第50話「同じ気持ち」
勇人の家に着いた。
桜子は玄関の前で足を止める。
(……こんな時間に来ちゃった)
(しかも、連絡もしないで……非常識よね?)
スマホを取り出して、勇人の名前を見つめる。
今からでも連絡したほうがいいだろうか。
だけど――。
(ちゃんと、顔を見て伝えたい)
桜子はスマホを鞄に戻した。
チャイムを押す。
ピンポーン。
しばらくして、扉が開いた。
「……桜子?」
「勇人……」
「え? こんな時間に一人で来たの?」
「危ないだろ」
「ごめんなさい。でも、勇人に話したいことがあって」
「……俺に?」
「うん。この前はごめんなさい」
桜子は頭を下げた。
「私、自分の気持ちがようやく分かったの」
勇人は少し黙ってから、
「……ここで話すのもなんだし、中に入って」
「ありがとう、おじゃまします」
「とりあえずそこに座って」
リビングのソファに案内される。
「うん」
勇人は桜子の隣に座った。
「それで、俺に話したいことって何?」
「あの、私勇人が他の人にもナンパしてるかもって言ったでしょ」
「うん、言ってたね」
「本当は違うの」
「他の女の人を見てほしくなかった」
「え……?」
勇人は一瞬、目を見開いた。
「それって……」
桜子は膝の上で、ぎゅっと手を握った。
「私だけを見ていてほしかったの」 「でも、そんなことを思うなんて、はしたない気がして……ずっと心の奥に閉じ込めてた」
勇人はしばらく黙っていた。
それから、少し困ったように笑う。
「そっか」
「でも俺は、はしたないなんて思わないよ」
桜子が顔を上げる。
勇人は、桜子をまっすぐ見つめた。
「俺は、桜子以外の人を見てたつもりなんてないよ」
「……え?」
「初めて桜子を見た時。こんな可愛い子いるんだって、目が離せなくなって」
勇人は少し照れくさそうに笑った。
「それにあんなふうに女の子に声かけたの、桜子が初めて」
「でも勇人、すごく慣れてるように見えたよ」
「慣れてないよ。桜子が初めて」
勇人は少し考えてから、付け加えた。
「まあ、真司が男だって分かってたから、先に真司に声かけちゃったけどさ」
「しーちゃんが男だとわかってた」
「どうして?」
「喉仏。真司を見たとき、すぐ男だって分かったんだよ」
「あんなふうに女の子に声をかけたのは、桜子だけだよ」
勇人は桜子の目を見つめた。
「今だって、桜子しか見てない」
「大好きだから」
「私も勇人が大好き」
桜子は微笑んだ。
「やっと笑った」
「だって……嬉しいんだもん」
桜子は少し照れたように俯いた。
「私、ずっと変なことで悩んでたね」
「変じゃないよ」
勇人の言葉に、桜子は顔を上げる。
「俺だって、桜子に俺だけ見ててほしいし」
「……勇人も?」
「当たり前だろ」
桜子は嬉しそうに笑うと、勇人の胸元にそっと顔を寄せた。
「じゃあ、一緒だね」
「うん。一緒」
しばらく、そのまま互いの温もりを感じていた。
桜子が顔を上げると、勇人と目が合う。
嬉しさが込み上げて、桜子の目にまた涙が浮かんだ。
勇人は何も言わず、桜子をそっと抱き寄せる。
「泣くなよ」
親指で頬に残った涙をそっと拭う。
そのまま頬に手を添えると、顔を近づけ、唇を重ねた。
触れるだけだったキスが、少しずつ深くなっていく。
「勇人……」
桜子は勇人の服をぎゅっと掴んだ。
そして唇が離れると、勇人はすぐ近くにいる桜子を見つめた。
「桜子の全部が欲しい」
少しだけ間を置いて、優しく問いかける。
「……いい?」
桜子は勇人を見つめ返し、小さく頷いた。
「……うん」
勇人を……もっと近くに感じたい。
勇人の触れ方は、どこまでも優しかった。




