勇者、古い剣を見つけます。
その洞窟は谷の最奥にひっそりとその口を開けていた。
おそらくは長い時間をかけて作られた鍾乳洞なのだろう。
ぽっかりと開いた空間の入り口には、幾本もの枯れた蔦が垂れ下がっている。
暗闇の中に僅かに見えている鍾乳石が、まるで立ち入るモノを嚙み砕こうとする牙のようにも見える。
「ずいぶんと不気味な洞窟ですね‥‥」
カイルは目の前の洞窟を見ながら呟いた。
「ここが最後の場所なのよ。他は調べたけども何もない。ただの岩ばかりの谷底だったわ」
キャリング大臣はため息をつきながらそう答えた。
「へーこれが鍾乳洞ですか、初めて見た!不気味~」
カイルは、すぐ横ではなく少し頭上から聞こえるアルトの声に、小さくため息をついた。
自分の真横に居るはずのアルトの姿はなく、自分の横には艶々と光る黒い毛の大きな獣。
その頭に生えた禍々しい螺旋状の角も、暗い谷底に入る僅かな日の光を受けて黒く輝いている。
不気味さなら、その洞窟よりも絶対に自分の横の生き物の方が怖い。
いかん、いかん。この魔‥違うヤギだったよな。うん。
えっと、ヤギはハーゲンやダリアさんの守り神。
粗末にしたら罰が当たる。頭を振って‥カイルは自分にそう言い聞かせた。
「‥‥それにしても。まさか、その‥‥ヤギ?で来るとはワタクシも思わなかったわ」
「え?だって谷だよ馬じゃ無理だし、でもコクロウ達なら全然平気だよ?」
「‥‥ええ、ヤギ達が優秀なことは認めるわ。でもねぇ‥」
「歩きだと大変だよね。みんなもヤギに乗ればよかったのに~」
キャリング閣下とアルトのやり取りを聞いて、カイルは心の中で「ないない」と思った。
「コクロウさん」と村人が呼ぶ黒い山岳ヤギは、確かに岩ばかりの険しい谷底へも軽々と軽快な足取りでアルトを背に乗せ進んできた。
「みんなもヤギに乗ったら楽だよ~」
と気軽に勧められたが、「はい、そうですか」とヤギへ騎乗することは無理だ。
魔獣化したイノシシをも撃退する強い巨大な獣だと思うと、普通に怖いよ?
結局はアルトの申し出を、皆で丁寧に辞退することになった。
キャリングの号令で騎士団全員が洞窟突入態勢を整えた。
先頭は当然、騎士団が固める予定だったが、アルトが自分が先頭を行くと言い出した。
「それは許可できないわよ。勇者様。何かあったら責任問題になるのよ」
「ええ~。でも、コクロウは夜目が利くから暗闇でも危険なら知らせてくれると思うけど」
結局、しばらく話し合った結果、「絶対に前に出過ぎない。先行しない」を条件にコクロウとアルトが先頭を行くことに決まった。
「では、オリバー、ちょっと前に来なさい!」キャリングは大きな声で後方へ叫んだ。
隊の最後方辺りを、息も絶え絶えに付いて来ていた魔導士が、「はいはい、聞こえてます」と言いながら、キャリングの前に現れた。
「ほら、中は真っ暗だからあなたの出番よ!光らせて!」
「呼ばれた思ったらそれですか‥‥」
オリバーは恨みがましい目線でキャリング大臣を軽くひと睨みして表情を改めると
「いでよ!我が偉大なる光よー」と言いながら、右手を勢いよく前に突き出した。
そしてオリバーの右の手のひらの上に、こぶし大の光の玉が出現した。
「おお! オリバーかっこいい!」アルトは盛大に拍手をして喜んだ。
「‥‥はいはい。松明は中の状態が分からないと危険だからよろしくね」
「‥‥人間ランプ扱いですね。ええ、わかってます」
こうしてアルトたちは鍾乳洞へ足を踏み入れた。
隊列はコクロウとアルトを先頭に、その右横にカイル、そのやや後方に人間ランプのオリバーが続き、そのあとを第二騎士団員、中央に守られる形で教会騎士とシェラザード、後方は第三騎士団とキャリング大臣が殿を務めた。第二騎士団数名は鍾乳洞入り口で待機だ。
