勇者、聖剣を……!
寒村のハーゲン村よりも更に北。聖王国国境に近い高地。
深い針葉樹林により昼間であっても暗い。
ここは王国の法律で立ち入りを制限された「禁猟区」ガーゼスの森。
ここに住まう大鷲は聖王国国旗にも描かれた象徴的な存在。
しかし、その美しい羽根を狙った密猟が後を絶たず、生息数を減らしている。
その最奥には大鷲の繁殖地となる美しい青い泉がある。
‥その美しいはずの青く澄んだ水面も、今は群青に暗く濁り始めていた。
* * *
「つまり、あれは、場を正すというか、おそらくは魔素に汚染された場所を浄化する、いうことでしょうね。その為に魔力を使う、だから鞘に魔力を全部渡すんじゃなくて、残す」
「それを意図的に、どんなけ残したらええか、考えることです」
魔力操作を習い始めて既に20日以上が過ぎた。
俺は今日はオリバーから魔力操作について学んでいる。
ガレリア団長は「ルリアス式牧場経営」について今日も本国との連絡や、マルクス大臣、そして関係省庁との調整で忙しそうだ。
「絶対に揉め事を起こすな!問題行動もだ!」
毎日のように団長のその言葉で送り出される。そんなに問題行動なんてあったかな??
最初に聖剣を抜いただけだよね?
今のところ、訓練はカイルさんの剣とオリバーの魔力操作を一日おきに習っている。
剣のほうはカイルさんから「とりあえず、薙ぎ払う事ができたらいいかな」といった感じで、そこまで本格的な剣技を習っている訳じゃない。
魔力操作に関しては順調、と言いたいが、そうもいかない。
最終的な「ルーングリン魔力吸引問題」が解決してない。
先日、一度「ルーングリン」に魔力を通してみたら、思いっきり吸引された。
幸い、オリバーが直ぐに介入して剣から俺を引き剝がしてくれたが‥‥
「いやー。話には聞いてましたが、驚きの吸引力ですね~」
「だよね~!いきなり、ぎゅーんって吸い取られる!」
試しにオリバーが魔力を流してみたが、何も起こらなかった。
「魔力登録されてる感じですね。魔道具ではよくあることです」
「魔力登録?」
「はい。魔道具の使用者を制限する方法です」
ふーん。使用者登録かぁ。やっぱり勇者とかめんどくさいよなぁ。
あーあ。早くヤギが来ないかなぁ。
「勇者さん。僕の話聞いてます?」
「あ。はいはい。聞いてます。大丈夫」
オリバーはジーと俺の顔を見つめてくる。えー。聞いてるよ?ほんと。
まぁ、いいかと軽くつぶやき、オリバーは話を続けた。
「それに、僕の考えですが‥」
「鞘に魔力を吸い出された時、勇者さんが意識を失ったんは、『魔力切れ』そのものやないと思います」
「魔力が完全に尽きる前に、身体の方が接続を切った。そんな感じです」
「そうじゃないと、本当に魔力切れしてたら、ちょっと寝ただけで目ぇ覚めません。まぁ、勇者さんは安全装置付きということです」
安全装置付き?なんか変な言い方だなぁ。でも、それじゃあ。
「ルーングリン使っても安全?って事?」
オリバーは少し考えて
「そうは言うても、浄化のたびに意識が無くなってたら危ないです。魔力切れとは違っても、意識がないいうのは、無防備ですから」
「‥言いたくは無いですが、生かすも殺すも、周囲次第ですからね~」
そう言いながら、片手でスーッと首を落す仕草をする。
いやいや。マジ怖い。その仕草やめて!
