第9話「BARで、もう一つの講義」
恋愛心理学の講義が終わった。
「今日は頭使ったなぁ」
勇人は大きく伸びをする。
真司は苦笑した。
「いつも使いなさいよ」
「使ってるって」
そんな二人のやり取りを見て、桜子はくすっと笑う。
大学を出て駅前へ向かう途中、勇人がふと思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ」
「この近くに姉ちゃんの友達がやってるBARがあるんだ」
「料理もうまいし、行ってみない?」
桜子は少し驚いた。
「BAR?」
「私、行ったことない」
「私も何度かしかないわ」
真司が答える。
「大丈夫。大学生も結構来るし、お酒が苦手でも飲みやすいカクテル作ってくれるよ」
「じゃあ……行ってみたい」
桜子が微笑む。
三人は店の扉を開けた。
カラン——。
心地よいベルの音が店内へ響く。
「いらっしゃい」
カウンターの中から、穏やかな笑顔の男性が顔を上げた。
木の香りと、ほんのり甘い柑橘の香りが店内に漂う。
桜子は店の中を見回した。
「……素敵」
「あれ、勇人じゃないか」
「久しぶり、蓮さん」
マスターは勇人の後ろに立つ二人へ視線を向け、ふっと笑う。
「今日はまた、可愛い子を二人も連れてどうした?」
勇人は照れくさそうに頭をかいた。
「大学の友達」
「へぇ」
マスターは桜子と真司へ軽く会釈する。
「ようこそ。BAR Lampへ」
「俺は店主の夜空蓮。気軽に蓮さんって呼んで」
「よろしくお願いします」
桜子と真司が頭を下げる。
三人が店内へ足を踏み入れた、その時だった。
真司が目を丸くする。
「えっ……先生たち?」
窓際の席には、神谷先生と黒田先生がグラスを片手に話し込んでいた。
勇人も驚く。
「本当だ」
桜子は不思議そうに首をかしげた。
「偶然?」
夜空は笑いながら首を横に振る。
「いや、あの二人は常連さんなんだ。」
「講義が終わると、よくここへ来るよ」
その声に気付いた神谷先生が振り向いた。
「あれ、皆さん」
黒田先生も静かにグラスを置く。
「こんばんは」
勇人は苦笑する。
「先生達、大学の外でも一緒なんですね」
神谷先生は柔らかく笑った。
「ええ。研究の話をしていたんですよ」
黒田先生は静かに言う。
「神谷先生は」
「また心理学の話をしていたんですよ」
神谷先生は苦笑した。
「黒田先生こそ、また化学の話でしたね」
二人は顔を見合わせて笑う。
夜空が苦笑する。
「この二人は会うたびにこれなんだ」
勇人は笑う。
「仲いいんだな」
「本人たちは否定するけどね」
先生二人も笑う。
会計を済ませると、神谷先生は三人へ軽く手を振った。
「では、また講義で」
「失礼します」
二人が店を出ていく。
店内が少し静かになった。
夜空はカウンター席に座った三人を見渡し、穏やかに笑う。
「いい先生に出会えたな」
勇人は首をかしげる。
「そうかな?」
「学生のうちに、ああいう先生と出会えるのは案外貴重なんだ」
「勉強だけじゃなく、人との縁も大切にするといい」
桜子は小さく頷いた。
「……うん。そうかも」
夜空は勇人を見て言った。
「そういえば勇人、男友達はいないのか?」
勇人はきょとんとする。
「いるけど?」
夜空は二人へ視線を向けて笑った。 「今日は可愛い子二人しか連れてないじゃないか」
勇人は照れくさそうに頭をかいた。
「違うよ」
「こいつ、男なんだ」
夜空は少し目を丸くした。
「えっ、本当に?」
真司は腕を組んだ。
「そうよ。」 「何か問題ある?」
「いや……全然」夜空は優しく目を細めた。
「本当に綺麗だから驚いただけ」
真司は少しだけ口元を緩めた。
「ありがと」
夜空はカウンターへ向き直る。
「さて」 「何か飲むか」
勇人はぱっと表情を明るくした。
「待ってました!」
桜子は並ぶボトルを見つめ、小さく目を輝かせる。
「……楽しみ」
夜空は優しく微笑んだ。
「任せて」
BAR Lampの夜は、まだ始まったばかりだった。




