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勇者不在、ヤギが守ります。

乾いた北の風が牧草を揺らしていた。

山岳ヤギ達は急斜面の山でも軽やかに進んでいく。

険しい山肌を縫うように、ヤギ達は思い思いの場所で草を食む。


「そろそろヤギ達を集めないとね」

ダリアは隣のコクロウの背を撫でながら指笛を鳴らそうとして‥


「コクロウ?どうしたの?」コクロウの異変に気が付いた。


「コクロウさん?どうかしたんですか?」


近くでヤギ達を見ていた村人が聞いた。


コクロウは微動だにせず、遠く北の山並みを見つめている。

その赤金の眼差しに、険しさが宿る。そして、小さく唸り声を出す。

僅かに殺気立つコクロウの気配にダリアは気が付いた。

これは‥‥何かが来る!北か!


「村人を集めて!集会場!早く!」


「え。ダリアさん何が??」


「コクロウが警戒してる!」

「いいから走れ!」


ダリアは指笛を吹いてヤギを呼ぶ。


「おまえらーーーーー早く集まれ!!」


ダリアの掛け声にヤギ達が一斉に顔を挙げた。

そして、山肌を駆けて来る。


その姿を見て、村人は駆けだした。


「いい!村長にも伝えて!」


背後からダリアの叫ぶような声がその背を押した。

 


           *    *    *



ちょうど、その頃、村では避難民の受け入れが始まっていた

集会場周辺は、スワール村から避難して来た住人と、付き添いの教会騎士。

そして、シェラザードを迎えるために村長や村の顔役が集まっていた。


「ででで‥‥殿下!こここ‥‥のたびは‥‥」


「‥挨拶は不要です。スワールの民をお願いいたします」


早馬での連絡は受けていたが。いきなりの王族の登場に、村長は体の震えが止まらない。

辛うじて絞りだした声も震えて上手く喋れない。


挨拶も早々に、王女殿下が避難民の中でも怪我を負った住民への、必要な処置を指示してくれる。

‥わしらの様な寒村の貧しい平民に、何とお優しい王女様だ。

密かに感激に打ち震え、益々震えが大きくなる。

もはや目に見えてガクブル震える村長を、周囲はとりあえず放置して避難民受け入れを始めていた。


ーーそこへ


「おおおい!大変だ!」


と、先程の村人が転がる様に駆けつけた。息も絶え絶えの慌てぶりに、

「どうした!何があった?」とほかの住人が声をかける。


「いや。なんだかわからないが‥コクロウさんが‥」


「コクロウさんが?」


「警戒をしてるから、集会場に集まれって!ダリアさんが‥」


「!コクロウさんが!それにダリアさんも!」


「急ぎ村長に報告だ!」


‥こうして、ハーゲン村の攻防戦は始まろうとしていた‥




           *    *    *




コクロウは北の山から来る気配を見据えていた。

後ろではダリアが集めたヤギ達を牧柵前に整列させていた。


「よーし、逃げるんじゃないよ!」

「いつも通りやればいいからね!」


ダリアが指笛を吹いてヤギ達に檄を飛ばす。


と、その時。コクロウの赤金の瞳に強い光が宿る。

全身の漆黒の毛が総毛立つ。前脚を強く地面に打ち付ける。


他の100頭近いヤギ達も、その姿に、一斉に北へ鋭い視線を向けた。


「来た!」ダリアは鞭を抜いて構えた。


異変は地面を伝う不気味な振動から始まった。

最初は小さく‥やがて地響きの様に‥そして、ついにダリアの視界もその影を捉えた!


「あれは、魔獣?イノシシか!なんて数だ!」


大地を揺らし、土埃をあげ、辺りの木をなぎ倒し激しい破壊音を立て疾走する塊。

辺りに禍々しい魔素を垂れ流し荒れ狂う。それはまさしく厄災と呼ぶに相応しい魔獣の群れ‥

北の谷から溢れ、飢えを満たすために荒れ狂う30頭を超える野獣イノシシ達だった‥


村の中でも人々は異変を感じ取っていた。

村の井戸水が細かく波紋を立て、民家の梁がカタカタと震え出す。


「おい‥なんだ、この地鳴りは?」


「これが、コクロウさんが警戒してた‥」


それはやがて大きな振動へと変わり、人々を恐怖へと駆り立てていた。

集会場の屋根に上り、辺りを警戒していた若い村人が叫んだ


「なんだ!あの土煙は!」


大地を蹴る音が地鳴りの様に響く。周囲に土煙を散らし突進してくる塊達。

一頭一頭が走る巨大な肉塊であり、群れが押し寄せる様は、まるで黒い山津波だ!


「イノシシ!!」

「違う魔獣か!」

「魔獣の群れ!!数が‥多いです!」



集会場に避難していた村人が騒めく。子供たちの恐怖で怯える泣き声も聞こえる。

しかし、誰から呟いた「大丈夫、コクロウさん達がいる」

村人の中で、波紋が広がる様にその呟きも広がる。


ーーそうだ、ここにはコクロウさんがいる!