‥ということで、魔力操作の訓練は続いていたが‥
ーーーそして、今、二度目の浄化の為に、この「ガーゼスの森」に来ていた。
「僕も森へ同行します」
「‥本当は民間人は連れて行きたくはないのだけど‥」
「ええ!勇者が浄化するん見たい!」
「‥‥。見たいだけなのね」
そんな会話をキャサリン大臣の執務室で繰り広げた後、俺たちはこの地へ向かうことになった。
今回はガレリア団長はいない。胃薬をボリボリとかみ砕きながら
「お前が帰ってくるまで、俺の胃薬は倍の消費量になりそうだ」と言った。
いよいよルリアスからヤギがやってくる日が近い。
その受け入れ準備のためだ。
団長の代わりに、という訳ではないがオリバーが同行してくれるのは心強いよね?
* * *
ガーゼスの森は国境の森でもあり、北方山脈に続く高原地帯だ。
木立の高い針葉樹の森は地上へは光を通しにくい。
薄暗い森の中をゆっくりと進む。針葉樹の落ち葉を踏む乾いた足音。
聖都と比べたらかなり気温も低い。足元から寒さが這い上がる。
冬と違い雪がないだけはマシだが、風の冷たさは慣れない者には辛いだろう。
「これ、本当に暖かいわね」キャリング大臣がしみじみと言った。
「そうです!ルリアス製のコートの防風性と保温性の高さは俺が保証します!」
今回から軍の支給品にルリアス製の軍事コートが追加されたらしい。
流石、高密度で織られたルリアス毛織物は軽くて暖か。
こんな山の森の行軍にはうってつけですよ。
「それで、目当ての泉、まだ先ですか?」俺のすぐ後ろを歩くオリバーは少しばて気味だ。
それも仕方ないだろう。なにしろ、もう、3時間近く森の中を歩いている。
馬を森の入り口に置いてきたのは、馬が魔素の影響を受ける危険性があるからだ。
人は?と思うのだが、王女様の話だと「長時間出なければ」という話だ。
‥その王女様だが、今回も当然のように同行している。
オリバーと違い黙って歩き続ける姿は素直にえらいなと思うよ。
しかし‥何とも言えない違和感を感じる。この森って‥‥
「静かすぎません?」俺は口を開いた。
「‥そうだな。いくら禁猟地でほかに人がいないといっても変だな」
カイルが辺りを見渡しながら言った。
俺たちの行軍する足音以外は、風が森を渡る音ぐらいだ。
生き物の気配が‥ない。
「そうね、この先の泉で何かあるわね。全員。戦闘に備えろ!後方は注意怠るな!」
キャリング大臣がゆっくりと腰の愛刀を抜いて指示を飛ばした。
ーーその時、頭上の黒い梢を引き裂いて「それ」が急降下してきた。
辺りに黒い影を落とし、頭上から大きな羽音。枝を折る音。
そして、ゴゥゥゥゥッ-!!激しい突風が辺りを襲う。
「なんだ!ここっこれは!!」「風が!枝にも気を付けろ!!」
「姫様!こちらへ!!」「アルト君!伏せて」
辺りに混乱をまき散らしながら、また突風が襲ってくる。
頭上にバラバラと落ちてくる木の枝。飛ばされそうな風に耐える。
カイルが自分に覆い被さる様に庇ってくれている。
「か、風魔法だ!!」オリバーが叫ぶ。
「閣下!これは風魔法です!」
「なんですって!!」
先程まで、頭上を覆い隠すような針葉樹で閉ざされていた空に大きな穴が開いている。
その中に、美しい鳥がいる。翼を広げれば三メートルはあろうか。
その優美な白い翼は所々に金色の筋が入る。
頭から首筋には青い模様がキラキラと日の光を受けて輝いている。
‥そして、本当なら青く澄んだ瞳のはずが‥今は真っ赤に燃えるような怒りを含んで輝いていた。
「あれは‥‥まさか、大鷲です!」
「そんな馬鹿な‥いや、でも、それしかありません!」
「大鷲が風魔法使ってます!」
「‥‥嘘でしょう‥大鷲が魔法なんて、ありえないわ」
