第8話「自己開示」
恋愛心理学の講義が終わった。
神谷先生は三人を見渡し、穏やかに微笑む。
「今日の課題は『自己開示』です」
勇人が首をかしげる。
「自己開示?」
「簡単に言えば、自分のことを相手へ話すことです」
神谷先生は黒板へ「自己開示」と書いた。
「以前の課題では、相手を観察し、知ろうとしてもらいましたね」
「今回は、そこからもう一歩進んでみましょう」
神谷先生は三人を見渡す。
「人は、自分のことを話してくれた相手に親しみを感じやすくなります」
「今日は、今までより少しだけ深く、お互いのことを知ってみましょう」
「過去のこと、家族のこと。その時どう感じたのか。普段はあまり話さないことでも構いません」
「では、始めてください」
三人は大学の中庭へ向かった。
ベンチへ腰を下ろす。
少しだけ沈黙が流れた。
「じゃあ、私から話すわ」
真司が静かに口を開いた。
「両親の仕事の都合で、アメリカにいたって話したと思うけど」
「あの時、一番心配だったのは桜子だった」
桜子は懐かしそうに笑う。
「私も寂しかった」
「毎日一緒だったもん」
真司は少しだけ目を伏せる。
「だから手紙が届くたび、本当に嬉しかった」
「離れてても、ちゃんと繋がってる気がしたから」
桜子は優しく頷く。 「私も。」
「返事を書くの、毎年楽しみだった。」
真司は立ち上がり、桜子の前へ歩く。 「……ごめんね」
そう言って、そっと桜子を抱きしめた。
桜子は少し目を丸くする。 あの頃の寂しさが、一瞬だけ胸によみがえった。
「ううん」
「また会えたから、それでいい。」
その様子を見ていた勇人が口を開く。
「おい」
二人が振り向く。
「一々くっつくなよ」
真司は少し笑う。
「何よ」
「幼なじみなんだから、これくらい普通でしょ」
「普通じゃねぇ」
勇人はため息をつく。
桜子は首をかしげた。
「そうなの?」
「そうだよ」
勇人は即答した。
真司は笑みを浮かべたまま勇人を見た。
「嫉妬?」
「違う」
「人前で抱きつくなって言ってんだよ」
真司はくすっと笑った。
「ふーん」
桜子は二人を見比べる。
「仲良しだね」
「「どこが。」」
声がぴったり重なった。
桜子は思わず笑ってしまう。
「じゃあ次は勇人」
「うっ」
突然話を振られ、勇人は頭をかいた。
「俺は姉ちゃんが三人いるって話したと思うけど」
「小さい頃から女の子の遊びばっか付き合わされてさ」
「ぬいぐるみとか可愛いものも、その影響」
真司はくすっと笑った。
「だからハリーも、あんなに大事にしてるのね」
「まぁな」
「姉ちゃんたちとは離れて、今は一人暮らしだけど」
桜子は優しく微笑んだ。
「勇人らしいね。」 「可愛いものを大事にするところ」
「らしいって何だよ」
照れくさそうに笑う勇人。
今度は二人の視線が桜子へ向いた。
「桜子は?」
桜子は少し考えてから口を開く。
「私は一人暮らし」
「父も母も昔から忙しかったけど、二人とも優しくて」
「日本舞踊や華道を教わって育ったの」
勇人は感心したように頷く。
「だから所作が綺麗なんだ」
桜子は少し照れて笑う。
「そうかな」
「あと、外で食事をすることはあったよ」
「でも、日本料理が多かったかな。」 「だから、ハンバーガーは勇人が誘ってくれなかったら、食べる機会はなかったと思う」
勇人は一瞬、言葉に詰まった。 「……そ、そうかよ」
照れ隠しのように視線を逸らす。
真司が横から笑う。
「よかったわね。役に立てて」
「うるせぇよ」
「……また、食べたくなったら言えよ。」
「連れてくから」
桜子は嬉しそうに笑った。
「うん」
神谷先生は少し離れた場所から三人を見て、小さく微笑んだ。
「少しずつ」
「確実に、お互いを知り始めていますね」
「新しい一面を知ると、人はもっと相手を知りたくなるものです」




