異変は北から来る。
「‥以上を持ちまして。本件の報告事項とさせて頂く」
今日は先の北部シガス高原並びに近隣村の被害報告議会が開かれていた。
キャリング軍務大臣は報告書に書かれていた内容を、議会の場で読み上げた。
既に、あの一件からはひと月過ぎている。
ーーさて、この報告で、はじめにどこが噛みついて来るか、おそらくは‥
「キャリング大臣。その報告では北のシガス高原奥地で発見された魔素溜まりはそのまま放置されているように受け取りますが、そこはいかがお考えですかな」
マルクス外務大臣が眼鏡を指先で軽く押し上げながら資料からは目線を上げて発言をした。
ーーやはり、そこよね。キャリング大臣は真っすぐ視線を受け止め次の発言を口にしようとした時‥
「そうですぞ。なぜ、そのまま勇者を谷へ向かわせなかったのですか」
そう発言をしたのは、バルト内務大臣であった。
キャリング大臣は内心で出たわね!貴族主義者!と思いながらも、表面上は冷静さを失わない様に努めた。
「それは出来かねます。勇者アルトの出身国であるルリアス共和国と結んだ協定にも違反する」
「フン‥協定などと‥」そう言いながら、バルト大臣はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「そんなモノ、かの国と我が国の国力の差で如何様にもなりましょうぞ。それよりも、勇者をいかに活用するか。このような場面でこそ、勇者を使わねば勿体ないですな」
「お言葉ですが、勇者の取扱いに関しては、陛下のご意向です」
キャリング大臣は淡々とそう述べた。流石に「陛下のご意向」に逆らう気はないのか一瞬バルト大臣も嫌そうな顔をしたが、続けて意地の悪い目線をキャリングへ向けた。
「‥では、なぜ、今回は被害が出たのか。まさか、軍務は北の警戒を怠っていたとか言いますまいな」
「しかも、結果として村ひとつが放棄される事態となった。王国の大事な資産が減ったという事ですな。その辺はどうお考えか軍務大臣殿」
「北へは第二騎士団を派遣して警戒態勢をとっていた。しかし、結果として被害が出たのは事実。その責任は、責任者たるワタクシにあります」
「ふん。口では何とでも言えるものですな」
バルト大臣はそう吐き捨てるように言った。
その横顔をちらりと見て、マルクス大臣は口を開いた。
「その件は、ここまでに致しましょう。それよりも本題は今後の北の調査です」
そう周囲を見渡して言った。
「では、本題に戻りましょう。北のシガス高原への再調査は必要ですな。谷の魔素溜まりが放置されたままでは、今回の様な襲撃事件が起こる危険性があります」マルクスは続けた。
「その認識で軍務省でも早急に再調査の日程を組む予定です。もちろん勇者も同行していただく予定で考えている」
「外務省でも確認しましたが、勇者への調査依頼自体は問題はありません。ただし、安全の確保には全力をお願いいたします」
「そこは十分配慮する。次の調査には現在北部駐留の第二騎士団に加えて、第三騎士団の一部も従軍させる予定で計画している」
キャリングは具体的な計画について議会へ提示した。
マルクスはその計画書を確認して顔を上げた。
そういえば、まだ、何も発言していない人物がいる。
ーー第三王女シェラザード殿下
「殿下、この計画に関して、殿下からのご意見はございませんか?」
いきなり意見を求められた形だが、シェラザードは動じる事無く静かに顔を上げた。
「教会からは今は特に話すことはありません。しかし、十分な警戒をお願いします」
「そちらは、十分な人材と軍備を整えて臨みます」
キャリング大臣は答えた。しかし、シェラザードは小さく首を振った。
「‥軍備の話ではありません」
議会の空気が僅かに変わった。
マルクスはシェラザードへ問うた。
「殿下、どういう意味でしょうか?」
シェラザードは窓の外へ一瞬だけ視線を向けた。
「北の大地には古い言い伝えがあります『異変は北から来る』と‥」
「それは民間の伝承だと聞いています」マルクスは静かに口にした。
他の議会出席者数人もお互いの顔を見合わせる。
シェラザードはそのマルクスの言葉を否定も肯定もしなかった‥
「‥そうですね。しかし、教会もその伝承を大切に受け継いできました。
今は、その事だけをお伝えしておきます」
ただ、静かにそう告げた声は、いつまでも皆の耳に残った。
* * *
こうして会議で「シガス高原奥地の谷の魔素溜まり再調査」が承認された。
会議後のマルクス大臣執務室では‥
「はぁ、本当にムカつくのよね。あのバカ貴族」キャリングは肩をその太い指で揉みながらそう呟いた。
「彼は、今回の勇者の一件で、蚊帳の外に置かれていることが許せないのですよ
‥それに、完全に勇者関連の利権からも遠いですからね」
秘書官の入れた熱いコーヒーを一口すすり、マルクスは「実務手腕はともかく、プライドだけは高いですからね」と付け加えた。
「フン。プライドだけ高い。最悪ね。勇者はバカ貴族のおもちゃでも、自由にできる駒でもないことが分からないなんて」
キャリングは目の前のブランデーグラスの中身を一気に煽った。
「キャリング殿。私の部屋で飲み潰れないで頂きたいですな」
「あら、嫌ね。ワタクシそこまでお酒に弱くはないわよ」
「‥それにしても、肝心なことは何も話さなかったわね‥‥」
「‥‥シェラザード殿下ですかな」
「ええ、そうよ。だって、ハーゲンで北の話を聞いたのよ。何か殿下から詳しい話があるのかと思っていたわ」
「『異変は北から来る』でしたかな‥‥」
「そう、でも、何が来るかまではわからないのよ。ただ、『逃げろ』とだけ伝わっているそうよ」
「北の調査、殿下は同行なさるおつもりですかな」
「‥ええ。そこは教会から連絡があったわ」
キャリングは自分で持参したブランデーをグラスに注ぎ足した。
マルクスはその量の多さに、眉間にしわを寄せた。
「北で何が見つかるか、その結果、殿下が何を語るか。そして、勇者アルトがどう出るか‥‥」
「本当に予想もしないことばかりだわ。あの勇者様。想定外すぎるのよ」
「‥それは、その通りですな。しかし、ハーゲンは勇者の心を繋ぎ止める良い場になった」
「あら、嫌な言い方をするわね。ちょっと人の悪さが出てるわよ」
「事実ですぞ。あの勇者が何を望むのか、何を与えればこの国の勇者を続けてくれるのか。われらには皆目見当がつきませんからな」
「そうね~。本当にわからないわ。ああ。ひとつ言えるのは‥‥」
「なんですか」
「あのヤギ。あれってヤギよね?もう、全然、規格外すぎて、ルリアスと聖王国の常識が全然違うって事よ」
「‥‥ああ。それは、私も部下から報告は受けてます。魔獣かと思ったとか」
「しかし、良い毛並みと乳製品も高品質。産業としては申し分ありません」
「‥‥強さも申し分なかったわよ‥‥」
こうして、会議後の秘密会議は参加者二人で夜遅くまで続けられたのだった。




