勇者はなぜ選ばれた?
冴え冴えとした月が天高く上り、薄闇の中に辺りの景色を浮かび上がらせる。
既に時刻は夜半過ぎ。もう、多くの文官も武官も眠りにつく頃だろう。
王宮の一室で、先日の報告書をまとめながら、キャリング大臣はため息をついた。
今回は北の谷にある魔素溜まりを浄化する目的だった。
多少の困難は覚悟をしていたが、意外とそれ自体はすんなり終わった。
ただ、谷にある鍾乳洞の最奥の泉が魔素溜まりで、そこを勇者が浄化して終わり。
報告書でまとめれば、たった一行で終わる。
‥終わるはずが、なぜ、ここで立ち止まるのか。
‥それは、その最奥で見つけてしまったからだ。
キャリングは頭に浮かんだいくつもの仮説を、検証することなく、どこかへ放り込んで忘れてしまいたい気分になった。実際には無理だが‥。
とりあえずは、今はあの男がここに来るのを待つしかないわね‥‥
そう心の中で考えた時に、静かに来客を告げる秘書官の言葉を聞いた。
「‥‥遅くなりました」挨拶もそこそこに、オリバーはいつものくたびれたローブから、一冊の資料を取り出した。
「これが、頼まれた調査書です」
キャリングは無言で受け取ると、急いで目を通した。
しばらくして、視線を上げて、目の前に佇むオリバーへと口を開いた。
「では、ルリアス使節団があの聖剣の丘を訪れたこと自体に、不自然な点はなかったのね」
「はい。それは間違いないです。僕も見てましたから」
「そう。では、偶然選ばれたという見方も、まだ捨てきれないわね」
「‥‥」
「何か言いたいの?」
「偶然、よりも必然の様に思います」
「必然?それはどうして?答えてオリバー」
「アルト君だけが特別だったとは限らへん、ということです」
「ルリアスの民は、聖王国の民より魔力量が多い。誰でも、とは言いません。ただ、アルト君以外にもリーングリンに選ばれ得る者がいた可能性はあります」
「では、アルト本人が何か知っていた可能性は?」
「いや~、それはないと思います。本気で、なかったことにしようとしてましたから」
「ほんま、面白い風景でした」
キャリングはニヤニヤと笑うオリバーを軽く睨むと、「すぐに面白がる‥」と小声で言った。
「じゃあ、必然だけど偶然。ややこしいわね」
「ルリアス人の中には、勇者に選ばれる条件を満たす者が他にもいた。そのうちの一人が、何も知らずに剣を抜いた」
「今のところは、これが一番ありそうに思います」
「‥なるほどね。それで、教会側の反応は?」
「シェラザード殿下が明日にも国王陛下へ奏上したい件があると‥おそらく北の伝承と魔王に関わる話でしょうね」
「‥‥伝承と魔王ね。あなたの意見は?」
「魔王ですか?こればっかりは、資料の殆どを教会が抑えてますからね~」
「それより、僕が気になるのは別のことです。あの剣。あれは。ほんまに『ルーングリン』なんですかね‥」
キャリングは窓の外へと目をやる。そこには暗闇しか見えないが、視線の先には北の山岳地帯がある。闇に隠れた山々を、それでも睨まずにはいられなかった。
* * *
同じ時刻。ガレリアとアルトの居室では‥‥
「団長~、だから、わざとじゃないんですぅ」
「あれほど、私がいない場で、余計なことは口にするなと‥」
アルトが洞窟内で口にした「ルーングリン」発言を聞いたガレリアは、手元にあった書類を丸めて、アルトの頭に叩きつけた。「酷ーい」と文句を言う姿をしり目に、引き出しから3本目になった胃薬の小瓶を取り出し、いつもの倍量を口へ入れた。
胃薬の丸薬をガリガリと噛み締めながら、今後の展開を予想していたが、暫くして諦めたようにため息を一つついた。
「あの~団長?胃薬もいいですけど。ミルクが胃に優しいとか‥」
「少し反省しろ!しばらくはハーゲン行は禁止!!」
「えええ~~酷い。鬼上司!」
騒ぐアルトを放置して、ガレリアは考え込んだ。おそらくは何らかの接触はあるだろう。その時、何を聞かれて、何を答えるか。
ガレリアの胃は更に薬を要求しそうになっていた。