魔獣急襲の報告を受けて、シェラザードは立ち上がった。


「巫女姫様!どうか姫様はこちらで!」

「我々が押し止めます!」騎士たちが必死に引き留める


「‥王族の義務を果たさねばなりません」


「殿下!」


‥その時、ハーゲン村の女性がシェラザードへ声をかけた


「あの‥その姫様。この村なら大丈夫です。コクロウさん達がいますから」


「コクロウさん?」シェラザードは問い返した。



ーーーその時、コクロウ達は迫りくるイノシシに対峙していた。


地響きを立て、その黒い濁流の様な魔獣イノシシ達はコクロウ達を目指して突進してくる。

その両眼は飢えた獣の欲望と魔素による狂気が相混ざり、血の様に赤く濁っていた。

口から泡の様な涎をまき散らし、雄たけびの様な奇声を発して突進してーー


中でも、一番先頭を走り、正面から突っ込んできたのは最大の個体だった。

正面を見据え、微動だにしないコクロウへそのイノシシは


ブゥォオオオオーー雄叫びを挙げて突進した。


ドォーーン!!肉が固いものにぶち当たる爆音が辺りに響いた。


それを皮切りに、次々とイノシシがヤギ達へと突進する。

辺り一面に重い物がぶつかり合う爆音と土煙が上がる。


荒れ狂ったイノシシの突進を受けたコクロウは、その後ろ脚を大地にめり込ませ、それでも一歩も引かない。


それどころか、その大きな螺旋の角でイノシシの牙を引っ掛けると、そのまま軽く頭を振り、その巨大な肉体のイノシシを空中へ投げ飛ばした!


ーードシャリと重い物が地面に叩きつけられる音が響く。


巨体は岩混じりの地面へ叩きつけられ、鈍い音とともに動かなくなった。

その間を置かずに、次々とイノシシがコクロウへ突進してくる。


しかしコクロウは引かない。時には受け止めて跳ね飛ばす。また、角で空中へと振り飛ばす。投げ飛ばす。


他のヤギ達も、イノシシの突進をその角で受け止めて、投げ飛ばし、弾き飛ばす。

正面からヤギの頭突きを受けたイノシシは、グシャっという音を残し、体を沈める。


‥日頃から岩場でぶつかり合う山岳ヤギの頭部と角は、驚くほど頑丈だ。


辺りに舞う血しぶきで、ヤギの毛は赤く染まるが、その殆どはイノシシのものだった。


「おまえらーー踏ん張れよーー」ダリアがヤギ達に檄を飛ばす。

そのダリア自身も、巧みに鞭でイノシシの勢いを殺し、ヤギのアシストをしていた。



ーーその時


バリバリバリィ、悲鳴のような破壊音と共に、村を守る頑丈な牧柵が、粉々に砕け散った。脇にそれて突進してきたイノシシ数頭が村の中へと侵入した


「チィ!しまった!」ダリアはそれに気づき、駆けだした。

「コクロウーー!村のなかだ!」ダリアの呼び声にコクロウが振り返る。


自身に突進してきたイノシシを赤金の瞳で睨みつける。

そして、自ら歩を進めてそのイノシシに頭突きをかまし‥イノシシを弾き飛ばした

そして、地面に沈むイノシシを振り返ることなくダリアの後を追った。




            *    *    *




集会場の中は緊張に包まれていた

地響きと共に梁はガタガタと揺れる。


ーーそして、激しく何かが打ち付けられる音。重い何かが地面に叩きつけられる音。

その度に振動で家屋が悲鳴を上げる。皆が固く目を閉じ何かに祈る。



「うわぁ!イノシシだ!数頭村へ侵入したぞ!」


ーー屋根の上の見張りが叫ぶ。


集会場に衝撃が走る。悲鳴が聞こえる。

「コクロウさん助けて!」子供が叫ぶ。


3名の教会騎士たちが入口へ走る。


「おまえ達は殿下をお守りしろ!」残る2名にそう言い残して。


シェラザードは堪らずに立ち上がる。


「私も参ります」


「いけません殿下!」



「きたーーー!イノシシだーー!!」


屋根から叫ぶような声が聞こえた。

その時、ドオォォン。何か固くて重い物が集会場の建物にぶち当たった。

建物が大きく揺れてギシギシと軋む。室内に人々の悲鳴が上がる。


「うわあああああーーー」


屋根から悲鳴が聞こえ、何かが屋根を転がり‥

ーードサリと窓の外に転がり落ちた。


思わず、シェラザードは窓へ駆け寄った。外には屋根から落ちた若者の村人が蹲っていた。

そこへーー真っ赤な目をぎらつかせ、狂気に支配された魔獣ーーイノシシが迫る。


「ヒィィィーーーたた‥助けてコクロウさん!!」


シェラザードは息をのんだ。目の前のイノシシに体が竦む。

その時、大きな黒い影がイノシシと若者の間に割り込む‥


「魔獣!」シェラザードは恐怖のあまり叫んだ。


そこには、イノシシなど比べ物にならない程の、圧倒的な存在感。

漆黒の角は禍々しいまでに捻じ曲がり、血を滴らせて螺旋を描く。


「‥‥そんな‥あんな魔獣など‥」シェラザードは絶望に沈みそうになる。


「コクロウさん!コクロウさんが来たぞ!」窓に群がる人々が叫ぶ。


「え?」


窓の外では、突進したイノシシを、その漆黒の魔獣が軽々と弾き飛ばした‥


「ウォーー俺たちのコクロウさんだ!!」

「コクロウさん!助かった‥‥」


村人は歓喜の声を上げる。

「コクロウシャン。がんばっちーー」かわいい幼子の声も聞こえる。


シェラザードは呆然と窓の外を見ていた。

そこには次々とイノシシを弾き飛ばし、角で投げ飛ばす漆黒の魔獣。

しかし、村人はその姿に狂喜乱舞した。


「‥‥アレはいったい‥‥」


「コクロウさんですよ?」


「え?コクロウさん??」


ニコニコと満面の笑顔で小さな子供を抱いた母親が答える。


「はい。コクロウさんです。この村のヤギの」


「‥‥ヤギ‥‥ヤギと言いましたか?」


「はい、ヤギです」


ヤギ?ヤギは白くて足は4本で‥‥足。アレも4本。ならヤギでいいの?

シェラザードは混乱のままに立ち尽くした‥‥。



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