オリバーの光源はそう大きくはないが、洞窟内がさほど広くもないおかげで、なんとか隊列をカバー出来る明るさを保っていた。
洞窟内は驚くほど静かだ。時折、天井から鍾乳石を伝ってしずくが落ちる。
その水音と隊列の足音だけが洞窟内に残る。
普段なら小さなはずの音が妙に大きく聞こえるのは、ほかに音がないせいだ。
ただ、スーッと空気が洞窟奥から冷たい風となって吹き付けて来る。
「‥‥少しだけ魔素を感じますねぇ」
「うん。コクロウもちょっとだけ緊張してる気がする」
「それ、大丈夫ですか?」
「うーん、警戒してる感じじゃないから、たぶん大丈夫‥だよね、コクロウ?」
アルトはオリバーと話しながら軽くコクロウの背を撫でた。
コクロウは耳を少し後ろへ倒した「うん‥少し警戒してる気もするなぁ。でも大丈夫そう」
アルトの返答に、オリバーは「ほんまですか?」とやや疑わしそうだ。
そんなやり取りを続けながら、更に奥へと進む。
時折誰かが踏む、水たまりの水の跳ねる音。息遣い。オリバーの光源で照らされた洞窟内は、鍾乳石の影が不気味な造形を形作る。現れては遠ざかるその影からは、水の滴る音だけが木霊していた。
どれだけ進んだのだろう。オリバーが立ち止まり口を開いた。
「‥このままやと、まずいですね」
「異変か!」即座にカイルは剣の柄に手をかけた。
「違います。そうじゃなくてですね。僕の魔力問題です」
「‥ああ。なるほど、どれぐらい持ちそうなんだ?」
「うーん。ここから引き返すぐらいならなんとか‥‥」
急遽、進行は停止して、キャリング大臣の指示を仰いだ。
「オリバー、魔力少ないわね。鍛えなさいよ」
「‥‥それ、世界中の全魔導士を敵に回す発言ですね。僕は至って平均的な魔力量ですから、少なくはあ・り・ま・せ・ん」
「あら、魔力切れの魔導士なんて、担いで逃げる以外どうしようもないお荷物だわよ」
「‥使い倒してその言い方ですか‥‥」
「じゃあ、オリバーの魔力が切れたら、俺がさー、リーングリンを光らせたら‥‥」
「勇者様。聖剣は松明ではありません。もう少し敬意を持ってください」
「それで、進むか引くか。どうしますか?」
堪らずカイルが口をはさむ。
結局は、もう暫くは進んで、変化がなければ一旦戻り、明日に再出発となった。
オリバーの魔力消費を抑えるために、光源をやや控えめに進む。
「殿はワタクシだから少しぐらい暗くても大丈夫よ」
キャリング大臣の頼もしい一声で、一同は先を進む。
再び静寂の中を、更なる異形の影が濃くなる中を‥‥。
急にコクロウが足を止めて、鼻をひくつかせた。
「どうした?コクロウ?」
「待ってください。匂いが‥魔素が強くなりました。この先、何かあります」
オリバーも異変を察知し、警戒を発した。
....洞窟の奥。少し右に曲がるその先から、微かな水音が聞こえる。
しかし、光源はまだ届かない。届かない先から聞こえる水が滴り、水の中に垂れ落ちる音が聞こえてきた。
「‥‥カイル、念のために剣を、皆も戦闘準備をして警戒」
「殿下は後方へ、勇者さま、あなたも後ろね」
「ええ。俺はコクロウがいるから大丈夫だよ!」
「‥‥わかったわ。コクロウさん。もしもの時は勇者さまを後ろへ運んでね」
そして、念のためにゆっくりと進む。そして、緩やかに右へ曲がる。
「魔素が更に濃くなってます」
オリバーの声が一段低くなった。
彼が右手に灯す小さな明かり‥‥その行く先を僅かな光が照らす。
照らし出されたのは、洞窟内に広がる、地底湖を思わせる泉。
ーー魔素溜まりだ。そして、さらに足を伸ばして泉に近づくと、泉の向こう岸。洞窟の行き止まりになっていた、その場所に‥‥何かがある。
「‥‥あれは、なんだ‥‥」
その時、「グシャ‥‥クシャリ‥‥」何か小さな音が聞こえる。直ぐ傍からだ!
