きつりながらも軽い笑みを浮かべてはいる、しかし、声が地獄の底から響くような低音になっている。
「私はな…。今回の使節団で北方山脈のルリアス共和国が僻地の野蛮な山猿国家じゃないと理解してもらい、穏やかな通商ルートを築くために来たんだ……それがどうだ? 到着して1時間で、このありさまかぁ!!」
パン!!今度は勢いよくパンフレットが頭に叩きつけられる。
「いや、記念撮影1000Gってパンフレットに書いてあったから! ほら、聖都訪問記念にいいかなって!!」
「私は『勇者になれ』とは言ってない。『問題は起こすな』と言ったんだ!!」
団長の怒声に思わず左手で頭を守ろうとした。
ブン、再び振り回してしまった聖剣が、今度は目の前の机を真っ二つに。
…室内に沈黙が落ちた。
真っ二つになった机が、ゆっくり崩れる。
正面でそのやり取りを見ていた隊長のカイルが疲れたように「ははは」と軽く笑った。
「なあ、勇者様、その聖剣を振り回すのは勘弁してくださいよ。詰め所の経費は少なくてね」
「ひっ!!すみません。すみません」俺は米つきバッタのごとく頭を下げる。
「いやあ、団長殿も大変ですねぇ。でも、まぁ、通商使節団の一員なら、彼もそれなりの役職なんでしょう? 」
「…ヤギ。俺はヤギを飼ってて、ヤギと毛織物の事ならだれにも負けません!」
「だから、こここ、こんな田舎者よりも、絶対にふさわしい人がいます。お願いです、これは無かったことにしてください!」
俺は立ち上がり、ここぞとばかりに牧畜遊牧民アピールをした。
勇者?俺の立場で?無理、絶対に無理ですよ?ねぇ?
「…勇者様、残念ですが、聖剣抜いたら誰だって『勇者』になるんですよ」
「まぁ、俺だって急に勇者とか言われたら、逃げ出したくなりますねぇ。聖都育ちだから逃げるって、どこだ?って感じですが…」
残念そうに俺を見つめるカイル。その隣で団長は手の中のパンフレットをぐしゃりと握りつぶした。
「隊長殿、冗談を言っている場合ではありません……」
団長は即座に「完璧な外交官の顔」に戻り、カイルに向き直った。
「我が国の国民が起こした不祥事です。我が国のヤギ全頭を差し出してでも償……」
「償う? 何を言ってるんですか。不祥事どころか、彼は聖王国にとって150年待ちわびた『勇者』ですよ。まぁ、ほら。お迎えが来たみたいですよ」
カイルが窓の外を指さす。 そこには、王宮直属の儀仗兵たちが、見たこともないほど豪華な馬車―金ぴかの車両を引いて待機していた。
その馬車を曳く白毛のたくましい馬が目に入る。
「あ、あれ、確か東のカーサ平原にいるブラン種ですよね!輝くような白の体毛。すごい! ホンモノ初めて見た!!団長、見てください!あれが、優雅なる白い稲妻ですよ!」
俺が能天気に窓に張り付くと、団長は再び胃を押さえて蹲った。
「……バカか、お前は。……この状況で馬、どこまで脳天気なんだ!いいか、今からお前は『伝説の勇者』様として王城に連れて行かれるんだぞ。その状況で馬だと!この馬頭の馬鹿者が!!」
「返して来い。あの丘に刺して来い。戻せ、ほらほら!」
団長は俺を揺さぶる。がくがくと揺れる俺に合わせて、刀身からまた少しキラキラと光が舞う。
「ええ。だって! ほら、リーングリンも『今さら戻るのマジ無理』みたいに光ってるじゃないですか!」
「剣の感情を代弁するな! 刺さらないなら、お前の左腕ごと切り落としてでも地面に置いて来い!」
「団長殿、そんな左腕だけの勇者は困りますよ」
カイルが楽しげに割り込む。
「さあ、王宮から『招待状』が来ましたからね。二人とも、使節団と言うなら、ちょうどいいじゃないですか。城へも仲良く一緒に行きましょう」
カイルは笑顔で言った。
「それに、王宮ですよ。商会を通さなくとも商談のチャンスですよ」
「……分かりました。こうなれば、王室御用達の商標を勝ち取ってからこの馬鹿の事を考えます。いざとなったら…」
団長は死を覚悟した騎士のような悲壮な表情で言った。
一方の俺は、「白い稲妻。触ってもいいですか!」と、左手の聖剣を物干し竿のように肩に担いで、意気揚々と詰め所を後にした。




