第51話「懐かしい声」
翌朝。
桜子が目を覚ますと――。
「桜子、おはよう」
「おはよう」
「もう起きてたの?」
「うん」
勇人は少し言いにくそうに視線を逸らした。
「昨日は、その……ごめん」
「体、きつくない?」
「えっ?」
勇人にそう聞かれ、桜子は昨夜のことを思い出した。
一気に顔が熱くなる。
「……勇人が全然寝かせてくれなかったから」
「だって、桜子が可愛い反応するから、つい」
「もう……!」
桜子は逃げるように、布団を頭までかぶった。
「ちょ、桜子。隠れないでよ」
「勇人のせいでしょ……!」
布団の中から、くぐもった声が返ってくる。
勇人は困ったように笑いながら、その膨らんだ布団を見つめた。
あの日から、二人の関係は少しだけ変わった。
大学へ行って、笑って、時々くだらないことで言い合って。
そんな毎日は、変わらず続いていった。
季節は巡り――。
真司が海外へ旅立ってから、もうすぐ半年が経とうとしていた。
けれど、真司はまだ帰ってこなかった。
「しーちゃん、まだ帰ってくるって連絡ないね」
「向こうで忙しくやってるんだよ」
「うん、そうだよね」
その日の昼休み。
桜子と勇人は、学食で向かい合って座っていた。
「桜子、これ作ったんだけど」
「食べてみて」
「上手くできたと思うんだけど」
勇人がテーブルの上に置いたものを見て、桜子の目が輝く。
「すごい」
「エディブルフラワーのタルトじゃない」
「綺麗だね」
色とりどりの花が飾られたタルトを、桜子は嬉しそうに眺めた。
「勇人、お菓子作り好きだったの?」
「うん」
「大学フェスで、自分が作ったものを食べて、喜んでもらえるのが嬉しくてさ」
勇人はタルトを一口分取り分けると、桜子の前へ差し出した。
「ほら、あーんして」
「え? 自分で食べられるよ」
「いいから。ほら」
「もう……」
桜子が口を開けようとした、その瞬間――。
「……学食でいちゃつくなよ」
「え?」
二人が同時に振り向く。
少し前まで、何度も聞いていた声。
そこに立っていたのは――。
「しーちゃん!?」
「真司!?」
真司は驚く二人を見て、楽しそうに笑った。
「半年ぶりね」
「少し前に帰国してたんだ」
「びっくりした?」
「もう、連絡してよ!」
「しーちゃんに何かあったかと思ったんだよ?」
「ごめん、ごめん。すぐ連絡しようと思ってたんだけど、色々忙しくて」
そう言って、真司はテーブルの上のタルトに目を向けた。
「それ、勇人が作ったの?」
「そうだけど」
「すごいわね」
「あの時のクッキーも美味しかったよ」
「ありがとう」
「食べるか?」
「私はいいわ。まだ色々やることがあって」
「そうなの?」
「ええ。今日は顔を見せに来ただけ」
真司が立ち去ろうとすると、桜子が慌てて声を上げた。
「あっ、待って、しーちゃん!」
「ん?」
「おかえりなさいパーティーしよう!」
「……私の?」
「うん!」
「じゃあ私も準備――」
「ダメだよ」
桜子は当然のように言った。
「主役は待つものだよ?」
「私のパーティーなのに?」
「だからだよ」
「……相変わらずだね、桜子」
真司は呆れたように笑った。
「じゃあ、楽しみに待ってるよ」
「うん! 準備できたら連絡するね!」
「了解」
真司は軽く手を振り、その場を離れていった。
桜子はその後ろ姿を見送りながら、嬉しそうに笑う。
「しーちゃん、本当に帰ってきたね」
「ああ」
勇人も笑って頷いた。
そして――。
「……で、桜子」
「なに?」
勇人は、さっきから持ったままだったタルトを差し出した。
「あーんは?」
「まだやるの!?」
「真司のせいで途中になっただろ」
「もう、自分で食べる!」
「えー」
桜子は勇人からタルトを受け取ると、一口頬張った。
「勇人、とっても美味しい。色とりどりのお花も可愛いし、カスタードも甘すぎなくて、フルーツとよく合ってる。タルトもサクサクしてる」
「本当?」
「うん!」
桜子は嬉しそうに、もう一口頬張った。
半年ぶりに真司が帰ってきても。
二人のそんなやり取りは、やっぱり変わらなかった。