キャリングの呟くような声が聞こえた。
素早く周囲へ安全を確保するよう指示をとばしたキャリングは、体勢を低くとり俺のもとへ。
その時、空の上から甲高い鳥の鳴き声が響いた。
「まずいわね。仲間を呼ぶ気ね」
「イヤーやばいです。あの高さやと、こっちはなんもできません!」
「‥そうよね。あんたの魔道でも、無理よね。光魔法じゃ目くらましぐらいか」
「!!それ!馬鹿にしてますよね!!」オリバーが嚙みつく。
「弓も‥届かないですよね」カイルが呟く。
「無理ね。届くとしたら攻城戦の大型弩ぐらいよ!」
遠くから鳥の鳴き声が聞こえる。
「チッ。来るわよ。皆、散開するな!一か所に集まれ!殿下をお守りして!」
「勇者様も!‥どうしたの?」
「あのさ、祝福が届いたら、あの大鷲も元に戻るんだよね?」
「ええ。でも、届かないでしょう?」
「‥勇者さん、流石にあの空の上までは無理です‥4~5mがええとこです」
俺は、さっきから考えてたことがあった。
空の上だから、剣も弓も届かない。祝福も、それなら‥‥
「‥勇者様‥‥」シェラザードが問う。
「何か良きお考えがおありですか?」
「うん。確か‥‥あった!カイルさん、あの蔦を切り落として!」
「え?ツタ?ああ、これか」
カイルが近くの木に巻きついていた長い蔦を切り落とす。
俺は自分の腰に巻き付けていた鞭を取り出すと、その蔦と結んだ。
即席だけど、もう1本足せば‥いける
「カイルさん、もう1本切って!」
「えっ??ああ‥」
カイルは手近な蔦をさらに切り落とし俺に手渡した。
「あの‥勇者さん、なんか僕、嫌な予感がするんですが‥」
「そうよ、ちょっと勇者様?なにするつもりなの?」
「よし!できた!」
蔦二本と鞭をつないだ、即席投げ縄。それに‥俺は腰の聖剣を抜いた。
リーングリンを握り込んで魔力を流す。
いきなり魔力を流されたのに驚いたのか、聖剣はブルっと震えた。
「よーしよーし、大丈夫だ!お前ならできる!」
そう言いながら、投げ縄にリーングリンを括り付け‥‥ようとしたら、離れない。
そうだ!こいつ鞘がないと俺の手にへばりついてるじゃん。
なんだよ!甘えん坊かよ。勇者の手か、鞘か、大地にくっついてないとダメとか。
なに?その、小さい弟みたいな気質!寂しんぼうかよ!
少し苛立ったが、うん。閃いた。そうだ。鞘が一緒ならいいんだよな。
「カイルさん、もう一本、蔦お願い!」
カイルさんは、更に疑問符を浮かべながら、適当に近くの蔦を切り落として、手渡してくれた。
その蔦をリーングリンの刀身の根元からグルグル巻きつけた。
刀身の三分の一くらい巻きつけたら、刀身を少しずつ鞘へ戻していく。
半分ほど収まったところで、ふっと左手から吸いつく感覚が消えた。
「……よし!」
試しに手を開く。落ちないよう蔦で支えられたリーングリンは、そのまま俺の手から離れていた。
手から離れた!巫女姫様の説明にはなかったけど、半分刀身が鞘に埋まればいいわけね。
うん。いい感じ。そのまま、剣と鞘を固定して、それを蔦と鞭につないで、と。
あとは、これで祝福が出るかだけど、もう一度、魔力を流す。
軽くキラキラが立ち昇る。いける!よし、立ち上がった。
周囲のみんなが目を見開いて俺を見る。
「わー!勇者さん!ちょっと待って!それはーー確かにそうやけど、そうやけど!」と慌てるオリバー
「アルト君!なにをする気でーー?」カイルさんも慌てている。
「勇者様‥‥何を」目を大きく見開いたシェラザード。
「待って、アタクシの理解がーー」キャリングも叫び声をあげた。
慌てる周囲の声を聴きながら俺は投げ縄の要領で‥‥
「こうしたら届くよねーー!いけー飛んでみろ、リーングリン!!」
リーングリンを空へ投げた。




