勇者、そんな話は聞いてません。
「アルト君!」
剣を握りしめたまま崩れ落ちるアルトをカイルが抱き留める。
……固く閉じた目。色を無くした青い顔。額に浮かぶ汗。
完全に意識を失っている。
「アルト!」ガレリアがアルトの顔を覗き込む。
「……これは」
「シェラザード殿下!どういうことですか?、なぜアルトが!」
ガレリアの怒りに満ちた瞳が、シェラザードを睨みつける。
「…心配は無用です。聖剣を使い、場を正したことによる‥魔力切れです」
「魔力切れ…」
「…では、勇者は魔導師なのか?」
周囲の騎士から小さな声が上がる。
「アルトは魔導師ではありません!ただの牧畜民です!…それをいきなり魔力切れを起こすほど魔力を使わせるなど!」
ガレリアは苛立ちを隠せずに声を上げた。
「殿下!どういうおつもりなんですか!!」
「…ガレリア殿。お怒りはごもっともですわ。殿下。いくら何でもこのやり方は…あんまりですわよ」
シェラザードは顔色一つ変えることなく口を開いた。
「無事に場は正されました。今は魔素の流れも停止しています
……勇者様は、正しく役目を果たされました」
そして、ゆっくりと口角を上げて静かに微笑んで言った。
「勇者アルト様。見事にお役目を果たされましたこと、お慶び申し上げます」
「我ら聖剣教会は、勇者様を全力でお支え致します」
いつの間にか、シェラザードの後ろに聖剣騎士団が整列している。
その前で優雅に一礼をする王女、合わせるように騎士団員も敬礼を眠り続けるアルトへと送っていた…
その異様な光景を見て、カイルはアルトを抱き留めた腕の力を強めた。
……何とも言えない不快さが胸に込み上げる。
これから、アルトは勇者としてこの国でどう生きて行くのだろうか。
今は静かに眠るしかない、この少年の未来を。
* * *
マホガニーの重厚な扉の中、ガレリアの追及の声が響いた。
「マルクス殿、あなたはご存じだったのですか。聖剣による一連の行為に魔力を使うと…」
マルクスは眼鏡の奥で眉間を押さえ、低い声で答えた。
「…国として聖剣の真の役目は把握しておりました。それに、魔力が必要なことも…です」
「では、なぜ、事前にこちらへ説明がなされていないのですか!これは説明義務違反。明らかに我が国への背信行為です」
「それに…」ガレリアは拳を強く握りしめた。
「アルトはただの一般人です」
「今は我が国の勇者ですぞ、ガレリア殿」
「そういう話ではない!アルトは魔導師としての訓練も受けていない人間です。それに魔力切れを起こさせる危険はご存知でしょう!」
「一歩間違えば、二度と目を覚まさない事態もあるのです!」
「……我々はあの祝福の光が全てだと思っていたのです。だからこそ、勇者殿が祝福の光を扱えていた時点で、そこまでの危険があると…」
「…まさか、魔力切れを起こすなど考えもせず」
マルクスの苦々し気な声が口から洩れた。
「我々も、知らなかったのです。恥ずかしながら、あの鞘に、その様な役割がある事を…です」
* * *
「ふぁ~。よく寝たなぁ」
アルトはベッドから上半身を起こし大きく伸びをした。
よく寝たからか、身体が軽くてスッキリしている。
……しかし、ここはどこだろう?というか、あれ?自分はどこで何をしていた?
白を基調とした室内は余計な装飾もなく、ただベッドが一台置かれ枕元に床頭台があるだけだ。
一度も見た事がない。立ち入ったこともないその部屋に、疑問がわく。
なんでここ?
その時、入り口の扉が開き、カイルが中へ入って来た。
「アルト君!良かった気が付いたんだね」
「えっと。カイルさん、おはようございます」
「うん。おはよう。身体の具合はどうだい?」
「身体?スッキリ軽いです!」
「…ハハハ。スッキリ軽いか。それは良かったね」
カイルはそのままベッドの端に腰を下ろし、アルトに聞いてきた
「君は…昨日の事はどこまで覚えてるんだい?」
「昨日??」なんだろう?何か大事な……??
「ああ!!聖剣!祝福にルーングリン!」
「うん。思い出したみたいだね」
「カイルさん!俺、身体から何かがスーって、どうなっちゃったの?」
「うん。それは魔力切れを起こしたんだ」
「はぁ!!魔力切れ!!」
アルトが目を大きく見開いた。魔力切れの怖さは子供でも知っている。
「え!待って、じゃあ。アレって俺の魔力を吸い出す剣って事??」
「…僕も詳しくは聞いていない、ただ、状況からして鞘の方だね。聖鞘ルーングリンが、君の魔力を吸い出して場を正した」
「いやいや。聞いてないよ!そんな話」
アルトはジッと自分の手を見ている。
「…それって、ヤバくないですか?」
「……うん。ヤバい。アルト君……ごめん。うちの王女様が、君に酷いことを…」
「それに、今、その事でガレリア殿はマルクス大臣と話し合いを重ねている。キャリング大臣も朝から話し合いに参加しに行ったらしい」
ーーその時、軽いノックと共に「入るわよ」と言う声が聞こえた。
「あら、目が覚めてたのね。良かった。お目覚めの気分は如何?」
「アルト。目が覚めたのか」
室内に入って来たのはキャリングとガレリアの二人だった。
「団長。キャリング大臣」
「待って頂戴」
キャリングは居住まいを正した。
「勇者様。この度は我が国が貴殿に対して多大なる負担をおかけいたしました」
「この国の軍務大臣として心よりのお詫びを申し上げます」
右手を胸の前に当て、深く頭を下げ、この国の正式な形での謝罪の意を表した。
「団長~」アルトから情けない声が聞こえる。
「アルト、お前が決めろ。この国を許すか、許さないか。勇者として国に残るか、ルリアスに帰るか」
「お前が決めていい」ガレリアはアルトへそう言った。
アルトは頭を下げたままのキャリングを見た。
いつの間にか、その後ろでカイルも頭を下げている。
もう一度、自分の左手を見た。昨日の感覚はまだ残っている。
リーングリンの柄を掴んだあの日の記憶も。
……自分はどうしたいのか?
しばらく二人を見つめていたが、どう答えたらいいのか‥少し目線を下げて言った。
「俺はまだ怒ってるのかも、よくわかりません。でも、二人が俺を心配してくれたのは、ちゃんとわかりました」
「団長。俺……残ってもいいですか?」




