勇者、牧場は無事でした。
谷からすでに数時間、俺たちは馬を急がせ続けていた
「ごめんミスト!後で絶対に美味しい牧草を食べさせてあげるから。もう少し頑張って!」
俺は何度も何度も、道中で、そう愛馬にお願いをした。
ミストは「わかってる」と言いたげに鬣を靡かせて走った。
「アルト!まだ、ハーゲンと決まったわけではない!」
ガレリアは俺の左隣へ馬を並べた。
それは、わかってる、でも、イノシシたちの足跡はハーゲン村へ、その方向へと伸びている。
ちらりと、右隣のカイルを見る。
カイルも真剣な瞳で馬を走らせている。その気配には焦りが含まれていた。
‥それに、再びガレリアの声が聞こえた。
「ハーゲンにはコクロウとダリアがいる。だから落ち着け。あの二人なら大丈夫だ」
俺は唇を嚙んだ。それはわかってる。
でも、コクロウの漆黒の毛並み、小さい子供の頃から、その背に揺られて育った。
ダリア姉さんの温かな微笑み。毛織物の事は、すべてダリアに教わった。
わざわざ遠くルリアスから来てくれたヤギ達。
新しい牧場。共に働くハーゲン村の村人たち。
全部大切な宝物だった。
現在、俺たちは先行隊として、十騎程で駆けている。
殿はキャリングが務めている。オリバーは、当然、後方隊だ。
針葉樹の森を抜けた時、遠くにハーゲン村が見えた。
‥しかし、イノシシの足跡は、真っすぐにハーゲン村へと続いていた。
「!!コクロウ!ダリアねーさん!」俺は叫んだ。
徐々に視界に村の全貌が見えてきた。俺は目を大きく開いた。
その視界に飛び込んだのは、牧柵前の夥しい数のイノシシが倒れている光景と――
笑顔の村人が、ヤギ達についた返り血を洗い流しながら、
「よーし、ピカピカの輝く純白にしてやる!」
と言いながら毛並みを整えている姿だった。
俺は馬から飛び降りて、コクロウの首にしがみ付いて泣いた。
子供の様に、大声で泣きながら、その漆黒の首筋に顔を埋めた。
「良かった。本当によかったーーー!!」泣きながら叫んだ。
「アルト!泣きすぎよ」ダリアは呆れてその姿を見ている。
「ダリアさん!無事でよかった‥本当に」カイルも駆けつけて安堵を浮かべた。
「コクロウさんがやってくれました!」
「ダリアさんは村の護衛隊長です!」
村人たちが口々にコクロウとダリアを称える。
「あのね、コクロウしゃん、イノシシをだーんって」と子供が嬉しそうに身振りで説明した。
キャリングがシェラザードへねぎらいの言葉をかける。
「殿下、避難早々、とんだ災難でしたわね」
「ワタクシも、まさかこちらにイノシシが来るとは予想できませんでした」
「心よりお詫び申し上げます」
「‥‥。いえ‥‥」シェラザードの顔色は雪を通り越して氷の様に青ざめている。
よほど怖かったのだろうと、キャリングは思ったが‥‥
コクロウの首にしがみ付いたままの俺にシェラザードは静かに聞いた。
「その‥‥コクロウさんは‥‥本当に、ヤギなのですか?」と。
「え??ヤギだけど?なんで?」
「‥‥いえ。その‥‥私の知るヤギとは様相が、かなり違いますから‥」
いつもの冷静さと神秘的な威厳もなく、その姿は年齢通りの少女のままであった。




