第7話「色が変わる理由」
化学の講義が始まる。
黒田先生は教壇の上に、二つの透明な容器を並べた。
「今日は、少し面白いものを見てもらおう」
教室が静かになる。
黒田先生は一枚の板を手に取り、容器の後ろへ置いた。
すると――。
「おぉ……」
透明だった液体が、青く輝いて見えた。
板を外す。
今度は透明に戻る。
「え?」
勇人は思わず身を乗り出した。
「色が変わったのに戻った」
「何で?」
黒田先生は首を横に振る。
「これは」
「液体は何一つ変わっていない。」
「変わったのは、光の当たり方と見える条件だけなんだ」
教室が少しざわつく。
「人間の目は案外騙されやすい」
「同じものでも、環境が変われば違って見える」
勇人は感心したように頷く。
「すげぇ……」
桜子は静かに液体を見つめていた。
「きれい……」
思わずこぼれたその一言に、桜子自身も少し驚いたように目を瞬かせる。
勇人は少し驚いた。
(こんな顔するんだ。)
真司も小さく笑った。
(こういうものを見る時だけ、桜子は少しだけ子供みたいな顔をする。)
黒田先生は三人の方へ視線を向けた。
「化学というのは、目に見えない変化を観察する学問だ」
「同じ物質でも、温度や光、周囲の環境で見え方は変わる」
「人も少し似ているのかもしれないね」
勇人が桜子をちらっと見る。
桜子はまだ液体を見つめている。
真司だけが、その二人を見ている。
勇人は首をかしげる。 「人も?」
「昨日まで何とも思わなかった相手が、ある日突然違って見えることもある」
「化学だけでは説明できないが、人間というのは面白い存在だ」
真司は苦笑した。
「また始まった」
「でも、それが事実だからね。……ですよね、先生?」
「はははっ」 「そうだね」 黒田先生は顎に手を添えた。
講義終了のチャイムが鳴る。
学生たちが教室を出ていく。
勇人は桜子へ笑いかけた。
「さっき、『きれい』って言ってたよな」
桜子は少し照れたように視線を逸らす。
「……うん」
「光だけであんなに変わって見えるなんて、知らなかった」
勇人は笑う。
「俺も」
真司は二人を見比べ、小さく肩をすくめた。
「二人とも、案外単純ね」
「え?」
「何でもない」
そう言いながら、真司は少しだけ笑っていた。
三人は並んで教室をあとにした。窓から差し込む午後の日差しが、廊下を優しく照らしていた。




