第48話「すれ違う心」
翌日の昼過ぎ。
勇人はスマホを見つめたまま、小さく息を吐いた。
昨日の出来事が、頭から離れない。
花火大会。
桜子の泣きそうな表情。
そして――。
『勇人は、私以外の女の人にも、自分から声をかけたりするの?』
あの言葉だけが、何度も胸に刺さる。
迷った末、勇人はスマホを操作した。
『昨日のこと、ちゃんと話したい。時間ある?』
しばらくして返信が届く。
『……うん。』
『大丈夫』
待ち合わせ場所は駅前だった。
約束の時間。
桜子は静かに歩いてきた。
昨日とは違い、お互いに笑顔はない。
「ごめん、急に呼び出して」
「……うん、平気だよ」
「私こそ、急に帰ってごめん」
短いやり取りのあと、勇人が口を開く。
「ここじゃ落ち着かないし、少し歩こうか」
桜子は小さく頷いた。
二人は並んで歩き始める。
しばらく無言のまま歩き、街路樹のそばにあるベンチへ腰を下ろした。
沈黙を破ったのは勇人だった。
「……俺、何かした?」
桜子は膝の上で両手をぎゅっと握る。
「何かって……」
言葉が続かない。
何をどう話せばいいのか、自分でも分からなかった。
「昨日から、ずっと考えてた」
勇人は真っ直ぐ桜子を見る。
「でも、本当に分からないんだ」
「俺、何か傷つけることした?」
桜子は俯いたまま、小さく首を振る。
違う。
そうじゃない。
そう言いたいのに、言葉にならない。
胸の中が苦しい。
そして、気付けば口から出たのは――。
「勇人って……」
「私以外の女の人にも、声をかける人なんでしょ?」
勇人の表情が固まる。
「……また、その話?」
「だって……」
「昨日も言ったけど、俺は――」
勇人は言葉を飲み込み、静かに息を吐いた。
「それってさ、やっぱり」
「俺のこと、信用してないってこと?」
その一言に、桜子は顔を上げた。
「違う!」
「そうじゃないの」
思わず声が大きくなる。
「じゃあ、何なんだよ!」
勇人も感情を抑えきれなかった。 「俺は昨日から、何が悪かったのかずっと考えてた!」
「なのに、また同じこと言われても分からないよ!」
桜子は何か言おうとして、言葉が出なかった。
「私だって……」
震える声が漏れる。
「分からないの……」
唇を噛む。
「どうしてこんな気持ちになるのか、自分でも分からない……」
涙が一筋、頬を伝う。
「……もう、ほっといて」
桜子は立ち上がり、そのまま走り出した。
「桜子!」
勇人の声が背中から聞こえる。
それでも振り返ることはできなかった。
どれくらい経っただろう。
気が付けば、自宅へ戻っていた。
部屋へ入り、鞄を置く。
桜子は本棚から恋愛心理学の教科書を取り出した。
ページをめくる。
『恋愛感情』
『嫉妬』
『独占欲』
知っている言葉ばかりだった。
一つひとつ読み進める。
けれど――。
「……違う」
小さく呟き、ページを閉じる。
書かれていることは理解できる。
それでも。
(どうして私は、あんなことを言ってしまったの……?)
答えは見つからなかった。
静かな部屋に、時計の針の音だけが響く。
その時、不意に一つの場所が頭に浮かんだ。
(蓮さんのところへ行けば……)
(神谷先生や黒田先生が、いるかもしれない)
桜子は教科書を閉じ、静かに立ち上がる。
バッグを手に取ると、玄関の扉を開けた。
向かう先は――BAR Lampだった。




