北から始まる。逃げろ。
「これで最後の一頭か?」穴を掘っていた騎士が聞いた。
「おう。それで終わりだ」荷車でイノシシの死骸を運んできた騎士はそう答えた。
アルト達が駆け付けた時に、イノシシの大半は絶命していた。
しかし、数頭は瀕死の状態で息があった。
‥死んだイノシシと辛うじて息のあるイノシシ。
アルトは、生きているものにも死んだものにも、リーングリンの祝福を施した。
イノシシ達の体から、魔素が抜けていく。
開いたままの瞳から赤い濁りが消え、本来の茶色へと戻っていく。
瀕死のイノシシをどうするかが話し合われたが、流石に被害が出た事を考えれば、野生に戻すという選択肢は取れない。
そうしてキャリングが決断を下し、騎士達が止めを刺した。
それをアルトは無言で見ていた。
特に残酷なことだとは思わない。自然はいつだって厳しい。そういうものだ。
こうしてイノシシの死骸は村から離れた場所まで運ばれて、騎士の掘った穴の中へ。
埋める前に、残った魔素を払うため、アルトがもう一度リーングリンの祝福を施した。
その数の合計は32頭だった。
村では、壊れた牧柵や、村の防護壁の修理に余念がない。
そして、すっかり美しく磨き上げられたヤギ達が、今日ものんびりと草を食む。
その中には、アルトの愛馬ミストの姿や、キャリングの愛馬コロンの姿もあった。
その姿をのんびりと眺めていたアルトは、ダリアから次々と用事を言いつけられていた。
「次は水!汲んできて。ほらカイルさんと一緒に、行った行った!」
「うへ~。もう少しのんびりしたいのに~。」
「のんびりなんて、年取ったらいつでもできる!若い時は働く!」
「あれ?そういえばオリバーは?」アルトは姿の見えない魔導士を探した。
「ああ~あの魔導士さん?寝てるわよ。体中が痛くて起きれないって!」
「‥あ。カイルさん、水汲みの後はいつもの作業も!」
「‥はい」
その姿を見た村人たちは、「平和だなぁ」と感じていた。
集会場の中では、キャリングとガレリア、シェラザードの立会いの下、ハーゲン村とスワール村の代表で話し合いが行われていた。
「‥‥いえ。我々のうちフォーンへ向かうのは7名だけになりそうです」
「では、怪我人以外にもハーゲンへ残る者がいると?」ガレリアは静かに聞いた。
「はい、ダメでしょうか?」
「ハーゲン側はいかがですか?」
「‥いや、我々は構いませんよ。今も入植者の追加を募っているところですから」
「ありがとうございます!」
「しかし、よろしいのですか?スワールへは戻らないと決めて」
スワール村の代表たちはお互いの顔を見た。そして、小さく頷き合った。
「‥あそこは、もう、安全とは言えません。冬の備蓄もすべて失いましたし‥」
「それに‥村に伝わる話もありますから‥」
黙って村人たちの話し合いに耳を貸していたキャリングは口を開いた。
「村の伝承?ワタクシにも詳しく聞かせて頂戴」
スワールの村人は恐縮しながら
「私も子供の頃に古老から聞いた話です。ただ、北から始まると……」
「始まる?何が?」
「‥詳しくは何も、ただ、その時は逃げろとだけ‥」
「逃げろ‥ですか‥それだけですか?」ガレリアはスワールの民に確認をした。
「‥はい。本当にそれだけなのです」村人は消えそうな声でそう答えた。
シェラザードは、何かを言いかけて、やめた。
その姿を、キャリングは黙って見つめていた。
そして、ガレリアは懐から胃薬を取り出し口へ入れた。




