勇者、間に合いませんでした。
高原の岩肌から吹き下ろす風は、肌を刺すように冷たい。
それでも、つい先日までは、高原の美しい村の風景がそこにあったはずだ。
今は凶暴化した野生動物からの容赦のない攻撃の跡が生々しく残っている。
青々と茂っていたはずの畑はイノシシに無残にも掘り起こされ、作物も食い荒らされていた。
カイルが残骸となった農作物から、まだ食べられそうな物を村人と選別をする作業をしていたが‥「酷いなコレ。芋の部分は全部食べられてる」と呟いた。
俺は畑で、辛うじて残っている芋の茎を手に取った。
「今はちょうど、芋も収穫前で一番旨い時期だし」
「まるまる太った芋はイノシシの大好物だからな‥」
畑にいる村人や片付けを手伝う騎士たちのため息が漏れる。
これだけ荒らされては、冬の備蓄は無理だ。その厳しい現実を目の当たりにした嘆きだろう。
教会騎士やシェラザードと怪我人の状況を確認しに行ったオリバーが畑へやってきた。
「勇者さん、‥こっちも酷いですね」
「オリバー!怪我人の様子は?」
「‥命は何とか、と言いたいところですが‥1人危ないです
老人がイノシシの牙で、傷が深くて出血が多くて危篤です」
俺は左手に持った芋の茎を思わず握りつぶしそうになった。
「団長たちは?」自然と声が震える。
「キャリング閣下と団長さんは村長から詳しい話を聞いてます」
「そうか‥‥」
気が付くと俺もため息をついていた。拾い集めた芋の茎を籠に入れながら。
‥その視線の先には、急ごしらえで作られた獣除けのバリケードがあった。
頑丈な木を人の背丈ほどもある障壁に使い、そこに魔除けの文様を刻む。
この文様はオリバーが刻んだ。「まあ。気休めです」そう言いながら。
それでも、それがある事で村人が安堵するなら‥‥とオリバーは語った。
村の中の有様も酷かった。
昼間だというのに、人の往来もなく、この辺りの村に多い、木と泥でできた粗末な家屋は、獣の攻撃を受けたのか、所々で大きな破損が見られる。
村の周囲にも、大急ぎで頑丈な木柵を建てようと、騎士と若い村人が奮闘している。
俺は壊れた家屋の壁にこびり付いた獣の毛を手で摘んだ。
ヤギ達よりも硬く短い毛は、べたついて匂いも強い獣臭だ。
「イノシシの毛にしては、嫌な臭いがきついな」
「‥毛に魔素がこびり付いてますね」
「わかるのそれ!」
「ええ。わかります。もうこの濃さなら‥嫌な事ですが魔獣と言ってもおかしくはないですねぇ‥‥」
オリバーは小さな声で言った。
「アルト」「勇者様‥」固い声が俺を呼んだ。
一番大きな建物からガレリア団長とキャリング大臣が出てきた。
後ろの建物の中から、誰かが誰かを呼ぶ声が聞こえる‥‥そして、嗚咽も。
続いて出てきたシェラザードと教会騎士。
シェラザードが俺に気が付いて、小さく首を横に振る。
自然と左手でリーングリンの柄を握り込んでいた。
手の中で、微かに聖剣が震えた気がした。
「勇者様、谷へ行きたいの。いいかしら」
問う形だが、キャリング大臣の声には否を言わせない迫力がある。
俺も「はい」と短く返事を返す。ガレリア団長も無言でうなずいた。
スワール村の村人は全員が退避することが決定した。
退避先に選ばれたのは、北部で唯一の宿場町、「フォーン」だ。
しかし、フォーンまでは遠い。怪我人や老人を連れて一気に移動することは難しかった。
その為、避難民は途中のハーゲン村を経由することになった。
ハーゲン村なら大きな集会場があるから、ここの村人なら十分に収容は可能だ。
長距離の移動が難しい怪我人は、そのままハーゲン村で加療することにした。
村には警護のため騎士数名を残す。シェラザードと教会騎士には、怪我人を含む避難民に同行してもらうことになった。
怪我人を荷馬車に乗せ、多くの村人は簡単な手荷物を持ち出発した。
‥‥そして、それを見送り、俺たちも谷を目指した。