カイルは全身から冷たい汗が噴き出すのを感じた。右手に掴んだ剣の柄を固く握り込む。音のした方を見る。
「こら!コクロウ、そんな変な苔食べちゃダメだよ~、おなか壊すからダメ」
‥‥コクロウが足元に生えた苔を食んでいた。周囲から緊張が抜けるような吐息がいくつも聞こえる‥‥カイルも脱力しそうになる自分を奮い立たせた。まだ、緊張を解いてはだめだ!と。
「オリバー!前をよく照らして頂戴!」キャリング大臣から鋭い声が飛ぶ。
「‥‥了解ですが、魔素濃度高いです。警戒してください」
いつになく真剣なオリバーの声にも緊張が走る。
そうして、一歩進んだその先、光源は更に強く、最奥の何かを照らしだす。
その先にあったのは、朽ちかけた様に古い何か‥‥祭壇か?
そして、その台座には‥‥何かが置かれている。あれは?なんだ。
「‥‥とにかく、あそこへ行ってみましょう」
キャリングの指示のもと、最奥の祭壇へと泉をよけて向かう。
祭壇に近づくごとに、オリバーの光の玉は僅かに明滅する。
「魔素が‥多すぎて制御が難しいですね‥‥」
「ワタクシが前に出るわ。カイル、勇者さまをお願いね」
キャリングが先頭に立つ。その後ろからオリバーが前を照らす。
アルトを乗せたコクロウとカイルがその後に続く。
‥近付くごとに祭壇周辺の様子が明らかになる。
光に照らされ崩れかけたような石の台座。その上にあるのは。
‥‥あるのは‥‥一振りの剣。しかも刀身は半分に折れて‥‥今にも崩れそうなほどに見える古い剣。しかし、アレは‥‥似ている‥‥
その時。「わ!なんだこれ?」急にアルトの声が空間に反響する。
見ると、わずかに聖剣から白い光が流れ出していた。
「勇者様?急に?なに?」
「わかんない。リーングリンが勝手に‥‥」
聖剣から流れ出した光は静かに、あの折れた剣へと注がれていた。
光を注がれた古剣が、僅かに発光している様にも見えた。
否、発光しているのは折れた剣の柄の根本。そこに埋め込まれた‥‥
緑の石が瞬くような光を発して僅かに輝いていた。
「なんだあれは?」「まさか‥‥」
周囲からも動揺の声がさざ波の様に広がる。
「殿下‥‥」
祭壇を凝視するシェラザードはその目を見開いたまま微動だにしない。
キャリング大臣が素早く指示を出した。
「各自、動かずに待機。いい。動かないで」
「オリバー、まだいける?無理なら後ろへ下がりなさい」
「第二騎士団、前へ。松明の用意をして頂戴」
「勇者さまは‥‥え!」
その時、アルトの腰の聖剣がガタガタと音を立てて震えた。
「え!どうした!リーングリン!」
思わず、アルトが聖剣の柄を握った。その時だった。
聖剣から真っ白な強い光が放たれて泉を、祭壇を‥辺りを包む。
ーーーそれは浄化の光だ!
「ううっ!」アルトの口からうめき声が漏れる。
「勇者さん!!あかん!手を‥‥魔力が!」
「アルト君!」
オリバーとカイルがアルトに駆け寄る。しかし‥‥アルトの顔色は青い。
「‥‥大丈夫」掠れた様なアルトの声が聞こえた。
「‥‥ちゃんと残したから」
「メェ‥‥」コクロウがアルトを気遣うように小さく鳴いた。その鳴き声にカイルは「本当にヤギだったんだ‥‥」と思ったが口にはしなかった。
「‥‥アレを」
シェラザードが静かに祭壇を指さした。そこにはもう、剣は崩れて跡形もなく、ただ、緑の石が僅かに光を残して輝いていた。




